古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
by Solaris1
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パレートの法則と最近の日本

9/6日の日経新聞によると、日本居住世帯で、1068.8万世帯が641兆円の金融資産を持っている、とある。3831.5万世帯が512兆円の金融資産を持っている。1153兆円の金融資産のうち、4100.3万世帯のうち、26%の世帯が、55.9%の金融資産を持っている。「金融資産」というところに注目したい。家屋や車は資産に入れていない。つまり、株や預貯金などの資産が3000万円以上ある世帯が、56%にものぼるわけだ。金融資産が1000万円あるだけでも、世帯的には、かなり余裕がある、
家のローンや養育ローンを抱えている家庭では、金融資産ゼロに近い世帯もあるだろう。日経は、恐くて発表できなかったのではないか。ひょっとしたら、 1000万円以上の金融資産のある国民 30%程度が、70%の資産をもっている、というパレートの理論に近い数字が、既に日本で実現されつつある事実を(あくまで推測だけど
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# by zae06141 | 2006-09-09 23:21 | 雑記 | Comments(0)

「這い上がれない未来」とグローバリゼーションの時代

 最近「這い上がれない未来」という書籍を読みました。そして、グローバリゼーションについて、少し考えさせられました。
 
 ウォーラーステインの世界システム論というものがありました。16世紀以降、西欧植民地政策に取り込まれ、「世界システム」として、一つのシステムに、取り込まれてゆく、という主張です。その中で、「中心」とは、西欧列強の企業家、資本家であり、更に植民地の現地支配勢力が、システムを支える「列強側」価値観を身につけた社会層として、中心に位置付けられています。周辺とは、列強と植民地の労働者ということになります。

 この世界システムは、現在、1989年以降に進展しつつある、グローバリゼーションの時代での、世界規模での再編成の原理そのものとなっていると思うのです。
共産圏と中国・インド・ASEAN・BRICSの勃興とグローバリゼーションの進展は、かつて先進国・発展途上国のエリート階級・途上国の貧民・低開発国のヒエラルキーを

多国籍企業=中心
先進国・途上国問わず、それ以外の企業群=周辺

という、かつて、旧植民地国と宗主国の間で機能していたシステムが、グローバル企業とそれ以外の企業というように、世界規模で再編成されているように思えるのです。 これまでは日本で、給料が、手取り15万の人でも、グローバルな基準では、1500$の高給取りだったといえました(途上国の平均給与は、月 100以下~500$程度)。海外旅行をして、物価の安さに驚くことも多かったのではないでしょうか。先進国が中心にあり、発展途上国は、周縁、という構造があり、経済力としては、先進国はヒエラルキーの頂上を構成し、その最下層にいる低所得者も、自国内では、経済力を意識できなくても、ひとたび海外へでれば、ヒエラルキーの上の方にいる感覚を味わうことができたのです。

しかし、現在のグローバリゼーションの進展は、今後は世界中どこへいっても、15万円の給料は、15万給料の階層でしかなくなる時代が来ようとしている、そんな風に思うようになりました。そうして、多国籍企業は、発祥の国に囚われられず、発祥国の政治や経済システムに問題があれば、その中心を、より活動のしやすい別の国に移して、常に「世界システムを維持する」ように活動する、そんな時代がきつつあるように思えます。世界システム論や周辺論は、再び脚光を浴びる時が来るものと思いました。グローバリゼーションとは、輸出入という程度の「国際化」という意味ではなく、「世界規模の秩序再編」だと思うのです。
 
 このイメージは、紀元前1世紀のローマの体制に近いのではないかと思います。紀元前2世紀までのローマは、都市国家連合と、領域国家との同盟が、基本的秩序であり、各地の支配層にローマ市民権を与え、支配層に取り組む、という構造をもっていました。ウォーラーステインが近代西欧の植民地支配システムとして捉えた構造に似ています。これに対して、前1世紀の、ローマ有力者による抗争は、それまでの構造を再編成し、有力者達の各ヒエラルキーが、最終的に単一の、「皇帝」に再編・統合されてゆく過程に似ているように思えるのです。
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# by zae06141 | 2006-04-30 21:11 | 世界情勢・社会問題 | Comments(0)