古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
by Solaris1
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カテゴリ:雑記( 14 )


自分史に関する記憶と史料

※宣伝 今月号の雑誌Penは古代エジプト特集[古代の美を探して、エジプト]で、よくあるムック本よりよくできてます。ナショナルジオグラフィックのような巻頭特集ではなく、全体の2/3が古代エジプト特集です。雑誌『ニュートラル』のような観光臭もなく、歴史と考古学に特化しています。700円でこの内容は買いだと思います。個人的に『Pen』は、美容院に置いてある、男性用ちょっと高価でおしゃれなモノマガジン、という印象があったのですが、今月号はどうしちゃったのだろう、という内容です。是非書店で見てみてください※

 最近書籍購入スペース確保のために、昔の書類を処分することが増えています。先日書類を処分していたら、中学時代から30代初頭にかけての読書・視聴映画リストが出てきました。これは貴重な自分史の資料なので処分はしないことにしました。リストを眺めていてまず思ったことは、「この資料は古代・中世の史料に似ているなあ」ということでした。どういうことかというと、

1.古代(高校・大学)

大学時代のリストがもっとも整然とまとまっていて、B5ノート1枚を4列に分割し、1行に1作タイトルが記載され、映画については視聴した月が、読書については年月日が記載され、更に映画については年間視聴本数集計や、視聴映画館毎の訪問回数、視聴方法(映画館/テレビ/ビデオ)、約80の映画館の採点表までついてます。中学・高校時代の記録は年度だけ記載されていて、年月日が記載されておらず資料としての有用性は少し落ちます。大学時代の記録はイメージ的には古代ローマ最盛期の同時代文献史料、中高校時代の記録はイタリア半島統一以前について記述した後世の史書史料という感じです。

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by zae06141 | 2016-12-12 00:14 | 雑記 | Comments(0)

F爺・小島剛一氏の記事デタラメ説(3)-(8)についての弁明と疑問

2016/June/17 21:57更新 *2を追記

 先週 2016/5/28, Sat 21:15 付けメールで、小島氏から、ブログの記事をご覧ください、とのメールが来ました。30日の夜にメールとブログを拝見し、2016/5/30, Mon 21:57 に以下の内容の返信をお送りいたしました。

メールの詳細ヘッダーは以下の通りです。メールアドレス等個人情報に関する部分は、伏字にさせていただいております。

From PPPP PPPP Mon May 30 21:57:49 2016
X-YMail-OSG: PWMa5IAVM1mA_FARal8BvQ4BX6EjIE.KU6xGY9JcWEkQbDZsLzQZ7uxeE59MzaTh4oLB0SmdEFWMq1x3bwFXKBQSCMLMuhW60Yef.Nmq3Tqswlq3BrCkQ4fZR3CRaNmxfkUos2gXqYjzPV1DQa1NRtcOFxk5Nh0vavkR7xQU5xYjXoPhpPPv.rIWXlo0XzLFgQbYXoG3oXeulNfX6amKqq24GhBDMtBTAwW3BBusrz6Dyx1eoKSj9xxQ1mnirEcouObtF3IOJeMhoJFNNQxeJTHSl7dJChCshwLEgE6T93R0jSFbZzO0Zr3BvutJKdNc4PEGEVM9XIScok3glkw_6ynHcViBFpm3MowxKzE56RsG5FzwRV28aewyh0Y3qZn21BlHPRnPHld.wrzJD3fDWSlZ8t6gF3lH.SsjNxscxhOI3ohYUvVq1G2R776qPlwQinJTWPcnXsrBIkcyXNj0JQvf1hTkgwoQL3Uzraoi0hOVzD8_16TsVQChbG.57dbfbK06oYXXkqCmeyMsed3cSpEuOjV9Hb34dzMolfMsiVcnfo9wpQJ.ZuAi477QtfemJlxxlQyMNiBInQYvdFsKyyI665rzD7Witsc36VeNSCnoubP18jADVtqD6zvWlg--
meOAgiDjg5bjg63jgrDoqJjkuovjgpLmi53opovjgYTjgZ_jgZfjgb7jgZfjgZ_jgIIg77ye44CM44Kz
44Oh44Oz44OI44Gu6JGX5L2c5qip44GM44GC44KL44Gv44Ga44Gu44CNRueIuuOBq.eEoeaWreOBp.OA
geWJiumZpOOBl.OBvuOBl.OBn.OAgiDlsI_ls7bmp5jjga7jgrPjg6Hjg7Pjg4jjgavokZfkvZzmqKnj
gYzjgYLjgovjgIHjgajjgYTjgYboqo0BMAEBAQE-
Received: from [xxx.xxx.xxx.xxx] by web100914.mail.ppp.ppppp.pp.pp via HTTP; Mon, 30 May 2016 21:57:49 JST
X-Mailer: PPPPPPPPPPPPP/0.8.111_69
X-YMail-JAS: qfmdmq0VM1lRrpRcKQkWF6sN8kf.4qg6JH9Fdn4Bf8aFPw.N.GQNOelguhqu2mxLmEyH76gaXHPMd.X6WfCdySzgKRmbCoxfGnjEso_fZUEQujdfv.X3oIoISkiy.EKOgIXD
References: <000001d1b8da$960730d0$c2159270$@ffffff.ff>
Date: Mon, 30 May 2016 21:57:49 +0900 (JST)
From: PPPP PPPP <pppppppppppp@pppp.pp.pp>
Reply-To: PPPP PPPP <
pppppppppppp@pppp.pp.pp>
Subject: =?utf-8?B?UmU6IOWwj+WztuWJm+S4gOOBp+OBmQ==?=
To: Goichi Kojima <kkkkkkkkkkkk@kkkkk.kk>

