古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
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中国歴史地図帳「看 版図 学 中国歴史」

 中国歴史地図帳というと、以前こちらでご紹介した、毛沢東の命で作られた中国地図出版社の「中国歴史地図集(リンク先で全頁見れます*2010年3月11日最新リンク先に修正)がまず挙げられます。値段も高額で現在482元(約7800円)ですが、各時代が、ほぼ省単位で見ることができ、非常に詳細です。ネット上のあちこちに転載されていて、こちらのサイトには、各時代の領域図が、一括して掲載されています。このように、詳細地図はネット上で見れるとはいえ、日本の、帝国書院や山川出版社などから出ている、世界史歴史地図帳に相当する地図は、これまで出版されたことが無かったようです。また、各王朝ごとの地域は詳細なのですが、隋以前の時代は、基本的に各王朝について1時点の地図だけ。このあたりが物足りない点でした。

 ところが、遂に中国でも、日本の高校生用歴史地図帳のような、横綴じ地図帳が5月に出版されました。それが、この、「看 版図 学 中国歴史」(星球地図出版社)です。下記のような表紙。A4横サイズなので、日本の高校生用地図帳(A5横)より一回り大きいサイズ。

a0094433_0435776.jpg


 さて、この地図帳ですが、いくつか驚かされる点がありました。

 まず、第1章は、石器時代の遺跡分布となっているのですが、第2章。イキナリ 「黄帝及び尭舜禹時代」となっていて、炎帝族と黄帝族の根拠地が●で記入されているのです(「帝王世紀」という書物に記載、とある)。で、春秋戦国時代の文献によると、と解説があるとはいえ、炎帝族と黄帝族の連合軍が、、東夷族の首領である蚩尤を破った涿鹿の野の戦いの場所も、今の北京付近に記載されているのです。

 これはすごい!

 同地図には、少皡、帝嚳、尭、舜、顓頊の都も記載されています。

 こういう次第なので、当然ながら、第3章の夏では、「竹書紀年」記載の夏王朝の9個の各都と周辺民族が記入されているのでした。現在も、貴州・湖南省に住むミャオ族の祖先の三苗は、この時代から湖北あたりにいたんですね。。。
 このあたり以降は、まともになります。これ以前もまともでないとは言えませんが。。。黄帝や炎帝がなんらかの史実を反映している可能性はあるわけですし、殷初期の都と夏王朝最後の都と想定される遺跡も発見されていることから、どこまでが史実かという境目に腺を引きにくいことは確かなので、立場によっては、このような記載にならざるを得ない部分もあるのでしょうね。

 次にこの地図の特色と言えるのは、統一直後、前220年時の秦の領域図がある点でしょう。こちらに掲載している、漢文帝時代の領域とほぼ同じ領域となっています。更に、漢代についても、武帝以前の領域図が掲載されています。それによると、上記地図とは異なっていて、雲南や貴州省あたりも漢の領土となっています。漢代の地図解説の頁には、ローマ帝国の地図も1枚だけ掲載されていて、漢と比較されています。これは嬉しい限り。というか、アメリカをライバル視している現代中国としては、古代ローマと古代秦漢は、並べて置かないと気がすまないのでしょうね。私のサイトがそもそもそうなので、あまり非難はできないのですが、秦の軍隊とローマ軍団を比較する書籍も出版されていたりして、結構意識している感じ。2000年以降、経済的、資源的、人的、環境的と、様々な意味で世界の脅威になるまでに復活してきてしまっているので、もう私のサイトのように、ローマと並べてアピールする必要は無くなってきているように思います。

 魏晋南北朝時代は、327年、382年、409年、449年、546年、572年となっていて、大体中国歴史地図集と同じ感じ。唐については、3枚しかない歴史地図集よりも詳しく、李世民の時代、669年、741年、820年、874年と5枚。日本の地図帳では、高宗時代に吐蕃を唐の勢力圏に含める図があったりしますが、「歴史地図集」も」こちらの5枚も一貫して「領域外」となっています(反面元代以降は一貫して中国領土となっていて、本土だけの明代地図を見慣れている日本人には、違和感があります)。
 唐代の地図には、イスラーム帝国の地図も併設されています。どうやらこの時代のライバルとして、イスラム帝国を意識しているようですね。

