古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
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カテゴリ:その他歴史関係( 66 )


古代インドの国際文化都市ウッジャイニーの景観

 古代都市ウッジャイニーの景観をまとめてみました。企画としては、以前パータリプトラの遺構や文学作品に登場する描写を集めたものの(こちらの記事「千年の都パータリプトラ」))ウッジャイニー版です。Google Mapで遺跡の遺構を調べ、遺跡発掘報告書から遺跡の写真を集め、古代の文学作品の中でのウッジャイニーの描写の部分を抜き出してまとめたものです。

 ウッジャイニーは、4世紀の戯曲、古代サンスクリット文学において、市井の様子を扱ったほぼ唯一の戯曲『土の小車(ムリッチャ カティカー)』の舞台となっている都市で、グプタ朝の副都としてカーリダーサもウッジャイニーの宮廷に滞在し、西インドの中心都市、及びグプタ朝第二の都市として繁栄した国際文化都市だったようです。そういう都市なので、非常に興味があり、あまりインドに興味のない私ですが、遺跡さえあれば訪れてみたい、と思っている場所なのでした。今回調べてみて、訪問するほどの遺跡がないことがわかったのは残念ですが、現存するウッジャイニーの情報をほぼ集めることが出来て満足しています。

 ご興味のある方はこちらをご参照ください

ところで、京都国際ヒストリカ国際映画祭第6回が、12/6-12/14、京都文化博物館・京都みなみ会館で開催されるそうです。海外映画は知らないものばかりです。面白そうです。
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by zae06141 | 2014-11-14 00:07 | その他歴史関係 | Comments(0)

古代インドの書物

 最近『イスラーム書物の歴史』(名古屋大学出版会(2014年6月出版))という本を読みました。本文420頁で全22章、一章平均20頁で、正統カリフ時代、アッバース朝、ブワイフ朝、マムルーク朝、ティムール朝、サファビー朝、オスマン帝国、ムガル帝国など、イスラーム諸王朝の書籍事情や写本制作、蔵書具合、書道、挿絵絵画、科学書や現在の写本研究の現状などの切り口で、15名の筆者が、各々異なる観点で論じています。私は知識や情報の流通やそれらによる世界観の形成に興味があり、史上の書籍事情を扱った書籍を探してきたので、ど真ん中な内容でした。私の中では、これで、『ギリシア・ローマ時代の書物』、中国の書籍史通史本『中国出版文化史』、西欧中世の羊皮紙専門サイト 羊皮紙工房、西欧近世の『知識の社会史―知と情報はいかにして商品化したか』、『数量化革命』、と、洋の東西の書籍史・知識の流動に関する書籍が一通り揃った感じです。しかしインドの書籍史については抜け落ちているため、古代中世のインド及びヒンドゥー文化圏の近世インドの書籍本も探してみたくなってしまいました。


 そこでインド書籍史の本を探してみたのですが、英語書籍でも単著ではなさそうです。しかし一方非常に有用な日本語のpdfを見つけました(以下more)。

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by zae06141 | 2014-09-24 00:12 | その他歴史関係 | Comments(0)

グプタ朝の碑文の出土地分布マップ

 歴史史料が殆ど残されていないインド史において、グプタ朝の領土はどのように復元されたのか調べてみました。マウリヤ朝の場合、アショカ王の勅令碑文が各地で発見され、入門書籍でも発見された勅令碑文地図が出てくるくらいなので、ほぼインド全土に広まる碑文出土地を囲めば、よくある最盛期のマウリヤ朝地図が完成します。これに対して、サンスクリット文芸が栄えたインドの古典時代とされるグプタ朝では、当時或いは後世の歴史書的なものから復元された部分もあるのではないのか、と少し文献史料を調べてみたところが見つからず、碑文出土地地図も見つからないので、どのように領土が推定されているのかが、よくわからないところがあります。そこで碑文集成から自分で碑文地図を作成してみました。ご興味のある方はこちらをご覧ください
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by zae06141 | 2014-08-19 00:20 | その他歴史関係 | Comments(0)

古代ギリシア・ローマ文献に登場するインド関連の記載の雑記

 今回、プトレマイオス、ストラボンを参照したついでに、プリニウスとエリュトラー海案内記も参照してみました。エリュトラー海案内記は十数年前に一度読んでいるのですが、当時の印象は、ペルシアやインドの情報が思ったよりも少なく、がっかりしたものです。ところが、古代イランやインドの情報が希少だと深く実感できた今となっては、当時はがっかりして印象の薄かった部分に、意外に重要な情報が登場していることに気づかされ、読み応えがありました。今回色々知見得た知見をメモ代わりにずらずら並べてみました(以下more)。

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by zae06141 | 2014-08-05 00:25 | その他歴史関係 | Comments(0)

ウマイヤ朝・アッバース朝・イル汗国・アフシャール朝・ガージャール朝の地方行政区画地図

 前回ローマとビザンツ、オスマン朝の地方行政区画を調べてみたので、今回はウマイヤ朝、アッバース朝からイル汗国にかけての地方行政区画を調べてみました(以下more)。

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by zae06141 | 2014-02-11 00:20 | その他歴史関係 | Comments(0)

モンゴル帝国展:「マルコ・ポーロが見たユーラシア-『東方見聞録』の世界- 」展

 上野の各美術館や池袋のオリエント博物館は定期的にチェックしており、宣伝に力を入れている展示会は広告を目にすることが多いので、興味のあるテーマの展示会情報は概ね開催前に把握できていることが多いのですが、それ以外の展示会の場合、情報を察知した時は既に終了していることが殆どです。横浜ユーラシア文化館で開催されていた『横浜ユーラシア文化館 開館10周年記念 特別展「マルコ・ポーロが見たユーラシア-『東方見聞録』の世界- 」(2013/4/27-6/30開催)』の場合、5月末頃ネットで訪問者の感想を目にした時は、既に終了しているのだと思い込んでいました。まだ開催されていると知ったのは、最終日の4日前。ぎりぎり最終日の前日に行って来ることが出来ました。

 今後各地で巡業開催されるものではないようなので、今更感想を書いても意味が無いような気がしていたのですが、展示会カタログは通販で入手可能ですので、展示会カタログの宣伝を主体に展示会の感想を記載したいと思います。

 
 まず、展示は、一言で言えば、全モンゴル帝国の展示です。マルコポーロの足跡を追うという切り口の展示会なので、モンゴル高原や元朝だけではなく、キプチャク汗国・イル汗国・チャガタイ汗国含めたモンゴル帝国全体の展示となっている点が特徴的でした。日本国内の諸機関が所有している遺物や史料を集めるだけで、モンゴル帝国全体の展示が成り立ってしまうところに驚かされました。展示カタログは、モンゴル帝国史料写真集という意味でも有用かと思います。価格は1450円、送料は290円です。掲載されている遺物の数を数えたわけではありませんが、展示会ではNo196くらいまでの札があった記憶がありますので、約200の史料の写真が掲載されていることになるかと思います。