返信の内容は以下の通りです。



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by zae06141 | 2016-06-05 23:57 | 雑記 | Comments(0)

iPadでインヴォイスシステムの導入をしてはいかがでしょうか

 参院選挙が終わってしまったらすっかり下火となり、民主党の代表選では全然論点となっていないようですが、現在の消費税を巡る論議でわからないのが、「議論・検討を開始する」ということが=「「4年間は上げない」とした公約に違反する」となってしまっているように思える点です。昨年の衆院選挙で「4年間は上げない」ということと、「4年後以降の導入を見据えて今から議論・検討を開始する」ということは別だと思うのですが。。。。

 付け焼刃で導入すると穴だらけなものになりかねないので、いずれは上げざるを得ないものなら、4年後以降の導入だとしても、早めに議論を開始した方が良いと思うのです(もちろんその間公益法人や官庁の無駄削減を徹底していただく前提で)。そういうことをしていないから、参院選での菅首相の10%発言のような根拠を自民党に頼るような頼りない発言が出てきたり、急に総裁選を迎えることになった小沢氏のように、数的根拠が曖昧な「剛腕」頼りの言動しかできず、彼を首相にすることは危険な賭けににしかならないようになってしまっているように思えます。

 今後の消費税率アップ時は、所得控除や仕入れ額を用いた一括計算よりも、物品毎に税率を変えることが可能なようにインヴォイスを導入して欲しいと思っています。欧州と同様に生活必需品に関しては低く抑えるようにする方が余程逆進性を抑えることができるのではないかと思うのです(欧州では標準税率20%程度ではあっても、食料品などは5,6%の国が多い。Wikiにデータあり)。

 インヴォイスの導入にあたって障害となるのは、品目毎に税率が変わる為、手間がかかることとされています。1989年の導入時には、今程IT化が進んでいなかったということで理解できますが、IT化とインターネット決済が普通に行われるようになった現在とは大きく異なります。更に、お年寄りが家族経営している商店・小規模経営企業などの場合、ITの強制導入は、ご老齢の方がコンピュータを使うのが困難だ、という点も指摘されてきたかと思うのですが、iPadが70歳近いお年寄りにも売れているとのことですし、実際私も触ってみて、この点はクリアできそうな気がします。

 となれば、iPadのような汎用製品を用いてインヴォイスに対応するシステムを全国に導入すれば、コストも安く住み、零細企業には補助金で教育含めた導入を促進すれば良いように思えます。時間が経つ程IT対応可能者が老齢の小規模経営者に占める割合が増える筈ですから、それを見越してシステム化と抱き合わせでインヴォイスの導入を検討しても良いのでは無いでしょうか。

 既にiPadのような製品は、アップル社以外からも発売されることになっているのだから、アップルの独占とはなりません。システム導入にあたっては、IT業界を儲けさせる為のネタ(私はIT業界の者)という批判もでるとは思いますが、インヴォイス導入の障壁となっているコストパフォーマンスをクリアするにはITが一番有効なのは明らかですし、SOX法の導入でもIT対応が必須であり、一部のIT企業を潤したことを思えば、今更IT業界への批判でインヴォイスの導入を否定することは意味が無いように思えます(ちなみに私の勤め先は消費税関連製品は扱っていないので、直接儲かることにはなりません。業界全体のおこぼれは受けるとは思いますが)。

 ま、単なる思い付きですが。

 ところで、ノルウェーという国は、石油と天然ガスを豊富に産出することから、国内電力も石油資源でまかなっているものと思っていたら、国内の電力の95-107%(年によって異なる。各年度の出典は「最新ドイツ事情をしるための50章」p161)は水力発電で、石油と天然ガスは殆ど輸出しており、純益として積み立てられているのですね。なんてうらやましい。。。。。

 こちらの欧州連合の統計では、EU各国の再生可能エネルギー率が、「全体」「電力」「暖房」と分かれており、電力に占める割合では、2008年時点でオーストリアは60%、スウェーデンで50%を超えているのに驚きました。20%を超える国も多数ありますね。主要国では、ドイツとフランスが14%、英国が5%、イタリアで16.6、スペインでは23.3%もあります(人口密度を考えれば英国以外は妥当な結果かも)。わが国の場合は、同じ2008年度でたったの3.2%。。。。資源小国日本でこんな数字でいいのでしょうか。。。。ひょっとして石油や天然ガス企業が抵抗してるのかしら。と訝ってしまいます。。。。(なぜならば、2008年に電力に占める割合が5.4%の英国にはブリティッシュ・ペトロニウムが、7.5%と同じように低いオランダには、ロイヤル・ダッチ・シェルがあるからです)。

 何か日本にも有望な資源は無いものかと探してみたら、メタンハイドレートという資源が日本近海海域にあることを知りました。しかし、こちらのWikiの説明には否定的なことが多数記載されています。こういうのも事実かも知れないけど、なんか、石油・ガス関係者が既得権維持の為に書いているのではないだろうか、と疑ってしまいますね。。。。(参考:メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアムのサイト
 

 最後。政府に限らず、無駄の削減には、社会全体が、「予算を使い切らないといけない」と言う発想自体を改めることも必要なのではないかと思っています。私の勤務先も、年度末になると、この発想の恩恵を受けて、オーバースペックの製品をご購入していただいているのではありますが、やはりおかしいと思います。民間企業はまだいいとしても、公的機関・組織・企業や独立行政法人などでは、まずこの発想を改める仕組みが必要なのではないかと思うのでした。
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by zae06141 | 2010-09-10 22:16 | 雑記 | Comments(2)

