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今回は単なるネタです。一見シーア派居住地と湾岸産油地域が重なっている(ように見える)という話。
まず、シーア派の居住地域。 ![]() 出典は、google上の画像なのですが、サイトはログインしないと見れないようなので、出典を記載することができません。そういうわけでクレームが来た場合は交渉し、削除依頼があれば削除する予定です。 この居住地図は、あくまで「住んでいる地域」であり、「シーア派だけ」が住んでいるわけではなく、シーア派が少数派の地域を含みます。つまり、「シーア派は湾岸産油地帯を抑えている」などとはまったく言えず、「シーア派に先見の明がある」などということはありえず、今回の記事は、ゴミネタをネットに流す謗りを免れるものではありません。 で、こちらが油田地帯。帝国書院の「新詳高等地図」p31-32からの引用です。 ![]() バーレーンの人口の6割がシーア派とのことですが、カタールも10%程のシーア派の方々がいるとのこと。なお、サウジアラビアの油田地帯については更に詳細な地図があります。 ![]() (出典はこちら、U.S. Energy Information Administrationのindipendent Statistics and Analysis) サウジアラビアでは、内陸のハーサ地区のホフーフ市(googleなどではフフーフと表示される)にシーア派が住み、ここはガワール油田帯の一部です。また、カディーフ市、及びその南のダンマームのあたり、更にカディーフ北のジュバイル市のあたりにも小さい油田があり、これらの町々にシーア派の方が住んでいます。いづれも12イマーム派とのことです。更に、サウジの中ではガワール油田に次ぎ、2番目に大きい油田であるサフィニヤ海底油田の沿岸部にもシーア派の方が住んでいます。おそらく1603年から1783年までバーレーンがイラン政権下にあったとのことですので、サウジアラビア東部同様、この時代に12シーア派の方々が住み着いた・改宗した、ということなのでしょうね(カタールのシーア派については今回調べ切れませんでした。そのうち調べてみようと思います)。 ところで、リビアが内戦状態になってきてから、チュニジアとエジプトの報道は殆ど無くなってしまいましたね。紙面数や時間の限られる新聞・TVでは仕方が無いのかも知れませんが、どうなっているのか心配です。まあ、アルジャジーラを見ればいいのか。今週末は、「変革」のその後が心配となり、東欧の変革についての書籍を参照したり映画を見てすごしました。久しぶりに集中力が出て、色々見れました。中でも、ボスニア紛争とその後を扱った映画、「ウェルカム・トゥー・サラエボ」「エグザイル・トゥー・サラエボを観直し、「サラエボ旅行案内」を読み直し、「戦争広告代理店」と「終わらぬ「民族浄化」 セルビア・モンテネグロ」を図書館から借りてきて読みました。更に、独裁政権が未だに多い(のかどうかさえ知識の無い)アフリカにどのように波及するのかを検討してみたくて、「民主主義がアフリカ経済を殺す 最底辺の10億人の国で起きている真実」も借りてきて、1/3程読んだところです。次回はこれらの感想となりそうです。リビアがアフガニスタンのような泥沼にならないかと心配です。 話は少し変わりますが、2週間程前の確か読売新聞で、「エジプトは産油国ではない」という記載があったので「産油国」の定義を調べてみたのですが、「自国消費分を上回る生産能力があり輸出している国」という漠然とした定義以外、見つけることができませんでした。こちらのCIAのホームページや、そのCIAのFactbookに不満を持ち、独自のデータ統計を発表しているサイト、NationalMaster.comに産油国一覧があり、特に定義(日産生産量など)があるようではなさそうです。これらを見ると、エジプトは十分産油国といえそうです。 最後。ディックの「暗闇のスキャナー」の映画化作品「スキャナー・ダークリー」も見ました。丁度先週中頃、仁木稔氏がブログで感想を書いていましたが、アニメだとは記載していなかったのでよかった。。。