古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
by Solaris1
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アントニオネグリ 「帝国」によせて

 アントニオ=ネグリとマイケル=ハート共著 「帝国」の日本語訳が出版されました。 実はこの著作のことは この翻訳が出て初めて知りました。 本屋で前文を立ち読みし、非常に興味をもちましたが、大部でもあるし 大学時代ならともかく、仕事に終われながら全部読みこなすのは大変だろうと、結局「帝国」特集号の「現代思想2月号」を買ってきてちょっと読みました。 そうして、少なからず衝撃を受けています。 そんなこともあって、1年近く放っておいた雑記にちょっと書きなぐりたくなりました。 

 この書物「帝国」で言っている”帝国”とはなんなのか。  
 古代のローマ帝国や 近代の帝国主義という言葉の帝国と何が違うのか。

 著者は明かに 「帝国主義」の帝国ではないといっています。 それでは古代ローマ帝国やモンゴル帝国などの帝国という意味なのでしょうか。
 勿論これは私個人の私見ですが、私は古代ローマの帝国に近い、と思いました。ただしそれは アウグストゥスによって確立された帝国ではありません。 書物「帝国」の帝国とは、具体的な「帝国」ではないようです。 それは、まだ名称の与えられていない、見えない、まさに既にできつつあり、運営されつつあるが、新しいが故に 具体的名称の与えられていない、 一般名詞化して人々の意識に上らない、 見えつつある秩序 だと思うのです。

  これは 古代地中海社会で言えば このようになると思います。 
 まだ明確に帝国が見えなかった、新しい秩序が模索されている、紀元前2世紀中頃~前1世紀中頃までの 地中海世界で模索されていた秩序、現れつつあり、進行しつつある、がまだ名称の与えられていない 地中海世界にとっての新しい秩序である 「帝国」。 この紀元前1世紀の まだ言葉は無く、具体的なイメージを誰も持っていなかったけれども、 成立しつつあった 地中海世界を統合する秩序、後世「ローマ帝国」として 具体的な名称を与えられることになる 地中海世界を統合する「帝国」。 この帝国こそが、 書物「帝国」の ”帝国”に最も近い対応物ではないかと思うのです。

 書物「帝国」によれば、現代世界は、国民国家だけではくくれない、グローバリゼーションと国民国家、地域国家群の相克する時代を迎えている。国民国家がまだ終わったわけではないし、グローバリゼーションが一方的に国民国家を否定・無化するものでもない。 帝国主義時代は既に過去の遺物となっている。 そんな現代世界は 実は既に新しい秩序の世界へ向かっている - その新しい秩序は、新しい名称を与えられるべきだが、 取りあえず 『帝国』と呼ぼう。
 ネグリ達の主張はこのように感じられます。

 地中海世界を統合する「ローマ帝国」は紀元前1世紀初、同盟都市戦争、スパルタクスの乱、カティリナ事件以降既に誕生していた、との見方があります。 カエサルは、王という 古い秩序名で 新しい秩序を 再構築しようとし、アウグストゥスは新しい方法で行ったということなのではないかと思います。

 現代世界は 「帝国」状態になりつつあるが、まだなりきっていない。 
 ここで問題となるのが 現代のローマたる合衆国と「帝国」の関係です。

  ネグリ達は ブッシュ政権の帝国主義政策は 「帝国」の方向性にそぐわないゆえ、失敗する、としています。ブッシュ政権は スラの政権みたいなものでしょうか。 また、世界の警察たる合衆国中心に世界が統合される、という意味の「帝国」ではなく、 新しい秩序は中心を持たない、とも言っています。
つまり、これは 「ローマが統治するわけではなく、皇帝のいる場所が帝国の中心」であった 古代ローマにも言えることかも知れません。
 恐らく、 「帝国」 は合衆国をも 凌駕する、新しい秩序に採りこまれる、ということなのでしょう。

 このように考えてきて、私の古典古代世界に対するテーマと 現代世界とが 遂にリンクする、そのリングが見えた気がしました。 自分自身なぜ ここまで 古典古代世界に関心を掻き立てられるのか、 単なる趣味だと考えていたのですが、ここでやっと 自分自身の仕事に繋がっているリングを見つけ出せた気がしています。