伯父たちの戦争体験

 戦争直後のインフレについて知りたいと思い、父に電話して聞いてみたところ、途中から何故か父の兄たちの戦争体験の話になってしまいました。伯父達が戦争に行ったのは知っていましたが、具体的には知らなかったので興味深かったです。戦争体験談など、ネット上でも書籍もいくらでもあるものと思いますが、当然ながらそれらの話は、前線の話や空襲の話が殆どだと思います。伯父達の話は、少し毛色が異なることもあり、「これもひとつの戦争体験事例」ということで、紹介しても面白いかも、と思った次第です(拍子抜けされるかも知れませんが)。

1.長男
 当初満州に配属され、満州開拓団の集落を守る任務についたそうです。満蒙開拓団の全てがそうかは知りませんが、長男が配属された集落は、地元民の土地を取り上げて、日本人移民が移住したところだったそうです。そうして追い払われた地元民が匪賊と化し、集落を襲ってくるので、それを追い払う警備任務についていたそうですが、匪賊がやってくると出撃し、山まで追いかけるだけで、特に戦闘経験のまま南方の島へ配置転換されたそうですが、戦略上の価値がまったくないと見なしたようで、米軍はその島を攻めずに通過してしまったそうです。で、米軍が北上し、日本からの補給も無くなってしまったので、伯父は戦闘経験の無いまま、島の現地住民に農業を教えたりしながら島の村で生活し、1年程過ごして終戦となり帰国したとのこと。全部で8年間程軍隊にいたそうですが、戦闘経験の無いまま終わったとのことです。

2.次男
 相模湾沖で補給船だか駆逐艦だかに乗っていて撃沈され、数日の漂流後、救助されたとのこと。父の推測によれば、その後終戦まで家族と音信不通にされていたらしく、恐らく本土近辺で撃沈された事は、国民から隠す必要があっての情報隠蔽の為なのではないか、とのこと。漂流は辛い経験だったらしいのですが、撃沈自体はあっという間のことで、あまり戦闘、という感じではなかった、という感想を言っていたそうです。

3.三男
 ベトナムに派遣され、治安維持のパトロール任務についていたとのこと。数回現地住民に青竜刀のようなもので襲われ、逃げ回った以外は平穏に過ごしたとのこと。

4.四男
 満州に配属されたが、教育訓練中に終戦となり、引き上げも特に困難も無かったとのこと(ホントかしら)。

5.五男
 海軍士官学校在学中に終戦

6.父と母については、以前こちらの記事で記載した通りです。

 というわけで、父方の伯父達は、戦争体験といえる程の経験は殆どしていないのでした。母の方は、甲府で空襲を経験しており、子供の頃から何度も空襲経験を聞かされているのですが、本日初めて聞く話がありました。

1.毎年甲府空襲のあった7月6日と終戦記念日に、戦時食だった「すいとん」を作り、私と姉に戦争体験を話すことにしていた、とのこと。知らなかった。。。。

2.甲府が壊滅した空襲は7月6日ですが、それ以外にも頻繁に戦闘機が空襲してきて、小学校の登校途中でも何度か機銃掃射に会い、田んぼの中に逃げ散ったり、隣を走っていた同級生が撃たれて死亡したりしてたとのこと(家の中を貫通した銃弾が隣家で病気で寝ていた少年の心臓に当たり死亡したこと。焼夷弾の降る中、夜中畑を逃げ惑った話、爆撃機が富士山を目印にして空襲に来るので、ずっと富士山が憎かった。悪魔の山だと思っていたこと等は以前の記事の通りです)。

3.父方一家は殆ど戦争らしい体験をしていない為、戦争の怖さを話しても、全然わかって貰えず頭にきていた、とのこと(それで私と姉に話してたのか。。。)。(だから、厚木基地の騒音も、母は異常に反応しますが、父は全然平気(私も姉も子供の頃から慣れているので結構平気だった)。

4.今でも空襲や、甲府の町を行進していた軍靴の音の夢にうなされることがある、とのこと。

5.甲府駅で出征する人を見送りに出て、「何故戦地に赴くのに万歳なんだろう」と疑問に思っていた、憲兵が怖かった、とのこと。


 父はパイロットになりたくて予科練に入っただけなので、終戦を迎えても、「パイロットになり損なった」と思っただけとのことですが(父の実家は小作農なので、とても自費でパイロットになれる資金などなかった。特攻隊のこともよくわかってなかったようです)、母は、玉音放送を聞いて、「これで空襲も終わったという思いと、財産全てを失い、恐ろしい思い重ねてきたのに敗戦か」という思いとで泣いたとのこと。同じ戦争という時代を生きていても、随分異なっているんだなぁ、と改めて思った次第です。
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by zae06141 | 2010-08-15 22:54 | 雑記 | Comments(0)

日本のビジネスマナー

 今回帰国した折に、うちの部署のメンバーの為に、日本語ビジネス文書の書き方の本を購入してくる予定だったのですが、本屋で色々選んでいるうちに、「日本のビジネスマナー」の書籍を購入することになってしまいました。思うに、現在日本語の問題とされていることは、実は日本のビジネスマナーに関する理解度によるのではないかと思うに至りました。学習によって身に着けた外国語に対して、完璧を要求することはできません。どんなに日本語が上手い人でも、細かい文法の修正は必要となります。修正が難しい文章とは、文法が問題なのではなく、書くべき内容がそもそも欠けている文章です。また、体裁そのもの欠けている場合も、修正量は増えます。文法以上に、日本語ビジネス文書の体裁を学習していただいた方が効率が上がるということに、このとろ気付くに至りました。