 出光博物館、天理大学や龍谷大学、宮内庁、国立公文書館、福岡県の博物館あたりの出品は予想していましたが、陶器機器メーカーのINAXがイル汗国時代のイランの陶器の遺物を所有していることや、日銀の貨幣博物館が元朝時代の各種貨幣を所有していることには驚きました(特に銀錠は実物を見てみたかったので感激!)。また、存在自体を今回初めて知った愛知県立大学の古代文字資料館が、貨幣にも文字が刻まれているということで、イル汗国やチャガタイ汗国、天山ウイグル王国・元朝の貨幣のみならず、中央アジアのブハラで発行されたと思われる唐開元通宝の模鋳銭というレアなものまで収蔵しているのには驚かされました(今回展示されていた貨幣や印鑑は、概ね古代文字資料館のパスパ文字のページに掲載されているもののようです)。

 龍谷大学からも多くが出品されていました。龍谷大学というと仏教関連の遺物だけかと思っていたのですが、ウイグル語の書かれたマニ教経典や天山ウイグル王国の行政命令文書、ネストリウス派キリスト教のシリア文字が書かれた遺物など、モンゴル帝国の多面な側面を表す遺物が出品されていました。

 国立公文書館や宮内庁が所有している元代の刊本にも驚きでした。700年も前の書籍なのに、普通の書籍として残っているのが凄い。以前東京国立博物館で目にした8世紀の仏教経典である称讃浄土仏摂受経が(巻子本)最近のものかと見まごう程のクオリティで残っているのに比べれば、700年前の書籍はたいしたことが無いのかも知れませんが、興味深いものがありました。明代の刊本も何冊か展示されていましたが、明代となると珍しくも無い感じ。井上進氏が「中国出版文化史」の冒頭で、米国の大学が、収蔵しているインキュナブラ(15世紀欧州の印刷本)をうやうやしく展示していたものを、見学していた中国人がぼそっと「要は明本だろう?」とつぶやいた、というエピソードを紹介していたのを思い出してしまいました(インキュナブラは国立国会図書館も15点所有していて、国立国会図書館のサイトにインキュナブラのサイトが立っています)。とはいえ、今回インキュナブラも(確か)実物が一点展示されていたし、明本である永楽大全も展示されていて、意外にサイズが大きい(縦50cm、横30cm)ことを知りました。やはり実見すると色々なことがわかります。

 実は、本展示会は、実物ではなく、複製や写真の展示品も多い内容となっていました。特別展(3階)だけではなく、通常展示(2階と4階)含めての入場料が300円という価格なので、全展示品についてオリジナルをそろえることは難しいのだと思います。ただし、複製や写真の展示であっても、オリジナルのサイズで展示されているので、実物では無いとはいえ、参考になりました。例えば、16世紀ベルギーの地図製作業者オルテリウスの地図の複製は、A3より少し大きい程度。たまたま最近ネット上でオステリウスの地図を調べていたのですが、PC上でA3サイズ以上に拡大しても読みにくい程の、異様に細かい文字でびっしり地名が記載されているので、もっと大きなサイズだと思い込んでいたのですが、思いがけなく本展示会でオステリウス地図の複製が展示されていて、サイズを認識できました。逆に、1402年の中国地図である「混一疆理歴代国都之図」は、もっと小さいもの(掛け軸程度で縦横5,60cm程度)だと思い込んでいたのですが、150cm x 163cm と大迫力であることがわかりました。

 展示カタログで残念な点が幾つかあります。

 一つ目は、サイズが記載されていないものが多い点。記憶が曖昧でサイズが思い出せないものもあるので、この点残念です。こうだと知っていれば、最初にカタログを購入してから、サイズを記入しながら見学すればよかった。

 二つ目は、オリジナルが展示されていたものと、複製や写真で展示されていたものの区別がつかないこと。展示を見ていない方が、史料写真集として利用する分にはこの点は問題にならないのですが、展示見学者にとっては、メモでも取っていないことには、実物を見たのか、複製を見たのか、記憶が曖昧になってしまいます。

 三点目は、展示カタログに載っていない展示品のリストが不十分な点。期間中、数度にわたり、数点毎展示品が変更されていて、A4一枚ものの入れ替え品一覧表が展示会で配布されていたのですが、私の記憶では、カタログにも、展示替え一覧表にも掲載されていない展示品がある点(例えば、「混一疆理歴代国都之図」の横に比較の為に展示されていた、1136年の石碑版の中国地図「華夷図」の拓本や、グユク汗がローマ教皇に送った親書の実物大写真)。

 四点目は、展示一覧表が掲載されていない点(展示品一覧表はネットでも公開されていないようです)。


 今回失敗したのは、展示品一覧リストが展示会に無いことに気づいたものの、ネットでの公開有無を確認しないで帰宅してしまった点。帰宅後一覧表が公開されていないことを知り、仕方が無いので展示会カタログを通販で購入し、届いたカタログを見て、そのカタログにも展示替え一覧にも載っていない展示があることに気づいた次第。破格の入場料を考えれば仕方が無いのですが、こういうことなのであれば、展示会でカタログを購入し、カタログ掲載されていない情報のメモを取りながら見学すればよかった。今後は気をつけようと反省。


 その他、元寇の遺物の展示(砲弾や船の碇や船のバランサー)、マルコポーロが欧州への帰路で通過した当時の東南アジアやインド、ペルシア湾に関する資料の展示(ペルシア湾で取れる真珠や、真珠の養殖に関する展示など従来あまりなかったような視点の展示など)がありました。マルコポーロの以後の時代の欧州・中国の地図による、世界認識の変遷を追った展示、東方見聞録に登場する内容に関連する記述がある中国やイランの史書や史料に関する展示などが印象に残りました。
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by zae06141 | 2013-07-25 00:17 | その他歴史関係 | Comments(0)

ジャン・シャルダン「ペルシア紀行」と「ペルシア見聞録」の違い

 17世紀後半にサファヴィー朝ペルシアへ交易の旅に出て、詳細な記録を残したフランス人ジャン・シャルダン(1643-1713年)の著作の邦訳は日本でも4冊出版されています。

『シャルダン ペルシア紀行』(羽田正・佐々木康之共訳注、岩波書店〈1993年) 
『ペルシア見聞記』(岡田直次訳注、平凡社東洋文庫、1997年)
ペルシア王 スレイマーンの戴冠』(岡田直次訳注、平凡社東洋文庫、2006年)
『シャルダン「イスファハーン誌」研究―17世紀イスラム圏都市の肖像』(羽田正ほか編訳著、東京大学出版会 1996年)

 しかし、「ペルシア紀行」「ペルシア見聞録」という似たような邦題となっていて、同じ内容の異なる翻訳なのか、違う内容なのか、わかりにくいように思えます。『「イスファハーン誌」研究』も、研究書でありながら、シャルダン著作の翻訳を含んでいるとのことです。では、この『イスファハーン誌』は、『ペルシア紀行』『ペルシア見聞録』に含まれるのか、独立した著作なのか、こういった点がわかりにくく、各邦訳の内容の重複の有無や、シャルダン著作の全体像といった情報が、ネットで簡単に把握できないようなので、少し調べて整理してみました。シャルダンの全著作が収録されている全集の目次と邦訳本との関連などをこちら(ジャン・シャルダン著作目次一覧表と邦訳)にまとめてみました。