知っていたらインパクトが半減してしまうところでした。しかし、「暗闇のスキャナー」がハヤカワSF文庫でも出ているとは知りませんでした。私は最初の翻訳であるサンリオSF文庫の飯田隆昭氏訳を大学時代に、創元SF文庫の山形浩生訳を2000年頃に読んでいる(実家に取りに帰るのが面倒なので新訳を買った)のですが、ハヤカワは浅倉久志氏訳。どうして何度も翻訳され、毎回訳者が異なるのか不思議です。「2001年宇宙の旅」とか「タイタンの幼女」とか、30年前から出ているSF作品は、表紙が代わっても訳者は同じ。ディックの「ヴァリス」などは、サンリオ版も創元社版も同じ大滝啓裕氏訳。「暗闇のスキャナー」だけどうして訳者を変えて何度も訳が出ているのか不思議です。ハヤカワ版及び既読の2訳も読み返して比較してみたくなりました。 ■
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by zae06141
| 2011-02-27 23:04
| 世界情勢・社会問題
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前回の記事で、久しぶりに、過去に観たSF映画を振り返ってみて、突然「ホーリー・マウンテン」を観たくなってしまい、アマゾンを検索してみると、来月3月4日に、以前の版よりも廉価版DVDが発売されるとのこと。そういえば、アレハンドロ・ホドロフスキーは3部作の残りの「サンタ・サングレ」と「エル・トポ」をいつか観ようと思いつつ、観ないうちに近所のツタヤから消えうせていたことを思い出し、このチャンスに新版を購入すべきかどうかを再確認すべく、新宿ツタヤへ行って3作まとめて借りてきました。毎日1作づつ見て、本日最後に「ホーリー・マウンテン」を見終わりました。
この作品、1988年の公開時に観ているのですが、その時は、「人類の歴史の負の部分の縮図」だとの衝撃を受けました。今回は、最初に観た時程の衝撃はありませんでしたが、人類の歴史の負の部分の縮図だという感想は変わりませんでした。 冒頭の膨大な無造作にうち捨てられたキリスト像の山やカエル十字軍団、キリスト像と寝てカエル語を話す司教などは、宗教や信仰の堕落と暴力化の象徴。軍隊による市民弾圧・虐殺とそれを撮影する観光客は、現在まさに中東で起きている事態とその報道を見る「先進国」の人々の象徴。「ホテル・ルワンダ」でも、記者が「これほどの殺戮も、先進国の茶の間では「怖いね、悲惨だね」で終わりなのさ」とコメントする箇所があったが、それと同じです(ただし、20世紀の中南米では、宗教の堕落や独裁政権が市民を虐殺し、米国の観光客が撮影する、など多く見られたことですので、監督は人類史など念頭にはなく、20世紀の、まさに現代の中南米を念頭に置いていたものだとは思うのですが。。。) そして、社会を支配する権力者達が巨大な権力と富を持ち、一般の人々の命をぞんざいに扱い、なお不死と永遠の支配を望み、怪しげな魔術に傾倒してゆくのも人類史上数多く見られた現象です。そして、西欧近代に失望した神秘主義者が真理を求めて東洋へ赴くオリエンタリズムを発生させました。 しかし、この映画の凄いところは(私が勝手に凄いと解釈しているだけだけど)、そのような権力者達が不死と権力を得る賢者となる為に出た試練の旅が、くだらないカルト的なイニシエーションの旅と化し、最後はその事を自覚した終幕を迎えるところにあると思うのです。ラストは一瞬狐につままれたように思えるかも知れませんが、私的には極めて理性的な終わり方だと思います。アレハンドロ・ホドロフスキー監督の3部作は、全てカルト映画に分類されるのが一般的ですが、私は「ホーリー・マウンテン」はカルト映画だとは思っていないのでした。まあ、カルト的な印象を受ける人が多いのだとは思うけど。。。公開時に観た時も、私は人類史を扱った、ある意味歴史映画だと思ったのですが、同じ歴史専攻だった同級生の友人からは「サイケ映画」との印象を聞かされ、かなりがっかりした記憶があります。まあ確かに、60-70年代のヒッピー文化、カウンターカルチャー色が強い作品だとは思うのだけど、ラストの意味を深読みすれば(私としては普通の解釈なのですが)、本作の本質はカルト作品ではないことは明らかだと思うのですが、カルト映画としてしか受け入れられていないようなのが大変残念です。