古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
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書籍「海のかなたのローマ帝国/ローマ経済の考古学/渤海の歴史と文化/サウジアラビアを知るための65章」等

 この週末2日間、終日図書館にこもって色々読みました。朝開館直前に行って閉館まで1日11時間、しかもどういうわけか集中力が持続し続けるという私としては近来稀な出来事。幾つかについては書評をAmazonなどに記載したものもありますが、それ以外のものも多いので、書籍紹介も兼ねて簡単にフィードバックしたいと思います。といっても沢山目を通したので斜め読みが多く、一冊全部読んだものは少ないのですが。。

「海のかなたのローマ帝国」
 きっかけは先週「ローマ帝国 (〈1冊でわかる〉シリーズ) 」を読んだこと。本屋で南川高志氏が記載している解説を立ち読みし、少し興味は持っていたのですが、今更入門書的な書籍を買うまでもないと思っていたところ、蔵書数も少ない近所の町内図書館にあったので借りてきて読みました。啓発される視点が多く、特に「ローマの支配の地方への浸透ぶりの実際」と「英国のインド統治とローマ帝国」などが参考となりました。2003年に出版された時はローマ時代のブリタニアのなどという辺境を扱った「海のかなたのローマ帝国」の意義が理解できなかったのですが、「ローマ帝国 (〈1冊でわかる〉シリーズ」に啓発されて読んでみたところ、かなり有用でした。ギボンの「ローマ帝国衰亡史」が18世紀後半に登場し、インド赴任時代のチャーチルが愛読したなどの話や、熱心なローマ研究ぶりなど、英国は植民地時代の最初から、ローマ支配を参考にしていたものと思い込んでいたのですが、その先入観を覆されました。19世紀末までは、「衰亡史」も没落を主軸に捉えた反面教師のように受け取られていたのですね。それにしても南川氏の文章は上手いですね。たまたま私にとって相性が良いだけなのかも知れませんが、どうにも引きずり込まれてしまい、飛ばし読み、斜め読みができず、結局2/3を読まされることになりました。巻末で、今後はドイツ、フランスなどの地方支配の実態の研究に向かう、との記載がありましたが、今後の研究(の書籍化)が楽しみです。

・「ローマ経済の考古学

 431ページもある分厚い大著です。ローマ帝国各地の貨幣、農地、鉱山、採石場などの状況を丹念に分析した書籍です。読み物としては面白くはありませんが、資料としては非常に有用だと思いました。分厚いので斜め読みどころか、拾い読み、全ページ目を通しましたが、実際に読んだ分量は50ページ程ですが、参考になりました。紀元前後から250年の銀貨の銀含有率の変遷表は良く目にしますが、318-340年の資料ははじめて。コンスタンティヌスと内戦中のリキニウス支配時代の東方の銀貨の銀含有量が極度に低くなり、それが内戦の資金捻出の為、との分析は説得力がありました。しかし、この年代の銀含有量は3.5%以下というのも驚きです(2世紀までは70%以上、250年で40%程度)。また、英国、スペイン、シリアその他各地の田園地帯の遺跡を分析し、都市とヴィラと一般農民の分布の分析などは、当時の農地の景観を具体的にイメージすることができて有用でした。同じような分析が、各地のついて延々と繰り返し続くので、読み物としては飽きてしまうと思うのですが、南川氏が英国について書いている田園風景と似たような景観が帝国全土に広がっていたことが良くわかります。遺物の出土範囲から、地方のローカルな交易圏を分析する点などは、こうした話は、オリエントとインダス文明の交流など、異なった文明の交流などではよく目にする話ですが、ローマ帝国内のローカル経済という地味な分野でも地道に行われていることに少し感動しました。


