古代世界の午後雑記(移行中)


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
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カテゴリ:古代ローマ・ビザンツ関係( 14 )


後期ローマ帝国の爵位 ver2

 昨年大清水裕著『ディオクレティアヌス時代のローマ帝国』を読み、後期ローマ帝国の爵位について繰り返し言及されていたことに興味が出たので、少し調べてみました。

 この背景には、ビザンツ時代(7世紀以降)では爵位が重要視され、官職売買の目安となっているものの、それがいつ・どのように、帝政ローマの制度から発展・移行したのか、がよくわからず、かねてからの疑問だったからです。今回調べた後期ローマ帝国の4世紀初頭前後と4世紀末の間では、以下のように変化しています。なお、日本語の爵位名称とギリシア語名は、豊田浩志著『キリスト教の発展とローマ帝国』(南窓社、1994年(p80))に記載されているものを、爵位のギリシア語訳は、Matthew Bunson著『Encyclopedia of the Roman Empire』(Facts on File,1994年(p608)を利用しました。


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by zae06141 | 2017-01-30 00:34 | 古代ローマ・ビザンツ関係 | Comments(0)

A.H.M Jones著『The Later Roman Empire 284-602(後期ローマ帝国 284-602年)』前半がパブリック・ドメインとして公開されているようです

 後期ローマ帝国の行政制度研究の古典的名著とされるArnold Hugh Martin Jones (1904–70年)の『The Later Roman Empire, 284–602: A Social, Economic and Administrative Survey』(1964年)がネットで公開されているのを見つけました。第一巻はパプリック・ドメインを掲載するInternet Archive(archive.org)にも掲載されているので、ひょっとしたらパブリック・ドメインなのかも知れません。


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by zae06141 | 2017-01-20 00:08 | 古代ローマ・ビザンツ関係 | Comments(0)

古代ローマ・ラテン語碑文の分布と年代別増減グラフ

 購入しているわけでもなく、全部読んだわけでもない本の話で恐縮ですが、大清水祐氏『ディオクレティアヌス時代のローマ帝国:ラテン碑文に見る帝国統治の継続と変容』(山川出版社,2012 年)の序論に、ラテン語碑文の数量に関する話が出ていたので、興味を惹かれ、これまで出土している碑文の分布、年代別増減数のグラフを調べてみました(以下More)。

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by zae06141 | 2015-09-07 00:04 | 古代ローマ・ビザンツ関係 | Comments(0)

成城大学の経済学者明石茂生教授のローマ帝国と漢王朝の国家財政・人口・GDP・地域経済研究論文のご紹介

 昨年1月頃、インド史上の各時代の人口推計の根拠を調べてみました(概要をまとめた記事がこちら「インド人口史 -史料と推計-」にあります)。その結果、どうも、古代マウリヤ王朝時代からムガル帝国まで、安定的に5000万-1億人の人口があったとの推計は、意外に根拠が乏しく、過去の大雑把な推計が引用を重ねられている側面が強く、数値の妥当性に乏しい印象を受けました。今後、遺跡の発掘データなどを元に、抜本的に推計し直される余地が高いように思えました。この結果、ローマ帝国についても、人口6000万という通説の根拠はどうなっているのだろうかと、詳細を確認する必要がありそうに思えてきました。それでもその後、特に注力して調べようと思っていたわけでもなかったのですが、古代ローマ本を参照した時には、人口推計根拠の記載に留意するようになりました。『古代ローマを知る事典』p303では一世紀半ばの人口を6000万、1886年に初めてAD14年の帝国人口を算出したベロッホの研究では5400万、2012年に出版されてクセジュ文庫の『ローマ帝国: 帝政前期の政治・社会』では、6000-8000万とあるなど、その後参照した概説書で目に付いた推計人口数値の箇所にも、数字の記載はあるものの、根拠と推計方法のロジックを詳細に説明しているものはありません。

 そんな折、昨年秋頃にたまたま目にした、筑波大学の林玲子氏の博士論文『世界歴史人口推計の評価と都市人口を用いた推計方法に関する研究(2007)』の「補足 地域別総人口データ 2 ヨーロッパ」の頁に、

 「ローマ帝国全域にわたる人口推計値としてはBeloch(1886)の推計が有名であり、多くの学者に引用されているが、この推計のヨーロッパ以外、つまりアジア(トルコ、シリア等)、アフリカ(エジプト、リビア、マグレブ等)は、歴史書に現れる兵士数などを参照してはいるものの、推計自体はあり得そうな人口密度を面積にかけて求めたものである」

 「Belochのヨーロッパ以外のローマ帝国人口数は、人口記録といった根拠に基づいて計算されてはいないことから、同時代の中国人口値に呼応させる形でBelochがローマ帝国人口値を設定したと考えられなくもない」 