ところで、今ネットを検索していて、日本語字幕版がネットにあがっているのを発見しました。いいのだろうか。。。。ネット版を発見してしまったことで、3月4日発売予定のdvd、購入しようかどうしようか悩んでいるところです。私は、これを歴史映画の変種として観ましたが、この手の作品が苦手な人にはお奨めはできないところも残念です。 続いて「サンタ・サングレ」 本作は、ホドロフスキーにしてはわかり易い、との評がありますが、カルト色の強い前2作と比べると、普通の映画だと思います。素人くささが返って味を出していた前2作と異なり、ある意味プロ的な作品に仕上がっている、とも言えると思います。それが、監督の熟練なのか、「こういう作品も撮れる」という多才さなのかはわかりませんが、3作それぞれ意図的に工夫された映像なのだとすると、彼が映像の魔術師と称されるのもわかります。しかし、普通に考えれば、3作を通して成長したと考えるのが妥当にも思え、「映像の魔術師」という意味ではセルゲイ・パラジャーノフやシュワンクマイエルほどでは無いと思います。 本作は、ヒチコックやデビッド・リンチなどが作っていても良いようなサイコ・スリラーだというのが私の印象です。前2作の先入観があると、前2作が受け入れられなかった人は未見なまま敬遠してしまうかも知れません。「カルトのホドロフスキー」という先入観で本作を観ると、カルトファンには物足りなく(かなり普通の映画)思え、カルトにあまり興味の無い人は、その先入観から見逃すことになっていそうで、もったいない気がします。 取りあえず「カルトのホドロフスキー」「ホドロフスキー3部作」という色眼鏡を外し、ただのサイコ・スリラーとしての側面がもっと知られても良いのではないかと思うのです。主人公は現実と非現実、主観と客観のカオスを彷徨うのですが、そんな主人公を最後まで助けるヒロインには心をうたれます。主人公を非現実な世界のまま助けるのではなく、あくまで現実の世界で救おうとするヒロインのラストの姿は感動ものです。 デビッド・リンチ作品が好きな人にはお奨めかと思います。 というわけで、この監督の三部作で本当の意味でカルトや前衛と言えるのは「エル・トポ」だけなのではないかと思うのです。 「エル・トポ」はちょっとわかりませんでした。これこそカルト映画と言えるのではないでしょうか。人生修業がテーマなのはわかりますが、何故か何発撃たれても死なない主人公、突然お供の女性二人が相思相愛となり、二人に捨てられる主人公。供の女性が思いついたように「4人の達人を倒して」と言い出し、主人公が何の迷いもなくその気になってしまうのも意味不明。それでも前半というべき西部劇調のところは良かったのですが、後半、「詩篇」以降は、前半とは逆に、部分部分の意味はわかっても、全体の流れが意味不明。わけがわからないながらも(あまり)退屈しないという、正にカルト的魅力のある変な作品です。カルト映画好きにしかお奨めはできませんが。。。。 ところで、新宿ツタヤでは、ローマ帝国時代のブリタニアを扱ったソード・サンダル映画、「ハンドラ」がカルトの棚に置かれていてびっくりしました。更に驚いたのは、アマゾンの中古価格の14800円。youtubeに5分程映像が載ってますが、女版「コナン・ザ・グレート」と言った感じで、カルト映画には見えないんだけど、どうしてなのだろう。。。。 ところで、せっかくアラブがホットなのに、脱線しまくり。次回こそはアラブの話題にしたいと思っていますが、来週末は「スキャナー・ダークリー」を観る予定なので、またしてもカルト話になってしまうかも(とはいえ、私はディックをカルトとは思っていないんですけどね。。。)。 ■
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by zae06141
| 2011-02-23 00:34
| その他の時代の歴史映画・ドラマ