・「渤海の歴史と文化
 後に続く後継国を持たず、蜃気楼に浮かぶ楼閣のごとく忽然と現れて消え去った渤海には幻想的なロマンを感じ、惹かれるものがあります。とはいえ渤海史は一応講談社の「渤海国」で概説に目を通しており、渤海史に限らず詳細な政治史にはあまり興味が無いので(ギボンのローマ帝国衰亡史やタキトゥスさえ一部しか読めていないのでした)、前半の歴史の部分は全て飛ばし、目を通したのは最後の章、朝鮮、日本、中国の史料一覧と解説、及び3国の渤海認識の歴史的変遷、及び3国とロシアを合わせた研究史と研究動向と文学・思想・絵画など文化関連の章だけ。中国と韓国の間で争点となっている論争の背景などに興味があったのと、最近は史料や研究史に興味が傾いてきていることもあり、最後の章はそんな私にはうってつけでした。

 それによると、韓国が渤海国を自国史に編入したのはナショナリズムが勃興した日本統治時代から戦後のことだと思っていたのですが、李氏朝鮮時代の著作の一部に、既にそうした見解が見られていたとは知りませんでした。新羅と渤海を南北時代と称するのも、近年のイデオロギーの産物ではなく、李氏時代の著作に既にあったのですね。また、史料一覧については非常に詳細で(というか、もともと史料が少なすぎなので、ニッチ史料まで紹介できるということなのでしょうが)、秋田県の多賀にある碑文まで紹介されているのには驚きました。中国の歴代史料にも、「旧唐書」系と「新唐書」系で見解が分かれている(前者は高句麗の別種説、後者は靺鞨説)のもへぇ~という感じ。

 中国の研究史や渤海認識についても、韓国の学者にしては冷静な記述がなされているように思えましたが、その次の日本の渤海認識の章を、本書の監訳者である濱田耕策氏が書いていることから、「この翻訳はかなり訳者が手を入れているのでは?」との疑念も出てきてしまいましたが。。。。(濱田氏のパートでは「渤海は日本に朝貢している、と当時の日本側は認識していた」という記載が出てくるのですが、韓国人がこういう文章を書くとは思えないのでした)。そういう疑念があるとはいえ、結果的にはあまり偏向色を感じない、冷静な学究書籍となっていると思えます。渤海史書籍としてはかなり有用なのではないかと思えました。それにしても、国王だけではなく、臣下や将軍までが唐から官位をもらっていたとなると、中国が自国内の地方政権と主張するのもわかる気もするのですが、近代以前の中国の冊封体制は近代的な概念では理解し難い独特の論理でできているので、渤海独立国論争は解釈に振り回されて永遠に続くのでしょうね。。。。

・「疾駆する草原の征服者―遼 西夏 金 元 中国の歴史
 読んだのは杉山正明氏の、契丹研究の為の中国取材旅行の章と東丹国の章だけ。歴史シリーズで著者のエッセイが長々と続くのは珍しいと思うのですが、面白かったです。気になったのは1点、宋代の人口について、「宋の優勢を印象づける為、単に史書の数字を3倍しただけの1億3千万という説は受け入れがたい。史書の通り4000万と考える」というのはどうかなぁ。前回の記事でも記載した通り、宋代の史書記載の人口に疑念があり、1億という推定値を出しているのはそれなりの根拠があってのことなので、そうした研究を無視するのは研究者としてどうなのかなぁ。この人の場合、中国中心史観を相対化したいのはわかるのですが、思い入れが強いあまり「戦争といっても余程の例外を除きモンゴルは戦わなかった」「モンゴルは負けることが多かった」(「遊牧民から見た世界史」p361)などと書いてしまう姿勢が気になります。政治家が「秘書がやった」、金正日が「拉致は部下が勝手にやった」などと言っても通用しないのと同じで、「2回目の元寇は高麗と南宋がやった」などとは誰も思わないと思うのですが。。。。「遊牧民から見た世界史」は著者の思想の普及を図ったアジ本なので構わないのですが、講談社の中国の歴史シリーズみたいな書籍でやるのは学者としての信用を損なうように思えます。見解を異にする人を説得できる客観的な主張をするのが学者の務めだと思うのですが、杉山氏の場合、シンパを増やすことにしかならない姿勢が見られるのが残念です。

