古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
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カテゴリ:古代中国関係( 14 )


Wikipediaに掲載されている中国とアラブの歴史ドラマ一覧表 ver2

 前回、二年ぶりのIMDbの歴史映画チェックを行い、ここ2年間程の新作映画をチェックできましたが、IMDbではテレビドラマのチェックまではしておりません。中国とアラブ圏以外は、だいたい歴史作品は映画だからです。中国の歴史ドラマもIMDbに掲載されているかも知れませんが、IMDbはラテン文字でしか登録できないので、中国だけでしか放映されていない作品はピンインで登録されてしまい、非常にわかりにくくなっています(キリル文字のローマ字翻字も同じですが、こちらはなんとか読めます)。中国のテレビドラマは日本のNHK大河と似ていて(個人的には日本のNHK大河が影響したのではないかと推測しています)一話45分で45-50話のものが多く、とても視聴している時間はとれません。しかも近年中国の歴史ドラマは香港の武侠モノや韓国の歴史ドラマの影響を受けているのか、ファンタジー色が強くなっており、ワイアーアクション・カンフー、派手な衣装、CGによる異次元級の戦争場面が登場する作品が主流を占めるようになってきているため、ここ数年あまりチェックしておりませんでした。今回Amazonを検索したところ、ここ数年の間に急激に近年の中国歴史ドラマの日本語DVDが出ていることを知りました。そこでIMDb以外に情報はないかと少し調べて見ました。IMDbが中国語対応していない以上、中国語のまとめサイトが必ずありそうなものです。
 見つけたのがWikipediaの以下のページです。


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by zae06141 | 2017-08-16 00:14 | 古代中国関係 | Comments(0)

アンガス・マディソンのローマ帝国GDP算出方法を漢王朝にあてはめてみた

 アンガス・マディソンは、『Chinese Economic Performance in the Long Run 960-2030』(2007年)で、中国歴代王朝の一人上がり平均GDP(以下にGDPと称しているのは、アンガス氏が開発した"1990年ゲアリー・ケーミスドル”というもの)を、漢代紀元1年450ドル、960年450ドル、1000年を466ドル、1300年600ドル、明代1500年600ドル、1600年600ドル、清代1700年600ドル、1820年600ドルとしていて(1000年の数字のみ、フローニンゲン大学の氏のサイトのxls表から引用)、近代以前の中国史上一人当たりGDPが上昇したのは、宋代だけ、だとしています。しかし、『Chinese Economic Performance in the Long Run 960-2030』を読んでみても、宋代から元代における農工業などの技術革新の様子を描いた記載はあっても、なぜそれが、450→600という数字となったのか、についての数字的根拠の記載はありません。清代1820年の600という数字は近代の数字ですから比較的数値的根拠がありそうですが、宋代漢代がなぜ450なのか?

 昨年出版された『世界経済史概観―紀元1年-2030年』(岩波書店)に、ローマ帝国各地域別平均所得の算出方法が記載されていたことから、漢王朝に対しても適用して数字で遊んでみました。ご興味のある方はこちらをご参照ください

実はこの記事を書き始めたのは昨年11月頃のことなのですが、宇都宮清吉著『漢代社会経済史』(1955年)に登場する、都市化率30%という数字をどう処理しようかと悩んでいるうちに1年たってしまいました。1年ぶりに思い立って再度取り組んでみたところ、アンガス・マディソンが用いているローマ帝国の都市化率の根拠も大同小異だと思えるようになったので、取り合えず記事を完成させた次第です。

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by zae06141 | 2016-12-02 00:08 | 古代中国関係 | Comments(0)