 さて、書物「帝国」では 「帝国」は一つだけ、という認識です。 私はこれについては まだ判断が出来ないでいます。 ただ、新しい「帝国」が仮に複数成立したとしても、それは古代世界のように 地理的に明確に区分できる帝国ではないことだけは わかります。
 そうして、複数帝国が成立するとしたら、それはやはり、イスラム、インド、中国 がキーになるのではないかと思うのです。 但し、繰り返しになりますが 地理的区分は重要ではなくなるように思います。 ムスリム、インド人、中国人は それぞれ世界中に展開し、また欧米人も中国、インドへ進出しているからです。 多元的「帝国」へ向かうのか、単一の「帝国」なのか、 それが今後の探求のテーマとなるのかもしれません。


 ところで、塩野七生さんは 現代の日本や合衆国への警鐘というような文章を「ローマ人の物語」の中で書いていますが、紀元前1世紀の記述を行
う時、このネグリの「帝国」をどう考えたのか、興味があります。ネグリはイタリア思想界の重鎮なので、塩野さんがネグリの「帝国」の議論は知っている筈ですので、古代ローマとは関係ない、と考えたのか、それとも別の考えを持ったのか、興味があります。

※この記事は2003年2月頃記載したものです。当初はサイトの方に掲載していましたが、ブログを開始するにあたって、ブログ開始日に移行したものです。

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# by zae06141 | 2006-10-01 16:28 | 古代ローマ・ビザンツ関係 | Comments(0)

歴史小説

赤羽亮の小説「流沙伝説」はパルミュラ女王ゼノビアを扱った小説で スケールも大きく 当時のローマとササン朝イランという2大世界帝国間の狭間で生きるパルミュラを舞台とした国際謀略小説である。軍事的にはまったく対抗しきれない大国の狭間で翻弄される小さな都市国家が 諜報活動を最大限活用して うまく大国間を泳いで行くストーリは この時代くらい古い歴史小説としては少ないと思う。 パルミュラ在住の中国人などが出てきて 孫子呉子の兵法の講釈をパルミュラの諜報部員に行ったり、ゼノビアの父がかつてササン朝のセレウキアで暮していた時 ササン朝のスパイになっていたなど、舞台設定も面白く、楽しめる小説である。 しかし一つどうしても納得できないのは、登場人物達の台詞に「アルダシール1世」とか「シャープール1世」とか「1世」という言葉が出てきてしまっていること。当然だがアルダシール2世もシャープール2世もこの時代にはまだいない。ササン朝の今上国王がシャープール1世なわけで、その父親がアルダシール1世。シャープール2世が誕生し、国王に即位するのはこの時代のだいたい40年後でアルダシール2世となると即位は100年以上あと。この小説の時代にはまだ「アルダシール」という国王も「シャープール」という国王もまだ一人しかいないのだから、この時点で「アルダシール1世」とかいうのは絶対におかしい、不可能な台詞なのである。登場人物の台詞以外の部分で、作者が使うのならまだしも、台詞の中にでてきてしまうのは絶対におかしいよね。 作者が語る部分くらい「1世」とかいれとかないと、いつの時代だの話だか読者にはわかりにくくなる、ということもわかるのだけど、本当は出きれば 歴史小説は当時の目線で方って欲しいので、当時の人が使っていた用語の範疇はでて欲しくないよね。 例えばこの小説中に「比翼連理」という台詞がでてくるけど、これは唐の時代の白楽天の詩がもとで一般に膾炙されるようになった言葉だから この時代の登場人物が語っちゃいけないと思う。 熟語となると これはなかなか難しいとは思うけど、人名や称号、国名などは気をつけて欲しいところ。歴史小説で一番チェックしたくなるのはこの部分。現代の我々だって、英国女王は「エリザベス女王」というのが普通で、あまり「エリザベス2世が」とか言わないし、ワシントンとかリンカーンなどの場合は「ワシントン大統領」とは言わないはず。だから当時の人も例えば3世紀くらいの人が「トラヤヌス帝が」とか日常会話で話していたのかどうか?単に「トラヤヌス」と言っていたんじゃないの?明かにその当時使われていた筈のない言葉が出てくると興ざめになってしまうもの。 よく中国の小説でも、前漢代の小説の中で、後漢時代に書かれた「漢書」が作者の語る部分で出てくることがあるけど、こうした歴史書の引用は中国歴史小説に非常に顕著で もう一つの様式といっていいと思うが、これも私の場合結構興ざめである。あと登場人物が「漢帝国」とか「ローマ帝国」とかいうのもちょっと興ざめ
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# by zae06141 | 2006-10-01 16:18 | その他歴史関係 | Comments(0)

