古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
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違法コピーと著作権問題

昨夜になってようやく、石景山遊園地のニュースをYouTUBEで見ました(ついでにMLBオールスターでのイチローのヒーロインタヴューとランニングホームランも)。ニュースのコメンテーターたちは呆れて激怒していましたが(立場上仕方がないとは思いますが)、私は、直接利害がないので、単に可笑しかったです。しかしまぁ、元気のないパレードと、いまいちな着ぐるみ。こんなクオリティにいちいちめくじら立てなくてもいいじゃないの、と思ってしまいました。

またこの夏、ドラえもんのアニメが、日本映画社により、正式に中国で上映されているとのことですが、そのときの交渉についての記事を読みました。契約としては普通の細かい条項に、「そんなに信じられないか」と怒り出す交渉相手の中国人のエピソードが出てきます。石景山遊園地の件含め、中国人の著作権への認識のなさに呆れ、笑ってしまう日本人の方は、おそらくニュースのコメンテータ同様、結構いるのではないかと思います。

しかし、本当に、著作権の内容をきちんと知っている日本人がどれほどいるのだろうか、とも思うのです。おそらく多くの人々の認識は、中国の一般の人々とあまりかわらないのではないかと思うのです。私は一度、自サイト公開時に、調査したことがあるのですが、一口に著作権といっても、知的財産権、所有権、肖像権、複製権、商標登録権など、様々な権利が重層的にからみあい、「とにかく確認しまくればいい」ということはわかったのですが、現実問題、確認しきれないという事態が殆どだということがわかり、絶対安全と思われる、最低限の引用しかしないことにしました。

勤務先の仕事で、膨大な社内技術文書をホームページに掲載しようとしたときにも、著作権の難しさを知ることになりました。技術文書は、その一部にどこかから転載してきた文書の引用や、参考用サンプルプログラムがついていたりするのですが、このプログラムの中にも、一部、他のプログラムを流用されていることが多いためです。現在コンピュータソフトのプログラムは、コードを一から書くことはむしろ稀で、既存のコードを下敷きに追加修正をすることが一般的です。よって、引用コードの全てをチェックすることは事実上困難なのです。企業の製品であれば、引用するのも全て自社内のコードとして、著作権を企業が持つようにすれば問題ないのですが、現場の技術者にとって有用な技術文書に付属する参考用プログラムの多くは、製品ではないため、社外のコードをテンプレートに利用していることも多いのです。通常は、こうしたテンプレートは、裁判となったとしても、まず著作権が認められることは無く、問題ないとは思うのですが、企業としては裁判などが起こること自体、イメージダウンとなりますから、慎重にならざるを得ないわけです。

 話は戻りますが、長らく西欧の強い影響下にあった日本においては、「グローバルスタンダード」というものに従いやすくなっている側面もあるのではないでしょうか。われわれにとってのグローバルスタンダードは、中国人には、単なるローカルルールとしか見えないかも知れません。たとえば、中国が独自立法で、三国志や孫悟空などのキャラクターの肖像権、著作権などを作り出したとしたら、どうなるでしょうか?日本のゲーム、コミック、映画など、かなりの権利料を、中国から請求されたとしたら? もちろん私は、中国にすこしづつ世界のルールが浸透することを望んでおり、まだ未発展の段階だから、しばらく中国が大人になるまで我慢して欲しい、と思っているわけですが、さりとて、「中国の常識のなさ」を笑うことは、実は、自身をスタンダードだと思い込んで傲慢に振舞っているだけで、スタンダードといえど、ひっくり返る可能性のあるものであることを知らないだけ、という幼さを露呈しているだけなのではないか、とも思ったりするのです。
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# by zae06141 | 2007-08-03 10:24 | 世界情勢・社会問題 | Comments(0)

深圳書店

先週、地下鉄4号線の駅がオープンしました。全部で6駅くらいしかない、深圳を南北に走る駅ですが、深圳市は東西に長い市で、南北はあまりないので、この駅数となっています。早く自宅近くを通過する予定の、2号線も開通して欲しいものです。

また、7/1日には、香港と深圳の間の、西側の湾を跨る、香港-深圳間の橋もオープンしました。オフィスの窓から、横浜ベイブリッジや、湾岸レインボーブリッジのように、白い橋の支柱が美しく見えています。香港返還10周年のイベントがあちこちで開催されているようです。

週末には、深圳最大の書店と言われる、少年宮駅前の深圳書城に行ってきました。シャングリラホテルの人には、深圳最大の書店は、大劇院駅前の「深圳書城」だと言われ、リロケーション会社の人には、南山区の「深圳書城」が深圳最大だと言われ、更に、HPには、少年宮近くの深圳書城が、中国最大、と記載されていました。