 当初、邦訳著作の内容を把握するため、各邦訳本のあとがきや解説だけを読みに図書館へ行ったのですが、「ペルシア王スレイマーンの戴冠」の冒頭を少し読み始めたところ、非常に読みやすく、興味深い内容に止まらなくなり、一気に読んでしまい、「ペルシア王スレイマーンの戴冠」程の面白さは無かったものの、閉館までに「ペルシア見聞記」も読み終えてしまいました。更に「ペルシア紀行」と「シャルダン「イスファハーン誌」研究」もざっとめくってみて、これらの4冊全てのあとがきを読んでだのですが、彼が行なった旅程や著作の内容が余計にわからない部分も出てきてしまい、結局、羽田正氏の「冒険商人シャルダン」(講談社学術文庫)を借りて帰りました。

 「冒険商人シャルダン」は、シャルダンの伝記であるとともに、シャルダン研究の現状や著作解説ともなっていて、混乱していたことが次々に氷解してゆき、非常に参考になりました。この本は、シャルダンに関する情報の混乱を踏まえて執筆されたとさえ思える内容となっています。シャルダンの邦訳本は、題名が間際らしいことから、当初の私のように同本異翻訳本だとの誤解をしている人も少なからずいるのではないでしょうか。そうして、読者の獲得にマイナスとなっている可能性もあるのではないでしょうか。本書はそうした混乱にかなりすっきりと答えてくれる内容となっているものと思います。本書を読んでいくつか腑に落ちた点を列挙してみたいと思います。

 まず、シャルダンという人は、10巻本の全集が出版されている程大部の著作を執筆しているのにも関わらず、自伝を残していないので、彼の生涯についてはわからないことが多いそうです。二度のペルシア旅行の旅程さえはっきりしていないとのこと。二度目のペルシア旅行の往路についてはその生涯で何度も改稿するほど念入りな旅行記を残しているのに、復路と一度目の旅行についてはまとまった文章を残していないため、後年研究者が手紙の発信地や、著作の記載内容から旅程を復元しているそうです。しかも、約70年の生涯のうち、ペルシア旅行に関係した部分は36歳までの15年間だけなので、後半生についても、書簡や他人の日記、東インド会社の公文書等をはじめとする様々な文献などから復元する必要があるとのこと。

 後半生では、ペルシアではなく、インド貿易に注力していて、シャルダン自身は二度と欧州を出ることはなく、英国に移住し、弟のダニエルをインドへ送り込んで貿易事業を行なっていたそうです。サファヴィー朝やシャルダン研究者であった羽田正氏が、講談社興亡の世界史「東インド会社とアジアの海」(2007年)で東インド会社についての著作を出した経緯が漸く理解できました。1685年にフランス王ルイ14世が信教の自由を認めていたナントの勅令を廃止してプロテスタントを迫害したのですが、1680年にペルシアから帰国したシャルダンはカルヴァン派のプロテスタントだった為、英国に移住して英国東インド会社の株主となり、貿易事業を行なったとのことです。弟のダニエルは1698-1707年の間、マドラス市長だったとのこと。イギリスがインドで勢力を持つ前の話とはいえちょっと驚きです。

 シャルダン全集は英語の全訳も出ていないようで、全巻の目次情報もネット上で見つけることができなかったのですが、現在シャルダンを深く研究している人は、世界に二人くらいしかいないらしく、羽田氏はそのうちの一人とのこと。しかも、羽田氏自身、1996年頃までもうひとりの存在を知らなかったそうで、シャルダンの伝記本も、当初は英語版も出版する予定だったそうなのですが、1998年に、ベルギー人研究者のファン・デア・クリュイス(Dirk van der Cruysse)氏が「Chardin le Persan」というシャルダン伝記本(フランス語)を出版してしまったので、英語版の出版を取りやめたとのこと。日本では15年以上前から羽田氏のシャルダン本を本屋で目にいたし、2000年代に入り翻訳本が次々と出版されたので、日本語以上の英語情報があるかと思っていたのですが、どうやらシャルダン情報は、フランス語の次に多いのは日本語情報のようであるということがわかりました。


 羽田氏が英国ケンブリッジ大学図書館でシャルダン文書の存在を知り、興奮のあまり図書館を飛び出して旅行代理店に向かい、数日後にはイェール大学で書簡集の調査に至ったくだりは(第四章冒頭)、研究者という人の感動・衝撃・喜びの深さが率直に伝わってきます。この部分で羽田氏は、現在減少しつつある開架式図書館の利点について、「閉架式図書館は自分の知らない文献は知らないままで終わってしまう」が、開架式図書館は「関連する書棚を眺めていて偶然自分が知らなかった重要な文献を「発見」する」ことが多い実りの多い利用が可能だと述べておられます。このくだりは、国会図書館 vs 都立図書館、Amazon vs 書店 の利点の相違にも通じるところがあり、印象に残りました。

 また、本書記載の時点(1999年)では、イェール大学のシャルダン文書は、幾つかの箱に分けて数十冊のファイルに収められていて、文書に通し番号さえ振られていない状況だったようで、本書に引用されている各文書は、「箱X、ファイルY」のように出典が記されていて、文書の総点数さえ不明だったとのこと(本書p242には1000点近いとある)。これに対して、講談社学術文庫版(2010年)のあとがきでは、文書の整理作業が進み、総点数は708点だと判明し、東京大学の羽田氏の研究室の「イェール大学シャルダン文書の研究」サイトで全ての文書に通し番号が振られた一覧表が公開されているとの記載があります。その後の研究の展開の一端を知ることができた点も印象に残りました。

 羽田氏自身の研究姿勢や研究経験や活動が随所に見て取れるところも、『冒険商人シャルダン』が単なる伝記以上に面白く読める要因のひとつであるかと思う次第です。

『ペルシア王スレイマーンの戴冠』の感想はこちら
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by zae06141 | 2013-07-16 00:12 | その他歴史関係 | Comments(0)

「ジュチ裔諸政権の研究」「スペイン黄金の世紀の大衆演劇」「ゾロアスター教ズルヴァーン主義研究」感想

 これらを読んだきっかけは、1月に視聴したジョチ・ウルス映画「オルド 黄金の国の魔術師」、16世紀スペインの劇作家を描いた映画「ロペ」、サーサーン家の滅亡を描いた映画「ヤズダギルドの死」です。いずれも全部読んだわけではなく、図書館で一部を読んだだけ。しかも高額過ぎて手が出ないので、とてもアマゾンに感想を書けるものではありません。ネット上に感想も殆ど見当たらないのでこちらに書くことにしました。

【1】「ジュチ裔諸政権の研究」赤坂 恒明著:風間書房:2005年刊:定価25200円

  中学校の教科書のモンゴル帝国地図に登場し、大抵のモンゴル帝国関連番組では、全盛期のモンゴル帝国地図に登場するので、多くの日本人にいつの間にか刷り込まれているのではないかと思われるキプチャク汗国。高校教科書では、ヨーロッパへ遠征したチンギス汗の孫のバトゥがサライの都を作って建国、ロシアを200年に渡って支配し”タタールのくびき”とロシア後進性の原因とされ、ティムールに攻め込まれ、やがてガザン、アストラハン、クリミア汗国に分裂した、とあるものの、一般書を読む限りでは、なかなかそこから先に理解が進まないものがありました。少し知ろうとすると、ノガイだのXX家だの、カザフ、ウズベク、シャイバーニーだのと、やたらと国名だか王朝名だか民族名だか判然としない勢力の離合集散と、多数登場する人名家名の多さにうんざりしてしまい、なかなか統一的な歴史イメージを把握しにくいものがありました。そんな私にとって、本書はようやく、統一的な理解の糸口を与えてくれました。