氏名と家名

 皇帝ハドリアヌスは プブリウス・アエリウス・ハドリアヌス が本名で、プブリウスが個人名、アエリウスは氏族名、ハドリアヌスが家名だそうです。我々「姓名」というとおり、苗字と名前の二つしか通常もたないので、この氏族名、家名という感覚がよくわからなかったのですが、最近「藤原氏千年」(講談社現代新書)を読んでいて今更ながらやっとわかりました。その本によると藤原氏という氏族が段々栄え、一族の数と規模も大きくなってくると、単に「藤原氏」だけではどの人なのか分類が困難になってきたので「家名」というものが必要になってきて、冷泉家とか一条家とか近衛家という家名が成立したとのこと。確かに私の場合も 親戚が集まる場所では、親戚同士地名で呼びあったりするので、それと同じだということが分かりました。そして更には我々日常で「氏名」という言葉を用いており、これは「家名」ではなく【氏名】なのだと今更ながらに気づきました。定期券を購入する時、アンケートに答える時、我々は「家名」ではなく、「氏名」を用いているのですね。氏族制社会なんて古代の話でよくピンときませんでしたが、ところがどっこい現代社会も実は氏族社会の名残を留めていることが実感できました。してみると、現代でも氏名、家名、個人名 でもよいように思えます
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# by zae06141 | 2006-10-01 16:16 | その他歴史関係 | Comments(0)

○○朝という表現について

 セルジューク朝とかサーマン朝とかブワイフ朝とかガズニー朝とかサファビー朝とか、この ○○朝という言葉のニュアンスがどうしてもよくわからなかったのですが、最近やっとなんとなく納得できる理屈を見つけました。こんなこと私だけが知らなかっただけなのだろうけど。。。日本史でも武田家とか今川家とか上杉家とかの戦国大名は基本的には「甲斐」とか「駿河」とか「越後」とかの国とイコールなのでしょうが、元々の国を越えて勢力を及ぼすことになると、「武田方」とか「上杉方」というようになり、特に国名があるわけでもなさそうです。きっとイスラム諸王朝もきっとこれと同じなのでしょうね。子供の頃は「セルジューク王家のトルコ王国」でないのが不思議 どうしても 「セルジューク朝」というものの 国家としての実態や、当時の人々になんと呼ばれていたのかが イメージできなかったのですが、日本の戦国大名のようなものだと思うにいたり、やっと理解できるようになりました。
 戦国大名が守護とか守護代という資格で実際は独立国家であったように、イスラーム勢力もアミールとかスルタンとかの称号で支配したということなのでしょうね。
 私は長らく、パルティアの国家名が分からないのが不満でしたが(ササン朝は「エーラーンが国名」で王家の名称と国名はちゃんと分けて認識されていたようです)、「アルシャック」は「武田家」みたいな感覚で用いられていた言葉だと思うと理解できます。しかしそう考えると、「武田家」というのも 武田朝 と言っていいと思うし、足利家や徳川家も徳川朝と言ってもいいように思えます。
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# by zae06141 | 2006-10-01 16:15 | その他歴史関係 | Comments(0)

王朝滅亡

 西欧の王朝交替は、あまり「王朝滅亡」などという表現は使わないけど中国史では皇帝がその地位を簒奪されただけで、政府が崩壊したわけでも国家が滅亡したわけでも無いのに「滅亡」という言葉を使うが、何故なのでしょうか。ブルボン朝が倒れたからと言ってフランス滅亡ではなく、ユスティニアヌス朝が倒れたからといってビザンツ帝国が滅亡したわけではありません。こうした考えに立って中国史の「滅亡」を整理すると、「滅亡」したと言える政権・国家はもっと少なくなると思われます。