どれが本当に最大なのでしょうか、ということで行って見てびっくりでした。幕張メッセのような、広大な敷地を持つ、展示会場としか思えない、巨大な書店でした。といっても地下一階、地上2階で、広い空間をのびのびと利用しているので、売り場面積としては、中国一(または深圳一)でも、本の数では、北京王府の書店(名前忘れました)と大差ないかも。ちなみに、Googleでヒットしたところでは、広州にも、「中国最大」の本屋がありそうです。白髪三千条のお国柄ですから、あちこちに「中国最大」があってもおかしくないですし、そのうち「東洋最大」「世界最大」書店も登場するのではないかと期待しています。

それにしても、少年宮駅前の深圳書城は、ピザハット、KFC、スタバが入り、建物もメッセ的で、ここが中国とは思えない場所でした(近くにカルフールもある)で、ピザハットで、安いパスタとお茶で、日本円にして800円)。物価も施設も日本並み。こんなところがこれからだんだん増えていくんでしょうね。

※2008年2月3日追記

先日、深圳の書店の歴史書籍はいまいちだ、と記載してしまいましたが、昨日福田区にある深圳書城本店と、少年宮店にいってきました。両店はこれまでも行っていて、それ程本があるようには思えなかたのですが、南山店を見慣れた目で今一度見てみると、印象が大きく変わりました。深圳博物館近くの本店の歴史コーナは、新宿ジュンク堂書店くらいの規模という印象。南山店は、概観は大きいものの、レコードショップやおもちゃ屋など、書籍と関係のないショップも多数入っているので、本店に比べると、意外と書籍の種類は少ない、ということなのではないかと思います。歴史書籍コーナーに関しては、南山店が新宿小田急百貨店に入っている三省堂程度、少年宮店(幕張メッセをイメージさせる施設の一部に入っている)は、新宿紀伊国屋本店規模、本店が新宿ジュンク堂程度なのではないかと思います。
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        (深圳南山店:木立に隠れている下の部分が五階建てくらいの書店部分)

 しかも、南山店と本店は、歴史書と考古学コーナが分かれていますが、少年宮店は同じ場所にありました。

 スペース的には紀伊国屋やジュンク堂に匹敵するとしても、深圳書城では、同じ本が何冊も並んでいるので、実質的な本の種類は1/3程度だと思いますが、とはいえ、その内容は充実しています。めぼしい書籍の奥付を確認すると、だいたい2000年以降出版種類が増えている感じです。昔は歴史関連書籍というと、典籍関連と学術向けばかりが目につきましたが、ここ数年一般向けの読み物が充実してきているように思えます。


※2014年10月14日追記
先月久しぶりに南山店に行ってきました。店内が階層されていて、売り場面積は全体的に縮小し、内装が非常にオシャレになっていました。
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上が以前の書棚。下が改装後の書棚。
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# by zae06141 | 2007-07-09 14:02 | 旅行・海外駐在関係 | Comments(0)

アンガス・マディソン「経済統計で見る世界経済2000年史」 ver7

 昨日19日の日経新聞5面に、オランダ、フローニンゲン大学のアンガス・マディソン教授が、過去2000年間のGDPの推計を試みているとの記事がありました。アンガス教授の書籍は、以前「世界経済の成長史1820‐1992年―199カ国を対象とする分析と推計」という書籍を読んだことがあるのですが、過去2000年間の方も、「経済統計で見る世界経済2000年史」という書籍を出していることを知りました。
 
 前著には、1820年のGDP1位は中国、2位はインドとなっていましたが、これは人口が多いためで、一人あたりのGDPとなると、英国や日本よりも低い状況でした。これに対して、後者の書籍では、宋代の一人あたりのGDPは、西欧よりも高かった、とあるとのことです(日経新聞記事より)。
まぁ、西欧が一番低調だった頃と比べても、とは思いますが(10世紀で比べるなら、ファーティマ朝か、ビザンツにして欲しいと思います)、実験的な試みとはいえ、興味を引かれてしまいます。

※追記1 2007年4月
 本屋で立ち読みしてきました。ざっとめくっただけなので、ちゃんと読めているわけではありません。その範囲内での感想ですが、あんまり期待した感じでもなかった、というところでしょうか。