 日本語のビジネスマナーは、いたずらに冗長な側面が無いわけではありませんが、最近は、品質を均一化させる非常に高度なツールだと思うようになりました。日本企業で新卒教育を行う規模の会社では、大抵の企業が、このビジネスツールを教育し、ビジネスの品質自体を底上げしているのではないかと思うようになりました。学生時代は、「企業人の為の洗脳教育」などと悪いイメージを持っていたのですが、毎年膨大な会社が、程度の差こそあれ新卒教育を行うことで、日本品質向上に一役買ってるのではないかと、改めて思うようになりました。これは、非常に重要で、層の厚い日本ビジネスを底上げする文化なのではないでしょうか。

 このように考えてくると、そうしたビジネス教育を受けたことのほとんどない中国人の品質を上げることは、難しいものだと、改めて思うのでした。

 ところで、風邪は治りませんねぇ。。肺炎を疑っているのですが、医者にいってそうだと断定されてしまうのも怖くて、毎日伸ばし伸ばしにしています。日に日に良くなってきているようなのですが、どうなるのでしょうか。

 日本に帰国している最中に、日本から、中国海賊版映像サイトにアクセスしたのですが、ちゃんとIPアドレスを判定し、中国に一般に割り振られているIPアドレス以外だと、リージョンエラーとしているようです。ただし、漏れもあるようで、ルパン3世のドラマなど、見れてしまうものもありました。おそらく、コンテンツの登録時に、リージョン毎の禁止タグか何かも同時に設定るすようになっているのでしょう。タグの設定を忘れていると、見れてしまうというわけです。

 日本から禁止映像を見る場合、中国IPアドレスを、手元のPCに、固定で設定する、という方法もありますが、長く使うと逆探されてしまう可能性もあります。これ以外にも、技術的には、回避する方策も幾つかあるのですが、コストをかけずに行うのは難しそうです。毎月50ドルで程度であれば、こういうサイトは有料でも使うと思うのですが。。。。。

 一方、最近NHKが、遂にダウンロードサービスを始めたようですね。早速色々課題が出ているようです。多少実績がでてきたところで、利用してみたいと思います。

 金曜日から、3日程、風邪で殆ど終日寝込んでおりました。が退屈なので、宮崎駿の映画を見ました。「隣のトトロ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」です。学生の頃、「カリオストロの城」と「風の谷のナウシカ」を見て以来です。これらについてはまたいづれ感想などを記載してみたいと思います。ひとつ思ったのは、いづれも「○○の○○」という題名となっていることです。「もののけ姫」も、実は「物の」「化姫」なのではないかと思いました。こんな話は周知の言い古された話なのでしょうが、周囲にアニメの話をする友人がいないので、私は昨夜気づいたのでした。
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by zae06141 | 2009-02-02 23:23 | 雑記 | Comments(0)

200勝を達成した山本昌のラジコン勝利記録

  最近オリンピックばかり注目していて、すっかり忘れていたら、いつの間にか達成していたんですね。このところ忙しく、オリンピック以外は、一般ニュースを読んでいる時間があまりなく、見落としていました。で、検索してみたら、既に達成していただけではなく、彼がラジコンレースの選手としても有名だったことを知りました。しかもただならぬ入れ込みよう。。。。。元中日の山崎選手と一緒に山山杯なる冠カップ開催していたそうです。ATRASというラジコン製作会社(?)のホームページの左下に大会結果のリンクがあり、これによると、1996年に 第1回を開催し、2005年まで10回開催したことになっています。山本選手は、毎回8位から10位くらいとなっていますが、各種掲示板によると、上位の選手は世界選手権クラスとのことのようですから、山本選手もかなりのエキスパートであることがわかります。

 200勝達成時の記事に、ラジコン中心に記載された記事がこちらにありますが、ここの掲載されている、昨年の2冠王・楽天の山崎選手によると、

 「あの人は家族の次にラジコンを愛していた。これで心おきなくできるんじゃないの」

とのこと。野球じゃなかったんだ。。。。。。

 各種掲示板では本業はラジコンの方で、野球は副業との指摘があるので、200勝前後の時期の山本昌さんの言動を拾ってみました。

「上手な人ほど記録ノートを細かくつけるようなところを見習えば、もっとうまくなるんじゃないか」
「新しいマシンも用意してもらっているので、(サーキット場に)顔を出すかもしれません」
 「キャンプから一生懸命に練習したことがよかった。それに趣味のラジコンも我慢した」
「野球で頑張るためには何か我慢しないとね。連敗も止めたし…。これからも個人記録よりもチームのために頑張りたい」

 どうやら向上心があるのはラジコンの方で、ラジコンを我慢しないと野球の方に影響がでるらしい。。。。

ということで、こちらのサイトで、「ラジコン天国」という雑誌が主催しているラジコン大会の結果が掲載されており、山本昌さんの記録を拾ってみました(「山本選手」と書くより、「山本昌さん」と書く方がしっくりくるようになってきています)。