・「サウジアラビアを知るための65章
 最近、イスラーム研究者や親イスラームの方々を「護教論者」と糾弾する人々がいる人を知りました。そういう方はアラブ研究者である池内恵などを絶賛しているようです。が、彼はあくまで「アラブ」の研究者であって、イスラーム全体の研究者では無い筈なのですが、反「護教論者」は池内恵をもって、イラン研究者(桜井啓子など)を糾弾しているのが不思議です。更に不思議なのは、反「護教論者」の一人にせっせとAmazonレビューを書いている方がおられ、イスラーム関連のレビューを全て拝見したところ、サウジアラビアだけは、批判していないことがわかりました。結局反「護教論者」って、親米派なのね。と思うとともに、私自身があまりサウジについて読んだことが無いことにも思い至り、今回何冊か目を通してみました。
 まず最初にわかったことは、「イランを知るための65章」では、55名の執筆人がおり、私の知る範囲で著名なイラン研究者は殆ど参加しているのに対し、「サウジアラビアを知るための65章」では池内氏が入っていない点。執筆者が11名と少ないので、池内氏も貴重な戦力だと思うのですが、なんで?派閥とか?本書は決してサウジ礼賛の書ではなく、マイナス面も多数記載しているので、池内氏の辛口記事を入れても問題ないように思えるのですが。。。池内氏の守備範囲はエジプト・シリア・ヨルダンという印象もあるのですが、ひょっとして彼はサウジについてはあまり知らないのではないか?と思えてしまいました。とりあえず本書は役に立ちましたが、生の生活情報が殆ど無いので、在住者の経験も知りたいと思い、次の2作を読んでみました。

・「恋するサウジ
・「不思議探検サウジアラビア
 読み始めるまでこの2作が同じ著者だとは思っていなかったのですが、何か違いがあるかも知れない、と思い、一応目を通しましたが、内容は殆ど同じ。ただ、後者は文章より読者の興味を引くような可愛いイラストが主体で、更に本書には本来DVDが付されていて、どうやら本書のメインはそちらにある模様。で、読んだ感想なのですが、富裕者向け観光ガイドという感じ。著者は「古い情報に誤解している方も多い」「70ヶ国を訪問したが、こんなに親切で安全は国は無い!」「アメリカをそのまま持ってきたようなショッピングモールがある。英語も良く通じる」「常識の違いは、ポイントを抑えることで楽める」と感動を熱く語っています。素直に感動した気持ちを伝えたいのだという気持ちはわかるのですが、サウジに恋するあまり、盲目になってしまっている、という感じ。あとがきで「テロが無い」とまで書くに至っては、こういう人が早稲田大学の客員教授だとはビックリです(外務省の海外安全ホームページのサウジアラビアのページに本書出版当時のテロ被害情報があります)。貧乏国を嫌悪する様子が見られるのも気分が悪くなりました。なんというか、北朝鮮で豊富な石油が出れば、北朝鮮もサウジアラビアみたいになれるんじゃないの。で、そこにアメリカンショッピングモールがあれば著者も礼賛するようになるんじゃないの。と思いましたね。まあ著者はサウジに招待されて視察するくらいだから、サウジの広報を勤めるのが仕事なのかも知れませんが、それにしても能天気すぎるのではないかと思います。と同時に、イランや中国を批判する人の意識も少しわかりました。イランや中国が好きな私も(決してムッラー体制や共産党を支持しているわけではないのですが)、きっと郡司さんと同じように見えているのでしょうね。

