古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
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アンガス・マディソン「経済統計で見る世界経済2000年史」 ver7

 昨日19日の日経新聞5面に、オランダ、フローニンゲン大学のアンガス・マディソン教授が、過去2000年間のGDPの推計を試みているとの記事がありました。アンガス教授の書籍は、以前「世界経済の成長史1820‐1992年―199カ国を対象とする分析と推計」という書籍を読んだことがあるのですが、過去2000年間の方も、「経済統計で見る世界経済2000年史」という書籍を出していることを知りました。
 
 前著には、1820年のGDP1位は中国、2位はインドとなっていましたが、これは人口が多いためで、一人あたりのGDPとなると、英国や日本よりも低い状況でした。これに対して、後者の書籍では、宋代の一人あたりのGDPは、西欧よりも高かった、とあるとのことです(日経新聞記事より)。
まぁ、西欧が一番低調だった頃と比べても、とは思いますが(10世紀で比べるなら、ファーティマ朝か、ビザンツにして欲しいと思います)、実験的な試みとはいえ、興味を引かれてしまいます。

※追記1 2007年4月
 本屋で立ち読みしてきました。ざっとめくっただけなので、ちゃんと読めているわけではありません。その範囲内での感想ですが、あんまり期待した感じでもなかった、というところでしょうか。

基本的には、「世界経済の成長史1820‐1992年―199カ国を対象とする分析と推計」 に書き足したという感じで、2/3くらいは、「世界経済の成長史」の統計図版がそのまま掲載されている感じ。次に解説の量が多いのは、1500年-1820年。しかし、この部分であれば、ウォーラーステインはじめ、多くの学者の研究しているところです。特に本書に頼る必要もない部分かと思います。一番興味のあった紀元0年~1000年に関する部分は、ほぼ人口推計の算出だけと言ってよく、GDPは、各地域400ドル~450ドルの間にまとまっていて、都市や地域・職業別に推定されているわけではありません。また、人口やGDPは、地域別に指定されているのですが、西ヨーロッパ、東ヨーロッパ、アフリカ、トルコ、イラン、イラン以外のアジアなど、地域別となっていて、古代国家の単位と関連付けされていないため、ローマ帝国やペルシア帝国などの単位での参考値とはなっていません。

※追記2 2008年5月
 アンガス・マディソンの「Chinese Economic Performance in the Long Run 960-2030」の中国語訳、「中国经济的长期表现 公元960-2030年」の付録に、明代初期、1380年から、10年刻みの人口推計表が掲載されています。1895年以降は、3~5年毎、1952年以降は毎年の人口が掲載されています。邦訳だと「世界経済の成長史1820‐1992年―199カ国を対象とする分析と推計」が定価で5040円、 「経済統計で見る世界経済2000年史」が、13650円と高額だったりしますので、統計表程度しか見ない私のような向きには、30元(450円くらい)で手に入る中国語版は非常にリーズナブル。本書には、紀元1年、960年、1300年、1700年の欧州(トルコとロシア以外の欧州)と中国の推計GDPの比較が掲載されていて、1人辺りの平均年収が掲載されています。
      1年  960年  1300年  1700年(単位、1990年ドル)
中国  450   450    600     600
欧州  550   422    576     924

 きれいに、ローマ帝国の最盛期と中世暗黒時代、ルネッサンス以後の復興という欧州人の歴史観を反映した値となっています。こんな微妙な相違は、殆ど誤差の範囲であって、集計方法によりいくらでも調整できてしまう値だと思うのですが、そうはいっても、何もないよりはマシ。ということでついつい参照してしまうことになるのでした。

 この手の推計となるとマディソン教授ばかり。教授の算出を検証するような他の研究は見たことが無いのですが、数字だけが様々なメディアに転載され、学問的に確定した事実のように、一人歩きしている印象があります。

というわけで、期待した程の参考にはなりそうにもなかったのですが、いくつかわかったこともあります。ひとつは、18世紀の日本の都市化が、西欧と同じ13%程度と、中国よりも高かったこと。もうひとつは、西欧の経済データは12世紀頃から比較的把握されていて、西欧の経済的浮上が1000年頃から起った、と考えられている点などがありました。

