古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
by Solaris1
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書籍「オスマン帝国500年の平和」「大英帝国インド総督列伝」「インド 厄介な経済大国」など

 今回も、全部図書館です。

 「オスマン帝国500年の平和」

 いつ行っても図書館になかったのですが漸く借りれました。人気があるようで、既にかなりよれよれ。今まで日本語で出ているオスマン帝国の書籍といえば、スレイマーンまでの拡大期と18世紀以降の衰退期の領土の話(例えば鈴木董「オスマン帝国 イスラム世界の「柔らかい専制」」、新井政美 「オスマン帝国はなぜ崩壊したのか」など)、高校生向け歴史地図帳でも、オスマン帝国の拡大と縮小の2図が掲載されているのが普通。私は安定した平和な時代とその社会に興味があるので、16世紀末から18世紀末の社会や経済・政治体制が知りたいのに、なかなかそこに詳細な言及のある日本語書籍に出会ったことがありません。そういうわけで、林佳世子氏が「オスマン帝国の時代」や「西アジア史(2)」で、多少16世紀末から18世紀末の社会や経済・政治体制を描いていたし、林氏も、本書の冒頭で、「オスマン帝国の内側を描く」と記載しているので、本書にはかなり期待してしまっていたので、少しがっかり。

 例えば、古代ローマやビザンツ帝国については、少し調べれば属州の区画や官僚機構が掲載されている書籍を見つけることができますが、オスマン帝国についてはこうした図を殆ど見たことがありません(州区画については、三浦 徹「イスラームの都市世界 (世界史リブレット)p17にアナトリアの州と都市、推定人口表が出てくる程度)。役人の出世は個人的な人脈だったものの、職務については整然とした中央集権官僚機構があった、とあるので、できれば地方も、せめて中央の官僚体制図くらいはあって欲しかったのですが、それもなし。中国などは、高校向け参考書にさえ中国の唐、宋、明、清の中央官僚体制図が出てくるのに、近世オスマン帝国で官僚体制図が描けないとは思えないのですが、何か理由でもあるのでしょうか。。。(表は無いものの、官職については「岩波講座世界歴史 (5)帝国と支配」掲載の鈴木董「イスラーム帝国としてのオスマン帝国の方が詳しい感じ。ちなみに林氏は本書で、オスマン帝国は「イスラーム帝国ではない」と冒頭で強く述べておられますね。。。。)
 更に、1581年以降財政赤字となり、1720年に黒字に転化、とあり、独特な単位で課税する徴税請負制度をとっていたため、人口は推定しかできなくても、課税資料は多数残っているようなのだから、拡大期の略奪経済が終了した後の17,18世紀の財政数字についても知りたいところだったのに掲載なし。1581年と1720年の収支の話が、史書に記載された結果情報だけなのか、具体的な数字が残っているのかの記載すら無いのも残念でした(林氏の「オスマン帝国の時代」のp44に、16世紀後半の各州の徴税額と合計額の表が掲載されているだけに本書でもっと細かい情報が得られるものと期待しておりましたので、ここでも少しがっかり。ウラマーのキャリアパス表は多少は参考にはなりましたが。。。。

*2010/11/10追記
徴税額と体制図については、「記録と表象 史料が語るイスラーム世界」第二章「オスマン朝の文書・帳簿と官僚機構」に掲載がありました。膨大な帳簿資料などが総理府文書館に残されており、現在研究が進展中のようです。

 とはいえ、オスマン帝国通史なのだから仕方が無いか。。。通史で社会・政治・経済を詳細に描くのは無理なのかも(とはいえ、林氏は、冒頭で、19世紀は扱わない、と言いながら、結構な配分で19世紀も記載しているんですよね。その分17,8世紀の社会・経済・統治体制を書いて欲しかったところですが、18世紀で打ち切ると大方の読者には中途半端な印象を与えることになって売れなくなってしまうのだろうなぁ、とは思います。そこで、是非林氏には全領土については、17,8世紀、バルカンとアナトリアについては、14世紀末から18世紀末までの社会・経済・統治体制を扱った書籍を出して欲しいものです(絶対売れそうにないから無理だろうけど。でも 永田 雄三 「前近代トルコの地方名士―カラオスマンオウル家の研究」のようなちょっと詳細過ぎる書籍が出ていたりするのだから、可能性がまったく無いわけじゃないと期待したいところです。私は、「前近代トルコの地方名士―カラオスマンオウル家の研究」を読む程オスマン帝国に興味は無いのですが、サファヴィー朝からガージャール朝時代までの地方名士の研究書なら読んでみたいと思っています。たしかイランのこの時代については地方志が結構残っていたと思います。