 との記述を目にし、衝撃を受けました。そこで、注力して調べてみました(以下more)。

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by zae06141 | 2014-05-21 00:19 | 古代ローマ・ビザンツ関係 | Comments(0)

帝政ローマとビザンツ帝国の各属州一覧表

 地方行政区画なんて結構頻繁に変わるものなので、調べてもあまり意味が無いように考えていたのですが、白水社クセジュ文庫『皇帝ユスティニアヌス』に527年の属州一覧表が、アンミアヌス・マルケリヌスの『歴史』にユリアヌス帝遠征時のサーサーン朝の地方区分が記載されているのを見て、俄かに興味が出てきてしまい、調べてみました。意外にまとまった文献が少ないことから、備忘録代わりに本記事を作成した次第(以下more)。

※アイザック・アシモフ『銀河帝国の興亡』のコミック(『銀河帝国興亡史1 ファウンデーション』 )が昨年出ていたことを最近知りました。ホーガンが死去した時には「星を継ぐもの」がベストセラーになったので、星野之宣氏がコミック化したのはわかるのですが、何故今『銀河帝国の興亡』なのか、気になりました。これまで何度か映画化の話があったものの毎回立ち消えとなっていますが、最近のSF映画の映像を見ていると、『銀河帝国の興亡』も映像化が可能だと思いますし、是非死ぬまでには映画を見てみたいものです。ところで、このコミックを知ってもっとも驚いたことは、コミックのアマゾンの「この商品を買った人はこんな商品も買っています」の二番目に、「県立地球防衛軍」が出てきたことです。多くの読者にとっては壮大な銀河帝国も県立地球防衛軍も同じニーズだったんですねえ。こういう国民性には嬉しくなります。もしかしてアシモフの『銀河帝国の興亡』の「この商品を買った人はこんな商品も買っています」にも「県立地球防衛軍」のようなものが何かあがってないかと期待してみてみましたが、こちらは残念ですが普通のSF本ばかりでした。

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by zae06141 | 2014-02-04 00:10 | 古代ローマ・ビザンツ関係 | Comments(0)

映画に登場している各ビザンツ皇帝の画面ショット一覧

 映画に登場するビザンツ皇帝の画面ショット一覧をまとめてみることにしました。こうして並べてみると、意外に各王朝ともまんべんなく登場しているようです。

1.映画「The Last Legion」

ゼノンの宮廷が登場していた記憶があるのですが、「The Last Legion」を飛ばし見して確認したところ、見つかりませんでした。最初から全部見直す必要があるか、あるいは別の映画だったのかも。見つかり次第更新したいと思います。

2.テオドラとユスティニアヌス(在527-565年)。映画「戦車を駆るテオドラ」より
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3.ロシア映画「原初のロシア」からテオドラ(在527-548年)
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 ユスティニアヌス(中央)とテオドラ
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4.ヘラクレイオス(在610-641年) 映画「ザ・メッセージ」
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エジプトまたはシリア製作と推測されるドラマ「アムル・イブン・アース」(アースは正統カリフ時代のエジプト征服者で征服後の知事)に登場したヘラクレイオス。だいぶイメージが違う。
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5.コンスタンティノス4世(在668年 - 685年)。映画「アスパルフ汗」
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6.ユスティニアノス二世(685年 - 695年)か、レオンティス(695-698年)かティベリオス3世(在698-705年)だと思われる。ウマイヤ朝軍襲来におびえているところ。アブドゥル・マリクの治世が第2話から第19話(685-705年)であり、この皇帝の場面は第15話なので、ティベリオス3世の可能性が高い。ドラマ「ウマル・イブン・アブドゥル・アジス」
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7.レオン3世(在717-741年) ドラマ「ウマル・イブン・アブドゥル・アジス」
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8.イレーネ(在797-802年)。映画「カール大帝」。ただし、これは登極する前の映像。
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9.映画「クルム汗」のニケフォロス1世(802年 - 811年)
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10.ドラマ「コンスタンティン・フィロソフ」のミカエル三世(在842年 - 867年)
 幼年時代。この頃は母親のゾエが摂政として登場している(中央の女性)。
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 青年となったミカエル。
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 母ゾエとその取り巻き高官に対するクーデターの時のミカエル。テーブルに揃った人々は首を刎ねられ大変な粛清が行われているところ。
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11.ドラマ「黄金の世紀」のレオン6世(在886-912年)
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12.「黄金の世紀」コンスタンティノス7世(在913-959年)
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13.ロマノス一世(在920年 - 944年)
 シリアのテレビドラマ「AL-Mutanabbi(ムタナッビー)」の第1話に登場していたビザンツ皇帝と思わしき人物。
 このドラマはちゃんと見れていないのですが、アッバース朝詩人AL-Mutanabbi(915-965年)を扱った伝記ドラマで、第1話でムタナッビーが20歳くらいの若者として登場しています。左画像が宮廷で、左側の若者が「父ちゃん」と呼びかけているので、恐らく右側がロマノス一世レカペノス、若者が息子のクリストフォロスだと思われます。クリストフォロスは931年に戦死しており、931年はMutanabbiが16歳の時に相当するので、930年頃と想定すればつじつまは合います。右画像はそのロマノス一世。
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 このドラマは965年まで続いている筈なので、コンスタンティノス7世やニケフォロス二世なども登場しているかも知れません。