 五代は中原5王朝が載せられていて、これも珍しいと思います。その代わり「歴史地図帳」で色分けされて載せられている大理や南詔は地名の文字だけ。西夏は色分けされているので、どういう基準なのかいまひとつ判然としません。細かく読めば、解説に書いてあるのかも知れませんが。。。。

 ところで、遼代以降は、樺太も中華王朝領となっているんですよね。実際、金代とか、軍隊が樺太に進駐したという記録や駐屯地の遺跡もあるらしいので、まぁいいのかな。このあと、殆ど領域が変わっていないのに、1142年、1208年、1231年と金と南宋が3枚続く。元代以降は、チベットは一貫して中国領土。永楽帝の時代に明朝に服属した時の条約書が残っていて、その証文がこちらで出版されているチベットを扱った書籍や、テレビのニュースででてきたりするので、政治・アカデミズムの世界一丸となって、チベット領土公式領有の開始を印象づけようとしているようです。比較の対象が少しずれてはいますが、尖閣諸島で領海侵犯した台湾の漁船が沈没した事件について、 こちらの6月18日付読売新聞の社説では、「そもそも尖閣諸島は、町村官房長官が改めて表明したように、「わが国固有の領土であることは論をまたず、歴史的にも国際法上も極めて自明のこと」だ」 などと掲載されていて、この記事はちょっとどうかなぁ。。。自分の国の政治家が「「わが国固有の領土」といったから、そうなんだ」という文章は、いかがなものかと思うのですが。。。。せめて町村長官が引用した国際法に照らした根拠を記載するべきなんじゃないの。これじゃあ「わが社の製品は他社製品より優れています」と売り込む商業活動となんら変わりはない。「証文」とやらを持ち出して(しかも実物写真)国民を洗脳(説得)しようとする中国政府の方がなんぼかマシな気が。。。まぁ中国政府も、人民日報の社説などでは、18日読売社説と同じような、「政府が言ってるからそうなの」みたいな記事が多いのかも知れないが、大新聞の社説なんだから、もう少しスキの無い文章にして欲しかった。

 話が脱線しましたが、明代地図のところで併載されている他国は、モスクワ公国。しかもイヴァン3世とヴァシリー時代。チムール帝国でも17世紀ロシア帝国でもなかったのでした。その後は他の国の地図は登場することなく、ロシアに沿海州を奪われた時点で、樺太が国外領土になっています。

 なかなかに、見ごたえがある、突っ込みどころの多い(多分)はじめての「横綴じ型簡易版歴史地図帳」でした。38元(550円くらい)の価値は十分あると思います。
 
 ところで、最近中国歴史地図で検索すると、「世界地図で見る世界史」サイトが一番最初にヒットします。紀元151年から840年まで1年刻みで、中国歴史地図が作成されており、中国歴史地図についてはホント書籍はあまり必要としない時代になってきたものと思います。
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by zae06141 | 2008-06-28 02:22 | その他歴史関係 | Comments(0)

歴史とミステリとSF(服部真澄「エクサバイト」その1)

 服部真澄「エクサバイト」を読んだ。世の中の情報量がエクサバイトとなる時代を描いた近未来小説ということで、とりあえずIT業界人として抑えておこう、と軽い気持ちで読み始めたのだが、内容が歴史とインテリジェンスに大きくかかわっていることがわかり、少し、歴史とITとインテリジェンスについて考えてみることになってしまった。書いているうちに長くなってしまったので、今日は歴史とSFとミステリについて。次回は歴史とITとインテリジェンスについて少しまとめてみようと思う。