・「アルジェリアを知るための62章
 最近アルジェリア大使館の個人ビザ取得のページをネットで読んで、「アルジェリアも平和になり、開放的になったのか」と、最新情報に更新する為にざっと目を通しましたが、ジェトロの報告書みたいな内容でした。これじゃあ読者はアルジェリアに赴任する商社マンくらいしかいないんじゃないの、というくらいサウジアラビアよりも政治と経済に偏った内容。まあでも未だにテロ発生国のイメージがあったので、国内がだいぶ安定したことがわかっただけでも目を通した甲斐はありました。

・「スペイン・ポルトガル史 (新版 世界各国史)

 フィフリストの記事でも記載しましたが、最近12から15世紀のスペイン・ポルトガルと、12世紀のシチリアに興味を持ち出したので、レコンキスタ時代のイベリア半島経済、特に統計情報を知りたいと思い、その部分だけ目を通しましたが、殆ど通史だけ。16世紀に入ると人口や輸出入額などの数値が出てくるのですが、レコンキスタ時代はほぼ政治史だけ。まあ予想はしていましたが残念。

・「世界歴史大系 スペイン史〈1〉古代~近世
 こちらは2008年の出版であり、かつスペインのみを扱い、しかも2分冊であるにも関わらず、レコンキスタ時代の経済情報は「スペイン・ポルトガル史 」と同じような感じ。それ以外でも数値情報が少ないように思えました。

・「ポルトガル史
 こちらもレコンキスタ時代の経済情報は少ないのですが、単なる通史と期待していなかったところ、1527から32年に行われた全国人口調査の数値が掲載されているのは拾い物でした。各州とベスト13位までの都市人口表や、17世紀以降の英国との経済関係の数値情報などが掲載されていて有用でした。

ところで、スペイン関係の部分を記載していて、何故図書館に行ったのか思い出しました。そもそも、高山博氏の「中世地中海世界とシチリア王国」を借りに行ったのでした。先に図書館のホームページで在庫を確認してからいけばよかったのですが、以前置いてあった記憶がありでかけてみたところ、置いてなかったので、借りて直ぐ帰ってくる筈が、終日こもることになってしまったのでした。

・「イスラム世界は何故没落したか
 西欧の勃興時期に興味がでてくると、同時に、イスラームはいつ停滞・没落したのか?にも興味が出てきてしまうようです。本書にその辺を期待してみたのですが、基本的にオスマン朝をしか扱っておらず、しかも、基本的には「停滞をいつ意識したか」という点とその後の対応を扱っていて、停滞した時期やその理由などを知りたかったので、この点期待外れでしたが、天文計算や暦については緻密ではあったけれども、日常の時間や度量衡は指の大きさを基準にするなど「絶対尺度」が無かった点や、14世紀に既に機械時計が発明されていた西欧人にとっては、16世紀に既にイスラーム人の時間感覚がルーズに思えるなど、色々と参考になる情報が掲載されていて有用です。西欧がイスラーム文化に興味を持ち、言語を学習したり政治的にも常駐大使を派遣するなど多方面で興味を持ったのに対して、オスマン側では案件ごとにしか大使を派遣せず、しかもその大使も西欧の社会や文化に興味を持たないなど(西欧を見下していたから)、など、。まだ1/3程しか読んでいないのでちゃんとした書評はできないのですが、没落要因の一部は参考になりました。図書館から借りてきたので引き続き読み通したいと思っていますが、西欧を見下す思考は、西欧の発展に負けた理由ではあっても、停滞した理由では無いと思うので、停滞理由については他著にあたってみたいと思います。


 というわけで、各書数行程度のコメントで終わらそうと思って書き始めたのですが、えんえん大部な記事となってしまいました。最近仁木稔氏が、次回著作執筆の為の資料調査をブログにアップしていて、実のところ、それに触発されて、数行コメントを書こうと思ったのですが、誰も読みたくなくなるような長大なものになってしまいました。今後は控えることにしたいと思います。
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by zae06141 | 2010-06-29 00:43 | その他歴史関係 | Comments(10)