基本的には、「世界経済の成長史1820‐1992年―199カ国を対象とする分析と推計」 に書き足したという感じで、2/3くらいは、「世界経済の成長史」の統計図版がそのまま掲載されている感じ。次に解説の量が多いのは、1500年-1820年。しかし、この部分であれば、ウォーラーステインはじめ、多くの学者の研究しているところです。特に本書に頼る必要もない部分かと思います。一番興味のあった紀元0年~1000年に関する部分は、ほぼ人口推計の算出だけと言ってよく、GDPは、各地域400ドル~450ドルの間にまとまっていて、都市や地域・職業別に推定されているわけではありません。また、人口やGDPは、地域別に指定されているのですが、西ヨーロッパ、東ヨーロッパ、アフリカ、トルコ、イラン、イラン以外のアジアなど、地域別となっていて、古代国家の単位と関連付けされていないため、ローマ帝国やペルシア帝国などの単位での参考値とはなっていません。

※追記2 2008年5月
 アンガス・マディソンの「Chinese Economic Performance in the Long Run 960-2030」の中国語訳、「中国经济的长期表现 公元960-2030年」の付録に、明代初期、1380年から、10年刻みの人口推計表が掲載されています。1895年以降は、3~5年毎、1952年以降は毎年の人口が掲載されています。邦訳だと「世界経済の成長史1820‐1992年―199カ国を対象とする分析と推計」が定価で5040円、 「経済統計で見る世界経済2000年史」が、13650円と高額だったりしますので、統計表程度しか見ない私のような向きには、30元(450円くらい)で手に入る中国語版は非常にリーズナブル。本書には、紀元1年、960年、1300年、1700年の欧州(トルコとロシア以外の欧州)と中国の推計GDPの比較が掲載されていて、1人辺りの平均年収が掲載されています。
      1年  960年  1300年  1700年(単位、1990年ドル)
中国  450   450    600     600
欧州  550   422    576     924

 きれいに、ローマ帝国の最盛期と中世暗黒時代、ルネッサンス以後の復興という欧州人の歴史観を反映した値となっています。こんな微妙な相違は、殆ど誤差の範囲であって、集計方法によりいくらでも調整できてしまう値だと思うのですが、そうはいっても、何もないよりはマシ。ということでついつい参照してしまうことになるのでした。

 この手の推計となるとマディソン教授ばかり。教授の算出を検証するような他の研究は見たことが無いのですが、数字だけが様々なメディアに転載され、学問的に確定した事実のように、一人歩きしている印象があります。

というわけで、期待した程の参考にはなりそうにもなかったのですが、いくつかわかったこともあります。ひとつは、18世紀の日本の都市化が、西欧と同じ13%程度と、中国よりも高かったこと。もうひとつは、西欧の経済データは12世紀頃から比較的把握されていて、西欧の経済的浮上が1000年頃から起った、と考えられている点などがありました。

※追記3
2010年1月 アンガス・マディソン氏のサイト掲載の数値情報を利用して、紀元1年と2008年の世界人口のグラフを作成してみました。 また、2次大戦前夜の日本の国力を知りたいと思い、1937年と41年のGDPベスト15国も一覧も作成してみました。ご参考にどうぞ。

※追記4 2010年6月
清代中期の役人洪亮吉の一人当たりを養う耕地面積論とアンガ・スマディソン推計の清代一人当たりGDP」と言う記事も作成してみました。

※追記5 2016年2月
アンガス・マディソン氏のローマ帝国の一人当たり平均所得の計算根拠の概要を、『世界経済史概観-紀元1年~2030年』(2015年)をもとに各世界のプロファイル(古代ローマ、漢、サーサーン朝の人口、財政、生活費、GDPなど)に追記しました。もうちょっと史料的な裏づけがあるのかと思っていましたが。。。計量経済史学を歴史経済学がほぼ無視している理由がよくわかりました。アンガス氏の研究数値のうちのGDPについては、出典として利用しても概ね妥当な範囲だろう、という段階に達しているのは1820年以降くらいだ(イタリアは1500年くらいかも)、という結論をようやく出せそうな気がしています。

 ここ数年、計量経済史学関連の史料とロジックを渉猟してきてわかったことが2点あります。ひとつは、平均寿命(≒平均余命)や歴史人口学、財政規模、穀物生産性などはそれなりに史料的裏づけがあること、二つ目は全時代・全地域を通じて、一貫して比較的残っている文書史料は、税収(≒歳入)と兵士の数(≒歳出)だということです。歳入は金額が重要なので、中央集権が貫徹していない場合、人口は重視されず記録もまた残りにくい、対して歳出のほとんどはどこでもいつでも軍事力≒兵士の数なので、総人口に関する史料は少ない代わりに兵士の数に関する史料は結構残っている、という点。

