古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
by Solaris1
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インドとサーサーン朝の交流と国境

 サーサーン朝に興味を持ち始めた頃から思っていたことですが、サーサーン朝とグプタ朝、ヴァルダナ朝は、国境を接していたと思われる隣同士の大国であるわりに、お互いに関する情報が殆どありません。仲が悪いのであれば、戦争に関する情報が残っていそうなものですし、友好関係にあったのであれば、使節の往来に関する記録があっても良さそうです。最近は、もしかしたら、国境を接していたという認識自体が誤りなのでは?とさえ、思えてきたりしています。グプタ朝の領域(境界)が、どのように決まっているのかを知りたいと考えていた動機の発端は、このへんに由来があったりします。この意味では、前回のグプタ朝の領域史料に関する記事は、今回の記事と表裏一体のものとも見ることができます。

 今回少し、最近見つけた使節のやり取りや国境に関する情報を整理してみました。ご興味のある方はこちらをご参照ください
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by zae06141 | 2014-08-28 00:43 | 古代イラン関係 | Comments(0)

グプタ朝の碑文の出土地分布マップ

 歴史史料が殆ど残されていないインド史において、グプタ朝の領土はどのように復元されたのか調べてみました。マウリヤ朝の場合、アショカ王の勅令碑文が各地で発見され、入門書籍でも発見された勅令碑文地図が出てくるくらいなので、ほぼインド全土に広まる碑文出土地を囲めば、よくある最盛期のマウリヤ朝地図が完成します。これに対して、サンスクリット文芸が栄えたインドの古典時代とされるグプタ朝では、当時或いは後世の歴史書的なものから復元された部分もあるのではないのか、と少し文献史料を調べてみたところが見つからず、碑文出土地地図も見つからないので、どのように領土が推定されているのかが、よくわからないところがあります。そこで碑文集成から自分で碑文地図を作成してみました。ご興味のある方はこちらをご覧ください
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by zae06141 | 2014-08-19 00:20 | その他歴史関係 | Comments(0)

古代ギリシア・ローマ文献に登場するインド関連の記載の雑記

 今回、プトレマイオス、ストラボンを参照したついでに、プリニウスとエリュトラー海案内記も参照してみました。エリュトラー海案内記は十数年前に一度読んでいるのですが、当時の印象は、ペルシアやインドの情報が思ったよりも少なく、がっかりしたものです。ところが、古代イランやインドの情報が希少だと深く実感できた今となっては、当時はがっかりして印象の薄かった部分に、意外に重要な情報が登場していることに気づかされ、読み応えがありました。今回色々知見得た知見をメモ代わりにずらずら並べてみました(以下more)。

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by zae06141 | 2014-08-05 00:25 | その他歴史関係 | Comments(0)