清代中期の役人洪亮吉の一人当たりを養う耕地面積論とアンガ・スマディソン推計の清代一人当たりGDP

 基礎的なデータであるにも関わらず、ネット上にあまり流通していないようなので「唐、宋、金、南宋、元代の年代別人口一覧表」作りました。ご興味のある方はこちらの表をご覧ください。これで、後漢と唐代から元代、明代以降の中国の人口変遷の概要を把握できるものと思います。日本版Wikiにも少し中国歴代人口変遷の表が記載されていますが、これらは史書記載の「口数」だけが記載されており、「実勢値」についての検討が省かれています。特に宋・南宋代については、史書記載の値はかなり問題のある値であることから、推計値も記載しました。それによると宋代、金・南宋代の人口は1億近く、明朝後期の数値に近いものとなり、宋代の繁栄を裏づける数値と言えそうです。宋・金代は、前漢・後漢、唐、明、清と異なり、農民反乱によるカタストロフィを迎えたわけでは無く、今回人口表作成にあたって引用した書籍の推定によれば、宋から金・南宋代に切り替わる時にも、大きな人口減少が無かったことから、お決まりの人口過剰によるカタストロフィは(王朝の衰退は人口過剰だけが原因ではないのは勿論ですが)無く、宋代の生産性向上や新規農地開拓などの要素の方が上回っていたのかも知れません。

 ところで、清代中期の役人、洪亮吉(1746年-1809年)によると、「一年一人の食糧を計るとおよそ四畝が必要となる。十人の家では四+畝が必要となる」と同時代人の証言(しかも身近な実例で実証し易い内容)があり、(洪亮吉の記述の原文はこちらの法政大学菊池道樹氏の論文から引用(p9-p10))、1766年(乾隆三十一年)ぐらいを境に一人当たり四畝を下回ったとのこと(こちらの中国語頁には、1766年には3.5畝で、既に正常な生活水準下回っている(而在乾隆三十一年(1766),全國人均土地約為3.5畝。已低於正常生活水平的標準)とあります)。1766年は、推計人口約2億8千万人くらいなので、清朝は結構なキャパがあったようです。明朝が、推定1億6千万を天井に人口減少となり、最後は農民反乱で滅んだことを思うと、清代前半は意外と生産性上昇があったのかも知れません(こちらの滋賀大学の石田與平氏の論文によると、1661年から1810年の間の人口増は2.7倍で耕地面積の増加は13%とあります)。なお、清代の四畝とは、約2456平米のようです(幻想山狂仙洞様のサイト、中国歴代度量衡換算表参照)。

 ついでながら、前漢末期の一人当たり耕地面積と比較してみると、前漢末期は人口5959万で82700万畝、1人あたり約13.9畝で、上記度量衡換算表によれば、6440平米となり、清朝の方が2.62倍の生産性となることになります。とはいえ、前漢末期の数字が、洪亮吉の言うよう、「必要な耕地面積」であるとは限らず、過剰な値なのか、余裕のある値なのかが不明なので、単純な比較はあまり意味の無いところですが。。。。(清朝末期の人口で比較したら同じくらいの生産性になってしまうかも知れません)。と、ここまで考えてきて思いあたったのですが、アンガス・マディソンが、紀元前後の世界の一人当たりのGDPの試算をしていて(こちらの氏のサイトに紀元1年から現在までのGDPをまとめたCSVファイルがあります)、紀元1年が450ドル、1820年が600ドルと、たったの約1.3倍のGDP向上となっています。私はこれをかなりうさんくさい値だと思っていたのですが、仮に1766年の一人当たりの生産力を四畝とし、その後の人口増大は1人当たりの収入低下を招いたとなると、1766年の2億8000万に対して1820年は3億8千万人ですから、約35.7%の人口増=約26%の収入低下となり、前漢代と比べて2.63倍の生産性があっても、1820年の実収入は、1.93倍程度に留まります。アンガスの出した1.3倍と比べて差はあるものの、それほど出鱈目な値ではなさそうな気がしてきました。一方で、ローマ帝国の550ドルが1820年の欧州で1200ドル程度(2.18倍)となっているのに比べると、1.3倍と1.93倍では大きく印象が異なります。1.93倍であれば、それほど欧州にひけをとらないことになりますね。。。。まあいづれにしても数字のお遊びに過ぎませんが。。。。