 本書は、キプチャク汗国(ジョチ・ウルス)に関する専門書籍です。定価25000円で746頁もあります。研究者や、強度のモンゴル帝国好きでない限り、これを個人で購入することは無いのではないかと思います。また、746頁(厚さ21cm)というボリュームを前に、一般読者にとっては、図書館で読むということでも、ハードルが高く感じてしまい、しかも、これを開架で置いてある図書館も少ないようなので、どういう書籍なのかあまり知られることは無いのではないかと推測されます。しかし、あくまで個人的感想ですが、本書は、その厚さから予想するよりはハードルは高くないように思いました。そこで、私と似たようなフラストを感じている方の参考になるかも知れないと思い、本書の特徴の紹介記事を書きたいと考えた次第です。


 ①チンギス汗の系譜史料の視覚的把握
 
 746頁の末尾150頁は、史料から復元したチンギス汗の長男ジュチ家の系図です。延々と系図が掲載されています。この部分は、(一般読者にとって)視覚的なインパクトに有用性を感じました。中央アジアではチンギス汗の血統が重視され、チンギス汗の子孫の系譜史料が幾つも残っているとのことですが、チンギス汗の子孫ということが如何に重視され、異常な熱意をもって系譜が記載され続けていたことが、視覚的に把握できます。研究者で無い限り、読むようなものでは無く、パラパラとめくって、視覚的に認識すればいいようなものなので、数分で終わります。更に、二種類の系譜史料(「集史」の系譜部分である「五族譜」と、「勝利の書なる選ばれたたる諸史」の系譜部分)の日本語訳が150頁掲載されています。○○の息子XX、○○の正室XXというような記載が延々と続き、この部分も、一般読者は、史料がどのようなものであるかわかれば十分なので、パラパラとめくって、短時間で終わります。

 ②ジュチ・ウルスの史料一覧

 アラビア語、チャガタイ・トルコ語、ペルシア語、ロシア語などの史料一覧。約30ページあります。ジョチ・ウルスの史料は何があるのだろうか、と興味を持っている方には有用な内容です。

 ③史料のテキスト

 アラビア語版「集史」の中の「ジュチ・ハン紀」第一部のテキストが20頁(全部写真)と、「五族譜」の「ジュチ・ハン分支」のテキスト(35頁のうち、10頁が写真。残り25頁は活字)。チャガタイ語(アラビア文字)の「勝利の書なる選ばれたたる諸史」テキスト(活字)が約40頁。


以上の内容で全746頁中430頁近くを占めます。つまり、一般読者にとっては、実質300頁(註含む)くらいなのです。どうでしょうか。だいぶハードルが低くなった気がしませんか?


 ④ キプチャク汗国研究史と問題点

 序論で、現在のキプチャク汗国(ジョチ・ウルス)研究上の問題点が説かれます。

・ジュチの子孫が君主となった諸政権である”ジュチ裔諸政権”を構成する諸集団は、諸史料・諸研究において、様々な呼称で呼ばれていて、その概念自体が、必ずしも一致したものではない(そもそも金帳汗国という呼称自体当時のものではない)

・《「何が起こったか」という史実》と、《「何が起こったと考えられてきたか」という過去に対する構成における認識》が明確にわけられないまま研究が進んできた

・ジョチ・ウルスの下位集団(XX家、○○民族、△△部族)の実態解明の本格的な研究は端緒についたばかり

・そもそもジュチ裔諸政権については、君主であった人物が誰であったのかも十分に反映していない。ジュチ裔の王統系譜に影響を与えた過去の研究には史料上の問題があり、写本の段階まで踏み込んでジュチ家の王統を確定する必要がある

・ジュチ裔諸政権とそれを構成する諸集団の実体が、政権・諸集団のまとまりの把え方についての、従来の諸研究における概念把握そのものを検討する必要がある

序論の末尾で、本書の目的が記載されます。

・従来の通説において概念把握された政権の枠組みとしての「金帳汗国」「遊牧ウズベク国家」「大帳」「タタール三汗国」等の研究概念を解体し、モンゴル帝国期以後における内陸ユーラシア北西部の歴史の枠組みを再構成することを試みる(p6)

 私がキプチャク汗国に漠然と感じていたフラストの理由がまさに整理されて述べられているように感じられました。こうした諸問題点に対して、第一章でこれまであまり利用されてこなかった系図史料*1が検討され、第二章でジュチ裔の系統確定の作業に入り(その成果が末尾150頁に渡って掲載されている系図)、第三・四章で、ジョチ・ウルスの歴史像の再構築が試みられます。頁配分は以下の通り。

第一章 ジュチ裔についての系譜史料(56頁)
第二章 ジュチ裔諸政権の王統と、史料についての諸問題(58頁)
第三章 成立期~十四世紀前半におけるジュチ・ウルス(92頁)
第四章 十四世紀中葉以降のジュチ・ウルス(34頁)
終章(8頁)


 ⑥ モンゴル帝国期以後における内陸ユーラシア北西部の歴史の枠組みの再構成

 第四章第二節「『金帳汗国(キプチャク汗国)』という概念」では、「金帳汗国」という用語と概念(成立と滅亡時期等)や通説がいつどこで出現し、定着していったのかが検討され、その概念はロシア側の視点によって成立し、近代になって確立されたものだとされます。史料や歴史書の作者の視点により、国名そのものが異なって記載されていると論じられる展開は読んでいてスリリングでした。

・ロシア側の研究では、近代に入り金帳汗国と称されるようになる(金帳汗国という用語の初出は、キプチャク汗国滅亡後の1564年頃記載された「カザン帝国史」)
・東方イスラーム史料(主にペルシア語史料)では、ウズベクのウルス(ウズベク汗(在1313-42年)がジョチ・ウルスのイスラーム改宗を国家的に推進した為)と呼ばれた
・アラビア語史料・ペルシア語史料では、ベルケのウルスと記載されているものもある(ベルケ汗(在1257-67年)がジョチ・ウルスの最初のイスラーム教徒君主となったため)

 国名が異なるだけではなく、ロシア側と東方イスラーム史料では、ジョチ・ウルスとその後継国家の概念も異なっていたと論が展開されます。ロシアでは、キプチャク汗国は、カザン、アストラハン、クリミア汗国の三汗国に分裂し、ウラル以東では、別の民族として遊牧ウズベク民族やカザフ族が勃興し、シャイバーニー朝やカザフ汗国を建国した、とされるが、東方イスラーム史料では、遊牧ウズベクの君主もカザフ君主もジョチ家の君主の一人として扱われ、新しい国を創建したという認識は見られない。更にカザフ自身の叙事詩や、サファヴィー朝の史料では、カザフ汗国はジョチ・ウルスの正統な継承者として扱われており、カザフも遊牧ウズベクもジョチ・ウルスの後継政権として自他ともに認めていたと論じられます。