14.バシレイオス二世(在976-1025年)の妹アンナ。ロシア映画「古代ブルガール族の物語
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15.グルジアの史家が1020年頃のグルジア情勢について語る場面でバージル(バシレイオス二世)に言及する場面(グルジア映画「偉大な主の手」)。
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なぜ、アンナとこのグルジア映画だけ皇帝が登場していないにも関わらず映像を載せたかというと、私はバシレイオス二世の映画の映像(教育テレビでは既にある)を見るのが夢だからです。バシレイオス二世にかすっている映像ということで載せました。

16.ロマノス四世(在1068-71年)
ドラマ「オマル・ハイヤーム」第5-6話での、ビザンツ帝国とセルジューク朝との決戦マラズギルトの戦い(1071年)で登場したロマノス。
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17.映画「ヨアン・アセンの結婚」 ニケーア帝国皇帝・ヨハネス三世ヨドゥーカス・ヴァタツェス(在1222-1254年)
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ヨハネス三世の息子テオドロス・ラスカリス(在1254年 - 1258年)幼年時代。
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18.映画「イスタンブル征服」に登場したコンスタンティノス11世(在1449-1453年)
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by zae06141 | 2011-11-11 00:02 | 古代ローマ・ビザンツ関係 | Comments(3)

古代ローマの果て(2)「Roar」(400年頃のアイルランド)/末期ローマ映画/ローマと漢の邂逅を描く作品各種

 最初本記事を起こした時(6月初)は、「ロアー」の第三話だけの記事だったのに、段々追加が増えて、ついに三回(The Eagle/本記事/次回)分割することになってしまいました。「ロアー」も第八話まで到達したところ。

  その「ロアー」。紀元400年頃のアイルランドが舞台。あまり好きではない米Foxニュースの1997年製作。一話一時間で全13話。最初の八話しか見ていませんが、ロビンフッドのような冒険活劇。真面目に力を入れて一気に見るより、リラックスしたい時に少しずつ見るのがよさげな娯楽作品です。ちゃんと見たわけではなく、他のブログの映画紹介記事を書きながら、なんとなく流していただけなのですが、キャラが立っていてるのがいい感じ。なにより、「女王様」という言葉がピッタリの、ローマ軍の”女王”(主人公より存在感がある)と、ケルト部族の関係は、最後はどうなっちゃうんだろう、と、そのうち最後まで見てしまいそう(女王様とケルト族は基本的に対立してますが、抗争ばかりしているわけでは無いところが、面白いところ)。最初の二話だけ簡単に筋をご紹介します。

第一話は、アイルランドに残るギャング団と化したローマ私兵によるアイルランドのどこかの地方侵略と、現地ケルト部族の抵抗から始まり、部族長の息子と思われる主人公の結婚式で夫妻が野原に出ているうちに式場がローマ軍に襲撃され、部族の大半が虐殺される。主人公は部族を再結成してローマ軍陣地を襲撃。敵司令官を負傷させるが、司令官に止めを刺したのは、その愛人だった。そしてその愛人が、「ローマ人の女王」として、ローマ兵に君臨することになる、という筋。

第二話は、火薬を巡る物語。ロアーの部族とローマ軍双方に、火薬の知識を持った技術者が加わって、双方爆薬を使った兵器を作るが、ローマ軍側が作った大砲の威力に、ケルト部族は敗退する。下記がその大砲と、いかにも野蛮な感じのケルト部族。
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 女王様の本拠地。奥に、元は神殿だったと思える建造物が見える。
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 そして大砲。
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 大砲を奪うべく、女王様の陣地に、ローマ兵のふりをして忍び込む主人公達。
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 しかしあっさり見つかってしまい、大砲で処刑されそうになるが、一人が手に持っていた火薬を焚き火にばら撒き、それが爆発した混乱で脱出に成功する。

 Roarというのは、部族の"神聖な掛け声"のようなものみたいである。主人公コナーが、「ロアー」と大声で叫んで気合を入れたりする場面が出てきますWikiの番組紹介でも、「生命に力を吹き込む声の反響」とあります。現代ケルト音楽の題名でもあるようですね。番組のオープニングで、「知られている世界の果て」という、「ローマ世界の果て」を意識させる解説が入るのも、作品に奥行きを与えている感じがします。

