古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
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英国滞在歴に関する献血制限の緩和とブルガリア

 たまたま本日献血センターの前を歩いていて知ったのですが、一昨日(2010年1月27日)から制限されていた英国滞在歴所有者の献血制限が緩和されていました(日本赤十字社の通知はこちら)。1980年から96年の間に、英国に一日でも滞在した人はNG、という制限だったので、当該期間に正味3日程度しか滞在していなかったのにNG、ここ5年程献血ができない状況でした。この制限は、狂牛病に起因するもので、新ルールによると、欧州各国別に制限となる滞在対象期間が異なっており、こちらの赤十字社のサイトに詳細が記載されていますが、この記載、献血センターにあった表となっている一覧表に比べると、少しわかりづらい感じ。献血センターに掲げてある表をホームページにも掲載すればいいのに。

 欧州各国の詳細は当該ページをご覧いただくこととにして、英国滞在に関しては、1980年から96年までの通算31日以内の滞在者はOk、となっています。献血センターの人に聞いたところ、「新型インフルエンザの影響で、血液が集まりにくくなっており、それがきっかけで緩和が検討された」とのことでしたが、緩和の根拠はちゃんと検討されているので、インフルエンザの流行終了後に緩和撤廃となることはなく、「寧ろ、研究が進んでより細かく緩和条件が追加されると予想される」とのことでした。5年前に献血禁止を言われた時には、「研究が進んでいないから、とりあえず1日でもだめという条件となった」と献血センターに人に言われた覚えがあります。新型インフルの流行が無い限り、進まなかった、とさえ思える話。単なる職員の談話なので、事実度は不明ですが、まあ、ありそうな話です。

 しかし、この制限には少し過敏さを感じます。ヤコプ病はアルツハイマーと症状が似ているので、実際の日本国内での発症例は不明とされているようですので、実際は、献血制限のきっかけとなった事例以上の件数があるのかも知れませんが、私としては、発症事例の低いヤコプ病での献血制限よりも、成田空港でのインフルチェックやホテルでのチェックをもっとしっかりやって欲しい、と思うのです。まあ、成田でも、外国人に対してはチェックしているのかも知れませんが、香港と中国の国境や香港のホテルでの(これも外国人だけかも知れませんが)問診と比べると成田や日本のホテルはザルのように思えます(香港のホテルに至っては熱まで測定されました(2009年5月)。新型インフルエンザ対策については中国の方がしっかりしているように思えます。新型インフルによるGDPへの影響も取りざたされていますが、インフル対策の相違程度の差で2009年のGDPが中国に抜かれるとしたら(日本の数値はまだ未発表なのであくまで仮定)、情けないように思えます。なんか日本は優先順位がちぐはぐな感じがします。

 話を戻しますと、私は1995年12月から98年7月まで2年8ヶ月ブルガリアに滞在しておりましたが、ブルガリアをはじめとする東欧については、「5年以上の滞在」が献血制限条件となっています。というわけで私はこの点もパスだったのですが、狂牛病ではなく、マラリア地域への渡航の方でひっかかってしまい、結局献血はできずじまい。。。。マラリア指定地域に1ヶ月以上の滞在者や帰国後1年間献血できないとのこと。税金以外の数少ない安易な社会貢献の道だったのに、またしばらくおあずけとなってしまいました。。。。