※追記3
2010年1月 アンガス・マディソン氏のサイト掲載の数値情報を利用して、紀元1年と2008年の世界人口のグラフを作成してみました。 また、2次大戦前夜の日本の国力を知りたいと思い、1937年と41年のGDPベスト15国も一覧も作成してみました。ご参考にどうぞ。

※追記4 2010年6月
清代中期の役人洪亮吉の一人当たりを養う耕地面積論とアンガ・スマディソン推計の清代一人当たりGDP」と言う記事も作成してみました。

※追記5 2016年2月
アンガス・マディソン氏のローマ帝国の一人当たり平均所得の計算根拠の概要を、『世界経済史概観-紀元1年~2030年』(2015年)をもとに各世界のプロファイル(古代ローマ、漢、サーサーン朝の人口、財政、生活費、GDPなど)に追記しました。もうちょっと史料的な裏づけがあるのかと思っていましたが。。。計量経済史学を歴史経済学がほぼ無視している理由がよくわかりました。アンガス氏の研究数値のうちのGDPについては、出典として利用しても概ね妥当な範囲だろう、という段階に達しているのは1820年以降くらいだ(イタリアは1500年くらいかも)、という結論をようやく出せそうな気がしています。

 ここ数年、計量経済史学関連の史料とロジックを渉猟してきてわかったことが2点あります。ひとつは、平均寿命(≒平均余命)や歴史人口学、財政規模、穀物生産性などはそれなりに史料的裏づけがあること、二つ目は全時代・全地域を通じて、一貫して比較的残っている文書史料は、税収(≒歳入)と兵士の数(≒歳出)だということです。歳入は金額が重要なので、中央集権が貫徹していない場合、人口は重視されず記録もまた残りにくい、対して歳出のほとんどはどこでもいつでも軍事力≒兵士の数なので、総人口に関する史料は少ない代わりに兵士の数に関する史料は結構残っている、という点。

※追記6 2016年12月(2017年5月一部修正加筆)
アンガス・マディソン氏の『世界経済史概観-紀元1年~2030年』(2015年)に、ローマ帝国各地地域ごとのGDPの算出方法が記載されていました。同じ方法を漢王朝に適用した記事を書いてみました。ご興味のある方はこちらをご参照ください。2014年春にウォルター・シャイデルの論考を読ん時から思っていたのですが、古代・中世に対する数量経済学史は、もうまったく、オーダー・エスティメイションの世界だということが、私の結論です。経済理論自体が、数々の前提条件のもと、「XXの値がYYならば」というオーダー・エスティメイションで成り立っていることを思えば*1、特に不思議ではないのですが、歴史学の経済史家が数量経済史を真面目に相手にしないのが本当によくわかりました。まあでも、仮定を積み重ねるだけのことでも、何もやらないよりはましではありますね。それなりに意味のあることだと思います。
 アンガス氏の1820年以前のGDPに関する算出値ありきで論を構築する研究はろくでもない研究だと考えた方がよく、アンガス氏が仮定として用いた各要素の値を、ひとつでも多くより実証的に深める研究こそが、数量経済史家には必要とされているのだ、ということがよくわかりました。アンガス氏を知ってから10年、ようやく彼のGDP推計の問題点も有効性もだいたいわかった、といえる段階になりました。長い探求でした(この10年間にアンガス氏の研究に関心をもって調べた各記事はこちらこちら)。

*1経済理論が現実の世界でなかなかその通りに機能しないことが多いのは、条件の幾つかが現実と一致していないからです。諸条件がほぼ揃った滅多にない成功事例がブレトンウッズ体制下の西側先進国経済であるといえると思います。

追記7(2017年7月)

 日本経済新聞社の記事7/1日の『習近平氏の「中国の夢」、千年間のGDPで精査』で、今年4月に発表された、宋代以降の中国と中世欧州、徳川日本のひとりあたりの平均GDPに関する最新研究『China, Europe and the Great Divergence: A Study in Historical National Accounting, 980-1850』(PDFはこちら)が紹介されています。時間のある時にじっくり読んでみたいと思います。1700年前後のイングランドの値をかなり低めに出しているような気がします。アンドレ・グンダー・フランクが『リオリエント』で叙述的に示しただけで数値的根拠がいまひとつだった、近世における中国への銀の流入量の総額見積もりや物価との連動を数値的に説明できていたりすると嬉しいかも。