※追記 その後第八話まで見進めたところ、第六話で魔法や妖術が登場してしまいました。本作のWikiでの紹介でも、イエスを処刑したローマ兵士ロンギヌスが400歳で登場すると記載があったものの、第五話までは、普通の呪術師のような感じだったのですが、第六話でとうとう、400歳だと口にし、「スタートレックに登場する宇宙人」のような容貌に一瞬変貌し、妖術を使いまくります。このまま魔法・妖術でまくりのファンタジー作品にはなってしまうのか、と危ぶまれたのですが、第七話では妖術は収まります。とはいえ、隠れた神域の中でロンギヌスの槍を見つけた主人公コナーが、突然ケルト族統合を進め始め、部族長会議を開いて連合を強化。一方ロンギヌスの回想場面が登場し、イエスを処刑した後、家に戻ると、妻と二人の息子が、急激に老化し、灰となってしまい、ロンギヌスは灰を持ってイエスの十字架の前で悔やみ、祈る場面が登場。最後は正気に戻ったコナーが槍を海に投げ捨てて終わるのでした。取り合えず第七話では比較的歴史ドラマ路線に戻った感じです。今後はどうなるのでしょうか。ところで、当初非常にインパクトのあった女王様は、第六、七話では存在感が希薄となってしまいました。これは少し残念。是非復活して欲しいところです。


 ところで、既に本ブログで紹介済ですが、未だに日本語版dvdが出ない、末期ローマ帝国映画・「The last Legion」の紹介記事へのリンクを再掲します。私は結構気に入っているのですが、原作の翻訳「カエサルの魔剣」の題名と表紙カバーが、アーサー王とかの、神話・伝説・ヒロイックファンタージーファンかRPGファン向けのイメージを与えるものだったのが歴史ファンの目にとまりにくくなってしまった一因なのではないかと思うのでした。まあ、興行的には、史実度の高い歴史作品を好む層より、神話・伝説ファン層の方が多そうなので、彼らターゲットにするのは理解できますが。。。末期ローマ帝国モノとしては私は結構気に入ってます。ただし、原作を読んでいるから楽しめたのであって、原作を読んでいない方の感想としては、田亀源五郎氏の感想が的確だと思います(「田亀源五郎's Blog」の
2008年10月22日の記事「"The Last Legion"」)。

 「Roar」と同様、帝国の果てを描いた作品として、「Edge of the Empire」という、文字通り「帝国の果て」という題名のタイ作品も昨年公開されています(予告編はこちらIMDbの映画紹介はこちら)。DVDも出ています。予告編を見ると、「Han empire」と出ているので、漢王朝の筈で、IMDbの紹介でも、Han dynastyと書いてあるので、漢王朝ものとなれば、dvdを買ってでも見なくてはいけない(個人的な義務)のですが、予告編を見ると、あからさまに面白くなさそう。。。。そもそも漢王朝時代のタイ人は、現在の中国・華南地方にいた可能性が強く、もし舞台が華南なのであれば、新品なのに£3.50しかしないので購入してもいいのですが、UKアマゾンの評に、「神話。インドからタイまで支配した12世紀のHan Dynasty」などと無茶苦茶な事が書いてあるので、タイの神話の映画化なのかも。

同様な東南アジアの神話映画で、ローマ帝国と漢王朝の王子と王女の結婚と言うテーマを描いた「Clash of Empires: Battle for Asia」という、今年公開されたばかりのマレーシア映画があります。DVDと予告編とでは、タイトルが異なっているので、公開時に題名を変えたのかも知れません。
予告編の題名は、「The Malay Chronicles: Bloodlines」
DVDの題名は、「Clash of Empires: Battle for Asia」
(IMDbには予告編のタイトルで掲載されています
「The Malay Chronicles: Bloodlines」とは、通常「Sejarah Melayu」または「Malay Annals」と英訳されている、16世紀のマレー王統記(スジャラ・ムラユ)」の事だと思っていたのですが、全然別で、「Hikayat Merong Mahawangsa」という同じ16世紀の年代記的文学作品が元ネタとのこと。漢とローマの邂逅なんて、まさに私のためにある映画!!!コレハ買わねば。と思ってアマゾンの感想を読むと、酷評されてますね。一番上の感想は、この人だけで、「What a terrible waste of money.(訳すとニュアンスが伝わらないかも知れないので原文のまま)」「マレー映画を見るのは初めてだが、こんなのを見てしまうと今後見るかどうか疑問だ」「筋は無いも同然」「これまで見た映画の中で最悪のアクション」「エドウッドの方がまし」「人生の107分を無駄に過ごすな」「「ゴールデン・ターキーアワーズ」(1980年に出版された史上最低の映画を扱った批評本)レベルだ」など、これ以上無いというくらいの罵りぶり。ここまで酷いと、さすがに考えてしまいますね。。。。*1映画の筋は、Wikiにも記載されているし、スルーでいいかな。それにしても、恐らくは、大航海時代に東南アジアに到達した欧州人から伝え聞いたことからの創作だとは思うのですが、ローマと漢の王子と王女の結婚を描いた創作物が、16世紀のマレーシアにあったとは知りませんでした。下記はそのローマの王子と漢の王女が出会う場面。
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予告編はこちら(英語字幕入り。この中でも、「世界の果て」という言葉が出てきます)。なお、先ほどのアマゾンの酷評のお陰で、ローマ人が古代中国にいたる、「Empire of the Dragons」という小説を知ることができました。以前、「THE PARTHIAN INTERPRETER: An Odyssey of the Later Empire 」という、マルクス・アウレリウス帝時代、ローマ人とパルティア人が中国に到達する内容の小説を購入したことがあるのですが(結局まだ未読)、ローマと漢の邂逅にロマンを感じている人は多いのでしょうね。。。。でもいづれの作品も低評価。内容的に無理があるのかも知れませんね。。。