※追記6 2016年12月(2017年5月一部修正加筆)
アンガス・マディソン氏の『世界経済史概観-紀元1年~2030年』(2015年)に、ローマ帝国各地地域ごとのGDPの算出方法が記載されていました。同じ方法を漢王朝に適用した記事を書いてみました。ご興味のある方はこちらをご参照ください。2014年春にウォルター・シャイデルの論考を読ん時から思っていたのですが、古代・中世に対する数量経済学史は、もうまったく、オーダー・エスティメイションの世界だということが、私の結論です。経済理論自体が、数々の前提条件のもと、「XXの値がYYならば」というオーダー・エスティメイションで成り立っていることを思えば*1、特に不思議ではないのですが、歴史学の経済史家が数量経済史を真面目に相手にしないのが本当によくわかりました。まあでも、仮定を積み重ねるだけのことでも、何もやらないよりはましではありますね。それなりに意味のあることだと思います。
 アンガス氏の1820年以前のGDPに関する算出値ありきで論を構築する研究はろくでもない研究だと考えた方がよく、アンガス氏が仮定として用いた各要素の値を、ひとつでも多くより実証的に深める研究こそが、数量経済史家には必要とされているのだ、ということがよくわかりました。アンガス氏を知ってから10年、ようやく彼のGDP推計の問題点も有効性もだいたいわかった、といえる段階になりました。長い探求でした(この10年間にアンガス氏の研究に関心をもって調べた各記事はこちらこちら)。

*1経済理論が現実の世界でなかなかその通りに機能しないことが多いのは、条件の幾つかが現実と一致していないからです。諸条件がほぼ揃った滅多にない成功事例がブレトンウッズ体制下の西側先進国経済であるといえると思います。オーダー・エスティメイションは、現在ではビジネスコンサルやITコンサルでもよく使うので、理系分野だけではなく、ビジネス界でも馴染みのあるものだと思います。

追記7(2017年7月)

 日本経済新聞社の記事7/1日の『習近平氏の「中国の夢」、千年間のGDPで精査』で、今年4月に発表された、宋代以降の中国と中世欧州、徳川日本のひとりあたりの平均GDPに関する最新研究『China, Europe and the Great Divergence: A Study in Historical National Accounting, 980-1850』(PDFはこちら)が紹介されています。時間のある時にじっくり読んでみたいと思います。1700年前後のイングランドの値をかなり低めに出しているような気がします。アンドレ・グンダー・フランクが『リオリエント』で叙述的に示しただけで数値的根拠がいまひとつだった、近世における中国への銀の流入量の総額見積もりや物価との連動を数値的に説明できていたりすると嬉しいかも。

 ところで、日経の記事にある、習近平氏が、「アヘン戦争の前は中国は世界一豊かな国だった」との文言は、ひとりあたりGDPの話ではなく、当時の単一の国家としては飛びぬけて膨大な4億という人口による総GDPの話をしているのだと思うのですが、どうなのでしょうか。個人的にはポメランツ説よりも、アンガス説に基づいての主張だと思っていました。GDP総額で米国を抜くのが当面の現実的な範囲の値であって、ひとりあたりのGDPが米国を抜く、という議論が現実味を持つにはあと50年くらいかかると思っているのですが、、(輸出競争力確保のため、為替の完全自由化はなかなかしないでしょうから、PPPのひとりあたりで米国を抜く、ということなのかも知れませんが、、、こちらは現実的な目標になりえると思います)。

 いづれにしてもこうした研究が地道に進んでくれるのは嬉しい限りです。

 今回の追記では以下5点の関連論文や書籍等を紹介したいと思います。

1.ローマ・漢王朝・パルティアのひとりあたり最低生活費の研究(オランダ・ユトレヒト大学)
 The standard of living inancient societies: a comparison between the
Han Empire,the Roman Empire, and Babylonia (PDFはこちら
 Bas van Leeuwen, Reinhard Pirngruber, Jieli van Leeuwen Li著

2.18世紀のロンドン・アムステルダム・ミラノ・北京都市部・北京農村部・京都/東京の実質賃金比較研究
 『実質賃金の歴史的水準比較』J.-P.バッシーノ、馬徳武、斉藤修著
 (『経済研究』通巻56号,2005年第四号pp349-369)

3.斉藤修『比較経済発展論-歴史的アプローチ』(岩波書店)
 掲載グラフを解説しているところで、上記バッシーノ達との研究に追加して、同時期に対するストラスブールやオックスフォード、畿内、京都、銚子、広東との賃金を基準とした生活水準比較グラフが掲載されていて有用です。アンガス・マディソンの方法論についても解説しています。

4.歴史学畑の西洋経済史学者が書いた数量経済史の入門書としては、カルロ・マリア チポッラ著『経済史への招待―歴史学と経済学のはざまへ』 国文社/2001年)が良書だと思います。