 ところで、96年から97年にかけての経済危機のブルガリアでは、「英国で検査に合格できなかった牛肉を安く密輸入している」という噂がありました(「狂牛病の肉」とは言っていませんでしたが。。。)。当時(もいまも)英国に滞在している友人も、「密輸出している噂がある」と言っていました(こちらも、輸出国は噂には含まれていないとのことでしたが)。以前「1996年の経済危機」で記載したように、当時のブルガリアではゼネストが発生し、IMFに国家金融を管理されてしまう状況で、ソフィア駅では週末になると、田舎の実家や親戚に食料を求めに行く人が、列車に窓から乗り降りするなど、戦後日本の映像でも登場するような状況が見られていました。危ない肉を安く輸入している、という噂はまことしやかに流れたものと思われますが、本日献血センターで制限対象国に「ブルガリア」という文字を見るまですっかり忘れていました。なぜならば、当時のブルガリアにとっては、こんな輸入肉の話は大して事件ではなく、毎日のように新聞紙面をにぎわしていたのは、あまりに急な体制変換にノイローゼになる人が急速に増加し、貧困化と相俟って多発するようになった家庭内射殺事件や強姦事件などだったからです。汚染肉の輸出入の噂も、1994年に日本でも出版された、ロシアを舞台にした小説「屍肉」(新潮文庫)を読んでいたので、さもありなん、と思っただけで、あんまり大したことだと思わなかったのです。といっても牛肉を食べるのはやめましたが。ただし、マクドナルドには通い続けたので、マクドの肉に牛が使われていたかも知れないですが。。。(「屍肉」は、今考えると、よくできた作品だったと思います。1996、7年頃のブルガリア社会とオーバラップする部分が多く、当時の東欧はどこも似たような状況だったと言えるのかも知れません)

 なお、当時のブルガリアでは(今は知りません)、牛肉は食用としては主流な肉ではなく、もっともポピュラーな肉は、羊、次いで豚、鳥、その次に子牛という序列だったので、実際に英国から牛肉が輸入されていたとしても、人間が食した量はあまり多くは無かったように思えます。一方、当時のソフィアは野犬が非常に多く、これも経済危機により、ペットを手放したことが原因と言われていましたが(ソフィアだけではなく当時の東欧諸国は同じ事情で野犬が多くみられたようです)、96年末から97年初の冬は、その野犬が激減しました。野犬を食料としているとの噂がありました。

 ブルガリア滞在では、暗いことばかりだったわけではないのですが、帰国しての日本の印象からか、このところ暗い話しばかり思い出されてきます。。。。。当時は「冷戦に敗戦」した「敗戦国」なのだけど、世界大戦の日本やドイツの敗戦のように、目に見える敗戦ではないので、人々の考えもなかなか変わらず難しいのだ、と思ったものですが、今の日本も、似たような気がします。新興国の急激な勃興は、現在起こっていることは、敗戦ではないとはいえ、(体制変更をしない限り)相対的に先進国の取り分の低下を齎す=所得や生活水準が低下する、ということに他ならないもだと思うのですが、なかなか変えることができないのでしょうね。。。。
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by zae06141 | 2010-01-29 23:56 | 旅行・海外駐在関係 | Comments(0)

「ジャーナリズムが倒れると社会が崩壊する」=「ローマの没落は全世界の没落」と同じこと

 風邪を引いてしまいました。ニュースを見ると今年最初の寒波が来ていて、典型的な冬型の気圧配置となったとのこと。本日朝から調子が悪かったのですが、外出中に悪化してしまいました。やはり深圳で購入してきたスラックスは日本の冬には耐え切れないようです。というわけでぐっすり眠って治さなくてはならないのですが、本日放送のNHKの「クローズアップ現代:変わる巨大メディア・新聞」を見てしまった為、少しだけ記載。

 題名は悪くないと思うのですが、「新聞崩壊=ジャーナリズムが崩壊すると権力を監視できなくなる」という視聴者洗脳文句が何度も繰り返された点などに、マスコミの自衛プロパガンダ番組という気がしました。表題の文言も、登場した立花隆氏の「ジャーナリズムが倒れると社会が崩壊する」の言(録画してチェックしたわけではないので100%このとおりの文字だったかまでは責任が取れませんが、このような趣旨の発言でした)。これにしたって、立花氏は既存の情報流通体制内の人だからそう考えるだけじゃないのかな。紀元410年のローマの陥落時、ヒエロニムスは

「世界の光りが消えた。都市ローマにおいて全世界は没落した」
「ローマが没落するならば、地上の何者が安泰でありえようか」
(引用元:講談社「世界の歴史」旧版三巻「永遠のローマ」 弓削達著 p135)