*1 結局本作も、最近ネットに上がっているのを発見し、見てしまいました。私としてはまあまあ面白かったので、IMDbやAmazonの酷評が少しわかりません。せっかくなので、次回感想とあらすじを記載したいと思います。

 最後、「ビザンティウムの東の物語(East of Byzantium saga)」という、3世紀から5世紀頃のアルメニアを扱ったRoger Kupelianという方のコミック・ノベルの、451年のヴァルダン・マミコニヤンに率いられたサーサーン朝への反乱の決戦アヴァライールの戦いを扱った映画が製作中のようです。こちらにその映画サイトのホームページがあります。これによると、「At the Edge of Rome」と書いてあり、「ローマの果て」ということで、これも「果て」映画の一つ。2010年7月版の予告編がこちらにあります。サーサーン朝を扱った映画なので、戦争映画といえど、是非視たい!と思ったのは一瞬。予告編を視て見る気が失せました。なんかゲームのCG映像を視ている感じ。「300」と似たような印象。しかも、映画ホームページのブログを観ると、今年になって一回(6/8)しか更新されていない。IMDBの映画情報では2011年という年号が入っているのに、カテゴライズすらされていない状況です。これはきっとこのままお蔵入りしてしまうのかも知れません。アルメニアのことだから、きっと旧ソ連時代に、各共和国で作られていたような民族主義映画はあるのだろう、ヴァルダン・マミコニヤンの反乱のようなものはまず第一に挙げられる題材の一つだろう、と思っていたのですが、今のところ発見できておりません。その、451年の反乱を描いた作品がいよいよ登場するのか、と思ったらこれとは。。。。なんかがっかり。グルジアのダヴィド4 世(在1089-1125年)が、1121年8月12日、Didgori近郊でセルジューク軍を破った戦闘を描いた2009年グルジアの製作の、「Didgori: Land of Sacrificed Knight」の方はまだ期待できそう。
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by zae06141 | 2011-07-18 19:20 | 古代ローマ・ビザンツ関係 | Comments(4)

古代ローマ・ポンペイ映画一覧

 今回は複数の古代ローマのポンペイ滅亡映画を見ました。その過程で、過去の作品含めて一覧を作ってみました。「ポンペイ最後の日」というタイトルだけで、結構な数になりますが、日本語情報・日本語dvdの販売されている作品は非常に少ないのが残念です。

1.1935年版「ポンペイ最後の日」 米国製作
 モノクロ作品。著作権が切れているので、日本語版dvdが500円で出ています。これはネットでも発見できていないのですが、著作権も切れている筈だし、そのうち上がるかも知れません。未見です。
日本語Wikiに解説とあらずじがあります。同じ題名でも、結構内容は異なっているんですね。



2.1963年版 スティーヴ・リーヴス主演の「ポンペイ最後の日」 イタリア製作

 これはVHS時代、レンタルで見ました。「サムソンとデリラ」や「ソドムとゴモラ」とどこが違うんだ?という印象で、ソード・サンダル映画への偏見が私の中で生まれるきっかけとなった映画の一つです。USアマゾンで中古が6ドル程度で出ています。ネットにもあがっています。日本語版dvdは出ていないようで、日本語版VHSの中古が12619円で出ています
本作は、日本語のあらすじがネットにあがっています。良かった。この作品まであらすじを書かねばならないかと思うと(誰に頼まれたわけでもなく、自分で好きでやっているだけだけど)、ちょっとくらっと来たのでした。


3.1984年版 「ポンペイ最後の日」  英国製作。全三話のテレビドラマなので、270分。

 戦争とか政治とかよりも、社会生活に興味がある私としては、古代ローマ映画でももっとも好きな映画となりました。感想・dvd情報はこちらをご覧ください。かなり気に入ったので、英語字幕dvdが出ていないにもかかわらず、dvdを買いました。日本語情報はまったく見かけないので、日本未公開かも知れません。そもそもこの頃学生だったので、日本のテレビなどで放映されていれば、絶対気づいた筈。英語Wikiにさえ、キャストくらいしか情報がありません。こういう作品こそ、是非日本語版を出して欲しいものです。