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2010年12月30日の記事「2010年面白かった書籍・役に立った書籍ベスト10」の「役に立った書籍」第3位、Paul Ernest Walker著「Exploring an Islamic Empire: Fatimid History and Its Source (I.B.Tauris in Association With the Institute of Ismaili Studies) 」、残り4割、漸く読み終わりました。
本書は、英国ロンドンにあるイスマイール派を対象とした研究所、「Institute of Ismaili Studies」から出ている「Ismaili heritage Series」の第7巻で、本シリーズは、他に下記書籍が出ているようです。 1.Abu Ya'Qub Al-Sijistani: Intellectual Missionary 2.The Fatimids and Their Traditions of Learning 3.Hamid Al-Din Al-Kirmani: Ismaili Thought in the Age of Al-Hakim 4.Nasir Khusraw: The Rudy of Badakhshan : A Portrait of the Persian Poet, Traveller and Philosopher 5.Al-Ghazali and the Ismailis: A Debate on Reason and Authority in Medieval Islam 6.Ecstasy and Enlightenment: The Ismaili Devotional Literature of South Asia 7.本書 8.Surviving the Mongols: Nizari Quhistani and the Continuity of Ismaili Tradition in Persi 9.Memoirs of a Mission: The Ismaili Scholar, Statesman and Poet, al-Mu'yyad fi'l Din al-Shirazi 10.Eagle's Nest: Ismaili Castles of Iran and Syria 11.Between Revolution and State: The Path to Fatimid Statehood: Qadi al-Nu'man and the Construction of Fatimid Legitimacy 12.Ismailis in Medieval Muslim Societies 、以上までは、「Institute of Ismaili Studies」のサイトに一覧が出ています。更に、そのサイトに出ていない最新刊が2011/2/15発売予定の下記のようです。 13.A Modern History of the Ismailis: Continuity and Change in a Muslim Community いづれも面白そうなタイトル、4千円程度で日本のアマゾンでも購入できるということで、円高の現在、お買い得な感じもします。「Fatimid History and Its Source」はJPアマゾンで3717円で新刊を購入(だから送料込み)しましたが、現在でも3792円と、あまり差がありません。 さて、本書は、以前にもお伝えしましたが、「アジア歴史研究入門 第4巻」の前期アラブの史料案内の最後の行で、 「なお、ファーティマ朝に関する文献については紙数も尽きたので割愛する」(p554) と書かれてあった為、購入することになったものです。本書は、以下の構成となっています。 序章 15頁程 概要 第一部 75頁程 ファーティマ朝通史 第二部 110頁程 史料(コイン、建築物、碑文、織物、美術、考古学、手紙、文書、回想録、同時代証言、歴史書、地域史、伝記、文学、科学、現代の研究状況) 中世史料人名索引 現代研究人名索引 ヒッティの「アラブの歴史」下 くらいの知識しか無いファーティマ朝初心者としては、基本的な歴史と、その裏づけとなる史料が約半々で、中世と現代の研究者一覧があるのも資料としてうってつけ、という印象を与える章立て。