中国公案小説(中国推理小説)の起源かも知れない古代の犯罪事件事例文書張家山漢簡《奏讞書》案例二十二』

 中国には公案小説という、明代末に成立した事件裁判小説というジャンルがあります。この公案小説は、推理小説ではないものの、推理小説にも分類可能な小説群です。有名なものでは宋代の名判事とされる包拯(999-1062年)を主人公とした作者不詳の明末口語短編小説集『包公案』(約100篇を収める)があり、これらは遡ると包拯を主人公とする元代の雑劇を起原としていて、現在包拯を主人公とする元代雑劇は11種類が伝わっているそうです。包拯以外の元代公案雑劇も7種伝わっているとのことです。また、公案小説の直接の起源ではありませんが、起原のひとつと考えられる分野の書籍が伝わっています。それは、南宋時代の役人桂万栄が編纂した裁判説話集『棠陰比事』(1211年刊/岩波文庫,1985年)という短い裁判事例を集めた説話集成です。

 この説話集の各説話は、それぞれ1-2頁の短い内容で、末尾に編者の簡単な解説・批評が記されていて、全部で144編が収録されています。出典は様々ですが、基本的に史書(歴代正史(『宋史』や『南史』『唐書』が多い)や過去の文献(後漢代応劭の『風俗通義』など多数)や 、同時代(南宋代)の文献(司馬光撰『速水紀聞』や魏泰の『東軒筆録』など多数)、墓誌の記載内容(これも多い)もあれば、他の同時代の知識人(蘇東坡とか)から直接聞いた話などです。安易な判決や捜査を戒め、教訓とする内容で、末尾に編纂者の評が添えられています。中には犯罪を隠蔽しようとする犯罪者の工夫など、推理小説的な部分もありますが、基本は犯罪事例集であって、捜査や推理の過程を楽しむ推理小説とは大分趣が異なります。また、直接同時代の裁判文書や捜査文書から起こしたものはありません。

 では、この『棠陰比事』の犯罪・事件の出典となった文献のもととなった犯罪捜査や裁判事例はどこから得られたのでしょうか?推測するに、それは究極的には恐らく末端の役所の文書そのものに由来する筈です。しかし、その文書は無味乾燥な役所の業務記録文書であるとも推測されます。ところが、昨年、古代中国史の貨幣経済を専門とする柿沼陽平氏の『中国古代の貨幣-お金をめぐる人びとと暮らし』(吉川弘文館,2015年)を読んでいて、秦代の出土文書に記された事件記録『張家山漢簡《奏讞》案例二十二』の概略を読み、これはまさに推理小説展開だと興味が出たので、原文と解釈文全体を掲載している、飯島和俊氏の「市に集まる人々 -張家山漢簡「奏讞」案例二二 事件から浮かび上がる咸陽の地域社会」(『アジア史における法と国家』(中央大学科学研究所研究叢書23,中央大学出版会,2000年)を読んでみました。役所の事件文書が「無味乾燥な役所の業務文書である」、という先入観は覆されました。文書は、事件を解決した役人を上級職に推薦する文書なので、特殊な文書だったのかも知れませんが、事件解決の業績を説明するため、文書は単なる記録だけではなく、犯罪捜査の方法、犯人の隠蔽工作とそれを見抜いた過程、段階的に捜査の範囲を広げる、など、現代の推理小説や犯罪小説に登場するポイントが記されています。しかも、捜査が進展せず、その範囲を広げる過程で役人が交代し、交代した役人(これが文書で昇進を推薦されている人物)が、まるで現代小説の捜査上手な警部のように核心に迫ってゆく様子など、推理小説的な興奮を味わえる内容となっています。最後に、犯罪者の手口や、解決に至ったポイントが評され、他の捜査への教訓も述べられるど、無味乾燥な業務記録ではなく、『棠陰比事』の同様、今後の世の事件解決力の向上も目的とした文書であることがわかります。もし、こうした文書が全ての事件についてではないにしても、それなりの数が生産されていたのだとすると、役人たちの間で廻し読みされた可能性もあるし、これを読んだ役人たちは、単に優れた業務事例集として読むだけではなく、いつしか推理小説的な面白さを認識するようになっていったのではないでしょうか?そうした中で、後の公案小説を受け入れる文化的土壌が徐々に生成されていったのではないでしょうか?この観点から、公案小説の起源の直接の起源ではないものの、後の公案小説に結びつく中国史上の文化的土壌が、秦代に既に確立されていた可能性のある文書として、本作を「中国公案小説の起源かも知れない古代の犯罪事件事例集」と位置づけてみた次第です。