 ミステリと歴史は子供の頃から好きな分野なのだが、この2者には共通点がある。様々な証拠を探し、それらを関連づけ、全ての要素を一貫した解釈で物語に纏め上げる。しかも何度か新発見の証拠によって、それまで描かれていた像が、まったく別の物語として再構築される。少なくとも、近代に誕生した歴史学はこのようなものであるし、ミステリも近代歴史学も、中世論理とは別の、近代という同じ理性的・論理的思考体系に基づいているのだから、両者に共通点があるのも当然と言える。などということに考えいたったのは、学生時代、雑誌「現代思想」(か「ユリイカ」だっと思う。少し記憶が曖昧)に掲載された富山太佳夫氏の「薔薇の名前」に関する論考を読んだからなのであって(当時「薔薇の名前」の邦訳は未発表)、そもそも最初の近代ミステリとされる、ポーの「モルグ街の殺人」では、観察と推理と近代的思考の関係についての講釈がなされているわけで、中世的魔法でも神の啓示でも、推測でもない、推理小説とは当初から明確に近代の産物である。

 歴史とミステリの次に好きなのがSF。10代の頃は早川と創元推理社の海外ミステリを読みまくっていた。歴史とSFの組み合わせというと、私の場合、まずリドリー・スコットが浮かぶ。「ロバート・マードックという歴史ミステリ作家も最初はSF作家としてスタートしている(ちょっとマイナーか)。俳優のチャールトン・ヘストンも若い時は史劇俳優と見られていたが、「猿の惑星」後、「地球最後の男」「ソイレントグリーン」「クライシス2050」などに出演している。もっともヘストンの場合、70年代SF映画ブームに乗って多くの大物タレントが多数SF作品に出演するようになった、彼自身が作り出した流れに乗っていただけという側面もあると言えるけど。当時は、作品の良し悪しの判断が定着していなかったからか、今考えればとんでもない凡作に人気俳優がでていたりして掘り出し物が多い。

 話を元に戻すと、歴史とSFの双方を扱う作者がいるのは、そこに共通点があるからではないのか、と思う。歴史とSFの組み合わせの共通点は、ミステリと歴史の組み合わせの対極にあるように思う。SFは、近代的思考の到達点を描くとともに(いわゆる正統派SF)、近代的思考の限界をも描くようになった。この点でSFは社会学手法の一つであると言える。20世紀前半は、マックス・ウェーバーやマルクスが期待したような科学と理性の単純な勝利とはならなかった。ニーチェやドストエフスキーが予見し、アドルノやフロムなどの社会学者や、バタイユら思想家らが描いた非理性・非合理性が噴出した時代となった。近代的思考ではカバーしきれない、ひとたび近代的思考が支配的な座を占めると見えなくなる「それ以外のもの」を描き出すという点が、歴史とSF(と社会学の一部)の共通点だと言える。歴史とSFの共通点は、近代的思考からの脱却であり、我々が普段生活している「日常世界の異化」であると言える。

 手法という点で、歴史とSFは近しい関係にあるのに、歴史SF作品というものにはあまりお目にかかった記憶がない。タイムスリップものや未来史以外ピンと来る分類が無い。未来史でもっとも有名なのは、恐らくギボンの「ローマ帝国衰亡史」に材をとったアイザック・アジモフの「銀河帝国の興亡」シリーズだろう。歴史心理学という、歴史分析手法と未来予想学を兼ねる学問が出てくるのだが、「銀河帝国の興亡」が、他の未来史ものと異なり、「歴史学」にシンクロする点があるとすれば、この「歴史心理学」という道具立てにあると言える。服部真澄の「エクサバイト」における「歴史」のかかわりも、この観点に近いのではないかと思う。歴史学の方法論として論理的には有効そうなのだが、実現する技術がまだ確立されておらず、データも現時点ではほとんどない、という理由から単なるアイデアにとどまり、SF作品にでも書くしかない、という点で。

 一方、歴史映画や小説では、単に舞台を過去に移しただけの「「コスチュームもの」というジャンルがある。日本では時代劇がこれに相当する。多くの未来史ものも、「単に舞台を未来に移しただけのコスチュームもの」と言えるものがある。「スターウォーズサーガ」は過去の話となっているが、その過去は人類の歴史とは関係ない、未来でも構わないという点で、SF未来史ものの範疇に入る。田中芳樹の銀英伝は一見「コスチュームものの未来史」に見えるが、ミステリー界において、「メタミステリ」という、「ミステリーファンの好む定石の記述」だけを抽出した作品ジャンルがあるのと同様、「メタ歴史モノ」という、「一部の中国史ファンが好む定石の記述」を抽出したという意味で、歴史に貢献したSF作品ということができる。