 例えば後漢-魏-晋へ至る過程は政権内の有力者による王朝交替に過ぎず、実質的には「後漢帝国」が続いていると思えます。また唐末から五代(後梁・後唐・後晋・後漢・後周)を経て宋に至る王朝交替もクーデタ・軍団による皇帝擁立などであり、後周 郭威-柴英への交替にいたっては中国史では珍しい養子による皇帝位の相続です。唐-宋は明らかに連続している1国家である様に思えます。

 別の観点で見ると、中国は秦の統一以降漢民族による中華帝国の連続であり、例え征服王朝といえど結局中国化してしまったのだから、政権が崩壊したとしても それは中華帝国内での王朝交替と変わらない、という観点もあるかもしれません。しかし どうやら 中国がずっと漢民族の国家・社会であったというのは間違いの様で、北方民族の侵入は実際にはもっと明確な民族的・社会的相違と変動があったと言える可能性もあるようです。五胡十六国時代の異民族の侵入は 結局漢民族に同化した中国王朝になってしまったわけではなく、実際には元朝を立てたモンゴル人が明の成立でモンゴル高原に引き上げる時まだモンゴル人であった様に、五胡十六国時代に華北へ定住した異民族はそのまま華北社会・民族の性質を変えてしまった可能性もある様です。隋王朝による中国統一の回復は フランク王国が西欧とビザンツを統一してローマ帝国を復興するようなもので、それは既にローマ人ではなくゲルマン人による帝国として明確に意識されることでしょう。とはいえ、ゲルマン人が支配したローマ領土の言語は、現在に至るまでラテン語系のロマンス諸語なので、これと同程度には、中国史においても、五胡十六国時代の異民族である北魏や隋の成立は単なる王朝交替といえない断絶があると思うのです。 極端に言えば秦以降の中国には3っつの国家・社会があったと思うのです。一つは秦-漢-晋-南朝。二つめは北魏-唐-宋-南宋。3つめは明-現代中国。中国史において「滅亡」したのはこの3つの国家だと思うのです。
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# by zae06141 | 2006-10-01 16:13 | その他歴史関係 | Comments(0)

合衆国とローマ 

 このところ、合衆国の成立とその後の歩みに対する古代ローマとの関係に興味があります。
 合衆国の紋章は双頭の鷲(ローマの紋章)だそうです。また、上院はSenateで古代ローマの元老院(Senatus)そのもの、下院(representativでしたっけ?)は言葉は違うけど古代ローマ「民会」(Populares)で意味はほぼ同じ。ワシントンの政府や立法府施設は古代ローマ建築に似ている。なぜアメリカ人はローマ帝国の映画や TVをよく作るのか。「世界の警官」として世界へ軍隊を派遣する意識。。。 合衆国がローマを意識していることは明白だと思います。合衆国人の心性・意識へのローマの関わりと影響についてだれかご意見ありませんでしょうか?(上記スペルはうろ覚えなので細かい間違いはご容赦ください)。

 アウグストス時代の帝政ローマをイメージするには、現代合衆国の世界支配ということが 参考になるのでは、と個人的には考えています。世界大半にUS軍が進駐している現代ですが、これをローマ軍と考えてみると紀元前1世紀の地中海世界がイメージしやすいのでは。だんだんローマ軍の支配圧力が強力になってきて、反面自分の国の支配者がだらしなく国家崩壊を呈してきたとき、自国の政府が軍の総帥としての皇帝(大統領)のコントロール下に直接置かれるのはまだ納得できるが、合衆国本土の「上院」議員の支配を受けるのは嫌、という意識。そこで属州(US以外)は皇帝直下、イタリア(US)と一部の国(中米のとある国とか)は上院(元老院)支配の形態をとった、というふうにイメージしてみるのはどうでしょう。
 私は個人的にこう考えると、皇帝の必要性がわりと納得しやすいのです。 軍事力が強大でローマ(US)に屈服するのは 時代の趨勢、しかしローマ元老院(上院)に支配されるのは嫌。 という場合、 元老院(上院)を越える統率者(大統領)が要請される、という考え方です。「服属する国々の政府要人がUS大統領選挙人538名に加わった状態」というのがアウグストゥス体制をイメージする場合に近いのでは、と思っています。