大英帝国インド総督列伝

 最初に紹介した2つの書籍、及び最近嫌韓現象への興味から、歴史ある文明国を植民地化した統治の成功例として英国のインド統治に少し興味が出てきたので参照してみました。英国統治時代のインドに関する書籍に目を通すのは高校時代に読んだ講談社版世界の歴史「変貌のインド亜大陸」以来25年ぶりくらい。まあそれぐらい興味がなかったのですが、ほとんど知識もなかった分新鮮です。まず何より、「インドは総督の墓場」と言われるくらい過酷な勤務だったこと、実際33名の総督中7名、及び総督夫人5名が在任中または帰国途中、帰国直後に死亡し、インド総督が政治的キャリアとして役に立ったのは半数程度、首相に次ぐ地位と言われながら、帰国後首相になれた人は皆無だったとは知りませんでした。まだ1/3程しか読めておらず、図書館から借りてきたのですが(図書館では歴史欄ではなく、何故か政治欄の分類)結構面白そうな書籍です。ちなみに、2週間程前には、「世界のなかの日清韓関係史-交隣と属国、自主と独立」を読んだのですが、これに後のインド総督カーゾンの、当時の朝鮮半島情勢に関する見解が登場しているのも、英国のインド統治に興味を持ったきっかけのひとつです。


 インド統治の秘訣は全然わかりませんでしたが、インド総督業務が英国本国政界の政争・党争に大きく左右されていた、というか、英国政界の政争そのものを読んでいる気分になりました。独自政策を執ったり、赴任中に政権党が交替したり、本国のインド担当大臣と相性が悪かったり、ましてやインド側に立った政策をとったりすると、たとえ治績を挙げたとしても、帰国後哀れな処遇が待ち受けているなど、インド総督って割りに合わない職務だったんだなぁ、とさえ思えました。プラッシーの戦いで英国のインド支配の先鞭をつけたクライブが帰国後自殺に追い込まれていたり、カーゾンさえ、帰国後10年以上冷や飯を食っていたりと、野心家よりも寧ろ政争に敗れるか・そもそも政争に興味の無い、本国からの指示に唯々諾々と従う、インド総督が引退前の花道職でしかないタイプの方が、よい老後を過ごせているような印象を受けました。

 ところで、アンガス・マディソンが算出した1820年のGDP番付(こちらのサイトにベスト10あり)で、何で英国領土だったインドが別枠扱いになっていたのか、やっと理由がわかりました。インド政府独自に関税を設定し、英国からの輸出品から国内産業を保護するなど(インド側に立った総督は、関税撤廃に抵抗したり、インド側はポンド建て国債を買わされていた為、ルピーが大暴落した時対抗措置をとったり。でそういう総督の末路は上に記載したとり。。。)、表向きは独立国的な部分もあったからなのですね。読んでいて、非関税障壁撤廃や、スーパー301条、日米自動車摩擦、日米半導体摩擦、年次改革要望書など、結局は米国の指示に従うことに近いことになっている戦後の日米関係を連想してしまいました。。。
 もうひとつわかったことは、英国が最初に支配を広げた領域であるベンガル、東海岸、カンジス側流域は、人口密度の高い地域だったのですね。インドは旅行も出張もしたことが無いので、地理的な感覚がもてないのですが、少しイメージできるようになりました。

 で、結局、日本の朝鮮支配時代の参考になるようなものは得られなかったので、今度は「インド植民地官僚」という書籍を借りてきたのですが、冒頭を読むと、1892年以降の内容となっていて、既に統治にきしみの出てきていた時代を扱っているのであまり参考になりそうないのでした。