 その他、「機動戦士ガンダムシリーズ」や西暦2000頃から4000年近くまでの人類史を扱った「超人ロック」など、未来史作品は結構あるのだが、これらはあくまで架空の未来史であって、歴史ミステリにおける歴史とミステリの融合のごとく、歴史とSFが高度に融合されているという感じがしない。「2001年宇宙の旅」は、歴史ではなく、人類学とSFの見事な融合と言えるが、この分野でもほとんどは、トンデモか、超古代文明モノ、オーパーツものとなっていて、「2001年」は極めて稀な例外だと言える。他にも、ボルヘスとか諸星大二郎「暗黒神話」とか、あれこれ挙げれば、それらしき作品が見つからないわけではないが、歴史とSFの間では、まだ金字塔と呼べる作品は登場していないように思う。

 最後に、ついでなので、SFとミステリという組み合わせについて。この組み合わせは早川書房のイメージそのままなわけだが、アイザック・アシモフや、西澤保彦が描くようなSFミステリー、またはSF仕立てのミステリーという作品は、数は多くはないものの割と見られるようになってきている。宮部みゆき「龍は眠る」など高い完成度を持つ作品が登場している。「エクサバイト」も、若干ミステリー仕立てのところもあるので、もっと本格的にミステリーの要素を導入すれば、歴史・ミステリー・SFの3要素が合わさった珍しい作品となったのかも知れないが、発表が新聞小説ということで、深いミステリにするには難しかったのかも知れない。出版の段階で、手を入れてみてもよかったのではないだろうか(続く)。
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by zae06141 | 2008-06-22 18:15 | その他小説・映画関連 | Comments(0)

書籍「中国ODA6兆円の闇」

を読みました。きっかけは、私の上司の「ODA3兆円も受け取っているくせに、反日的言動はなんなの」という台詞がきっかけ(私の職場ではなく、一般世論の話)。中国ODAの大半は、円借款であり、借款とは贈与ではなく、ローンと同じ。返済がある筈なのですが、どうも贈与だと勘違いしているのではないか、また一方で、私の方も、昨今の中国ODAの実態について間違った認識を持っているのではないか、という心配もあり、このところ、中国ODAに関して少し調べてみました。表題の著作は、今回の出張時に購入してきたものです。

 ネットの言説を見ると、こちらの2ちゃんねるのスレッド(117)にあるように、「2)しかし、これまで日本は6兆円(500億ドル)以上のODAと融資をしていながら、中国政府は全く返済するつもりははない。」などと書かれています。この書き込みに代表されるような言説が、あちこちに転載され、拡大再生産されているようです。では、中国政府は返済するつもりはないのでしょうか?外務省のODAに関するホームページに、対中ODAの累積額(PDF)という書類が公開されていて、ODA開始の1979年から2003年までの、年度別の貸与額と返済額が公開されています。これによると、既に元利含めて9401億円が返済みであり、そもそも実際に貸し付けられたのは、3兆472億円中2兆964億円となっていて(2003年末)、実際に貸し付けた額の半額が返済済み。しかも、2003年度は、返済額が貸付額を上回り逆転しています。

つまり、中国ODAは、「闇に消失」したわけではなく、無償で贈与されているわけでもなく、事実は、日本政府へ毎年定期的に返済されているわけです。青木直人氏の表題の著作でも、「闇に消えた」との表現が複数記載されており、この文言だけに注目し、誤解した読者が発生した可能性があります。供与額も、政府決定の全額が、その年のうちに中国へ振り込まれるわけではなく、各事業会計毎に個別に支払われています。この時点で既に「3兆円が消えた」ことにはならないのですが、そのようなイメージを与えるタイトルとなっている点が誤解を助長してしまう結果を招いていると言えます。