5.アヘン戦争時の清朝と英国の財政規模
 めちゃくちゃ適当な計算ですが、当時の両国の中央政府の財政総額が残っているので、労働者ひとりの年収を100万円と決めうちした場合、両者の財政規模がいくらになるのか計算した記事です(こちら)。清朝1兆円弱、英国本国1.3兆円くらいになりました(英国は、植民地政府の財政は含まない)。この背景として清朝は康熙・雍正帝の時代に中央政府の税額を固定してしまった点と、英国は巨額な国債を発行していた二点があげられます(あくまで中央政府の税収で、地方政府の税収は別にあります。更に清朝では公式の財政記録に載らない要素(徭役等)も大きいと思われます。よって、これはあくまで数字のお遊びです)。しかし簡単に計算しただけでも英国の財政規模が清朝を上回ってしまう結果となる具合ですから、アヘン戦争の敗北も妥当なように思えた次第です。

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# by zae06141 | 2007-03-20 00:55 | その他歴史関係 | Comments(0)

より便利なサービスの筈が、そうでなかったりする話

 久々に米国出張してきました。出張先で、便利にするためのサービスであるのですが、実際のところ、そうでもないかも、というサービスに2つ程出くわしました。

 ひとつめは、空港のチェックインです。

 最近、幾つかの航空会社では、ホームページから、チェックインができるそうです。今回利用したノースウエストでは、24時間前から可能となっていました。予めノースウェストのホームページから、苗字と空港コードと予約番号を入れれば、座席表が出てきて、空いている好きな席を選べるというもの。座席を選んだ後、サブミットボタンをクリックすると、ボーディングパス画面が出てきて、それを印刷して、空港にもっていけば、チェックイン作業をパスすることができ、そのまま荷物チェックに向かうことができるわけです。チェックイン作業は終わっているので、空港に遅刻して、オーバブッキングで座席を他の客に取られてしまう心配も無いわけです。この為、空港には、出発の1時間前に着けば充分。浮いた時間を他のことに使える、というわけです。

 このサービスは、ホテルのロビーなどに設置されているインターネットサービスで、プリンタも利用できるところがあるので、そうしたところでは便利です。ネットカフェでもできるでしょうk。しかし、今回は、出張先の社内設備からプリントアウトしようとしたので、まず、プリンタードライバをダウンロードして、インストールしなくてはなりませんでした。更に印刷すると、右側が印刷しきれず、余白調整に手間取ったりしてしまいました。ホームページの設定は1分くらいで終わったのですが、最終的に印刷ができるまで、1時間くらいかかってしまいました。翌日は、出発の1時間前に空港へ行けばいいので、余裕が持てましたが、結局トータルでは、時間の削減にはなっていないですよね。ホテルに設備が無ければ、ネットカフェを探さなくてはいけないし、探して印刷する時間が1時間かかってしまうのであれば、最初から空港に2時間前に行くのと変わらないことになります。しかもこのサービスは成田ではまだ使えないので、この点でもあまり役に立たないかも。。。。

 ふたつめは、レンタカーの予約。ハーツでは、ゴールド会員になると、空港のレンタカーカウンターに行かず、直接車の置いてあるところに行って、ピックアップできるそうです(他も似たようなサービスをしていると思うけど)。これも並ばないで済む、というメリットはありますが、今回私の着いた便では、殆ど客がいないようで、カウンターにいった時も私だけ。他に客がいなかったので、カウンターの人が、こちらが名乗る前に「〇〇さんですね。承っております」というくらい。で、予約を確認すると、カウンターの人が、「あと25ドルで、フェアレディZはいかがでしょう」と薦めてきた。いいですと断ったら、15ドルにディスカウントされた。一番安いコンパクトカーでいいです、となおも断ったら、同じ値段でいいからと、フォードの大型SUVを薦められました。値段が同じなら、ということで借りてしまいました。出張先のオフィスで、前日一足先に来ていた同僚に聞いたら、「ゴールド会員なので、そのまま予約通りのコンパクトカーだった」とのこと。こう考えると、カウンターに行った方がメリットがあることもあるかも、と思いました。

 というわけで、今回知ったサービスは、どちらも今後使うかどうかあやしいかも。ただ、座席を自分で選べるのはいいのかも知れませんが、今回、選んだその席のビデオが壊れていて利用できませんでした。。。。
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# by zae06141 | 2007-03-10 21:03 | 雑記 | Comments(0)

映画「笛吹川」

木下恵介監督「笛吹川」を見ました。この映画、中学生の時、好きなSF映画ベスト5という雑誌の企画で、幻想小説の名手、「X電車で行こう」の作者山野浩一さんが、この作品を「異様な感覚」と評してベスト5に上げていたのを読んで依頼、ずっと見てみたいと思っていました。深沢七郎の原作は、学生時代に読み、好きな歴史小説の一つでもありました。