 「インド 厄介な経済大国」
  
 「大英帝国インド総督列伝」で独立まで少し知識がついたので、その後の歴史を読もうと思っていて探していたらこの本にたどり着きました。 「大英帝国インド総督列伝」は局所的な情報だったので、もっと戦後から最近までのインド社会を包括的に描いた書籍を探していたところ、丁度良い書籍となりました。現代インドについては、IT関連であれば、勤務先自体がバンガロールにも拠点を持っていることもあり、だいたい様子はわかるのですが、それ以外となるとNHK特集の「インドの衝撃」くらいしか知識がありません(あとはインド鉄道紀行を読んだくらい)。ただ、中国のIT業界は製造業同様、先進国の下請けなのに、インドには、欧米IT企業が開発拠点を置き、特に金融関連製品などは全面的にインドに任せてしまうなど、中国とは随分異なった感じです。中国の経済発展は、農業振興>軽工業>(重工業)>エレクトロニクス>サービス業、と通常の先進国や新興国が辿っている道なのに、農民が工場に出稼ぎに行っている風も無く、出稼ぎ先は都市スラムという印象。製造業で思いつくのもタタとミッタルくらい。一体どういうことなのか、本書を読んでやっと理由がわかりました。中国は、漢民族という一見一民族に見える民族と強力な政府から、国民国家に見えますが、実態は欧州に近いイメージを持っています。が、インドは欧州以上な感じですね。万華鏡というのか立体モザイクというのか、インドについての月並みな形容ですが、多様性、ごちゃごちゃ性に幻惑されてしまいました。一度くらいインドに旅行に行ってもいいかなー、一度はタージマハルを見てみたいし。と思っていましたが、1、2回行ったところでは何もわからなさそう。中国程インフラが発達していないから、2,3年駐在したとしても廻りきれなさそう。中途半端に手をつけない方がよさそうに思え、今後インドに行くことは無いんじゃないかという気になってきてます(暑いとこ嫌いだし古代遺跡も少ないというのもあるけど)。

 しかし、2005年の情報で、労働人口4億7000万人のうち、所得税を払っているのが3500万、うち2100万が公務員で、残りのうち製造業が700万、IT業が100万程度、HIV患者が510万で南アフリカの530万に次ぐ2位(こちらの世界基金のHPでは600万となっており、おそらく南アを抜いて世界第一)というのも驚きです(ちなみに中国でもHIVは広まっていて、ああいう国ですからテレビなどではやりませんが、病院に行くと、「エイズを知ってますか?どのようにすると感染するか知ってますか?などというアンケートに答えさせられ、国民にそれとなく情報を広める活動をしているようです)。

 ところで、「厄介な」というタイトルは、岡田英弘「やっかいな隣人、中国人」を連想してしまいますが、「厄介」の意味が違うんですよね。内容を読めば、「巨像を扱うような」というようなニュアンスがわかるのですが、間際らしいので、原題の「In Spite of the Gods: The Strange Rise of Modern India 」をうまく言い表す題名にして欲しかったと思います。


 「真説 レコンキスタ―“イスラームVSキリスト教”史観をこえて」

 これも前回、に引き続きレコンキスタ時代のスペインの経済力の調査の調査の為に参照しました。Amazonの紹介に、「世界の最新研究成果を踏まえ、誤ったレコンキスタ像を修正。宗教対立ではなく社会経済的要因による領土拡大という真相」とあったので、期待したのですが、殆どただの通史。レコンキスタ成功の要因として、法律・政治・物欲・宗教・経済の5つが挙げられていて、そのうち、物欲と政治がもっとも重要とし、略奪経済が主たる要因としているようです。一方で、入植運動(経済の一要素)も要因として挙げられるが、これについては、「スペイン形成に決定的な影響を与えたこの入植は、本書の目的とやや異なるこので別にさせてもらった」とあとがきに記載が。。。。。。そこが一番知りたかったのに。。。。まあ、でも著者によると、スペインやポルトガルの世界雄飛は、経済力が原因ではなく、略奪経済の延長だった、ということのようです。そうなると、大航海時代にスペインが集めた富がストローのように西欧に流れてしまった理由もわかります。また、高山博氏「中世地中海世界とシチリア王国」も参照しましたが、政治制度の話ばかりで経済数値は無し。「中世の覚醒」も参照しましたが、これを読んでも、12世紀ルネッサンスは、イベリア半島やシチリア島が繁栄したからというよりも、西欧側で関心を持った学者がトレドやシチリアに行った、ということになりそうです。