2008年 1月5日 23Tレース 1位 写真はこちら
2007年12月1日 23Tレース 3位 写真はこちら
2007年11月3日 6周年記念レース 1位 写真はこちら。 
2007年10月6日 23Tレース 1位 写真はこちら
2007年 4月7日 23Tレース 1位 写真はこちら
2007年 3月3日 23Tレース 1位 写真はこちら
2007年 1月6日 23Tレース 1位 写真はこちら
2006年12月30日 年末ALEX杯 1位 写真はこちら
2006年12月2日 23Tレース 1位 写真はこちら
2006年11月4日 23Tレース 1位 写真はこちら
2002年12月2日  平成14年度全日本選手権1/10EPツーリングカースポーツクラス 4位 写真はこちら。(一番上の真ん中にでてます)

 2007年は5勝もしてますね。。。 確か以前、200勝より日本一が大事、とか言っていた気がしますが、昨年の野球は2勝10敗。9月25日に2軍落ちしてから、中日が日本一となった年であるにも関わらず、登板できずに終わってますね。。。 10月13-22日が、セントラルリーグのクライマックス・シーズンで、10月27日から11月1日が日本シリーズだったわけですが、出場する機会が無いとはいえ、そういうこととは関係なく、レースに出場していたようです。彼は他に、クワガタブリーダーでも玄人はだしのようで、何に取り組んでも人より抜きん出るところはスゴイですね。

 今回特に参考にした掲示板はこちらこちらあとこちらも

 山本選手は、私にとっては同学年ということもあって応援してきました。小宮山選手が引退したので、今となっては唯一の現役の同学年選手。こちらには、古田選手引退時の特番に、山本選手はじめ、同学年選手が多数出演していますが、現役が長い選手ほど、若く見えるような気がします。それにしても渡辺久信選手の頭は激しく後退していますね。。。脚光を浴びたのは25歳くらいまで。その後の20年近い苦労がにじみ出ている感じです。今年はこのまま是非優勝して欲しいものです。
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by zae06141 | 2008-08-24 02:26 | 雑記 | Comments(0)

居酒屋タクシー

 先週から東京に出張しておりました。今回着いたその日は、成田から直行リムジンバスが出ている為、新宿ワシントンホテルに宿泊したのですが、宿泊客は中国人ばかりでよそに来た気がしない。廊下は煙草臭く、部屋は狭く、窓ははめ込みでどことなく監獄風。しかも持ち込みPCに部屋のLANケーブルをつなげても、インターネットにつながらず、テレビと部屋のPCが一体型なので、どちらかしか利用できない。結局持ち込みPCのPHSを使ってネットに接続。窓からの景色はよかったものの、次回からは泊まらないかも。1万円なので、立地にしては安いと思いますが、これなら、これまで毎回泊まっていた歌舞伎町の東横インの方がマシ。7000円だし。外国人が多いとはいえ、韓国、シンガポール、マレーシアなど、東アジア人が均等にいるようで、東横インに比べると、新宿ワシントンホテルは中国人に偏っている感じ。まぁ、夜成田に到着した場合には、直行リムジンがあるので楽、というのが唯一のメリットかも。

 さて、到着して部屋で一息ついてテレビを見ていると、霞ヶ関官僚の居酒屋タクシー批判のニュース。

 これって、テレビの放送枠を使ったり、新聞に載せたりと、コストをかけて報道する程のものなのでしょうか? 金銭の受け取りについては、批判ネタだと思うのですが、遠距離の客へのビールとつまみは、上客への営業サービスの一環であって、騒ぐ程の話でもないように思うのですが。。。。わざわざ騒ぎ立てるマスコミには、もっと重要な事に時間を使え、と思ってしまいました。

 私もバブルのピーク当時は、実家に住んでいて、電車で片道2時間通勤をしていましたので、帰宅の遅い日に、よくタクシーを利用し、毎回ビールとつまみをご馳走になっていました。毎回2万円以上の上客ですから、懇意になった個人タクシーの運転手さんとなると、22時前に連絡すれば、予約もできてしまいましたし、ビールとつまみは普通にいただいていました。

 バブルピークの90年は、宿泊24回、勤め先から自宅までのタクシー42回、途中駅止まりで、そこからタクシー78回、終電118回と、出勤日の殆どが終電以降の帰宅だったのですが、あまりに過酷なので、勤め先に、共用のアパートを借りるようお願いしてみたのですが、税金上、家賃を出すよりタクシーの方がよい、との返答。ブチキレて、週5回全部タクシーで帰宅した、なんてこともありました。90年夏は仕事だけで終わってしまったこともあり、1度だけですが、江ノ島まわって海をみて帰ったこともあります。貸切同様なので、3万円でぐるっと周遊してくれました。運転手さんと、高速のサービスエリアで一緒にラーメン食べたこともあります(こちらは割り勘でしたが)。

 当時の職場の遠距離通勤者は、私以外にも数名いて、彼ら全員タクシー運転手仲間で有名になってました。はじめて乗車する運転手さんが、行き先を告げただけで、「○○さんの知り合いですか?」と私のことを知っていたり、2、3度乗ると、ルートを覚えてしまい、自宅まで寝ていることもできましたし、当時既に、車載携帯電話や、ナビを装備しているタクシーも多く、一度など、上司の部長の乗ったタクシーが事故を起こした情報がリアルタイムで入ってきたこともありました。前の車に追突してオカマを掘った瞬間、後部座席から、フロントガラスに頭から突っ込み怪我をしたはずの部長が、翌朝出勤してきた時は、皆ビックリしたものです。首にムチウチ用器具を巻いていましたけど(しばらくはサイボーグ部長と呼ばれてました)。