作品は、武田信虎の時代、晴信の生まれる少し前から始まり、武田家滅亡までを扱った大河物語ですが、主人公は武田家や武士ではなく、ある農民の一家です。彼ら一族が、ある者は戦場にゆき、ある者は武田家に仕えることで歴史と関わってゆく、しかし、それ以外の部分では、淡々とした生活が続くだけの、社会の上層と関わることが少ない農民主体の世界が描かれます。社会の上層階層が繰り広げる歴史が、まるで異世界からのちょっかいのように感じられる不思議な感覚は、映画でも、原作のイメージそのままに展開しています。主人公達の心理描写に立ち入ることなく、乾いた映像が続いています。

映像を見て強く印象に残ったのは、殆ど低い姿勢からのカメラワークがほぼ一環して続く部分と、BGMに音楽は一切なく、寺の鐘が、鈍く低音で静かにゴォ~ン ゴォ~ンと鳴り続くとことでしょうか。鐘の音に伴って、時折僅かに、微かに経文を唱えるような音がする。

カメラワークは、1.5m程の高さで一定していて、農民を見上げるような感じで捉えています。とおりがかかる武士は、当然見上げるようになる。社会の底辺から、世の中を眺める感覚を表現しようと意図的にしたのかどうかわかりませんが、意図したのだとしたら、それは成功していて、そのような印象を受けます。

BGMの鐘と経文は、パゾリーニの「王女メディア」を彷彿とさせます。「王女メディア」では、BGMに日本の民謡と、鐘が使われ、音楽は一度も登場しなかったように記憶しています。

原作も読まず、パゾリーニも見ていなかったら、きっと衝撃を受けたのではないかと思いました。
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# by zae06141 | 2007-03-04 06:02 | その他の時代の歴史映画・ドラマ | Comments(0)

第七の封印とサクリファイス

中世を扱った映画を探していて、イングマール・ベルイマンの作品「第七の封印」(1956)を思い出しました。見たのは学生時代なので、もう20年くらい昔の話。なので、記憶が一部あやふやなところがあるので、ちょっとネットで調べてみたところ、意外に、記憶の内容通りです。

この、「第七の封印」とアンドレイ・タルコフスキー「サクリファイス」は、二元論という、同じテーマを扱っているように思えます。ここで言っている二元論とは、善悪、神と悪魔ではなく、コスモス・カオスという意味での二元論です。何がコスモスで何がカオスか、というと、ざっくり言ってしまえば、深刻に人生や世界のことを息苦しいくらい真剣に考える理性的知識人の世界がコスモス。どこか冷静過ぎて、秩序的。「人生楽しめばいい」と、どこかいいかげんで、不真面目でざっくばらんで感情的だが、陽気で人間味ある世界がカオス。

第七の封印における、信心深い知識人である主人公の、人生の意味や死への思索、これは、コスモスを追い求める真摯な姿勢であり、しかし、そんな主人公の所に、死神がやってくる。主人公の周囲に何人かの人物が登場するが、旅芸人の夫婦以外は、全員破滅して終わる。彼らに共通しているのは、「形而上なるものへのこだわり」だと思う。魔女とされ、処刑される女性。魔女は、人々の意識や恐れが作り出したものに過ぎない。しかし、「魔女」という形而上的存在が、処刑という災厄をもたらす。主人公は信心深いが、それは心ではなく、論理的な側面がある。だからこそ、死神がやってくるのである。

一方、信仰心という意味では不真面目な旅芸人の夫婦のみが、生き残る。マリアの幻影を見たにしては、深い思索もなく、しかし素朴で、あれこれ深く考えることなく、子供と夫婦生活中心とした、地に付いた生活をおくっている。そんな夫婦の元には死神は訪れない。そもそも、そんな夫婦の世界には、「死神」は存在していない。

「サクリファイス」では、前半部がコスモス、後半部がカオス。核戦争が迫っているというのに、冷静、客観的、不安な感情を押し殺し、理性的過ぎる主人公達。この世界は破滅する。一方の後半部。時間が遡り、同じ場面が繰り返される。登場人物は同じだが、その振る舞いは前半部と打って変わって、あさましく醜いといえるくらい感情的・自分中心的だが、この世界は破滅することなく、家が焼ける程度で終わる。

タルコフスキーも、ベルイマンも、過剰なきまじめさ、非人間的なまでに過剰な理性が、世界を滅ぼす。希望は、原初的で粗暴で不真面目とも思えるが、暖かく人情味ある庶民にある、と言っているかのようだ。このテーマはドストエフスキーに通ずるものがあると思う。