こりゃいい買い物をしたかも、と早速「史料」の「歴史書」の章から読み始めたのですが、まず気づいたことは、ファーティマ朝どころか、ファーティマ朝前後の状況、シーア分派の歴史でさえ知識不足なので、登場する用語が、人名・地名・集団・書名なのかさえわからない点。 例えば、Ṭayybisī Ismailiは、最初人名だと思ってしまいました。その夜寝ながら、「イスマーイル派の分派のことだったか」と気づく始末。da‘waやdā‘īもなんとなく見当はついてもよくわからないのがストレスなので、序章を読むことにしました。その後第二部の最初から読むことにしたのですが、読み終えた今思うに、本書は、序章、第一部、第二部の順番で読むようにできているので、それに逆らって読むと余分な負荷がかかるだけ、という印象を持ちました。良く考えて配置された構成だという感じです。 しかし、それでも欠点と思える点がいくつか。 1.地図、系図が一切無いので、人名の整理に戸惑う。結局ヒッティ本の系図などを参照しつつ読むことに。 2.コインや建築物、碑文、織物史料の説明で、「写真や図が無いものか。不便だなぁ」と思っていたのですが、それが物的史料の章をとっくに過ぎ、回想録の章の途中、p144と145の間に物的史料のモノクロ写真8ページが突然挿入されていた。写真のページにはページ番号がついていない。よくよく見ると、目次の後に、「Illustrated」のページが1枚挿入されていて、ここで写真番号と簡単な説明がついているのだけど、モノクロ写真ページに「ページ番号」がつけられていないので、144ページ目を開いてはじめて写真の存在に気づいた。写真のページは紙質も違うのですが、たった4枚(8ページ分)しか無いため、ぱらぱらとめくっていても、予めそうと知っていなければ気づかないくらいな存在感。まあでも、碑文の書体やコインのレイアウトの話を文章だけでされても困るので、コインや碑文の章を読んでる時は不親切に感じたが、最終的には入っていたので、よしとしよう。 3.人名・地名・集団は序章を読んでなんとか混乱しなくなったのですが、今度は名前について、同時代人、後世の歴史家、現代の研究者のどれなのかがわからない。そこで巻末の 中世史料人名索引 現代研究人名索引 が非常に便利で大活躍する筈なのですが、これにはえらい苦労しました。というのも、 1)名前が異様に長く、名前のどこの部分から作品を引いていいのかわからない。例えば、 本文では、Abū Muhammad `abd al-Salām ibn Tuwayr と出てくるのに、 索引では、ibn Tuwayr ,Abū Muhammad `abd al-Salām と出てくる。 お陰で、 Abū Muhammad、`abd al-Salām、al-Salām、ibn Tuwayr、Tuwayr と、5回索引を引かなくてはならず、これに相当な労力がかかった。本文で言及されている歴史家、同時代資料提供者の名前をメモしていったら、45人となった。なお、中世史料索引には92名の人名が載っているが、本文に登場する45人のうち、索引に名前が見つからない人物も少なからずいる。 別の例では Jamāl al-Dīn Abu 'l-Ḥassan 'Ali Ibn al-Qiftī も、索引には、 Ibn al-Qiftī ,Jamāl al-Dīn 'Ali b.Yūsuf と出ていて、一見異なる人物に思えるが、本文の注釈に、Jamāl al-Dīn Abu 'l-Ḥassan 'Ali Ibn al-Qiftīの著作、Ta`rik al-hukamā' が、J.Lippertの編集で1903年にLeipzigで出版されているとあり、索引にも同じことが記載されているので、誤植でなければ、両者は同一人物と考えて構わないのだろうが、ここに至るまでにJamāl、 al-Dīn、 Abu 'l-Hassan 、'Ali Ibn al-Qiftī 、Ibn al-Qiftī、al-Qiftīと6回も索引を引かなくてはならず、更に悪いことにこの Jamāl al-Dīn Abu 'l-Ḥassan 'Ali Ibn al-Qiftī に対して Jamāl al-Dīn Abu 'l-Ḥassan 'Ali Ibn Ẓāfir という、似たような名前が登場し、索引には Ibn Ẓāfir,Jamāl al-Dīn 'Ali と出てきて、これも、Abu 'l-Ḥassanの有無という点で若干名前が違うが、著作名が同一なので、これも誤りでなければ恐らく同一人物なのだと判断することになる。 