 現在の研究上の問題点が整理され、過去の研究史が概括され、過去の研究がどのような史料と視点に偏っているかが検討され、別の史料により、異なった歴史像が顕れてゆく記載は非常にスリリングかつエキサイティングでした。著者は終章で、史実とは必ずしも一致しない、後世に編纂された史料の作者達の歴史認識や、近代以降現在に至る後継民族の、現在の自意識におけるジュチ裔政権像を明らかにすることも、今後の取り組み課題として挙げています。今後の研究も楽しみです。ありえないと思ってますが、本書の本論の部分の300頁だけ、5000円くらいで出版してくれれば、絶対購入します。
 

 *1イル汗国時代に記載された「集史」の「五族譜」、ティムール朝時代に記載されたペルシア語のモンゴル系譜「ムイッズル=アンサーブ」、シャイバニー朝初期1504年頃記載されたチャガタイ・トルコ語の年代記「勝利の書なる選ばれたたる諸史」、16世紀中頃チャガタイ・トルコ語で書かれた「チンギス・ナーマ」(非売品とのことですが、国会図書館に日本語訳註があります)など。

 **この記事では、本書で使われている”ジュチ”という表記とジョチという表記を混在させています。本書では、一貫して”ジュチ”と記載されていますが、”ジョチ”の表記をとる書籍も多いので、あえて統一せず、混在のまま記載しました。本書の目次や引用部分は、書籍の通り、”ジュチ”の表記を取りました。なんとなく、この表記の相違には学閥があるのではないかと感じています。

 ここまで書いて、風間書房のサイトに目次を発見しました。こちらをご参照ください

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【2】「スペイン黄金の世紀の大衆演劇」佐竹謙一著:三省堂:2001年刊:定価(税込)4725円:絶版

 今年1月に16世紀末から17世紀前半に活躍したスペインの劇作家ロペ・デ・ベガの映画「Lope」を見ました(紹介・感想はこちら)。16世紀スペインで演劇が盛んだったことを始めて知り、かなりの量の戯曲の邦訳が出ていることも知りました。以降、ロペの「オルメードの騎士」を購入し(読んだのは解説部分だけだけど)、タイミング良く2月に岩波文庫から「スペイン文学案内(佐竹謙一著)」が刊行され(購入後鞄に入れて毎日持ち歩き、未だ1/4程度しか読んでいないものの、かなりボロボロに)たこともあり、図書館で佐竹謙一著「概説スペイン文学史」をパラパラとめくり、遂には本書に辿り付きました。16世紀にスペイン大衆演劇が栄えていたことなどまったく知らなかったので、「オルメードの騎士」の解説で「スペインのバロック劇の存在すら知らない人も多い」と書かれているのを読んで、(私は)まったくその通りです、と妙に感心してしまい、反って知識欲を刺激されたのか、山川出版社の「世界歴史大系 スペイン史〈1〉古代~近世」の17-18世紀の記載部分(約90頁)を読み、更には本書の前半部分の約150頁程も読んでしまいました。ちょっとしたマイブーム。昨年秋に何本か16世紀スペインを扱った歴史映画やドラマを見ていて少しは16世紀スペインに興味が出ていたものの、本を読むところにまではいたら無かったのに、映画「Lope」一発で随分興味が刺激されたものだと、我ながら感心している次第です。

 それにしても本書は得がたい内容で、是非復刊して欲しい書籍です。絶版となっていて、中古は本日現在14996円と高額過ぎなのでとても手が出せるものではありませんが、定価(4725円)で再販されたら絶対買います。本書は大きく、前半のスペインバロック劇の解説部(1-4章)と後半三人の劇作家と作品紹介の部分(5-7章)に分かれています。中でも興味を惹かれたのは、第3章「劇場と観客」の章。当時の劇場の平面図や復元図、復元CG、劇場経営や役者の報酬(当時の労働者の賃金との比較表まで掲載されている)、観客層や観客のマナーなど、文学者の著作としては珍しく社会史と言える部分まで踏み込んでいて、16-17世紀のスペイン演劇の諸相が多面的に描かれ、大変興味深い内容となっています(詳細な目次が版元三省堂のサイトに掲載されています)。



【3】「ゾロアスター教ズルヴァーン主義研究: ペルシア語文献『ウラマー・イェ・イスラーム』写本の蒐集と校訂」青木健著:刀水書房刊:2012年:定価9450円

 本書は、題名に「『ウラマー・イェ・イスラーム』写本」という単語が入っているので、イスラーム時代に入ってからのゾロアスター思想の研究だと思っていました。なのであまり関心は無かったのですが、図書館で中身を見てみて驚きました。これは、サーサーン朝時代に興味がある素人も十分読者対象に入る書籍です。誤解を招きそうな表現ではありますが、本書は、中世イスラーム圏におけるアレクサンドロス大王の伝承を研究した書籍「アレクサンドロス変相」と似たような構成です。

 あくまで私にとっての区分ですが、私の頭の中では、「アレクサンドロス変相」は、前半300頁と後半100頁に区分されます。後半100頁では、イスラーム時代初期から11世紀にかけての主に東方イスラーム世界における史書の解説があります。イスラーム時代に記載された史書や作者について、特徴が比較できる形で具体的内容に踏み込んで紹介されている日本語書籍は見たことが無かったので非常に有用でした。同様な感じで、本書「ゾロアスター教ズルヴァーン主義研究」では、第二部の約100頁で、現存ゾロアスター教史料文献の解説があります。文献を記した言語や文字の解説まで網羅的に紹介されていて非常に有用です。ゾロアスター文献にはどのようなものがあるのか、翻訳状況はどうなっているのか、網羅的に整理されたものを知りたいと思っていたのでこの部分は非常に役立ちました。1997年に出版された「パフラヴィー語: その文学と文法」という書籍でも、パルティアやサーサーン朝時代の史料の網羅的な紹介が掲載されていて、両書で紹介されている史料は重複部分もあるのですが、後者の書籍はゾロアスター教以外の史料が記載されているのに対し、近世ペルシア語へと翻訳され、現在では原典のパフラヴィー語文献が消滅している文献は対象外となっています。本書は、アラビア語やアルメニア語、近世パフラヴィー語のゾロアスター教関連文献についても扱われています。

 「アレクサンドロス変相」の前半300頁では、アレクサンドロス没後、中近東でアレクサンドロス像がどのように変貌し、広まってゆくのかが、パルティア時代やサーサーン朝時代の史料等も用いて研究されており、パルティアやサーサーン朝に興味のある読者にも有用な内容となっています。本書「ゾロアスター教ズルヴァーン主義研究」の本論である第一部では、扱っている史料は13世紀に記載されたペルシア語文献『ウラマー・イェ・イスラーム』及び5-8世紀に記載されたアルメニア史料であるものの、史料に掲載された内容のズルワーン主義に関する部分は、5世紀前半のサーサーン朝の宰相ミフル・ナルセフが起草したアルメニア人に対するゾロアスター教への改宗勅令に起源があると推察されることから、本稿が扱う対象は、3-5世紀のサーサーン朝における公式的なゾロアスター教義であるズルワーン主義となっています。つまり本論はサーサーン朝時代を対象とした研究なのでした。