コスモスカオスの対応は、映像にも象徴的に現れている。第七の封印の白と黒、サクリファイスの冷たいカラーだが、モノクロトーンの前半と、より鮮烈な色彩の後半と。

無理くり落ちをつけるとすると、
「中国が世界をメチャクチャにする」という書籍が売れていますが、書籍に描かれている、中国人の、あさましいくらいの現世利益追求の姿勢は、世界を混乱に陥れるかもしれませんが、世界が滅ぶことにはならないでしょう。反対に、米国のネオコンや、イスラム原理主義に代表される生硬なイデオロギーこそ、人類を破滅に導くものではないか、と思えるのです。

まぁ、この論法からすると、頭でっかちな私の元には、やがて死神が来ることになるのでしょうけど。。。。
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# by zae06141 | 2007-02-17 22:24 | その他小説・映画関連 | Comments(0)

黄帝と炎帝

「長江流域と巴蜀、楚の地域文化」に、黄帝は北方の神であり、炎帝は南方の神であり、もともと異なった文化圏の神だったものが、北方民族による南方の征服の結果、ともに漢民族の神とされ、黄帝は正統、炎帝は対立する勢力という位置付けとなった、との説が記載されていました。こうした現象は日本でもあって、出雲勢力を大和勢力が征服したことによる、神々の吸収という現象に現れています。

炎帝を神を仰いだ民族とはどのような民族だったのでしょうか。当時中国南方に住んでいた、タイやベトナム人の祖先の歴史や神話の中に、炎帝の痕跡が残っていないものでしょうか。そのうち調べて見ようかという気になっています。

ところで、イランとインドは元々同一民族だったので、それぞれの神は、もともとインド-アーリア人の神だったと見られていますが、イランでの善神アフラ・マズダがインドでは悪神阿修羅、インドでの善神デーヴァがイランでの悪神ダエーワと、入れ替わっている点が面白いと思いました。これは、恐らく、インド人とイラン人が分裂の過程で、一時対立関係にあったことの名残だという気もするのですが、どうなのでしょうか。イランでもインドでも、分裂前後の時代は、どちらも善神であり、あまり違いはなかった、ともされているようですが、分裂そのものが、やがてお互いを貶める方向へ、双方の神を位置付けるようになっていったのではないかとも思えます。
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# by zae06141 | 2007-02-11 10:38 | 古代中国関係 | Comments(0)

2006年の記事履歴

2006年12月24日映画「華氏911」

2006年12月9日  映画「エンロン」
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# by zae06141 | 2006-12-24 23:53 | サイトに移行した記事の更新履歴 | Comments(0)

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# by zae06141 | 2006-11-14 23:37 | このブログについて | Comments(0)

ブルガリア料理店その後

以前カレッタ汐留にできたブルガリア料理店ソフィアの紹介をしました。そのときの訪問では、「メニューに無いものを予め予約を入れてくれれば、作りますよ」とのことでしたので、本日電話してみました。

わたし 「こんにちは。今度の○月×日に予約を入れたいのですが」

店員 「何名様でしょうか」

わた し「12:30分に3名でお願いします」

店員 「了解しました」

わたし 「ところで、昼間はあまりメニューも無かったようなので、夜のメニューのものも出して欲しいのですが可能でしょうか」

店員 「たとえばどんなものでしょうか。

わたし 「カバルマ*1とか」

店員 「カバルマなら昼のメニューにございます」

わたし 「そうですか。それでは、以前お伺いしたときの話では、メニューに無いものも、事前に予約を入れるときに言えば、作ってくれる、とのことでした。そこで2点お願いしたいのですが」

店員 「どんなものでしょうか」

わたし 「シュケンベチョルバ*2をお願いしたいのですが」

店員 「シュ・・バ??? なんですか? 特別な食材を揃えるのはちょっと難しいので、残念ですができません」

わたし 「特別な食材ではないですよ。羊の腸ですよ。日本でも手に入ります」

店員 「キロ単位で食材を仕入れますものですから、お一人様で準備するのはちょっと。残りをメニューに載せるわけにもいきませんし。。。」

あれれ。。。なんだかこの前と話が違う感じ。

わたし 「何人くらいならいいんですか」

店員 「十人以上くらいでないとちょっと。。。。」

わたし 「十人以上ですか。わかりました。揃えます。最低何人揃えればいいでしょうか」

店員 「ブルガリアのスタッフに聞かないとわかりません」

わたし 「わかりました。ブルガリアの店員の方と変わっていただけますでしょうか」

店員 「申し訳ありませんが、今、日本語の達者なブルガリア人が帰国してしまっているので、今直ぐはわかりません」

あれ? この前の話だと、ブルガリア人の店員はいないんじゃなかったの?