 前置きが長くなりましたが、以下、あらすじを紹介したいと思います。


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by zae06141 | 2016-04-24 00:28 | 古代中国関係 | Comments(0)

河南省の後漢時代の石闕遺跡

 石闕とは、以下の遺物に見られるように、後漢時代の豪族の邸宅の門の両側に立てられていた楼閣のことです(以下more)。

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by zae06141 | 2015-07-12 00:26 | 古代中国関係 | Comments(0)

『竹書紀年』と『集史』に記載された中国の神代から初期王朝時代の王の在位年

 14世紀初頭のペルシア(イル汗国)で編集された世界史史書『集史』に、中国歴代の帝王すべての一覧表があります。この一覧表の特徴は、夏王朝以前に10の王朝を起き、その年数が膨大な数となっている点にあります。第一王朝から第九王朝まで39315年となっています。

---------------------------
第一王朝 10代18000年
第二王朝 
 第一部分
  1.伏羲 110年
  2.女媧 140年
 第二部分 14代17537年
 
第三王朝 8代500年 
 初代王神農氏在位120年
第四王朝 18代1520年
 初代 軒轅氏 通算35代在位100年
第五王朝 10代490年
 初代 少昊氏 通算53代在位84年
第六王朝 10代520年
 初代 顓頊高陽氏 通算63代在位78年
第七王朝 9代350年
 初代 帝嚳高辛氏 通算73代在位72年
第八王朝
 帝堯陶唐氏  82代在位98年
第九王朝
 帝舜有虞氏 83代在位50年
-------------------------

一覧表には、各王朝の帝王代々の名前と在位年が記載されており、それは第36王朝南宋の末帝第267代皇帝まで延々と続きます。多分ネット上にもない情報かと思われるので、一覧表を書き写してみました。ついでに、中国側の神代記『竹書紀年』の歴代帝王一覧表も合わせて記載し、比較してみました。ご興味のある方はこちらをご覧ください

 ところで、タバリーの『使徒たちと諸王の歴史』を邦訳されているサイト「第アラジン3世のバイトルヒクマ(知恵の館)」さんの連載、「タバリーのシャーナーメ」が、アルサケス朝の部分に入っています(こちら)。
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by zae06141 | 2015-05-30 00:32 | 古代中国関係 | Comments(0)

中国版Google Streetでみる漢代山陽城遺跡の写真

 以前、中国河南省の焦作という街にいったときに、市街地図に「漢代山陽古城」という地点が示されていたので、地図上の、そこらしき場所に行ってみたのですが、遺跡は見つからなかったことがあります。恐らく、ランドマークとなるほどの遺跡はなく、発掘後、埋め立てられるような規模の遺跡だと思い、探しもしないで引き返してしまったことがあります。

 しかし、最近2007年出版、全402ページオールカラーの河南省の遺跡を網羅した遺跡 紹介本、河南省文物局編「全 国重点文物保護単位 河南文化遺跡」(文物出版社)という書籍のp314-315に2枚の地図とともに山陽古城が紹介されていていることを見つけました。そして更に、中国版Google Street viewに相当する百度地図の「全景」機能で、山陽古城遺跡の場所を示すランドマークを見ることができました。書籍掲載の遺跡の写真と、百度全景の山陽古城のランドマークの写真を、遺跡訪問記に掲載しました。ご興味がある方はこちらをご参照ください

 この遺跡を見にわざわざ訪れる人はいないものと思いますが、焦作市は、後漢時代の楼閣明器が多数発掘されており、それら楼閣明器(こういうやつです)を収蔵している焦作博物館は、わざわざ訪れる価値のある博物館です。焦作博物館から大通りを東に約2km地点に、山陽古城遺跡がありますので、焦作博物館訪問のついでに、山陽古城を訪れてみるのもいいかも知れません。