 ちなみに唐代の数字も計算してみました。「通典」(巻二田制下)で、天宝14年の戸数は891万戸、人口は5291万(とはいえ杜佑は別の箇所(「食貨」巻7の「歷代盛衰戶口」)にて、戸数を1350万戸と推定している。これに準じて人口を計算すると7695万人となる)、耕地面積は143000万畝、1人当たり、27.02畝、前傾「中国歴代度量衡換算表」では、唐代の1畝は580.326平方メートルであるから、1人当たり約15684平米となり、漢代の倍以上となってしまいます。これに対して、渡辺信一郎著「中國古代の財政と國家」p470では、一頃で50石の収穫があるとして、1430万頃で7億1500万石の収穫があるとしている(著者は1400万と数字を丸めて計算しているので、7億石と算出しているが、ここでは1430万を用いて再計算した)。また、1人当たり1日の必要量を0.2石とし、0.2*365*5291万=38624万石(ここでも著者は、360日、5300万と数字を丸めているので、365日と5291万を採用しました)、つまり、生活必要量は、生産量7億石の約54%となります。ということは、先に算出した15684平米の54%である8469平米が、1人当たりの必要耕地面積、ということになります。この数字でも、漢代の生産性よりも低いことになってしまいますが。。。。。
 そこで、杜佑が推定している戸数から算出した7695万人で計算してみることにします。すると、必要量は5億1673万石という数値が得られます。全生産量の72%が生活必要量ということになります。一方1人当たりの耕地面積は18.6畝。唐代の1畝で計算すると、1万794平米となります。この72%が一人当たりの必要耕地面積となるので、7772平米。つまり、漢代の6440平米を少々超えてしまう値(少し生産性が落ちた程度)となりますね。。。。、 、もっとも、漢代の場合は、「1人当たりの必要耕地面積」は不明ですし、唐代の、1万畝で50石の生産性の根拠も、渡辺氏の著書に出典の記載が無い為、あくまで参考以下、数字のお遊びにしかなりませんが。。。。。
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by zae06141 | 2010-06-25 23:58 | その他歴史関係 | Comments(0)

秦漢-ローマ文明展

 前回横浜美術館のポンペイ展の記事を記載しましたが、展示のあまりの開放ぶりに、「誤って触れてしまう人が出てしまうのではないか。中国ではまだこうはいかないなぁ」と記載してしまいましたが、本日たまたま、昨年秋に中国洛陽市で開催されていた「秦漢-ローマ文明展」という展示会の記事にでくわしました。洛陽市博物館新館の開館展示会のようです。新館は非常に巨大な建物で、東京ドームくらいあるのではないかと思います(以前建築中の新館を見に行った時の写真がこちらにあります)。昨年の10月29日から2010年1月15日までの開催のようです。10月29日といえば、丁度中国からの帰国準備の最中。これを知ってれば帰国経路を変更して見てきたのに。。。。なんてことはないか。

 こちらのサイトのかなり写真がまとまっています。これを見ると、ローマの展示は彫像中心、秦漢の展示は始皇帝兵馬俑中心のようですね。私は、今回のポンペイ展で、彫像に彩色がされていたのを初めて知ったのですが、このサイトの写真では、髪は真っ黒、バーバリのデザインのような衣服をまとった彫像が展示されています(写真への直リンクはこちら)。壁画は殆ど見たことは無かったのですが、彫像はかなり見てきたと自分では思っているので、かなり驚きました。兵馬俑も鮮やかに着色されていたことですし、どうも遺跡ばかり見ていると誤解してしまうのですが、古代世界は相当カラフルだったのですね(エジプトの壁画とかバビロン門などを考えればあたりまえか)。こちらのサイトを見ると、フレスコ画も展示されていたようです。