 われわれは金品をもらったことはありませんので、その点については官庁官僚とは異なりますが、今回の報道でも、殆どの役人がビールとつまみ程度の話で、私の経験と大差無い程度だと思われます(近距離でもサービスを受けていたかも知れませんが)。金銭を受け取っていた役人についての報道と処分は理解できますが、ビールくらいで目くじら立てなくてもいいんじゃないの?摘発すべき税金の無駄遣いにはもっと別の巨額なものがあるんじゃないの?マスコミの時間はそっちに使ってよ、と思うわけなのでした。タクシー業界は、既に過当競争であるわけですし、ビールとつまみについては、行き過ぎない程度の顧客確保のサービスだと思うのですが、いかがでしょうか。
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by zae06141 | 2008-06-14 04:03 | 雑記 | Comments(0)

(ビジネスでの)語学力と異文化コミュニケーション

 「白夜行」をネットで見て以来、味を占めたとしか思えないのですが、つい、ドラマ「花より男子」を見始めたら面白く、結局週末潰して見てしまいました。日本ででもできるようなことに時間を費やし、まったく無駄だとは思うのですが、読んだことないけど、この題名のコミック、なんか有名だよな、どういう話なんだろ、ちょっとさわりだけ、と何気なく見始めたら面白くついつい全部見てしまいました。

 それにしても、主役の井上真央は上手いですね。表情が千変万化というか、伸縮自在というか、アイドルにしてはかなりの演技力。と思って調べてみたら、子役の頃から役者道を歩んでいたんですね。大学も明治の演劇学科。なるほど~。歴史ドラマと違って、一般ドラマとなると、字幕の読解力が一気に下がるのであまり見ようという気もおきなかったのですが、このドラマについては、筋は把握できたので、今度台湾版の方も見てみようかと少し思い始めてます。主人公たちが、私の子供の頃から憧れの名車、TOYOTA2000GTを運転したり、助手席に乗ったりするのは妬ましい限り。

 ところで、ドラマを見ながらなんとなく目に付いてしまったのが、「すみません」という言葉。主役の井上真央はじめ、いたるところで「すみません」が出てくる。明らかに不合理ないじめにあっているにもかかわらず、「すみません」。悪くないのに「すみません」。何かが起こった時、殆ど相手側に非があるとしても、わずかでも自分の方にも非がある(ように思える)場合、まず先に「すみません」と言ってしまい、その上で、相手の非を伝えるようなことをしてしまうのは(もちろんそうでないケースも、人も多いが)日本人の特徴のひとつであり、美徳だと思うのです。相手に意見するときでさえ「すみませんが、」ではじめたりしますよね。

 実は今、職場で、こうした日本人特有のニュアンスを中国人スタッフにどう伝えたらよいものか、日々頭を悩ませているのです。普通、IT業界でのオフショアといえば、コンピュータプログラムの開発を委託する作業が多く、日本語でのコミュニケーションといっても、明確な機能についての会話だし、私のような特定の担当が日本と中国のスタッフの間を取り持つ業務。私もこれに近い内容のつもりでこの部署に加わったのですが、現地スタッフの優秀さと色々誤解が入り組んだ結果、段々任せられる仕事の範疇が拡大しはじめ、最近では、中国人スタッフと、日本の営業担当とのやりとりが増加してきました。そこで出てきた課題というのが、外国人とコミュニケーションに慣れていない日本人スタッフとのコミュニケーショントラブル。いくら相手の日本語能力が高いとはいえ、日本人ではないので、日本人特有のニュアンス、曖昧な依頼、指示が通じないことが多いのですが、少しは通じるようになってしまっている中国人もいたりするので、問題が潜在化してしまい、なかなか発覚しなかったのですが、最近業務目標が次の段階へと突入し、にわかに浮上してきました。

 問題は、「日本語能力が高い=日本人的感覚を身に着けているわけではない」ということにあることもわかってきました。また、言語能力が低い方が、柔軟な感情表現ができず、表面上、何を言われても「はい」と素直に従うしか無いことから、結果的に日本側スタッフの評判があがり、評価がよいと、中国人も気分がよくなりますます素直になって、うまく進むようになったりして、逆に日本語能力が高すぎ、余計なことまで口にしてしまう中国社員からすると、「日本語が上手な自分よりも、下手な人の方の評価が高い」ということに矛盾を感じて不満がたまる、という現象がいつの間にか見られるようになってきています。

 私は自己主張が強く、直球でものを言う性格なので、子供の頃から、「日本人離れした」とか言われる人達とはうまく付き合えるのですが、いかにも日本人という人々とのコミュニケーションについてはなかなか難しいものがありました。実は日本人とのコミュニケーションのポイントが少しつかめてきたかも、と思えるようになったのは、ここ数年の事なのですが、そのポイントの一つは、「取りあえず日本人相手の場合は、自分の是非にかかわらず、機械的に「すみません」と言っておこう」というもの。この場合の「すみません」とは、相手の主張をまず受けとめる形にする、ということ。ワンクッション入れることで、相手の感情をなだめ、冷静な議論の場に持ち込む(会話の制御権を得る)ことができる。つまり、会話のテクニックのひとつだと思うのです。で、これが、「すみません」と言う方も言われる方も、ひとつの会話の形式として内面化しているのが、日本人的なコミュニケーション力を身に着けている人々の会話のような気がするのです。