 というわけで、「アレクサンドロス変相」も本書「ゾロアスター教ズルヴァーン主義研究」も、一見パルティアやサーサーン時代そのものの史料とは関係なさそうな書籍だと思っていたところ、中身を見てみて驚いた、という点と本の構成という2点で、私にとっては共通点のある書籍です。とはいえ、「アレクサンドロス変相」は、専門書ではあるものの、(分厚いけど)読み物的側面もある一般書的な書籍でもあるのに対し、本書は、『ウラマー・イェ・イスラーム』の3つの写本の校訂を行い、ズルヴァーン主義研究の基礎を確立し、更に他の史料と比較することで、ズルヴァーン主義の検討を行うという論文です。なので、研究者の方であれば、写本調査や校訂内容(校訂後のペルシア語文がえんえんと掲載されている)・論証過程については、その吟味・批判が読書姿勢となると思うのですが、素人の私の場合は、同じ部分が、好事家的・観光的な視点で研究の実態が興味深く感じられました。3つの写本それぞれに邦訳全文も掲載されていて、写本「カーメ・ボフレ教示書からのウラマー・イェ・イスラーム」の2-4節は、ミフル・ナルセフが起草した勅許原本部分に相当すると著者は推定しており、そうなると、5世紀のサーサーン人の肉声を垣間見ることができるということで、非常に興味をそそられる部分でした。

 本書も、ここまで書いてから結局目次をこちらに掲載しました。本書の目次は9頁もあり、目次を見るだけで、かなり本書の印象が変わるかも知れません。

 本書の第一部の論文部分はネットで公開されていますが、第二部も得がたい内容なので、購入する予定です。
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by zae06141 | 2013-04-05 00:16 | その他歴史関係 | Comments(0)

1913/1928/1937/1970年の世界各国輸入先第一位の国の色塗りマップ

 前回(1993/2003/2011年)の続き。今回の出典はすべてマクミラン新編世界歴史統計 1750-1993 (〈1〉ヨーロッパ〈2〉 アジア・アフリカ・太平洋州〈3〉南北アメリカ)です。

 赤紫は英国。青はドイツ、緑は米国です。

1913年(第一次世界大戦前年)
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 中南米は、米大統領モンロー(在1817-25年)以来、ずっと米国の裏庭だったという先入観があり、貿易も米国が独占しているのだと思っていましたが、第一次大戦前の輸出は英国の方が上回っていたとは知りませんでした。第一次大戦後、南米の輸入先一位はほぼ米国一色になるものの(
1928年の地図参照)、世界恐慌後は後退している様子も見て取れます。スーダンの輸入先第一位はエジプトであり、第一次大戦後に英国が一位となり、冷戦後まで長く一位の座を占めた後、2003年には再びエジプトが第一位に返り咲いています。

 ヨーロッパはドイツと英国に二分されていたのは予想通りでしたが、ドイツの輸入先一位は大戦前に既に米国となっていたとは知りませんでした。日本の輸入先一位は英国本国ではなく、インドだったのも知りませんでした。にわかに戦前日本の経済や貿易の構造分析に興味が出てきました。タイの貿易先一位は中国、インドネシアはオランダ、マレーシアはインドネシア、アンゴラはポルトガル、コンゴはベルギー、イランはロシア。
なお、一部データが空白で1912年のデータを利用した国があります(タンザニアとコンゴ)。


1928年(世界恐慌前年)
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 第一次世界大戦後に、米国が世界列強国と南米に大きく輸出を伸ばした様子が見て取れます。また、ハンガリーとユーゴスラヴィアの輸入先第一位はチェコとなっていて、戦間期のチェコが世界屈指の先進工業国だったというのもうなずける内容。北欧・東欧・ロシアの輸入先一位はドイツとなっていて、世界恐慌前のドイツ経済はかなり持ち直している印象です。20年代のドイツ経済についても詳細を調べてみたくなりました。

 米国の輸入先一位はカナダ。中国の輸入先一位は日本です。

1937年(世界大戦前)
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 真っ先に目を引かれるのは、1928年に米国一色だった南米が、英独に取り戻されている点でしょうか。ブラジルの輸入先第一位はドイツとなっていますが、ドイツは、チリ、ボリビア、エクアドルでも2位となっていて、戦後ナチスドイツの幹部が南米に亡命した背景が良く見て取れます。貿易上の密接な関係があり、パイプがあったということだったのですね。

 インドネシアとタイの輸入先一位は日本となっていて、中国の輸入先一位は米国となっています。1937年時点で、既に二次大戦中の勢力形成の下地が見て取れる内容となっています。世界恐慌後のブロック経済化の時代、輸出先一位の国の確保を強めるために軍事進出・軍事支援(米国の中国への支援など)をすることになるのは、この地図からも予測できる内容となっています。イランの輸入先一位はソ連ですし(二位はドイツ)、二次大戦中にソ連が占領することになるのも、納得できるのでした。


1970年(冷戦盛期)

 米国はすっかり復調し、中南米は米国の裏庭と化し、以前英国が輸入先一位を占め続けていたインド・オーストラリア・ニュージーランドの輸入先一位も米国となり、サウジアラビアとトルコも傘下に入っています。西欧諸国が輸入第一位を占めることができる地域は、ほぼアフリカの旧植民地に限定されています。
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 一方日本は、第二次大戦中の進出先の国々にとって輸入先一位となり、第二次大戦中の勢力圏がそのまま経済進出先となっている印象です。ドイツは、東ドイツ(ライトブルー)と西ドイツ(群青色)に分かれてしまったものの、両方併せると、第二次大戦中の勢力圏と重なって見えなくもありません。なお、西ドイツの輸入先一位はフランス(薄ピンク)。20世紀の古代イラン学では、フランスとともにドイツの存在感が高いのですが、案外貿易関係が密接という背景があってのことなのかも。エジプトの輸入先第一はソ連ですが、これは当時エジプトが社会主義政権だったことを素直に反映しているものと思います。

 1937-70年の地図を眺めていると、米独日の世界貿易でのプレゼンスは、第二次世界大戦前に成立したものではなくて(そういう先入観を持っていました)、第二次世界大戦を通じて形成され、冷戦期はソ連圏があったものの、ソ連崩壊後、1990年代から2000年初頭くらいまでは、第二次世界大戦中の国力がそのまま世界貿易上でのプレゼンスに結びついていったように思えなくもありません。しかし2011年には、リオリエントな地図となってきていることは、前回掲載した通り。

 10年後にはどうなっているのでしょうか。なんだか毎年輸入先国一位の国の地図を作るのが楽しみになってしまいそうです。
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by zae06141 | 2012-11-30 00:14 | その他歴史関係 | Comments(0)