日本の政府代表者が大統領間接選挙人を選んで、彼らが投票する支配者と、US国民だけから選挙されて選ばれた上院議員とどちらに統治されるの?ということでは、(あくまで私個人的に)大統領の方が 納得しやすい、と思える ということです。

ところで記憶があやふやなので確認したいのですが(間違っていたらご指摘ください)、確か イタリア出身者(ローマ人以外)を大量に元老院身分にしたのはカエサルからで、それ までは殆どイタリア出身の元老院議員はいなかったと思います。属州出身の元老院議員の進出は1世紀からのことで、ローマが「帝国」になったとされるBC168年-BC64年の間 は、属州出身の元老院は殆どいなかった筈だと思うのですが。元老院の属州支配の限界が、マリウス、スラからカエサルを経てアウグストスに至る、 親分(用語忘れました)-クリ エンテラ 関係のヒエラルキーの頂点たる「第一人者」の支配を要請した、という理解はだめですかね。

 別の言い方をすると、個人的心情としては、US国民選出の上院議員に支配されるのは嫌だけど、私のボスのボスのボスである合衆国の有力者に支配されるのはまだあきらめもつきます。(独立を維持できないのであれば仕方が無いとう条件下での話です)
 早い話、日本政府のトップにUS国民選出の上院議員がつくのは嫌だけど、私は合衆国の会社の子会社に勤務しているので、日本法人社長のボスは本社社長となり、彼が大統領選 に出馬したら、支持した方が、まったく知らない、我々の権益と無関係な上院議員が日本の首相になるよりも まし、ということです。 ローマの紀元前1世紀のローマ支配の拡大はこんなかんじったのではないかと、思うのです。

 「合衆国は全ての人に門戸を開放した。それゆえに異人種・異民族・異文化が混ざり合って動く合衆国は、そこに住む全員が、各々の分野での労働にいそしむ社会をつくりあげたのである。ここでは、共通の祝祭日には大統領が主催する祭儀が行われるが、民族別や宗教別にもそれぞれの祭儀が自由に行われている。このことは、各人が各様に、自分たちの尊厳と正義を維持するのに役立っている。 合衆国は、誰にでも通ずる法律を与えることで、人種や民族を別にし文化を共有しなくても、法を中心にしての共存共栄は可能であることを示した。そして、この生き方がいかに人々にとって利益になるかを示す為に、数多くの権利の享受までも保証してきたのである。 この合衆国は、一つの大きな家である。そこに住む人々に、合衆国という大家族の一員であることを日々思わせてくれる、大きな一つの家なのである。」

 多分お気づきのことと思いますが、若干変な文章だと思われたかと思います。この文の「合衆国」を「ローマ」に、「大統領」を「皇帝」にすると、原文になります。この文は28日発売の塩野七生「ローマ人の物語 9」P388から引用した、2世紀の文人が行った演説です。若干奇異ではあっても、ぼーっと読んでいる限りは上記の文は 現代の合衆国像としても受け入れられるのではないでしょうか? 
 現実には民族差別や弾圧など力による支配という側面があったことはともかく、建前として追求している理念は かなり酷似しているように思えます。塩野氏は著作に置いて、「海の都の物語」では潜在的にベネチアと日本の比較を行っているものとされており、「ローマ人の物語」もローマと潜在的に合衆国の比較を行っている、という評価があり、もしそうだとすると、上記の演説は かなり恣意的に選択され、翻訳されたものだといえるのかも知れませんが、それでも、建国期の合衆国が 一部の制度名称や機構についてアテネでなく、同時期のベネチアでもなく、クロムウェルの体制でもなく、なぜローマ共和制から採ったのか、と考える時、合衆国の心性のどこかに、「法と正義により世界を統合し、秩序を与えたローマたれ」という意識がある様に思えるのです。
 
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# by zae06141 | 2006-10-01 16:11 | 古代ローマ・ビザンツ関係 | Comments(0)