 さて、以下はGoogle Street viewが現在カバーしている範囲地図です。中国は香港以外はありません。
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 百度全景がカバーしている範囲は以下となっていて、まだまだ都市部だけに限られています。
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 使い方はGoogleとほぼ同じで、百度地図のサイトを表示し、見たい街路を拡大した後、右上の、鬼太郎の親父のようなマークをクリックし、地図上にドラッグします。
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 ドラッグすると、ストリートビューの表示できる部分の上にカーソルが来ると、親父マークの上に景色の小窓が開いくので、そこでクリックすると、ストリート・ビューが表示されます。
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by zae06141 | 2015-04-07 00:09 | 古代中国関係 | Comments(0)

漢代文物資料書籍「漢代物質文化資料図説」

 古代ローマの建築や日常雑貨などは日本でも様々な書籍が出ていますが、古代ローマの文物本に匹敵するような詳細な漢代文物の書籍は目にしたことがありません。その点で、「漢代物質文化資料図説」(中国語)は、非常に役立つ書籍です。発掘された漢代の遺物の写真から起こしたイラストが1566点掲載されています。写真が無く、すべて遺物のイラストなので価格が安く抑えられています。全点に関して名称と出典が記載されているので、遺物の写真が見たい場合は、ほとんどはネットで検索すれば、見つかると思われます。漢代の文物に興味のある方だけではなく、漢代の漫画を描く方にも役立つ書籍だと思います。お買い得です(以下more)。

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by zae06141 | 2015-03-29 00:36 | 古代中国関係 | Comments(0)

香港の漢代遺跡『李鄭屋漢墓』

 先日所用で香港にいったおり、訪問してきました。遺跡訪問記をこちらに作成しました。ご興味のある方はご参照ください。

 ついでに、客家の囲屋である三棟博物館も見学してきました。殆ど中身はまったくありませんが、一応訪問記は作っておきました(こちら)。

 香港には、あまり遺跡や史跡・博物館などの見所はないと思っていたのですが、全然ないと思っていると、それなりにあるのだ、ということがわかりました。遺物の展示などは、九龍の中心地にある香港歴史博物館よりも、郊外の車公廟駅にある香港文化博物館の徐展堂中国芸術館(徐展堂という人の収蔵物を展示したもの)の方が見応えがありました。


 ところで、最近ふと思ったのですが、シルクロード交易が活発だった唐の長安とバグダッドの貿易は、なんとなく、玄宗皇帝の時代とバグダードの間で行なわれているというイメージがあったのですが、考えてみると玄宗の時代にはまだバグダッドは建設されていなかったので、唐の全盛期における(正確には陸の)シルクロード貿易はダマスカスと長安の間だったということに今更ながら思い至りました。しかもバグダード最盛期の頃の790年には北庭大都護府が吐蕃に占領され、唐とイスラムを直結する陸のシルクロード交易は終わってしまう。。。。

 イメージ通りの長安-バグダッド貿易が栄えたのは安史の乱の終了した763年から790年の間の30年程度だけだったんじゃないのだろうか、などと思ったり。

 『中国とインドの諸情報(東洋文庫)』のような、唐とアッバース朝の交易に携わった商人の残した記録が海のシルクロードのものであって、陸のシルクロードのものが伝わっていない理由には、こういう背景があったのかも。

関連記事
 中世イスラーム歴史映画「海のシルクロード」(9世紀)
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by zae06141 | 2014-12-09 00:37 | 古代中国関係 | Comments(0)