またこちらのサイトにでは、「破格の条件のODAは無償と同じ」という記載がなされています。

 「繰り返しになりますが、円借款(有償資金協力)と言っても、超低金利の10年据え置き30年償還などの条件は、「無償」と同じことです。」

 こんな素敵なブログの著者からは、お金を借りたくなってしまいます。破格の条件は無償と同じだというわけです。無償と同じということは、返さなくてもいい、ということでしょう。私なら、友人に一定以上の高額なお金を貸した場合、友人なので、利子はなく、期限についても、いつでもOKですが、あげることと、貸すことの間には大きな違いがありますので、返済については譲れません。ですが、このブログの著者は、「無償と同じ」だという認識を示しています。こうした記述が、「中国に6兆円もの無償支援をしている」と曲解してしまう人の発生に寄与している可能性は高いと言えるのではないでしょうか。

 表題の青木氏の著作にも、「中国政府は返さない」などと言及している部分はありません。基本的には、タイトル同様、使用用途が本来の趣旨から逸脱していたり、事実上政府高官への政治献金に利用されていたり、中国国内での説明不足など、不透明な「闇」の部分を暴いた記述となっています。「闇に消えた」との記述も、額としては有償援助の20分の1、2003年末当時で1416億円の無償資金援助について記載した章で登場しているだけ。更に、無償資金援助の全てが闇に消えた、と記載されているわけではなく、例として上がっているのは、103億円を投じた「日中青年交流センター」についてです。

 つまり、青木氏の著述は、比較的冷静で客観的な印象がありますが、全体を取りまとめた記載に不足があるため、103億円の無償資金援助について言及した章に登場する「闇に消えた」という文言が、タイトル「ODA6兆円の闇」とシンクロして受け止められるイメージを形作ってしまい、「6兆円が闇に消えた」との言説が、ネット上に拡大再生産される一因となってしまったのではないか、と思うわけです。

 青木氏の怒りはもっともであり、現在のODA運用には不合理な点が多く、「6兆全額で無いのだからいいのだ」などと言うつもりはありません。しかし、「6兆全額が無償で中国に消えた」という事実誤認の言説と、青木氏が言及している内容、及び事実の間には天と地程の差があります。当該著作を読まれる方や中国ODAの問題について論ずる方々には、この点をご認識の上で、有効に活用して欲しいと思います。
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by zae06141 | 2008-06-15 18:28 | 旅行・海外駐在関係 | Comments(0)

居酒屋タクシー

 先週から東京に出張しておりました。今回着いたその日は、成田から直行リムジンバスが出ている為、新宿ワシントンホテルに宿泊したのですが、宿泊客は中国人ばかりでよそに来た気がしない。廊下は煙草臭く、部屋は狭く、窓ははめ込みでどことなく監獄風。しかも持ち込みPCに部屋のLANケーブルをつなげても、インターネットにつながらず、テレビと部屋のPCが一体型なので、どちらかしか利用できない。結局持ち込みPCのPHSを使ってネットに接続。窓からの景色はよかったものの、次回からは泊まらないかも。1万円なので、立地にしては安いと思いますが、これなら、これまで毎回泊まっていた歌舞伎町の東横インの方がマシ。7000円だし。外国人が多いとはいえ、韓国、シンガポール、マレーシアなど、東アジア人が均等にいるようで、東横インに比べると、新宿ワシントンホテルは中国人に偏っている感じ。まぁ、夜成田に到着した場合には、直行リムジンがあるので楽、というのが唯一のメリットかも。

 さて、到着して部屋で一息ついてテレビを見ていると、霞ヶ関官僚の居酒屋タクシー批判のニュース。

 これって、テレビの放送枠を使ったり、新聞に載せたりと、コストをかけて報道する程のものなのでしょうか? 金銭の受け取りについては、批判ネタだと思うのですが、遠距離の客へのビールとつまみは、上客への営業サービスの一環であって、騒ぐ程の話でもないように思うのですが。。。。わざわざ騒ぎ立てるマスコミには、もっと重要な事に時間を使え、と思ってしまいました。

 私もバブルのピーク当時は、実家に住んでいて、電車で片道2時間通勤をしていましたので、帰宅の遅い日に、よくタクシーを利用し、毎回ビールとつまみをご馳走になっていました。毎回2万円以上の上客ですから、懇意になった個人タクシーの運転手さんとなると、22時前に連絡すれば、予約もできてしまいましたし、ビールとつまみは普通にいただいていました。