 ところで、日経の記事にある、習近平氏が、「アヘン戦争の前は中国は世界一豊かな国だった」との文言は、ひとりあたりGDPの話ではなく、当時の単一の国家としては飛びぬけて膨大な4億という人口による総GDPの話をしているのだと思うのですが、どうなのでしょうか。個人的にはポメランツ説よりも、アンガス説に基づいての主張だと思っていました。GDP総額で米国を抜くのが当面の現実的な範囲の値であって、ひとりあたりのGDPが米国を抜く、という議論が現実味を持つにはあと50年くらいかかると思っているのですが、、(輸出競争力確保のため、為替の完全自由化はなかなかしないでしょうから、PPPのひとりあたりで米国を抜く、ということなのかも知れませんが、、、こちらは現実的な目標になりえると思います)。

 いづれにしてもこうした研究が地道に進んでくれるのは嬉しい限りです。

 今回の追記では以下4点の関連論文や書籍等を紹介したいと思います。

1.ローマ・漢王朝・パルティアのひとりあたり最低生活費の研究(オランダ・ユトレヒト大学)
 The standard of living inancient societies: a comparison between the
Han Empire,the Roman Empire, and Babylonia (PDFはこちら
 Bas van Leeuwen, Reinhard Pirngruber, Jieli van Leeuwen Li著

2.18世紀のロンドン・アムステルダム・ミラノ・北京都市部・北京農村部・京都/東京の実質賃金比較研究
 『実質賃金の歴史的水準比較』J.-P.バッシーノ、馬徳武、斉藤修著
 (『経済研究』通巻56号,2005年第四号pp349-369)

3.歴史学畑の西洋経済史学者が書いた数量経済史の入門書としては、カルロ・マリア チポッラ著『経済史への招待―歴史学と経済学のはざまへ』 国文社/2001年)が良書だと思います。

4.アヘン戦争時の清朝と英国の財政規模
 めちゃくちゃ適当な計算ですが、当時の両国の中央政府の財政総額が残っているので、労働者ひとりの年収を100万円と決めうちした場合、両者の財政規模がいくらになるのか計算した記事です(こちら)。清朝1兆円弱、英国本国1.3兆円くらいになりました(英国は、植民地政府の財政は含まない)。この背景として清朝は康熙・雍正帝の時代に中央政府の税額を固定してしまった点と、英国は巨額な国債を発行していた二点があげられます(あくまで中央政府の税収で、地方政府の税収は別にあります。更に清朝では公式の財政記録に載らない要素(徭役等)も大きいと思われます。よって、これはあくまで数字のお遊びです)。しかし簡単に計算しただけでも英国の財政規模が清朝を上回ってしまう結果となる具合ですから、アヘン戦争の敗北も妥当なように思えた次第です。

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by zae06141 | 2007-03-20 00:55 | その他歴史関係 | Comments(0)

より便利なサービスの筈が、そうでなかったりする話

 久々に米国出張してきました。出張先で、便利にするためのサービスであるのですが、実際のところ、そうでもないかも、というサービスに2つ程出くわしました。

 ひとつめは、空港のチェックインです。

 最近、幾つかの航空会社では、ホームページから、チェックインができるそうです。今回利用したノースウエストでは、24時間前から可能となっていました。予めノースウェストのホームページから、苗字と空港コードと予約番号を入れれば、座席表が出てきて、空いている好きな席を選べるというもの。座席を選んだ後、サブミットボタンをクリックすると、ボーディングパス画面が出てきて、それを印刷して、空港にもっていけば、チェックイン作業をパスすることができ、そのまま荷物チェックに向かうことができるわけです。チェックイン作業は終わっているので、空港に遅刻して、オーバブッキングで座席を他の客に取られてしまう心配も無いわけです。この為、空港には、出発の1時間前に着けば充分。浮いた時間を他のことに使える、というわけです。