名前のどの部分から引けばいいのか、そして、索引に載っていない人物なのかそうなのか、の結論を出すまでに相当の時間を消費した。煩わしいことこの上なかった。研究者なら、直ぐに誰それ、と分かるのでしょうが、素人には大変な手間でした。 2)索引自体の問題 この索引の問題は、索引の目的が、作者の伝記的一覧ではなく、著作が残っており、その著作の翻訳や研究が現代の研究者によって行われているか、を示すものである、と推測される点にある。せめて、索引掲載の人物の後に生存年代、没年など、簡単な紹介など、わかる範囲で書いておいてくれれば、もっと検索し易く、大幅なストレス削減が図れるものと思います。 4.その他 Nisārīsが索引にはp9に登場する、とあるのに、p9には言及が無かったり、5章の註26が無かったり、細かいミスが目につくので、上述の名前の件も、どこまで信頼できるのか。。。。 というわけで、価格の割りに充実した内容・構成であるにも関わらず、「ひょとして安かろう悪かろうなのだろうか?」と不安にさせられるミスが散見され、お買い得・お奨め書籍なのか、そうでないのか、初心者の私としては判断できない書籍となりました。玄人方のご意見を伺ってみたいところです。 ところで、著者が冒頭部分で、「そもそもこの本を出したのは、英語圏の研究者にとって、ファーティマ朝への注目度があまりに低いことにフラストレーションを感じ続けていたことに答えようと始めたものである(Google bookでこの部分を読むことができます)」と述べておられます。以前、「Sasanian Iran (224-651 CE): Portrait of a Late Antique Empire」のレヴューに、読者が、「ササン朝の研究はまだまだ仏独がメインで、英語で書かれたものは無いに等しい」と英語での著作を歓迎する感想が述べられていましたが、ファーティマ朝については、学者自らがそのように考える程の状況なのですね。。。。 ファーティマ朝は、本格的なシーア派初の政権、アッバース朝に対抗してカリフを名乗った最初の政権、異色の君主ハーキム、カイロを建設し後の時代に「エジプト」意識をもたらした政権、メッカとメディナを勢力下に置き、一時はバグダッドも占領、十字軍の到来など、イランのサファヴィー朝と並ぶ異色の政権であり、様々な話題のある政権なわりには影が薄く、情報が少ない気がします。そういう意味では、色々欠点がありながらも、有用でお買い得な書籍かと思います。なお、JPアマゾンでは、検索すると「在庫切れ」と表示され、価格さえ表示されなかったり、どういうきっかけか、ちゃんと「取り寄せ」の文言と価格が表示され、更に中古本の表示もされる時があるなど、何か不安定な感じです。いづれにしても円高のお陰で、JPアマゾンで購入した方が遥かにお買得な状況となっています。 本書で得られた知見は初心者の私にとっては膨大なものがあり、全てを記載することは難しいのですが、いくつか挙げて終わりたいと思います。 1.ファーティマ朝の歴史書が少ないのは、タバリーや、イブン・アスィールなどの「世界史」と、「エジプト史」など地域史が発展する時期の狭間に位置し、「世界史」の中では、一地域としてわずかな情報しか提供されず、後世の地域史著者はスンニ派なので、シーア派政権については感心が薄く、政権全体への言及が少なく、エジプト以外のファーティマ朝の活動への言及が少ない状況となっている。イスマーイル派文書なども学説文書が多く、「ファーティマ朝全体」を描いた史書が存在しない。 2.ファーティマ朝時代の文書は同時代の欧州と比べると、殆ど残っていない。