 これがわかるようになるまで時間がかかりました。それまでの私は、「相手の主張をじっくり聞く」ことは実践していたつもりだったのですが、ひとおおり相手に意見を言わせ、ポイントを一つ一つメモし、相手が一段落ついたところで、一つ一つ議論してゆく、という形式をとっていたのですが、時折ヒートしてしまうことがありました。論理的にはこちらの方が正しいし、途中で相手も気づくことがあるのですが、それでもヒートしてしまう。この原因は、私の相手に対する配慮が欠けていたことにあります。おかしいと気づいても、なかなか素直に認められないのが人間です。一度感情的になってしまうと、引っ込みがつかなくなるのも、人として自然なことです。こうならないように、「すみません。私の表現がよくありませんでした」、場合によっては、「すみません。弊社の説明が、最初から至りませんでした」と謝ってしまう。たぶん日本人だけに通じる方法だと思いますが、日本ではこれが通じる。こんなことは当たり前だと思う方が多いかも知れませんが、これは、私にとって発見であり、これに気づいた事は大きな収穫でした。ここで(レトリックとして)謝ってしまっても、多くの場合それが言質にならない(もちろんそうではないあざとい人もいるし、局面もありますので、時と相手を読んで使わなくてはいけませんが)、安心していいのが日本人、だと思うのです。

 ところが、日本以外全ての国とは言いませんが、中国や欧米、特に米国では、「自分が悪くないのになぜ謝るのか」「謝ったら、言質をとられ、責任を認めてしまうことになる」という考えが普通のようです。

で、我が職場の中国人社員と日本人社員の間でも、同じことがおきて来ているのでした。どちらも異文化コミュニケーションのリテラシが低い社員の間で発生していることなのですが、意外に、日本語会話能力が高い中国人社員であっても、この問題が発生してしまう点が悩ましいところなのです。メールやチャットだと、非同期な会話なので、返事をするとき、よく考えて推敲し、テンプレートにつけた枕言葉(申し訳ありませんが、まことにすみません)を使い、場合によっては、私などが文言をレビューしてから送信することで回避できていたやりとりも、直接的な会話が増えだしたことで、摩擦も増加。「そういう場合は、取りあえず「すみません」と言っておけばいいんだよ」と言うのですが、日本語能力が達者な社員ほど、言い訳してくるので困りものです。会話の技術として「すみません」というレトリックがある、ということがなかなか理解できないようで、どうしてもああだこうだと際限なく言い訳が続く。やめないのも彼らの特徴のひとつです。「すみません」と言ってしまうと非を認めることになると思っている人達ですから、なかなか難しいものがあります。ここで書いてきたような話もしているのですが、おそらくは、ここで記載している内容が直感的に理解できるのは、はやりそれは日本人だからであって、具体例を示さないと、なかなか納得させることは難しいのです。

 というわけで、「花より男子」を見ながら、「この、すみません、の場面は、具体例に使えないだろうか」、などとまじめに考えてしまったというわけなのでした。
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by zae06141 | 2008-04-14 23:23 | 雑記 | Comments(0)

デバッグ替え歌

 先週末は20年近く前の流行歌を聞いてすごしましたが、コンピュータのテストの話で思い出したことがあります。新卒当時プログラマーをしていました。プログラムがひととおり完成すると、テストを行うのですが、色々画面の動作をテストしてみると、色々と不具合が出るのが普通です。こうした不具合をBug(バグ)といいます。Bugを解決するために、プログラムを修正することを、デバッグというのですが、ひとつ潰すと、潰したBugのために見つからなかったbugがあらたに発覚したりして(こういうbugを潜在bugといいます)なかなかバグが収束しないこと普通です。で、デバッグしながら流行歌が思わず口をついて出たものです。

たとえばこんな感じ。なかなかbugが消えないとき。

井上陽水の「恋の予感」で

「なぜ、なぜ あなーたは、きれーいになら ないの(この場合のあなたとはプログラムのこと。きれいにならないとは、バグが無くならない、ということ) アプーリが だんーだん 汚ーなく なるーばーかーりー。今日も 残業 あしーたは 土曜日だけどー 出社の よかーんが ただー駆け抜けるだーけー」

悩んだバグがやっと発見されたとき。ユーミンの「anniversary」で

「なぜこんなこと きづかないでいたの。探し続けたbugがここにあるの。仕様書とダンプリストの中で 音をあーげたー私のひとみに飛び込んで来た。最後のコーンパーイル。お願いとおおってよ。ありふれたバグでも 私には記念虫(Bugは害虫の意味があるので)」

仕様書とダンプリストから後ろの部分は、そのときどきによって適当に変えていたので、いくつものバリエーションがありましが。「コーヒーとライスカレーの後で、見直ーすと、なぜかすぐに わかあちゃあたよ」とか。2番の「いまはわかるの 苦い日々の意味も」なども、全部直ってテスト終了時によく出てきたものです。

続いてなかなかバグがわからなくて、「恋の予感」に飽きたとき。オフコースの「夏の終わり」で、

「bugはbugに囲まれて どれが元かはわからない あの頃のコードが今では 素敵に見える」
(あの頃のコードとは、一番ちゃんと動いていたときのプログラムのこと。デバッグすればする程品質が落ちている時にこれを歌う)

やけになって帰るとき。これもオフコースの「さよなら」で。

「もう終わりだね。今日は無駄だったよね  僕は思わず君を破り捨てたくなーる(この場合の君とはプログラムのこと)」「私は帰るから このままひとりにして 明日になれば きっとー わかるかも知れない」 こちらは 「納期は、せまってる」とかではじめる2番もありました。