 中国では秦漢とローマを対比する意識はかなり高そうで、両者を対比した書籍はわりと出ています。例えばこちら「秦漢羅馬」とか「中外文明同时空:秦漢VS羅馬(公元前221年-公元589年) 」とか「帝国天下:大秦雄師VS古羅馬軍団」とか。1999年に日本で開催された「よみがえる漢王朝展」でも、展示の前言で、中国社会科学院考古学研究所所長劉慶柱氏が「漢王朝は、ローマ帝国とともに世界の東と西に並び立つ大帝国」と述べてますし、以前こちらの記事で紹介した、2008年に出版された中国歴史地図帳「看 版図 学 中国歴史」でも、漢代の地図と比較してローマの地図が掲載されていました(ただし、唐の地図と比較する形でイスラム帝国の地図も掲載されていましたが)。欧米のルーツであるローマへの高い対抗意識が感じられます。

 さて、肝心のマナーの話ですが、入場料が130元と高額なことから(通常は無料か20元)この値段を出せる人ならマナーもいいかも、と思う一方洛陽という、あまり開発が進んでないところだから、かえってマナーの悪い成金みたいな小金もちが多いかも!?と思ってしまいますが、展示写真を見ると普通にガラスの柵や密封された仕切りがありますね。 これが普通ですよね。だいぶ前の話ですけど、三越で「古代ペルシャ秘宝展」での贋作事件がありましたが、あまりに開放的な展示だとどうしても贋作を疑ってしまうんですよね。。。。

 ところで、横浜美術館のポンペイ展の販売コーナーでは、ローマングラスが販売されていました。砕かれた破片が5000円とかから出ていて、最高126万円の小瓶が販売されていました。本物かどうか聞きそびれてしまったのですが、ネットで検索すると、ローマングラスは普通に古美術宝飾品として販売されているのですね。。。。ぜんぜん知りませんでした。それにしても、破片ならともかく、小瓶など貴重な古代の遺物を販売してしまっていいのかなぁ。。。(そういう私も、漢代の五銖銭、ゴルディアヌス3世銀貨、7世紀のササン朝銀貨(中央アジアでの7世紀の複製通過という話もある)、サファヴィー朝の通貨を一枚づつ持っていますのでとやかくは言えないのですが。。。)


  ぜんぜん話は変わりますが、本日新内閣が組閣されましたね。夕方のニュースでは、蓮舫氏入閣について、台湾の新聞で「大きく」報道されている、とありました。私はこういうマスコミの報道はあまり信じない方なので(日本に限らずどこの国でも、海外同胞の話は、現地で殆ど話題になってなくても、「現地でも関心が高い」などと報道するものですが)、一応台湾の新聞のサイトを見てみました。そしたら国際欄にちゃんとありました。

自由時報の記事はこちら
 
中国時報の記事はこちら

ちなみに中国の人民日報ネット版の人民網も見てみました。
こちらに蓮舫議員の記事がありました

3者を見比べてみると、台湾の記事では、「蓮舫さんは何者か」という文章は無く、既知の人物とした入閣歓迎の記事のように思えます。一方の人民網の方は、蓮舫さんの経歴詳細を載せていることから、殆ど初出のようですね。父親が台湾出身者ということで、中国にとっては好ましくない人物という視点でコメントがつくのかなぁと思っていたのですが、台湾との関係については粛々と書かれているだけで、どうやら、中国にとっては北京大学に留学していることがポイントのようです。
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by zae06141 | 2010-06-08 22:47 | 古代ローマ・ビザンツ関係 | Comments(0)