4.2004年版  「ポンペイ最後の日」 90min

 JPアマゾンのタイトルは、「Pompeii: The Last Day」となっており、収録時間も(本日現在)50分と書かれていますが、誤りです。よく読めば、「商品の説明」にも記載がありますが、「Colosseum」も併録されています。また、「商品の説明」には、「Pompeii」を、「50-minute bonus program」と記載しており、特典映像のように感じてしまいますが、これも誤解を招く記載で、実際には単に2本、収録されているだけの話です。USやUKアマゾンで、下記の2つの商品が、異なるパッケージで販売されていますが、両者は、同じものです。「商品の説明」がまったく同一文だからです。

Colosseum - A Gladiator's Story/Pompeii - The Last Day (2004)
Pompeii - The Last Day/Colosseum - A Gladiator's Story (2004)

 更に、UK/USアマゾンには、「POMPEII_The Last Day_BBC Documentary」という題名で、また異なるパッケージのDVDも販売されています。私はこのDVDを持っており、パッケージと収録時間の違いで別作品かと思い、本作を購入したのですが、これは、前2者の、「Pompeii」だけを収録したものです。
 ご参考までに、3つのパッケージ写真を並べてみました。左と中央が同じもの。そしてこの2つのdvdに収録されている、ポンペイだけのものが、右のものです。

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 実はまだ、「Colosseum」の方は見ていないのですが、BBCの歴史再現ドラマは、映像的には素晴らしいと思うのですが、史実を優先させる教育ドラマを兼ねているからか、ドラマ性に乏しいことが多く、あまり面白くなかったりするのですが、本「Pompeii」は、演出に工夫があり、見ごたえがあるものと思います。詳細はこちらの記事をご参照ください

5 .Anno 79: La distruzione di Ercolano (1962)

 これは、場所はポンペイではないものの、ヴェスヴィオス火山の噴火で滅亡したヘラクネリウム(Ercolano とはヘラクネリウムのこと)もの。珍しい作品です。詳細はこちらの記事をご参照ください

IMDbに映画情報が掲載されています

6.ボルケーノ in ポンペイ 都市が消えた日(原題「Pompei」)
2007年イタリア製作。本作は、日本語dvdが発売されています
IMDbの映画紹介はこちら。182分のテレビミニシリーズ番組。

7.Up Pompeii!

こんなおふざけ番組も見つけました

 同じシリーズでバグダットものも上がっています


ところで、グルジアのダヴィド4 世(在1089-1125年)が、1121年8月12日、Didgori近郊でセルジューク軍を破った戦闘を描いた映画があるとは知りませんでした。2009年グルジアの製作の「Didgori: Land of Sacrificed Knight」。製作された年からして、セルジューク朝が象徴するものは、ロシアなんじゃないかと思ってしまう。予告編はこちら。DVDが出たら買いたいと思います。

2014/7月追記
 
8.2014年版「ポンペイ」 
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by zae06141 | 2011-06-20 23:49 | 古代ローマ・ビザンツ関係 | Comments(6)

秦漢-ローマ文明展

 前回横浜美術館のポンペイ展の記事を記載しましたが、展示のあまりの開放ぶりに、「誤って触れてしまう人が出てしまうのではないか。中国ではまだこうはいかないなぁ」と記載してしまいましたが、本日たまたま、昨年秋に中国洛陽市で開催されていた「秦漢-ローマ文明展」という展示会の記事にでくわしました。洛陽市博物館新館の開館展示会のようです。新館は非常に巨大な建物で、東京ドームくらいあるのではないかと思います(以前建築中の新館を見に行った時の写真がこちらにあります)。昨年の10月29日から2010年1月15日までの開催のようです。10月29日といえば、丁度中国からの帰国準備の最中。これを知ってれば帰国経路を変更して見てきたのに。。。。なんてことはないか。

 こちらのサイトのかなり写真がまとまっています。これを見ると、ローマの展示は彫像中心、秦漢の展示は始皇帝兵馬俑中心のようですね。私は、今回のポンペイ展で、彫像に彩色がされていたのを初めて知ったのですが、このサイトの写真では、髪は真っ黒、バーバリのデザインのような衣服をまとった彫像が展示されています(写真への直リンクはこちら)。壁画は殆ど見たことは無かったのですが、彫像はかなり見てきたと自分では思っているので、かなり驚きました。兵馬俑も鮮やかに着色されていたことですし、どうも遺跡ばかり見ていると誤解してしまうのですが、古代世界は相当カラフルだったのですね(エジプトの壁画とかバビロン門などを考えればあたりまえか)。こちらのサイトを見ると、フレスコ画も展示されていたようです。