 バブルピークの90年は、宿泊24回、勤め先から自宅までのタクシー42回、途中駅止まりで、そこからタクシー78回、終電118回と、出勤日の殆どが終電以降の帰宅だったのですが、あまりに過酷なので、勤め先に、共用のアパートを借りるようお願いしてみたのですが、税金上、家賃を出すよりタクシーの方がよい、との返答。ブチキレて、週5回全部タクシーで帰宅した、なんてこともありました。90年夏は仕事だけで終わってしまったこともあり、1度だけですが、江ノ島まわって海をみて帰ったこともあります。貸切同様なので、3万円でぐるっと周遊してくれました。運転手さんと、高速のサービスエリアで一緒にラーメン食べたこともあります(こちらは割り勘でしたが)。

 当時の職場の遠距離通勤者は、私以外にも数名いて、彼ら全員タクシー運転手仲間で有名になってました。はじめて乗車する運転手さんが、行き先を告げただけで、「○○さんの知り合いですか?」と私のことを知っていたり、2、3度乗ると、ルートを覚えてしまい、自宅まで寝ていることもできましたし、当時既に、車載携帯電話や、ナビを装備しているタクシーも多く、一度など、上司の部長の乗ったタクシーが事故を起こした情報がリアルタイムで入ってきたこともありました。前の車に追突してオカマを掘った瞬間、後部座席から、フロントガラスに頭から突っ込み怪我をしたはずの部長が、翌朝出勤してきた時は、皆ビックリしたものです。首にムチウチ用器具を巻いていましたけど(しばらくはサイボーグ部長と呼ばれてました)。

 われわれは金品をもらったことはありませんので、その点については官庁官僚とは異なりますが、今回の報道でも、殆どの役人がビールとつまみ程度の話で、私の経験と大差無い程度だと思われます(近距離でもサービスを受けていたかも知れませんが)。金銭を受け取っていた役人についての報道と処分は理解できますが、ビールくらいで目くじら立てなくてもいいんじゃないの?摘発すべき税金の無駄遣いにはもっと別の巨額なものがあるんじゃないの?マスコミの時間はそっちに使ってよ、と思うわけなのでした。タクシー業界は、既に過当競争であるわけですし、ビールとつまみについては、行き過ぎない程度の顧客確保のサービスだと思うのですが、いかがでしょうか。
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by zae06141 | 2008-06-14 04:03 | 雑記 | Comments(0)

書籍「中国を追われたウイグル人」

を読みました(コレ)。youTUBEで、いくつか関連映像を見ました。特にあらたな知見をここで記載できるわけでは無いのですが、ため息しかでませんね。特に清朝、および共産党に侵略された少数民族からすれば、独立が当然でしょうが、既に漢族よりも少数になったと推定される程、ウイグル族の内地移住と漢族殖民が進んでいる状況では、綺麗に分離独立することは既に現時点で困難な状況に至っているのが現実だと言えます。無理な独立紛争となると、混在居住している状況では、ボスニア並みの民族浄化となる可能性も予想されます(youTUBEに上がっていた映像やHPでは上は1500万人から1000万、930万、830万という人口数が出ていて、厳密な統計は簡単にはつかめないようです)。

 私がタリム盆地を旅行したのは、イリ事件の翌年、1998年のことで、特に警備が厳しいようにも見えなかったのですが、それも本書の指摘にあるように、テロルによる支配の恐怖下にあって、家族や生活を守る為何も口にできない、偽りの平穏だったのかも知れません。

 知人の中国人も、民主化を支持していても、民主化の次に来るものが、少数民族の分離運動だと指摘すると、ほぼ全員が否定派に回りますから、この国の大漢族主義と、それにちなむ差別の方が、共産党組織以上に社会の深層に根付いていて、扱いの難しい問題だと思えます。中国がここまで弾圧や愛国運動による求心力を必要としている背景には、ソ連崩壊が大きな要素のひとつであることは間違いありません。中国政府にも民主化派はいると思うのですが、彼らの描くソフトランディングとは、弾圧により秩序を維持につつ、同化政策推進し、その間国内格差を解消し民主化に備える、というものだと推測されます。しかし、これらは少数派で、ウイグルやチベットは、資源搾取の為の領土であって、吸い上げた資源は内地に送られ、現地はリターンを受けられない、国内植民地を目指す大漢族主義勢力が多数派なのではないかと思います。どっちに転んでも少数民族にとっていいことは無いわけですが。