 政府の財政・金融政策について理解する為の基礎知識として、マクロ経済を復習しました。

「マクロ経済学・入門 第2版(2001年版)」

 最初から4冊読もうと思ったわけではなく、適当に書棚から取り出して、よさそうなものを集中的に読もうと、まずは出版年代順に読み始めたのですが、結局これが一番充実していて私のレベルでは役立ちました。とはいえ、同じ入門編でもこうも違うのか、という感じで驚きました。結局4冊全部目を通すことになってしまいました。数式以外はほぼ全部読みましたが(関数グラフの意味が理解できれば十分なので数式は全て読み飛ばし。あと設問もSkip)、だいたい大学時代に学んだ論理で合っていたので少しほっとしています。大きな発見は、私が受講したマクロ経済の授業では、ケインズ経済学は批判されていて、その時受けた講義は、マネタリズムと呼ばれているものであったことを知りました。私のマクロ経済の考え方はマネタリストの考え方だったんですね(恥ずかしいことを書いてますが、私は歴史学科で社会学と人類学の理論を専攻してたので、経済はこの程度なのです)。それにしてもグラフも多く、チャート式の参考書のようで、本書は素人には理解し易く、よくできていると思います。ただ、私が読んだ第2版は、本書出版以降に問題が多発した金融派生商品や重要度が増しているオープンエコノミーについては十分な記載が無く、第3版も2005年の出版で、サブプライム問題などの記載が無いので、買おうかどうか迷ってます。

マクロ経済学<やさしい経済学シリーズ>  浜田文雄 東洋経済新報  2002年
(何故か書籍紹介ホームページが無い)

 この本はこの手の本としては珍しく縦書きです。しかも、数式が記号ではなく、文字で書いてあり(国民所得=国民総生産-(間接税-補助金)-固定資本減耗 という感じ。しかも、縦の行で横書き(つまり、本を横にしないと読めない))、非常に読みにくかった。とはいえ、最初の書籍に書いてないこともあり、結局最後まで目を通してしまいました(が、必要な箇所のコピーをとった筈なのにどこかに行ってしまったので、本書の何が良かったか紹介できないのでした)。全体的な分量は少ないのですが、理論のチャート式参考書のような前書と比べると、具体的な例えが多く、その点参考になったような気がします。グラフが殆どないのは×かな。

「マクロ経済理論入門」 2005年

 3冊目になると、大分理解も進んでくるので読み飛ばし部分も増えましたが、この本では、具体的な事例が多く(日本の資本収支と貿易収支の2004年までの比較や1981-2001年の間のGDP成長率の内訳など)参考になりました。単に出版年代順に目を通しているとはいえ、だんだん具体例が増えていき、丁度良い学習効果が得られました。ただ、これは素人の入門書というよりも、学部生向け入門書という感じです。



「マクロ経済学 (現代経済学入門)」 2009年

 
 最後のこれは、2009年の出版ということで、サブプライム問題など、近年の金融派生商品やオープンエコノミーに結構な紙幅を裂いていて、その点有用でした。ただしこちらも学部性向けという感じです。数式は難しくなるばかり。。。。本書のp14に、1981年から2007年までの実質GDP成長率に寄与した項目の内訳が掲載されており、出典はこちらの内閣府国民経済計算(p10(ただしこのPDFは1997以降のみ掲載))となっています。これによると、1980年代は、確かに外需よりも内需寄与度が圧倒的ですが、2000年代小泉政権時代の2%程度の成長率の時は、外需1.3%程度に対し、内需1.5%程度となっています(合計が2%にならないのは、マイナス項目もあるため)。外需が50兆円程度だから、内需が重要、と発言されている政治家の方がおられますが、本当にそうなのでしょうか。。。。

 総じて、東大経済学部卒の現金融相は、ケインズどまり、という印象でした。

ところで、本年度の年次経済財政報告が内閣府から発表されましたね。ネットで見るのは結構大変なので、出版されたら購入しようと思っています。今回の参院選のマニュフェストではどの党も明確な成長政策のためのデータが出しているところはありませんでした。結局官僚じゃなきゃ駄目なんじゃないの(少なくとも今のところは)という印象があります。
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by zae06141 | 2010-07-24 23:52 | その他歴史関係 | Comments(2)