わたし 「わかりまりた。日本語が話せない方のブルガリア人でいいので、電話口までお願いできませんでしょうか」

店員 「いや、先ほどもご説明しましたように日本語ができるブルガリア人は帰国してしまっているのです」

わたし 「帰国している方ではなく、日本語が話せない方のブルガリア人でいいですよ。ブルガリア料理のわかる人と私が直接ブルガリア語で交渉しますから」

店員 「実は彼は本日はまだ来ていないんです」

なんだか、どんどん泥沼にはまっていく感じ。。。適当に言い訳を重ねているようにしか思えないのだが。

わたし「わかりました。じゃあシュニッツエル*3はどうでしょうか」

店員 「シュニ・・・???なんですか???」

わたし 「シュニツェルは日本の食材でできますよ」

店員 「ブルガリア人はスタッフですがコックではないのです。なので難しいと思います」

やれやれ。結局何にもできないわけね。

わたし 「しかし、ブルガリア料理と銘打っているのに、ブルガリア料理っぽいのはカバルマだけというのはいかがなものでしょうか?*4」

店員 「まだ本店は4月に開店したばかりで、軌道に乗ってきたら、今後メニューを増やしていく予定です」


わたし 「わかりました。楽しみにしております。半年くらいたったら、メニューを覗いてみますね」

店員 「よろしくお願いいたします」

・・・・・・・・終わり

・・・・・段々自分自身がクレーマーというか、感じの悪い客としか思えなくなってきてしまった。確かにちょっと次々と底の浅い言い訳を続ける店員に腹が立ってはいた。<最初から、メニューに無いものはできないし、ブルガリア人のスタッフなんていないんでしょう? たまたま日本在住のブルガリア人関係者をスタッフを呼ぶなら、そうした存在はいるかもしれないが、その程度の関係者がいるだけなんでしょう?だったら最初からそういえばいいのに> 

電話を切った直後はこのように思っていたものの、ちょっとしてから思い出した。そういえば、ブルガリアでも、日本人に限らず、外国人(この場合欧米の人たち)の間では「ブルガリア人は、なんで直ぐばれる嘘や言い訳をつくのだろうか。しかも、それらがみんな短絡的なものだから、嘘を追及すると、嘘に嘘を重ねて、どつぼにはまってく」なあんてことを言っていたものだ。しかし、最近あちこちの、海外在住者のブログを読んでいると、こうしたこと(すぐばれる嘘を重ねる)は、ブルガリア人に限らないらしい。共産圏の産物でもないらしい。そこで最近思うには、ようは、すぐばれる嘘をつく人々は、たんに、素朴で純粋だということなのではないだろうか? 逆に、我々(といっての日本人や欧米の人皆とは限らないが)は、嘘に慣れっこになっていて、言葉や態度には裏表があるもの、と普通に思うようになってしまっているので、我々自身、嘘をつくにも巧妙な嘘をつくようになっているし、逆に嘘に詳しいからこそ、直ぐばれるような嘘に騙されることもなく、巧妙な嘘でないと騙されなくなっている、ということなのではないだろうか。そう思うと、ブルガリア在住当時、つまらない言い訳を続ける人を責めた自分が、急に情けなくなってきた。

しかし、今回電話に出た店員は、間違いなく日本人だったが、彼との対話こそ「ブルガリア人体験のひとつ」ではなかろうか。してみると、カバルマとキュフテくらいしか本場っぽい料理はないが、十分にブルガリア感覚を味わえる、ということで、レストラン「ソフィア」は、一流のブルガリア料理店なのかもしれない、と思ったのだった。そう思うと、ソフィアに行ってみるのも悪くは無い、と思ったものの、なんだか電話で大分ケチをつけてしまったので、なんだか行きにくくなってしまったなぁ。。。

*1 カバルマ - ブルガリアに訪問にきた日本人の、たいてい誰もが口にあう唯一の料理。シチューの一種。
*2 シュケンベチョルバ - かなりあくの強いモツ煮込み。私は好物だったが、大抵の日本人は食べれない。ブルガリア人にさえ、「あんなものすきなの?」と眉をしかめられた。でも大抵のレストランに置いてある代表料理。
*3 シュニッツェル - メンチカツをテンプラにして揚げたような料理。これも比較的日本人の口に合う。
*4 他にムサカやキュフテもメニューにある。 しかし、ムサカは厳密にはギリシア料理である。キュフテは中近東一帯で広く食されていて、トルコ・アラブ・イラン圏いづれでも見られる。両者ともブルガリアでも日常家庭料理になっている。
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# by zae06141 | 2006-10-19 00:52 | 旅行・海外駐在関係 | Comments(0)