 中国では秦漢とローマを対比する意識はかなり高そうで、両者を対比した書籍はわりと出ています。例えばこちら「秦漢羅馬」とか「中外文明同时空:秦漢VS羅馬(公元前221年-公元589年) 」とか「帝国天下:大秦雄師VS古羅馬軍団」とか。1999年に日本で開催された「よみがえる漢王朝展」でも、展示の前言で、中国社会科学院考古学研究所所長劉慶柱氏が「漢王朝は、ローマ帝国とともに世界の東と西に並び立つ大帝国」と述べてますし、以前こちらの記事で紹介した、2008年に出版された中国歴史地図帳「看 版図 学 中国歴史」でも、漢代の地図と比較してローマの地図が掲載されていました(ただし、唐の地図と比較する形でイスラム帝国の地図も掲載されていましたが)。欧米のルーツであるローマへの高い対抗意識が感じられます。

 さて、肝心のマナーの話ですが、入場料が130元と高額なことから(通常は無料か20元)この値段を出せる人ならマナーもいいかも、と思う一方洛陽という、あまり開発が進んでないところだから、かえってマナーの悪い成金みたいな小金もちが多いかも!?と思ってしまいますが、展示写真を見ると普通にガラスの柵や密封された仕切りがありますね。 これが普通ですよね。だいぶ前の話ですけど、三越で「古代ペルシャ秘宝展」での贋作事件がありましたが、あまりに開放的な展示だとどうしても贋作を疑ってしまうんですよね。。。。

 ところで、横浜美術館のポンペイ展の販売コーナーでは、ローマングラスが販売されていました。砕かれた破片が5000円とかから出ていて、最高126万円の小瓶が販売されていました。本物かどうか聞きそびれてしまったのですが、ネットで検索すると、ローマングラスは普通に古美術宝飾品として販売されているのですね。。。。ぜんぜん知りませんでした。それにしても、破片ならともかく、小瓶など貴重な古代の遺物を販売してしまっていいのかなぁ。。。(そういう私も、漢代の五銖銭、ゴルディアヌス3世銀貨、7世紀のササン朝銀貨(中央アジアでの7世紀の複製通過という話もある)、サファヴィー朝の通貨を一枚づつ持っていますのでとやかくは言えないのですが。。。)


  ぜんぜん話は変わりますが、本日新内閣が組閣されましたね。夕方のニュースでは、蓮舫氏入閣について、台湾の新聞で「大きく」報道されている、とありました。私はこういうマスコミの報道はあまり信じない方なので(日本に限らずどこの国でも、海外同胞の話は、現地で殆ど話題になってなくても、「現地でも関心が高い」などと報道するものですが)、一応台湾の新聞のサイトを見てみました。そしたら国際欄にちゃんとありました。

自由時報の記事はこちら
 
中国時報の記事はこちら

ちなみに中国の人民日報ネット版の人民網も見てみました。
こちらに蓮舫議員の記事がありました

3者を見比べてみると、台湾の記事では、「蓮舫さんは何者か」という文章は無く、既知の人物とした入閣歓迎の記事のように思えます。一方の人民網の方は、蓮舫さんの経歴詳細を載せていることから、殆ど初出のようですね。父親が台湾出身者ということで、中国にとっては好ましくない人物という視点でコメントがつくのかなぁと思っていたのですが、台湾との関係については粛々と書かれているだけで、どうやら、中国にとっては北京大学に留学していることがポイントのようです。
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by zae06141 | 2010-06-08 22:47 | 古代ローマ・ビザンツ関係 | Comments(0)

書籍「古代ローマを知る事典」「千年帝都洛陽」「大月氏」

 脈絡も無く並べたわけではありません。「古代ローマを知る事典」(2004年)以外は2010年に入ってからの出版ですが、三冊とも最近知ったものです。しかも私好みの書籍なのに購入しない、という共通点があり、更にローマ、中国、イランと丁度興味のある分野3点ということで、一緒に紹介することにしました。

1.「古代ローマを知る事典」 長谷川 岳男 、樋脇 博敏著 東京堂出版

 サイトの方に、古代ローマ、イラン、漢、ビザンツの人口やGDP、面積、年収などを表にして並べた各国プロファイル表というものがあります。この表は、作成当時(2003年)、現代の百科事典の国の紹介項目に普通にあるような項目が、何故歴史上の国の紹介に無いのだろうか、という疑問があり、試みに作成してみたものです。これら項目とは、例えば、Wiki上の「チュニジア」などを見てもわかりますが、まず最初に、面積・人口・GDP・首都・通貨・国家元首・政体などが記載され、その後、社会や歴史、経済文化などの項目が続く構成となっています。歴史に関する記載でも、ある「国」について記載する場合は、現在の百科事典の形式に合わせた記載をあまり見たことが無い、というか、全然見たことが無かったことから、当該記事を作成してみたわけです。古代エジプトだとミイラとピラミッド、アケメネス朝ペルシアだとペルシア戦争とペルセポリス、というような、国や地域により焦点が定まらない記載に強い不満があったわけです。この点で、「古代ローマを知る事典」は、人口・政体・GDP・税収・法など、まさに百科事典方式の切り口で古代ローマを描写していて、私にうってつけの書籍。2004年の出版なので、あと1年早く出版していてくれたら、私のサイトのページは作らなくても済んだのに。