シールクーフとサラディンは、官庁を破壊するようなことはせず、ファーティマ朝の行政機構をそのまま残し、その後のマムルーク朝への王朝交代も、行政機構を破壊するものではなかったので、文書が残っていて良い筈だが、残っていない。文書が見つかっていないのではなく、文書を残さなくてもよい体制的断絶が何度かあったからかも知れない。とのこと。しかし、ユダヤ教会に残るカイロゲニザ文書(ゴイテインによると25万枚)実際には3箇所のシナゴーグのゲニザ(保管所))、及びゲニザ文書に紛れ込んだアラビア語文書、コプト教会の文書が残っている。 3.中世史料索引に92人もの著作者の名前が上がっているように、断片的に残存するものを含めると、結構な数の著作が書かれており、今欠著作であっても、後世の著作で引用されているものも多く、更にナースィル・ホスローや、イブン・ジュバイル、ウサーマ・イブン・ムンキズなど、ファーティマ朝時代のカイロを訪れた人物の旅行記や回想録があり、この3著は邦訳もある。ただし、重要な資料である、マクリーズィーの著作は、伝記、歴史、地域史の3種類であるが、伝記関連は17巻中8巻までしか出版されていない(本書出版当時)。 4.最近のイスマイール派の研究拠点はロンドンの「Institute of Ismaili Studies」であり、300以上にも及ぶイスマーイール派文書のテキストの復元と研究を行っている。他にドイツのテュービンゲン大学やインドのボンベイ大学にライブラリがあり、現在成果が上がっている領域は、イエメンのṬayybisī Ismaili派が残した文書の研究で、この派のコミュニティはインドやパキスタンにもあり、ウルドゥ語の研究者もいるとのこと。 5.後期ファーティマ朝の歴史は、一部実権を握ったカリフもいたものの、基本的にはワズィールが(wazir)が実権を握り、しかも彼らの多くはアルメニア人だった。最後の1世紀に7人のアルメニア人がワジィールとなり、中にはキリスト教徒のままワジィールの位につく者もいたとのこと。ワズィールとは、ファーティマ朝の場合、当初はカリフの家宰に相当し、その後文官のトップ(宰相)に相当する存在となったが、初期の頃は常設されていたわけではなかった。後期ファーティマ朝(1069年、アルメニア人バドル・アル・ジャマーリの実権掌握後)では、実質的に私兵を持った宰相となり、短期間で交代するなど、マムルーク朝のスルターンたちの原型のようである。 6.サラディンは、ファーティマ朝カリフ一族を誅滅したわけではなく、王子に女性を近づけないように軟禁し、自然に家系が絶えるようにした。宮殿図書館には160万冊の書物があったが、10年がかりでサラディンの部下達が持ち去った。 という感じで、知りたかった史料や、後期の歴史も知ることができて満足しています。唯一得られなかったのが、得体の知れないカリフ ハーキムについて。この特異で奇怪な人物のエピソードを前嶋信次氏の「イスラム世界」読んで知り、本作にも期待していたのですが、記述が殆ど無く、同じ著者が出している、「Caliph of Cairo: Al-Hakim Bi-Amr Allah, 996-1021」を買う羽目になってしまいました。著者のPaul E. Walker 氏は後々ハーキム本を出すつもりでわざと記載をはしょったに違いない。まあでも、ハーキム本も、JPアマゾンで新刊が2582円で352ページとリーズナブルな価格。面白いといいなぁ。。。。。と期待して待ってるところです。 ところで、突然中東で独裁政権抵抗運動が拡大しましたが、デモの伝播した地域が、チュニジア、エジプト、イエメンと、ファーティマ朝ゆかりの場所であることに、本書を読みながら、偶然とはいえ面白いと感じました。岩波書店が出版中の「イスラーム原典叢書」の「ムスリム同胞団の思想 ハサン・バンナー論考集」、今出せば売れそうな気がします。 関連記事 ファーティマ朝・マムルーク朝・セルジューク朝・イル汗国・サファヴィー朝の財政規模 ■
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by zae06141
| 2011-02-06 12:12
| その他歴史関係
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