漢代壁画写真集「中国墓室壁画全集1:汉魏晋南北朝」

 中国では、店頭販売の書籍と比べ、ネット販売書籍は2-3割安いのが普通です。また、書籍でも、お店の会員になったり、セールス期間に配布している割引チケットを利用すれば、やはり1-2割安くなります。日本と異なり、定価販売の方が少ないのではないかと思います。中国の書籍は、出張や旅行をした時に、バッグ一杯纏めて購入していたのですが、ここ数年訪れる機会も無く、今回中国アマゾンから初めて購入してみました。今回購入したのは、以下の「中国墓室壁画全集1:汉魏晋南北朝(繁体竖排版) 」という書籍で、定価320元(一元=16円で5120円)で、日本への配送料は110元、合計430元(6880円)だと思っていたら、割引価格207元(3408円)に送料110元が加わり合計請求額は317元(5072円)でした(注文時は213元と表示されていたのに、届いた請求書には207元となっていて、更に一時は192元まで下落していました(最近は220元前後))。一時的な滞在で会員カードや割引券を入手することは簡単では無さそうだし、面倒でもあることを考えますと、書籍買出し旅行では基本的には定価購入となってしまいます。更に旅行代金も掛かります。これらのことを考えると、中国の高額書籍はアマゾンで購入しても現地買出しを行なっても、コストはだいたい同じくらいになりそうです。店頭で中身を確認できないというマイナス面があるため、そうした点については、購入者がネットで感想を流通させることで対応することができます。

 さて、今回購入した書籍は、漢代から南北朝時代の壁画の写真集です。漢代壁画は日本の書籍で集中的に扱われていることは恐らくこれまで無く、そこで、漢代壁画のイメージ情報の流通促進を目的として、発見されている漢代壁画の多くの一覧表と、ネット上の画像へのリンク一覧表を以前作成ました(こちらの「漢魏晋代の墓室壁画一覧」)。このリストには70箇所の漢代壁画のリストがあり、うち約30あまりの壁画写真へのリンクを掲載しています。遺跡の数が30なので、掲載している壁画へのリンク数は(重複もあるので、数えていませんが)約60程度になるのではないかと思います。これらを参照することで、凡その漢代壁画のイメージがつかめるのではないかと思います。

 漢代の壁画は、古代ローマのモザイクなどと比べると、技術的にはかなり稚拙な印象もあり、個々の壁画を見ている限りでは、特に注意を惹くようなものでは無いように思えるものが多いかと思います。しかし、大量の壁画を並べて比較鑑賞することで、鮮やかな色彩や、躍動感ある馬、建築物や屋内外の日用品など、多く盛り込まれている風俗情報から蘇る漢代社会の景観に接することが出来、非常に有用だと思います。

中国墓室壁画全集1:汉魏晋南北朝(繁体竖排版) [精装(ハードカバー)] ~ 《中国墓室壁画全集》编委员 (编者)
市场价: ¥ 320.00
价格: ¥ 213.90
出版社: 河北出版传媒集团公司,河北教育出版社; 第1版 (2011年5月1日)
丛书名: 中国美术分类全集
精装: 161页
语种: 繁体中文
商品尺寸: 30 x 23 x 4.2 cm
商品重量: 2.3 Kg

 この写真集には全部で200の壁画写真が収められており、うち漢代100、魏晋南北朝が100となっています。クオリティは、5000円なら(私個人としては)妥当な価格。日本で出版するとしたら、もう少しクオリティを挙げることが出来れば1万円くらいにはなる内容というところでしょうか。

 漢代壁画写真集としては、以下のものも非常に有用です。こちらは、各地の壁画を集めたものではなく、内蒙古自治区の省都呼和浩特(フフホト)市の南50km地点、和林格(ホリンゴル)にある後漢代の墓室壁画です。この壁画と写真集各々について、大変大きな特徴があります。

和林格尔汉墓壁画 [精装] ~ 内蒙古自治区文物考古研究所 (作者, 编者)
市场价: ¥ 280.00
定价: ¥ 261.80
精装: 147页
语种: 简体中文
商品尺寸: 35.2 x 26.6 x 2.2 cm
商品重量: 1.8 Kg
出版社: 文物出版社; 第2版 (2007年1月1日)