と手紙に書き送ったそうですが、それと同じことなんじゃないの。 「ローマ=世界そのもの」であった人にとっては、ローマの陥落は世界の没落だったかも知れないけど、そうでない人にとっては滅亡でも何でもなく、世界は残ったのと同様に、IT革命で変動を迫られている旧体制に依存して恩恵を得ている人にとってはIT革命の危機が「社会の崩壊」と思えるだけなのでしょう。立花氏言の「社会の崩壊」とは、本質的には、「旧社会の崩壊」という意味に過ぎないように思えます。

 番組を通して、「新聞」と「ジャーナリズム」の語句が倒置的な語句として曖昧に使われていたのも少し気になりました。ITはジャーナリズムを維持できないのかな。迫られているのは「旧体制のありかたの変革」なのであって、ジャーナリズムそのものの有無では無いのは明らかなのですが、この点が明言されず、「新聞の崩壊=ジャーナリズムの崩壊=権力の監視ができない」とプロパガンダを繰り返している印象を受けました。 「ITはジャーナリズムを担えないのか?」「ITデジタル革命における今後のジャーナリズムのあり方」など、前向きな視点と議論をもっと出して欲しかったところです。

 そもそも新聞だけがジャーナリズムなのでしょうか?
 権力を監視できるのはジャーナリズムだけなの?

という論点まで30分の番組に期待するのは難しいのかも知れませんが。。。。権力の監視なら市民団体や政治団体だってやってるんじゃないの? そもそも既存の大メディアと権力との癒着部分はあり、伝えないことも多いでしょ。新聞の一面に記載するかどうかで、「社会的重要事項にランキングをすることが可能」、という点は新聞、特に大新聞にしてはじめて可能なことなのだと思うのですが、権力の監視だけなら、各種社会団体と新聞の相違はカバーできる範囲と影響範囲が異なるだけなのではないかと思うのですが。。。 そもそも、「社会的重要事項にランキングをすることが」自体が「大新聞の権力」であるように思えますし、そうした権力を彼らが手放したがらないのは無理からぬところかとは思いますが、現在のネットの課題のひとつは情報の氾濫・乱造にあり、この点は現時点では新聞には適わない点です(反対に新聞が提供する統計データなどは、常に最新のものをネットで見ることができるようになっているのでネットが有利)。

 また、ネットは、中国のような言論統制国での国でさえ「人肉検索」などができてしまうツールです。重要なのは、健全な社会倫理の維持と情報公開の為の法整備なんだと思うんだけど。。。。まあ中国政府に折れたGoogleなどのように、ITがそもそも権力に迎合してしまえば意味が無いということになってしまいますが、こうした癒着はマスコミでも同じことだと思うのですが。。。。

 健全な社会倫理とは、情報セキュリティ法や所属組織の内部法令を侵してでも遭遇した違法または既存法では抜け落ちていても、社会的に異常だと考えられることを内部告発・リークする人間を社会が育て続ける(例えば匿名の掲示板に書き込むなど)、ということであり、情報公開の為の法の整備とは、不審な情報を目にした社会団体が公開を請求した時に情報公開させる、という法律を意味しています。この点では、番組の中で、確か解雇された米国の記者が「権力を追求しつづける人は一定以上必ず発生する」と語っていたように思うのですが、こういう使命感を持った人間は必ず出続けると思うのです。新聞が崩壊しても、ジャーナリズムという社会的機能は崩壊しないように思うのですが。。。。。
 