 欲を言えば、百科事典項目だけではなく、より日常生活に関する項目、例えば暦や冠婚葬祭、食事や衣服、教育や住居、都市や農村の景観、生活インフラなどを事典風にまとめた書籍が出てくれると嬉しいかな。というのは、我々の生活世界を構成しているのは、子供であれば、教育受験、遊び、日常的に身近なもの、例えば、トイレや食事、電灯や水道、窓ガラス、道路、などといったもの。日常生活を構成する、こうしたもっとも身近なものを描いた歴史書は、最近はともかく、サイト「古代世界の午後」を作成した当時は多くはありませんでした。勉誠出版の雑誌、アジア遊学シリーズの「北東アジアの中世考古学」の記事、「女真社会の総合史料学的研究」の中で、筆者の臼杵勲氏は、「遺跡の復元作業をCGを使って進める中で、改めて必要な情報の種類や質、量を確認できる」という趣旨のことを記載しています。過去の歴史世界のCG作業は、単なる展覧会向けだけではなく、日常生活の素材をあぶりだす道具にもなっている、と言う話です。歴史には、どのような切り口があっても良いと思うのですが、このような、現代社会を生きる我々が普段接する情報に相当する内容は、最低限研究して発表して欲しいと思うわけです。

 あとは、「漢王朝を知る事典」「ビザンティン帝国を知るための65章」など、「古代ローマを知る事典」と同じフォーマットで国のプロファイルを記載、あるいは日常生活情報も加えた書籍が出てくれると嬉しいかな。今回少し各国プロファイル表の方に「古代ローマを知る事典」や、その後得た知見などを追加しました。


2.「千年帝都 洛陽―その遺跡と人文・自然環境」塩沢 裕仁  雄山閣

 これも、私個人の、歴史記述に関する不満の解消となっている書籍。先月「前漢代の洛陽と後漢代の長安」という記事を記載しましたが、その不満の趣旨は、ある地域に焦点があたっているのは、その地域の全時代の一部であり、それ以外の時代がどうなっているのか、の記載を見つけることが困難なことです。本書は、西周時代から唐に至る洛陽の遺跡と自然環境を分析・解析している貴重な書籍です。豊富に、しかも当時のままの状況で残っている遺跡が大量にあって、視覚的材料に事欠かない古代ローマと異なり、木造建築主体の中国史では、墓の副葬品くらいしか視覚材料が無いことから、文献主体の歴史書が殆ど、という状況の中、本書は前漢時代の河南県城や周辺に残る道路史跡や河川の変遷などまでカバーし、これも私好みの書籍となっていて有用です。千年帝都といいながら、西周から唐まで大きく取れば1600年間の洛陽を扱っていて、せいぜい200年程度を千年史跡と喧伝する中国観光業界の白髪三千条宣伝とは大きく異なっている点も◎。

 じゃあ何で買わないのかといえば、もう部屋の書棚が満杯なのと(最近の地震のとき、本棚を手で支えることに。その後耐震用の棒を買ってきて天井との間を固定することに)、もともと関心をもって情報を集めてきた分野なので、結構手元に情報があるので焦って買わなくてもいいかな、ということなのでした。そのうち絶版となり、高額な中古本が出回るようになってから後悔することになるのだろうけど、今はいいや。

3.「大月氏―中央アジアに謎の民族を尋ねて」小谷 仲男  東方書店

 1999年に出た書籍の改訂第2版。Amazonを見ると、3/5に出たばかりなのに、既に在庫がなくなり入荷中とのこと。人気あるんですかね。 題名は大月氏ですが、半分はクシャン朝を扱っています。1999年版の方は確認していませんが、1993年バクトリアで発見され、クシャン朝の王統や領土の研究に多大な貢献をしたラバータク碑文の全訳が掲載されています。そんな書籍なので危うく購入しそうになりましたが、ラバータク碑文の英訳がWikiにあることがわかったので、自分で翻訳してサイトに掲載することにしました(クシャン朝史料ラバータク碑文の参考訳)。ということで本書も購入せずに終わりました。

 青木健氏書籍以来、このところ、古代イラン関連書籍の新刊・復刊が続いていますね。本書も、ひょっとしたら、この密やかな古代イランブームに乗っているのかも・・・・!?そうだとすると嬉しいのですが、どうなのでしょうね。
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by zae06141 | 2010-03-20 21:48 | 古代ローマ・ビザンツ関係 | Comments(2)