 2006年から新彊では、ウイグル語の教育が禁止され、漢語が必須となったとのことです。チベットでも、チベット語で教育を受けても、就職できない、という差別があるとのこと。しかし、ここで思うのですが、今後、グローバリゼーションの進展によって外国語が収入に直結する時代が来ると予想されます。日本などでは、日本語だけの場合、勤め先が無い、ということは無いかも知れませんが、良い職業程外国語の必要度が高まると予想されます。家庭や日常ではともかく、日本も教育では英語でよいのではないかと思うのです。大人になってから英語で苦労している毎日を思えば。日本は島国なので、日常生活や仕事で他国語を使う風土は、ピンと来ないと思うのですが、たとえば私の暮らしたブルガリアは多民族国家なので、トルコ人やルーマニア人、ギリシア人などが居住していて、地方の人はその辺の人でもトルコ語とブルガリア語、ギリシア語とブルガリア語とのバイリンガルだったりしました。都市部ではロシア語やドイツ語、英語、学校ではフランス語を話人などがいて、地続きの多民族地域というのは、程度の差はあれ、2,3カ国語に通じているのは結構珍しいものでは無いという印象がありました。しかもネイティブ並みに話せなければ話せる、と言えないわけではないことも知ったのもこの時です。「中学英語並みに会話ができれば、その国の言語はできると言ってしまって構わない」。ということを知りました。エグゼクティブやビジネス界毎に数段階のレベルがあるとはいえ。

 まぁ、ウイグル人への漢語教育が、ビジネス向けのものではなく、100%民族消滅を狙っている為、同じには扱えませんが、かといって、この状況で、100%民族教育も、それもまた現実的では無いと思えるのです。シンガポールにおける英語くらいの比重で、チベット人、ウイグル人は漢語(英語やロシア語でもいいと思いますが)を学ばざるを得ないところまできているのではないかと思うのです。もちろんこれは正義でも何でもなく、中国の侵略の既成事実化に妥協した物言いなわけですが。

 今思えば、清朝は余計なことしたなぁ、とも思うのです。清代も、明代程度の領土だったら、新彊は、ロシア帝国の支配下に入って、今頃中央アジアの独裁国家のひとつとなっているのではないかと思います。しかし、更にさかのぼれば、清朝は、明朝の東北地区支配への報復として対明戦争を起こしたわけだし、明朝が東北を支配した背景は、契丹・金国の時代からの華北への侵入が背景にあることを思うと、根が深い問題だと言えます。

 youTUBEの映像では、「日本はアジアにおける民主主義国家のリーダーとして亡命者受け入れを」、と提言がなされていましたが、少なくとも中国の政治亡命者を受け入れるのは難しいでしょうね。隣国としては。ドイツなどが受け入れに積極的なのは、利害関係があまりないということと、トルコ人労働者を受け入れてきた背景があるからで、利害関係の大きいアメリカからの政治亡命したがる人がいるかどうかはともかく、仮にそのような人がいたとしても、日本は受け入れられないだろうし、隣国中国に対しても難しいと思うのですが、ウイグル人とは別に、利害関係の遠い国の政治亡命者を、もっと受け入れてはいいのではないかと思います(とはいえ、これもアメリカの顔色を無視しては難しいとは思うけど)。

 本書を読んでいて、目に付いたのは、「交通事故死」。本書を読んでいると、パキスタンで事故死したNHKのプロデューサーまで暗殺されたのではないかと思えてきます。私は目にしていませんが、ウイグル分離主義者との抗争を描いた娯楽アクションドラマが色々あるようですが、CIA、KGB、モサドなどを扱ったスパイ・アクション映画のようなものも、中国の情報部員をネタに成り立ちそうです。

 そういえば、昨年初冬に街角に増えたウイグル人たちはどこへ行ってしまったんだろう。最近ぜんぜん見なくなってしまいました。公安に追われたのでしょうか。。。。
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by zae06141 | 2008-06-02 23:23 | 旅行・海外駐在関係 | Comments(0)