 良く引き合いに出される「ロッキード事件も、当時の新聞記者は皆周知の話だったのに、週刊誌が取り上げた為表面化した」、という話があります。これを見ても新聞の権能とは、「監視」よりも、「社会的重要事項にランキングをすること」で社会秩序の維持を図ることにあるように思えます。新聞社社員の高額給与の理由は、この「ランキングによる社会秩序の構成と維持」にあり、権力の監視は、週刊誌に記事を提供している薄給のフリーライターさん達にあるように思えてしまいます。。。。いつの時代も世の中には使命感を持っている人や、その体制で恩恵を得られない人が必ず発生するものであり(えらそうなことを記載していますが、実のところ今の私は恩恵を得られない側に移りつつあるので他人事として書いているつもりはありません。このような匿名ブログでは何とでもいえることではありますが)、そうした人々がフリーのライターとなったり、またはそのよなライターや匿名掲示板に情報をリークしたり、政治・社会団体に参加したり資金を提供したりするものだと思うのです。そうして、そもそも日本の新聞は広告収入よりも、直接販売に依存している比率が米国より高いとのことなので、世の人が新聞に、「権力の監視に支払うコストに見合った働き」をしていると判断するならば、販売収益で運営できる範囲の体制にすれば良いだけのように思えます(明確に%までは記載されていなかったかと思うのですが、番組中で表示されていた新聞の収入に関する円グラフは、広告と販売収入の比率が、米国では、2/3,1/3程度、日本では1/4、3/4程度だったかと思います)。

 そういえば、番組では、「広告収入に大きく依存する米国と日本では体制が異なる」と何度か強調されていましたが、一方で、「新聞崩壊=権力の監視機能崩壊」という印象を与え、総合的に「(事業モデルが異なる筈の米国の)新聞崩壊=権力の監視機能崩壊」という混同した印象を与える結果になっているように思えます。

「日本の新聞業界のビジネスモデルは直接投資により収益を支えるビジネスモデルなので、米国にも提案すべき」

 くらいは番組で言っても良かったのではないか、とさえ思うのでした。

ところで、番組では、ピューリッツアー賞受賞者でさえリストラの憂き目にあっている、とありましたが、これは単に彼の年収が高過ぎるからだ、という風に考えるのは行き過ぎでしょうか。「社員として抱えなくても、記事を買った方が安い」「あなたくらい有名なら、独立してやっていけるでしょう」との判断というように思えてしまいました。。。。。。
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by zae06141 | 2010-01-12 20:59 | 世界情勢・社会問題 | Comments(3)

1937年と1941年のGDPベスト15国

 アンガス・マディスン教授のExcel表を見ているうちに、戦前の日本の国力はどのような数値となっているのだろうか、と、興味が出てきてしまったので、少し調べてみました。ちょっと検索したところでは特にまとめてあるサイトは見つからなかった為、ここで紹介してみます(ここで言っているGDPとは、マディソン教授が考案した補正値ですので、ご注意ください)。なお、教授のシートは、植民地は含んでいないようなので、旧植民地についてデータがあるものについては、それを加算したものも記載します。

【1】.1937年のGDP(植民地別)

1.米国     832,469
2.ソ連     398,017
3.ドイツ    317,783
4.中国     296,043
5.英国     294,025
6.インド    250,768
7.フランス   188,125
8.日本     165,017
9.イタリア   142,954
10.インドネシア 78,485
11.ポーランド  58,980
12.アルゼンチン 55,650
13.カナダ    50,733
14.ブラジル   48,355
15.オランダ   46,716

【1】.1937年のGDP(植民地込み)

1.米国      854,688 (フィリピンを含む)
2.英国      551,464 (インド、マレーシアを含む)
3.ソ連      398,017
4.ドイツ     317,783
5.中国      296,043
6.日本      195,680 (韓国、台湾含む*1)
7.フランス    188,125 (アルジェリア、ヴェトナムなどのデータ無し)
8.イタリア    142,954 (リビアのデータ無し)
9.オランダ    125,201 (インドネシア含む)
10.ポーランド  58,980
11.アルゼンチン 55,650
12.カナダ    50,733
13.ブラジル   48,355
14.スペイン   45,272
15.チェコスロヴァキア 41,578

*1 教授のシートで「韓国」となっている部分の1937年のデータに、北朝鮮部分を含んでいるかどうかは不明。当時の日本の領土であり、資料が残っているので、北朝鮮部分についても調査は可能だと思うのですが、教授の過去GDP算出は、現在の「領土」ベースで記載していることが多いので、この部分はなんともいえないところです。