 和林格の墓室は、4つの墓室とそれを繋ぐ回廊の壁面全体と一部天井までびっしりと記載されていて、本写真集では、約1m四方毎に主題別に合計50の壁画に分類しています。写真集では、この50の壁画について、局部拡大写真を含めて約60のカラー写真が掲載され、そして約30の壁画について、「壁画摹本」という、輪郭を明確にしたモノクロ模写図版が掲載されています(上のアマゾンの商品紹介欄に掲載全画像の目次が掲載されています)。大まかには、本書籍は三部に別れ、最初の部では遺跡と壁画の解説、第二部でカラー写真、第三部で、モノクロ模写を掲載している構成となっています。この模写は、本書の非凡な特徴の一つだと思います。カラー画像は、壁画の、一部色が剥げ落ちていたり、変色していたりする箇所まで目立ってしまい、色彩豊かであることはわかるものの、何が描いてあるのか、わかりずらい部分があります。しかし、図像の輪郭を主体とした模写は、図像の内容を把握しやすくしていて、非常に効果的です。以下にひとつの例を掲載します。上のカラー部分は、p50と51の「幕府东门(之一)·前室东壁」と「幕府东门(之二)·前室南壁」、下の白黒画像が、p108-109の「幕府东门·前室东壁和南壁」です。
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 白黒模写が掲載されているお陰で、単なる鑑賞だけではなく、図像を読み解く作業が容易となっており、本書籍の有用性を大きく高めている点だと思う次第です。

 このホリンゴル壁画を読み解いて、当時の漢代地方都市の景観を分析した日本語の論説があります。

■「中国古代の聚落と地方行政」(池田雄一著、汲古書院、2002年)所収の「第八章 漢代の地方都市—河南県城」の第五節「 県城図—和林格爾後漢墓壁画」では、ホリンゴル墓室壁画を読み解いてゆきます。その記載は非常に参考になります。池田氏の著書では、他にも、中国地図史では必ず登場する馬王堆出土の『駐軍図』や『地形図』 を読み解き、当時の(現湖南省の)地方諸都市の配置を考察し、或いは都洛陽の西隣の河南県城の発掘遺物から河南城の景観を考察したりと、具体的な漢代地方都市の景観に関する考察を行なっており、あまり類例を見ない非常に得がたい内容となっています。

 ホリンゴル壁画は、フフホト近郊で交通の便も良いようで、観光地となっているそうです。


 このように、漢代壁画は多数発掘されており、多くの情報を持つ史料です。日本では、中国史上の壁画というと、敦煌や高昌等の西域の仏教関係の壁画や唐代の皇帝一族の陵墓壁画などが出版されていますが、漢代から南北朝の壁画に特化した書籍は見たことがありません。日本でも漢代壁画に特化した書籍が出版されて欲しいと思う次第です。

 アマゾンの関連書籍に以下のものもあがってきまていましたので載せておきます。

和林格尔汉墓壁画孝子传图辑录 [精装]  陈永志 (编者), 黑田彰 (编者)  市场价: ¥ 498.00
价格: ¥ 378.50 出版社: 文物出版社; 第1版 (2009年11月1日)
精装: 193页
语种: 简体中文, 日语

 上のものはホリンゴル壁画研究書のようです。日本人研究者も著者に入っています。
 下のものは、全十巻2274頁。価格とボリュームからすると、壁画全集の決定版と言えるものなのかも。大変興味がありますが、5万円近くするので手が出せません。日本の大学図書館には入るかも知れません。

中国出土壁画全集(套装共10册)
市场价: ¥ 3,980.00
价格: ¥ 3,003.80 此商品可以享受免费送货 详情
为您节省: ¥ 976.20 (7.5折)
出版社: 科学出版社; 第1版 (2011年12月30日)
外文书名: The Complete Collection of Murals Unearthed in China
精装: 2274页
语种: 简体中文
商品尺寸: 48 x 33.6 x 20.4 cm
商品重量: 19 Kg
品牌: 科学出版社