 このサービスは、ホテルのロビーなどに設置されているインターネットサービスで、プリンタも利用できるところがあるので、そうしたところでは便利です。ネットカフェでもできるでしょうk。しかし、今回は、出張先の社内設備からプリントアウトしようとしたので、まず、プリンタードライバをダウンロードして、インストールしなくてはなりませんでした。更に印刷すると、右側が印刷しきれず、余白調整に手間取ったりしてしまいました。ホームページの設定は1分くらいで終わったのですが、最終的に印刷ができるまで、1時間くらいかかってしまいました。翌日は、出発の1時間前に空港へ行けばいいので、余裕が持てましたが、結局トータルでは、時間の削減にはなっていないですよね。ホテルに設備が無ければ、ネットカフェを探さなくてはいけないし、探して印刷する時間が1時間かかってしまうのであれば、最初から空港に2時間前に行くのと変わらないことになります。しかもこのサービスは成田ではまだ使えないので、この点でもあまり役に立たないかも。。。。

 ふたつめは、レンタカーの予約。ハーツでは、ゴールド会員になると、空港のレンタカーカウンターに行かず、直接車の置いてあるところに行って、ピックアップできるそうです(他も似たようなサービスをしていると思うけど)。これも並ばないで済む、というメリットはありますが、今回私の着いた便では、殆ど客がいないようで、カウンターにいった時も私だけ。他に客がいなかったので、カウンターの人が、こちらが名乗る前に「〇〇さんですね。承っております」というくらい。で、予約を確認すると、カウンターの人が、「あと25ドルで、フェアレディZはいかがでしょう」と薦めてきた。いいですと断ったら、15ドルにディスカウントされた。一番安いコンパクトカーでいいです、となおも断ったら、同じ値段でいいからと、フォードの大型SUVを薦められました。値段が同じなら、ということで借りてしまいました。出張先のオフィスで、前日一足先に来ていた同僚に聞いたら、「ゴールド会員なので、そのまま予約通りのコンパクトカーだった」とのこと。こう考えると、カウンターに行った方がメリットがあることもあるかも、と思いました。

 というわけで、今回知ったサービスは、どちらも今後使うかどうかあやしいかも。ただ、座席を自分で選べるのはいいのかも知れませんが、今回、選んだその席のビデオが壊れていて利用できませんでした。。。。
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by zae06141 | 2007-03-10 21:03 | 雑記 | Comments(0)

映画「笛吹川」

木下恵介監督「笛吹川」を見ました。この映画、中学生の時、好きなSF映画ベスト5という雑誌の企画で、幻想小説の名手、「X電車で行こう」の作者山野浩一さんが、この作品を「異様な感覚」と評してベスト5に上げていたのを読んで依頼、ずっと見てみたいと思っていました。深沢七郎の原作は、学生時代に読み、好きな歴史小説の一つでもありました。

作品は、武田信虎の時代、晴信の生まれる少し前から始まり、武田家滅亡までを扱った大河物語ですが、主人公は武田家や武士ではなく、ある農民の一家です。彼ら一族が、ある者は戦場にゆき、ある者は武田家に仕えることで歴史と関わってゆく、しかし、それ以外の部分では、淡々とした生活が続くだけの、社会の上層と関わることが少ない農民主体の世界が描かれます。社会の上層階層が繰り広げる歴史が、まるで異世界からのちょっかいのように感じられる不思議な感覚は、映画でも、原作のイメージそのままに展開しています。主人公達の心理描写に立ち入ることなく、乾いた映像が続いています。

映像を見て強く印象に残ったのは、殆ど低い姿勢からのカメラワークがほぼ一環して続く部分と、BGMに音楽は一切なく、寺の鐘が、鈍く低音で静かにゴォ~ン ゴォ~ンと鳴り続くとことでしょうか。鐘の音に伴って、時折僅かに、微かに経文を唱えるような音がする。

カメラワークは、1.5m程の高さで一定していて、農民を見上げるような感じで捉えています。とおりがかかる武士は、当然見上げるようになる。社会の底辺から、世の中を眺める感覚を表現しようと意図的にしたのかどうかわかりませんが、意図したのだとしたら、それは成功していて、そのような印象を受けます。

BGMの鐘と経文は、パゾリーニの「王女メディア」を彷彿とさせます。「王女メディア」では、BGMに日本の民謡と、鐘が使われ、音楽は一度も登場しなかったように記憶しています。

原作も読まず、パゾリーニも見ていなかったら、きっと衝撃を受けたのではないかと思いました。
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by zae06141 | 2007-03-04 06:02 | その他の時代の歴史映画・ドラマ | Comments(0)