【2】1941のGDP(植民地別)

1.米国       1,098,921
2.ドイツ       401,174
3.英国        360,737
4.ソ連        333,656
5.インド       270,531
6.日本        212,594
7.イタリア      153,517
8.フランス      131,052
9.インドネシア    89,316
10.カナダ       71,508
11.アルゼンチン   61,986
12.ブラジル      54,981
13.スペイン      52,726
14.オーストラリア  48,271
15.メキシコ      40,851

*マディソン・シートでは、中国のデータが欠損しています。

【2】1941のGDP(植民地込み)

1.米国       1,098,921 (フィリッピンのデータ無し)
2.ドイツ        740,477 (フランス、ベルギー、オランダ、ギリシア含む。ユーゴはデータ無し)
3.英国         622,012 (インド、マレーシア含む)
4.ソ連         333,656
5.日本         287,416 (韓国、台湾含む、ヴェトナムのデータ無し)
6.イタリア       153,517 (リビアのデータ無し)
7.カナダ        71,508
8.アルゼンチン    61,986
9.ブラジル       54,981
10.スペイン      52,726
11.オーストラリア  48,271
12.メキシコ      40,851
13.スウェーデン   31,395
14.トルコ        27,158
15.スイス       26,851

 占領にはコストがかかる為、被占領国のGDPをそのまま加算することに意味があるのか、という議論もあるかと思いますが、まあ数字のお遊びですから、加算してみました。これを見ると、1941年当時のドイツが、イタリアとあわせると、英国とソ連相当くらいにはなるので、「米国の参戦さえなければ、いけそうだ」、と考えたのも納得できそうな値にはなります。1937年当時の日本も、中国相手だけなら、なんとかなる、と考えてしまう程度には、そこそこの数値となっています。しかし、米国があまりにも突出している為、米国が参戦した時点で終わったのは無理からぬところだと言えそうです。
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by zae06141 | 2010-01-03 09:29 | その他歴史関係 | Comments(3)

紀元前後と2008年の世界人口の内訳

 アンガス・マディソン教授の資料が、教授のサイトで公開されています。ここの資料をもとに、各時代の人口とGDPをまとめた「世界日本化計画」というサイトを見つけました。大変な労作で、非常に参考になります。こちらのURLに、一覧頁があります
 私の興味は、特に下記の4つの資料にあり、どれも興味深く参考になりました。

紀元1年世界全体の人口とGDP
紀元1年のローマ帝国の各地域の人口とGDP
紀元1000年の世界全体の人口とGDP

 しかし、古代イラン史に興味のある私としては、イラクの人口とGDPが低過ぎる点に納得できなかった為、マディソン教授の資料、Statistics on World Population, GDP and Per Capita GDP, 1-2006 AD (Last update: March 2009, horizontal file, copyright Angus Maddison) を参照してみたところ、そもそも教授の資料の数値におけるイラクの値に原因があることがわかりました。McCormick.Adams教授の南イラクの研究によると(こちらに以前まとめたパルティア・サーサーン朝時代に関する概要があります)、パルティア・サーサーン朝のイラクは、パルティア・サーサーン時代は大変繁栄していて、それが、サーサーン朝末期の混乱とイスラームの侵攻による破壊を経て、都市や集落の規模が、イスラーム初期には、サーサーン朝期の半分程度にまで落ちていることが明らかにされています。GDPも人口も、パルティア・サーサーン朝とイスラーム期では大きな相違があったことがわかるのですが、マディソン教授のデータでは、イラクの人口は、紀元1年に100万、紀元1000年に200万となっていてイランの紀元1年と1000年が400万、450万となっている点と比べると、非常に低い値に留まっています。ところで、湯浅赳男氏「文明の人口史―人類と環境との衝突、一万年史 」の5章第8節「イスラーム文明と人口」の章p118では、ラッセル氏の(「後期古代と中世の人口」)研究を引いて、7世紀のイスラーム期イラクの人口を910万と記載しています。7世紀のイスラーム期とは、既にサーサーン朝末期の混乱による農地荒廃と、イスラーム初期における、南イラクの一部地域が放棄された時期であり、イスラーム帝国の重心は、アラビアとシリアにあった時期です。バグダードの建設も8世紀後半。となると、サーサーン朝の繁栄のピーク期は、910万を上回る人口とGDPがあってもおかしくはないということになります。紀元前後のパルティア期でさえ、Adams氏の主張では初期イスラーム期を上回る値となっていることから、パルティア期にも900万前後の人口があったとしてもおかしくはないと言えそうです。