 他に漢代壁画本でよさげなものは以下のものがヒットしました。

洛阳古代墓葬壁画(套装上下册) [精装] ~ 洛阳市文物管理局 (编者), 洛阳古代艺术博物馆 (编者)
 市场价: ¥ 580.00 价格: ¥ 413.30

洛阳汉代墓室壁画研究 [平装] ~ 刘兰芝 (作者) 市场价: ¥ 68.00 价格:¥ 60.80
出版社: 中州古籍出版社; 第1版 (2010年9月1日) 平装: 160页

东平后屯汉代壁画墓 [精装] ~ 山东省文物考古研究所 (作者), 东平县文物管理所 (作者)
 出版社: 文物出版社; 第1版 (2010年11月1日) 精装: 124页


 漢代以降も含めた壁画写真集では、以下のものもお奨めです。

■河北古代墓葬壁画 [精装] ~ 河北省文物研究所 (编者)
市场价: ¥ 180.00
定价: ¥ 149.40
出版社: 文物出版社; 第1版 (2000年11月1日)
精装: 144页

 河北省の後漢から金代まで8の墓壁画の合計107の壁画が掲載されています(以下末尾の数字は掲載画像数)。

安平逯家庄东汉壁画墓(後漢) 25
望都一号东汉壁画墓(後漢) 19
磁县东魏茹茹公主壁画墓(東魏) 5
磁县北齐高润壁画墓(北斉) 3
磁县湾漳北朝壁画墓(北斉の皇帝陵墓と推測されている) 16
曲阳五代王处直壁画墓(五代十国の北平国(879—929年)第二代王王处直((?~922年)墓) 16
宣化下八里辽代壁画墓(遼代) 18
井陉柿庄金代壁画墓(金代) 4

 漢代の画像というと、日本では墓壁に画を刻印した画像石の専著は何冊も出版されているものの、何故か壁画の専著はありません。是非壁画書籍も出て欲しいと思う次第です。
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by zae06141 | 2013-10-08 00:33 | 古代中国関係 | Comments(0)

東京国立博物館・平成館の古墳時代の展示物

海外では多数の博物館を訪れているのですが、日本では、博物館の常設展示というのは修学旅行以外、殆ど見にいった経験がありません。基本的には企画ものの特別展だけ。そんなこともあって、少し以前、丁度土偶展が開催されている頃ですが、東京国立博物館に行ってきました。
 実は、日本の博物館には偏見があって、数種類の貴重な展示物が、がらんとした広間に、いかにも、稀少な貴重品とばかり置かれている、というイメージがありました。このイメージが覆されたのは、海外の博物館を見たときでした。日本で開催される特別展などや、美術書や歴史書などでは、1点モノの貴重品のように展示・掲載されている遺物が、無造作に、大量にそのへんにころがっている状況に衝撃を受けました。そこではじめて、「層の厚さのあってこその文明」ということを考えるようになりました。1点、2点の遺物だけでは、「文明」とか、社会像を描いたりとか、歴史学の学説を成り立たせる程のものとは言えない、大量にあってこそ、学説史を書き換えたり、社会像を描くことができるようになるのだ、と思うようになりました。

 さて、東京国立博物館の土偶展は、まさに「大量感」の味わえる展示でした。有名な、眼鏡をかけたような「遮光器土偶」なんて、1,2点しか無い特殊なものかと思っていたら、ぜんぜんそんなことは無い、ということを知りました。今回の土偶展で少し不満だったのは、展示されている土偶を集めた範囲が、東日本だけ、ということで、展示されている出土地一覧の地図も、東日本だけ。土偶が「日本全土から出土されている」という点を誤解してしまうようなところがありました。この点以外は、遮光器土偶以外にも多くのユニークな形の土偶があることがわかり、「遺物の大量性による文明」というものを実感できる展示でした。