パレートの法則と最近の日本

9/6日の日経新聞によると、日本居住世帯で、1068.8万世帯が641兆円の金融資産を持っている、とある。3831.5万世帯が512兆円の金融資産を持っている。1153兆円の金融資産のうち、4100.3万世帯のうち、26%の世帯が、55.9%の金融資産を持っている。「金融資産」というところに注目したい。家屋や車は資産に入れていない。つまり、株や預貯金などの資産が3000万円以上ある世帯が、56%にものぼるわけだ。金融資産が1000万円あるだけでも、世帯的には、かなり余裕がある、
家のローンや養育ローンを抱えている家庭では、金融資産ゼロに近い世帯もあるだろう。日経は、恐くて発表できなかったのではないか。ひょっとしたら、 1000万円以上の金融資産のある国民 30%程度が、70%の資産をもっている、というパレートの理論に近い数字が、既に日本で実現されつつある事実を(あくまで推測だけど
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# by zae06141 | 2006-09-09 23:21 | 雑記 | Comments(0)

「這い上がれない未来」とグローバリゼーションの時代

 最近「這い上がれない未来」という書籍を読みました。そして、グローバリゼーションについて、少し考えさせられました。
 
 ウォーラーステインの世界システム論というものがありました。16世紀以降、西欧植民地政策に取り込まれ、「世界システム」として、一つのシステムに、取り込まれてゆく、という主張です。その中で、「中心」とは、西欧列強の企業家、資本家であり、更に植民地の現地支配勢力が、システムを支える「列強側」価値観を身につけた社会層として、中心に位置付けられています。周辺とは、列強と植民地の労働者ということになります。

 この世界システムは、現在、1989年以降に進展しつつある、グローバリゼーションの時代での、世界規模での再編成の原理そのものとなっていると思うのです。
共産圏と中国・インド・ASEAN・BRICSの勃興とグローバリゼーションの進展は、かつて先進国・発展途上国のエリート階級・途上国の貧民・低開発国のヒエラルキーを

多国籍企業=中心
先進国・途上国問わず、それ以外の企業群=周辺

という、かつて、旧植民地国と宗主国の間で機能していたシステムが、グローバル企業とそれ以外の企業というように、世界規模で再編成されているように思えるのです。 これまでは日本で、給料が、手取り15万の人でも、グローバルな基準では、1500$の高給取りだったといえました(途上国の平均給与は、月 100以下~500$程度)。海外旅行をして、物価の安さに驚くことも多かったのではないでしょうか。先進国が中心にあり、発展途上国は、周縁、という構造があり、経済力としては、先進国はヒエラルキーの頂上を構成し、その最下層にいる低所得者も、自国内では、経済力を意識できなくても、ひとたび海外へでれば、ヒエラルキーの上の方にいる感覚を味わうことができたのです。

しかし、現在のグローバリゼーションの進展は、今後は世界中どこへいっても、15万円の給料は、15万給料の階層でしかなくなる時代が来ようとしている、そんな風に思うようになりました。そうして、多国籍企業は、発祥の国に囚われられず、発祥国の政治や経済システムに問題があれば、その中心を、より活動のしやすい別の国に移して、常に「世界システムを維持する」ように活動する、そんな時代がきつつあるように思えます。世界システム論や周辺論は、再び脚光を浴びる時が来るものと思いました。グローバリゼーションとは、輸出入という程度の「国際化」という意味ではなく、「世界規模の秩序再編」だと思うのです。
 
 このイメージは、紀元前1世紀のローマの体制に近いのではないかと思います。紀元前2世紀までのローマは、都市国家連合と、領域国家との同盟が、基本的秩序であり、各地の支配層にローマ市民権を与え、支配層に取り組む、という構造をもっていました。ウォーラーステインが近代西欧の植民地支配システムとして捉えた構造に似ています。これに対して、前1世紀の、ローマ有力者による抗争は、それまでの構造を再編成し、有力者達の各ヒエラルキーが、最終的に単一の、「皇帝」に再編・統合されてゆく過程に似ているように思えるのです。
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# by zae06141 | 2006-04-30 21:11 | 世界情勢・社会問題 | Comments(0)