書籍「オスマン帝国史の諸相」感想

 気鋭の日本の若手オスマン研究者達の論稿集。ひとり1章全17章から構成されています(序文の鈴木菫氏による、日本のオスマン朝研究史も含めると実質18章)。

 本書を読み始めて1/3くらいのところで思った最初の感想は、「このような切り口の論稿集がサファヴィー朝からガージャール朝初期のイランについても出て欲しい」ということでした。なんというか、A perfect book for meです。金曜夜に購入し、そのままファミレスで心ゆくまで読みふけるという、久しぶりに私にとっては至福の時を過ごせた本。午前3時までに全17章のうち、11章まで一気に読んでしまいました。一般受けはしない内容だとは思いますが、安定した時代の社会や経済に興味のある私としては、是非読みたかった時代・内容の書籍です。個人的には、略奪ボーナスがあったスレイマン時代以前や、近代化と西欧の衝撃に悩む19世紀以降よりも、略奪ボーナスの時期が終わり、国内で経済を回してゆかなければならない時代である17,18世紀の方が、成長ボーナスが終わり、停滞人口で経済を回してゆかなければいかない今の日本にとって参考になることが多い時代だと思うので、オスマン朝の中では一番興味のある16世紀後半から18世紀の論文が3/5くらい占める本書はうってつけの書籍です。

 掲載論文を時代・ジャンル別に分けると以下のような感じ。

      経済   地方史   政治   外交   行政/官界   世界観 
15世紀                                       1
16世紀  2       2
17世紀                              2
18世紀                      2       1
19世紀  1              1      1       3
20世紀                1

 各時代について、全てのテーマが記載されているわけではありませんが、時代毎に異なったテーマを採り上げることで、「その時代の他のテーマはどうなっているのだろう」「そのテーマの他の時代はどうなっているのだろう」と、上記表中のホワイトスペースへのさらなる関心を掻き立てられ、うまい編集となっているように思えました。個人的には経済に一番興味があるということで、澤井一彰氏の単著を読んでみたいと思うようになっていますが、将来はともかく、ここ数年以内くらいだと日本語で出版しても多分売れないだろうから、国会図書館に論文を読みに行こうと思っています。

 16世紀後半(スレイマン時代以後)から18世紀(ナポレオン侵攻以前)の安定した時代の行政や経済・地方史に興味があるので、19世紀以降を扱った第三部は読まないだろうな~と思ってたら、毎晩寝る前に手が出てしまい、結局全部読んでしまいました。あまり興味の無かった19世紀や、現在活動中の政党の話まで興味をそそられ、書籍の編集方針にうまく嵌ってしまいました。

統計やデータを用いた経済史に興味がある私としては、経済関連の三編が特に面白かったのは当然なのですが、世界観や地方史への興味も大きいので(本書には章番号はついていないのですが、便宜上ここでは章番号を入れています)、

第七章「オスマン王統譜における始祖立ちの変容」(小笠原弘幸氏)
第十章「部族から県へ」(齋藤久美子氏)

も非常に面白く読めました。前者は14世紀から16世紀初にかけてのオスマン史書に記載されている創世神話から現オスマン王家に至る系譜の変遷を追うことで、王家の世界観がどのように変遷していったかを分析しています。後者は、現トルコ東部でたまたま目にした碑文から書き起こし、15世紀、サファヴィー朝とオスマン朝の抗争の渦中にあった現東トルコの末端支配の在り方や地方有力一族の歴史を断片的な史料から読み解いてゆくもの。非常にスリリングな記述で読み応えがありました。最後の「サファヴィー朝防衛の重要性が薄れた為、史料にケサン県が登場しなくなる」という指摘は非常に重要な指摘なので、ケサン県だけではなく、近隣諸県についても、史料に登場しなくなるのかどうか、知りたいと思いました。

12章「オスマン帝国の税制近代化と資産税 -19世紀のダマスカスの時代」(大河原知樹氏)では、1833,39,44,52年のダマスクスの街区毎の税収一欄表や税内容を分析して都市ダマスクスの一面を描き出していて、私としてはイメージしやすく、頭に入りやすいものがありました。政治史の記述を読んでいて、「エジプトのアリー朝が1830年代にシリアを支配した」という記載を読んでも、イマイチ頭に入らず、すぐ忘れてしまうのですが、支配時期に行われた税制改革のありようを数値入りで示されると、すんなり頭に入ってくるのでした。13章「オスマン帝国における「公教育」と非ムスリム」(長谷部圭彦氏)も面白く読めました。さして興味もない19世紀の教育制度改革の話が興味深く読めたのは何故だろうかと考えるに、やはり教育というものが、自分自身に普通に関係していたテーマだからだと思い至りました。私は教育業に従事しているわけではありませんが、普通に高校生まで公立学校で学んでいたので、公教育という切り口は関心を持ちやすいのかも。マクロ経済とか、税制、末端行政、教育といったテーマは、現代に生きる私の日常生活で接する話なので、関心を持ちやすいのではないかと思った次第です。

 一方で、読むのに時間がかかったのが、司法行政を扱った2編。これは内容が面白く無いのではなく、単に、私が司法というものに殆ど関わらずに生きてきたからだということだと思います。10章「オスマン朝「軍人法官」の実像(松尾有里子氏)」では、イスタンブルの上級審の法定台帳から、訴訟のテーマの比率、当事者の分類、法定審理の進み方など、具体的に理解でき、読み始めはとっつきが悪くて進まなかったのですが、途中からぐんぐん引きこまれました。11章「オスマン帝国の制定法裁判所制度(秋葉淳氏)」は、”制定法裁判所制度”という用語に最後まで目が眩み続けましたが、読み進めてゆくと、近代化改革の為に新設された司法省と、伝統的シャリーア法定を統括する長老府の権力闘争という軸が浮き出てきて読み応えがありました。

 序文の鈴木菫氏による、日本のオスマン朝研究史もよかった。最初は「日本ローカルな研究史よりも先にオスマン朝研究史全体を知りたいのに」と思っていたのですが、読んでみたら、これはこれで良かったです。近世イランの日本での研究史も読みたくなってしまいました。世界全体での研究史ももちろん知りたいのですけれども。

 さて、私にとってメインの経済史。

4章の澤井一彰氏の「穀物問題に見るオスマン朝と地中海世界」は、読む前は、領土が急拡大して、人口が急増したイスタンブルの穀物不足問題の状況そのものを描いた話だろうと思ってたら、更に一歩進んだその先の「穀物不足の状況において、西欧に密輸出する業者とその取締の実態」という内容でした。アドリア海沿岸に、闇穀物倉庫が多数建設されていた様など、当時の景観までイメージできる記載や、各種密輸の手口など、これはこれで面白く読めました。恐らく、イスタンブルの状況は、「16世紀後半におけるイスタンブルへの人口流入とその対応策」という論文の方に描かれているものと思われるので、国会図書館に読みに行こうと思っていますが、最初に「16世紀後半におけるイスタンブルへの人口流入とその対応策」を読んでしまっていたら、「穀物問題に見るオスマン朝と地中海世界」は、「似たような内容だろう」と思い込んでしまい、読まずに終わってしまったかも。その意味で、本書に「穀物問題に見るオスマン朝と地中海世界」の方が掲載されていてよかったかも。澤井一彰氏は、フェルナン・ブローデルが、大著「地中海(フェリペ2世時代の地中海と地中海世界)」で、実質スペイン・ヴェネツィア側しか描けなかった16世紀後半の地中海世界のオスマン側を描こうとしている目標があるようですね。将来的に是非、ブローデルの「地中海」を完成させる大著をものして欲しいと期待する次第です。ひとつだけ、最後に思ったことは、屋上屋根を重ねるようなことは学者にはできない相談なのかも知れませんが、1564-90年のヴェネツィアの穀物消費量とオスマン朝のヴェネツィアへの輸出総量の推計値と年度変化のグラフが出せると、両者の連動具合がより明確になるのではないかと思えました。あともうひとつ。登場する地名の一部が掲載地図に記載がなかったのが残念。