 一方、、東京国立博物館の本館の常設展示は、私の従来の「日本の博物館」というものへの先入観そのまま。まあ展示の内容が、「宝物」ということなので当然なのかも知れませんが、中世の鎧や刀などがちらほら展示されているだけ(鎌倉時代の鎧が残っている点は収穫でしたが)。

 一方、1999年に開館した平成館の考古学展示には驚かされました。土器、銅鏡、古墳時代の鎧、埴輪、奈良時代の瓦などが「大量展示」されていました。
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5世紀の鎧が残っているとは思いもよりませんでした。しかもひとつではなく、各地から出土された鎧が4つも展示されていました。とはいえ軍事用ではなく、儀式用だったとの説もあるようですが。同様に馬の甲冑も展示されており、こちらも儀式用だったとの説があるようですが、同時代の中国華北の重装騎兵の馬甲と同じ形なのには驚きです。かなり密接な交流があったということなのでしょうね(中国華北の重装騎兵の壁画はこちら中国遼寧省博物館の重装騎兵の図解についてはこちら)。
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また、中国との交流という点では、中国華南の、古代百越族の風習にも似た刺青が、いくつかの埴輪に描かれている点にも興味をそそられました。
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 また、交流は中国だけではなく、古墳時代の朝鮮半島の密接な交流も、改めて認識させられました。「ローマ文化王国‐新羅」という書籍では、新羅の墳墓から、ローマングラスや、金細工の王冠などが、こちらも、大量とは言わないまでも、1,2点ではなく、かなりの数が出土している点が描かれ、実は本書の中身を見るまでは、1、2点の珍品の出土を大袈裟に、センセーショナルな題名でアピールしただけの書籍なのだと思っていましたが、書籍の内容を見てみて、そうではないことを知りました。そうして、「ローマ文化王国‐新羅」で紹介されているような、ローマングラスや王冠が、日本の古墳からも出土していることを、平成館の展示で知りました。下記の王冠なんかは、韓国ドラマ「善徳女王」に登場している王冠にも似ています。
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さらに、「ローマ文化王国‐新羅」では、馬甲の記載もあり、新羅の王冠、兵士の甲冑、馬甲、ローマングラス(正倉院にある奈良時代のペルシアグラスではない)など、当時の日本は半島の文化圏とも強いつながりがあったことがわかります。
 当時から、日本は、中国華北、華南、朝鮮半島と、多様な地域の文化の影響を受けた地域だったことが、改めて認識することができた展示でした。

 平成館の展示は、一部を除いて撮影が可能でしたので、サイト「古代世界の午後」の方に掲載しておきましたので、ご興味のある方はご参照ください。

 なお、平成館の展示は、古墳時代以降の展示もあり、国分寺の瓦が、これもやはり沢山展示され、さらに、国分寺の、当時製作された石造の塔の模型が発掘されているのには驚きました。かなり進んだ建築物が奈良には現存しているとはいえ、当時の東京の武蔵国という辺境地帯でさえ、立派な建築があったことが、この石造の塔から見て取ることができます。また、平成館ではなく、法隆寺館の方ですが、当時の経文の現物が展示されており、その紙が、想像していた以上に立派な、現代での売っていそうなきれいな紙であることにも衝撃を受けました(石塔と経文の写真はこちら)。もっとざらざらした、品質の悪い和紙を想像していたのですが、当時の技術に驚かされました。このように、私にとっては、東京国立博物館の展示は、既成の認識にいくつも打撃を与えてくれた、有益な展示となりました。

 ところで、先週NHKで放映した「大仏開眼」に登場していた武士の鎧兜については、遺物が残っているのでしょうか?こちらについては、東京国立博物館の展示にも無かったので、改めて興味を持ちました。ひょっとしたら、日本の歴史博物館である、国立民族博物館にでも遺物か、画が展示されているのかも知れませんね。国立民族博物館もまだ行ったことが無いので、いづれいってみたいと楽しみになってきました。
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by zae06141 | 2010-04-15 20:56 | 古代中国関係 | Comments(0)