 ところで、湯浅氏の前掲書p124では、他の研究者の例も引いて、初期イスラーム期のイラク人口について、ベロッホ氏の600から800万、イサウィ氏の500から600万という数値を引いていて、いづれにしてもマディソン教授の掲載している紀元1年の100万、1000年の200万という値とは大きな幅があります。これら人口推定の根拠として、当時のエジプトの税収よりもイラクの税収の方が高く、そのエジプトの人口が400万から500万とされている為、イラクの人口が、各氏とも500万以上の値を示す結果となっているとのことです(ちなみにマディソン教授のデータでも、エジプトの紀元1年に450万、紀元1000年に500万となっていて、上記各氏の値とほぼ同じ値となっている)。

  というわけで、所詮は数字のお遊び、イラクに910万という数値を適用し、紀元1年の人口グラフを修正したものを作成しました。その他、グラフ作成時に加工したポイントには下記のものがあります。

・ローマ帝国の人口は、湯浅氏の著作に掲載されている、ベロッホ氏の数値5400万を採用(内訳はこちら)。マディソン氏の算出値だと、東方領土の数値に欠損が多いこともあり、掲載値だけを採用すると、4000万強にしかならないこともあり、領土全域について記載のある5400万を採用した。
・中央アジア・北アジアの人口は、「中国人口通史(4):東漢巻-中国人口通史叢書 袁延勝 著 人民出版社」記載の値、約635万を採用(こちらに数値をまとめた資料があります
・インドネシア以外の東アジアと、コーカサス・シリア、地中海東海岸の値が、マディソン・シートに記載が無い為、数値の記載のあるアジア諸国の値をアジア合計値から差し引いたものを、4等分し、1/4づつ東南アジアとパルティアに配分した。残りの1/2はローマ東方領土と中央アジア・北アジアに相当する為、こちらは、上記5400、635万に含まれているものとみなし、省いた。
・旧ソ連の値も、コーカサス、中央アジアに含まれる部分があるため、390万のうち100万を「その他欧州」に加算し、他は省いた。

 以上の加工の結果、紀元1の人口グラフは下記となりました。

a0094433_16562572.jpg


 ローマ帝国が22%、パルティア圏7%、インド31%、漢帝国29%となりました。
 更に、参考までに、マディソン教授のシートから2008年の人口割合のグラフも作成してみました。古代世界と比較しやすくする為、欧米圏、イスラーム圏の間は白い線を引きました。下記は、欧米圏25%、イスラーム圏12%、インド20%、中国20%となっています。

a0094433_16563332.jpg


なお、下記加工を行っています。
・インドの値は、バングラディッシュ、スリランカ、ネパールを含む
・中国は、香港・台湾を含む
・インドネシアとマレーシアは、東南アジアに含む

 結局、結論ありきの牽強付会な結果としかなっていないとはいえ、欧州とローマ、インド、パルティアとイスラーム、中国の割合は、それ程大きく変わっているわけではない、ということになっています。とへいえ、サハラ以南のアフリカと東南アジアの人口増加が非常に目立つ結果となっていることがよくわかりました。7世紀に、アラブが急激に世界史を動かしたように、アフリカや東南アジアが世界を動かす日がやってくるのかも知れません。
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by zae06141 | 2010-01-02 19:15 | その他歴史関係 | Comments(0)