3章の「オスマン帝国におけるフィレンツェ絹織物及び毛織物の販売」(鴨野洋一郎氏)では、フィレンツェの織物製造商社セッリストーリ会社(商社という用語は論稿には出てこないが、記述を読むと、製造だけではなく、輸入販売も行なっている)のオスマン帝国への販売内容を分析していて、1496-1500年の販売内容一覧表や、織物種別分類統計表はワタシが大好きなデータ資料。オスマン宮廷への販売額がオスマン帝国全体の売上の37.8%、絹織物に絞れば44.4%にも達し、西欧近代化を支えた一要素である富の一部が、繁栄中のオスマン宮廷からもたらされた状況が数字的に見て取れます。それにしても、英国で生産された毛織物が、商社を通じてオスマン帝国に売却されていたとは知らなかった。しかしこれで、「16世紀イングランド行財政史研究」(井内太郎著)につながることになるので、そのうち「16世紀イングランド行財政史研究」も読むかも。あと、鴨野氏の論文でも引用されている、斉藤寛海氏の「中世後期イタリアの商業と都市」もそのうち読むかも。斉藤氏の当該書は、最初の方に「イギリス羊毛のフィレンツェへの輸送」「ダマスクス市場のフィレンツェ毛織物」という章があり、以前から興味はあったのですが、9450円という価格に手が出ないでいたのですが、当該部分だけ都立図書館に読みに行くかも。本書出版の母体となった「東洋文化 第91号(2011年3月) 特集 オスマン帝国史の諸問題」は非売品とのことなので、これも都立図書館に読みにゆく予定。

 私の場合、専門書については、1/3も読めば、無駄遣いではなくなり、2/3読めば元はとった、と思っているので、専門書は大抵4,5割くらいしか読まず、7,8割読めばいい方なのですが、本書は全ページ読んでしまいました(注釈に記載されている海外の参照文献のローマ字表記の部分は殆ど読んでませんが。。。)。本書は6300円なので、十分元はとりました。ところで、この6300円という価格は、私にとっては重要な価格なのでした。どうしてそうなのか、自分でもよくわからないのですが、この10年間、新刊6500円(消費税含む)以上の書籍は、6500円以下の古書が出るまで待ってしまう、古書の場合は、送料含めて6500円以下になるまで待つ、どうにも下落しない古書の場合は図書館で必要箇所だけ読む、という傾向があるのでした。例外は、サーサーン朝とパルティア関連書籍のようで、この10年間で購入した6500円以上の書籍9冊のうち、8冊がサーサーン朝とパルティア関連なのでした。というわけで、「オスマン帝国史の諸相」も、あと200円高かったら、新刊で買わなかったかも。。。。(建築・都市空間・インフラ、文芸・風俗というテーマの論稿も入っていれば、8000円くらいまでOKだったかも)

 こんなことを書いて、著者や出版社の方には申し訳無いのですが、しかし一方、6500円以下の書籍で、かつ、あまり売れそうも無い書籍については、なるべく新刊を購入するようにしています。更に言えば、1年程前から日本の書籍については、アマゾンで新刊を購入しないことにしています。基本的には、新宿ジュンク堂で中身を確認し、購入を決めたら近所の町の本屋さんに取り寄せしてもらうことにしています。文庫やコミックでさえも。面倒くさいけど。稀に出版社に在庫が無く、ジュンク堂に在庫がある場合は、ネットでジュンク堂から購入します。ジュンク堂にも無い場合にアマゾンとしています。25年前就職活動時にコンピュータネットワークの未来を知り、ネットが発達しさえすれば情報収集できる程度の付加価値の低い媒体や、日本に輸入しているというだけで価格が3倍くらいする洋書、日本語に翻訳しているというだけで、価格が数倍になる洋書が、ITの威力で淘汰されてきている傾向は、私が望んだ未来です。仕事でも趣味でもグローバリゼーションの推進を今後も続けていくつもりです。しかし、年をとったからなのか、最近は、変化が速すぎるとも思い始めています。アマゾンに抵抗するわけではありませんが、もう閾値は越え、推進しなくても勝手にころがってゆくだろうから、町の本屋が全部ネットに置き換わるとは思っていないまでも、ある程度までネットに置き換わって減少することも間違いの無いところです。しかし、私は本が好きで、本屋さんも大好きです。自分の町の本屋さんは、やはり無くなって欲しくはありません。いつかはネットや大書店に負けて潰れてしまう運命にあるのかも知れませんが、そうであるならば、少しでも長く営業して欲しい、と1年程前から思い始め、新刊は近所の書店でいちいち注文して購入するようにしました(近所の書店に置いてるような本=売れている本は、遠慮なくアマゾンか古本屋で中古を購入していますけれど)。

 ということで、一応私なりに、出版社と著作者、町の本屋さんと、ネットと古書店での購入を分けています。しかし、結果として、ジュンク堂書店での購入が減少してしまったので、今年3月の新宿ジュンク堂書店閉店には、責任を感じてしまいました。実態としては、西新宿に「ブックファースト」が出来て、新宿大書店が過当競争となってしまったことが大きな要因だと思っています。そのブックファーストも、開店してから1年後くらいに売り場を縮小していましたから。とはいえ、少し観察していても、あまり本を大事にしないK書店ではなく、店員さんが崩れた本のメンテナンスをきちんとしているジュンク堂やブックファーストが閉店したり縮小したりするのはちょい腹に来ます。ジュンク堂が閉店するくらいなら、新宿に2店もあるK書店、片方なくなってくれればよかったのに。「オスマン帝国史の諸相」を読んで気分が良かったのに、最後は愚痴になってしまいましたので、最後に本書の話題に戻って終わりたいと思います。本書に関連する内容の、ネットで読める論文のリンクです(2本しかありませんが、そのうち調べて追加する予定。澤井氏の論文は、有料のものが他にも掲載されています)。

オスマン帝国史料解題
 オスマン帝国の史料にはどのようなものがあるかの解説です。今後も追加されてゆく予定とのこと。楽しみです。
永田雄三「トルコにおけるオスマン朝史研究の近況」 トルコ共和国成立以降1970年迄のトルコ共和国におけるオスマン研究史外観
三沢伸生「トルコにおけるオスマン朝史研究の動向(1970-1990年)
永田雄三 「≪特別研究≫18世紀トルコの地方名士ハジ・ムスタファ・アガに関する新史料
澤井 一彰 「16, 17世紀イスタンブルにおける公定価格制度
山口明彦 「オスマン検地帳に見る18世紀初頭イランの地方社会 -イラン西部アルダラーンの農村と遊牧民社会

 折よく話題がオスマン朝となったので、次回からはオスマン朝映画を数本ご紹介してゆきたいと思います。
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by zae06141 | 2012-05-27 00:05 | その他歴史関係 | Comments(0)