このような日々が毎日続くと、そのうちバービーボーイズの「いったいなんだったんだ 7days」が出てくるようになります。

「いったいなんだったんだ 7days debugばかりの毎日」とか、
「いったいなんだったんだ 7days 外にも出ない毎日」 とか。こういう状況がいつまでも続くと、
「いったいなんだったんだ 7months 仕事ばかりの毎日」とかになります。

あと、細かい内容は忘れてしまいましたが、大黒摩季の「夏が来る」を適当にアレンジし、仕事のピークを乗り切っていました。

 このような仕事上の替え歌は、IT業界に限らず、どこの業界でもあるものと思いますが、思い出したついでに紹介してみました。こういう替え歌を歌っていたのは、プログラムの製作とテストをしている時だけ、ほぼ20代のうちに集中していて、それ以外では、あまり記憶がありません。昔見た米国のテレビドラマ「アリーマイラブ」でも、精神的に行き詰ったら、生活に音楽を取り入れようというカウンセラーのアドバイスがあり、主人公がそれを実践していましたが、ここ5,6年、そういうことから遠ざかってしまった気もします。生活にリズムを作るために、BGMを取り入れ続けるようにしたいものです。
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by zae06141 | 2008-04-07 23:59 | 雑記 | Comments(0)

「反転」(2)

 前回父親の事に少し言及してしまいましたが、この機会にもう少し歴史とからめた、時代認識の話を記載してみたいと思います。私の父は、山脈の間の谷あいにある農家に育ち、終戦近く三重県の予科練航空隊に入隊し、終戦は厚木基地で迎えたそうです。予科練に居たといっても、畑を耕しながら、田舎の谷を飛ぶ訓練機にロマンを感じ、パイロットになりたくて航空隊に参加しただけ。父の田舎では、空襲も無く、戦争に関係なく、貧しい生活だったため、父の話昔からは、戦争の悲惨さや苦痛についての話が出たことがありません。父の昔話は、貧乏だったけど、田舎生活への郷愁なのです。なので、60近くになって、人生が落ち着いて(?)きてから、予科練の同期会に出席したり、そこでもらってきたゼロ戦の写真を額に入れて居間に飾ったり、私が読んでいた松本零士のドイツと日本の大戦中の漫画を、いつの間にか、全巻揃えてしまったりと、リベラルだった父がどうしてしまったのだろう、と家族の眉を顰めさせたこともありましたが、結局なんのことはなく、単に「ひこーき」が好きだっただけなのでした。

 こんな父なので、、数年前から、自分の少年の頃何が起こっていたかを、歴史の本(孫文とか司馬遼とか満州事変とか)で学びはじめ、「そーいうことだったのか。やっとわかったよ」などといっているのです。

 これに対して母親の話はもっと凄絶です。母の実家は山梨県の甲府の町の中心地にあったため、毎晩のように空襲に襲われたそうです。空襲の銃弾が、家の壁を突き抜けて、隣の家で寝ていた少年の心臓に命中した話、焼夷弾の降る中、夜中畑を逃げ惑った話、爆撃機が富士山を目印にして空襲に来るので、ずっと富士山が憎かった。悪魔の山だと思っていた、という話など、なぜか子供の頃よく聞かされたものです。現在の両親の家は米軍基地の近くにあるため、米軍機の爆音を聞くたびに、「B29」を思い出す、といっては耳を塞いでいました(現在では、騒音訴訟などを経て、沈静化しています)。こういう体験をしている母でも、戦後ハリウッド映画にはまり、すっかりアメリカナイズされてしまい、何度か旅行もしたりしていて、メディアの力はすごいものだと思いました。父はあまり自分の事や昔のことは語らなかったため(というか退職するまで仕事人間だったため、あまり会った事が無かったので)、私はずっと、両親とも戦争認識は共通しているのだと思い込んでいました。父から戦争の記憶を聞いたのは、この10年内のことです。それで、初めて、戦争という強烈な時代を体験していても、全く異なる世界認識にある人がいる、ということを身近に認識することになりました。

 実は、「反転」を読みながら、父親だけではなく、父の兄にあたる、伯父の事も思い出していました。

 父方の一族にあっては、伯父は例外的に出世した方で、官庁の次長を勤めた人です(とはいえ出世競争に敗れたので次長で終わっているわけですが)。この人が、敗れた恨みもあってか、余力を残して退職したこともあってか、引退後、自伝つくりに励み始め、恨みがあってのことなので当然でしょうが、実名が、有名政治家含めて多数登場する自伝となっていて、この辺が、「反転」を読んでいて、伯父の自伝を思い出した所以です。伯父の自伝は自費出版に過ぎず、部数も限られているため、影響力はまったくかったのだとは思いますが、身内の身びいきということもあるとはいえ、面白く、分厚い割りには、するする読めてしまいました。とはいえ、戦前から書き起こされているとはいえ、伯父の場合、貧農では養いきれなかったことと秀才だったことで、少年の頃養子に出されたため、、田中氏や父と異なり、酷く苦労した少青年時代を過ごしたわけでもないので(そこそこ苦労したとは思いますが)、この点については、「反転」とは異なるのですが、役所に入ってからは、同じ官庁ということもあり、田中氏との共通点が多く見られます。なかでも興味を引かれたのが、こういう人たち(官僚とか政治家)とは、国家を、自営商店のように扱っているかのような思考です。

 制度や法律を、学生サークルのルールを作るがごとく、認識しているようなのです。否定的にとれば、国を私物化している、と批判されてるようなことではありますが、ここではそういう意味ではなく、ある種スケールの大きさといったようなものを感じた記憶があります。前回「キャリアと叩き上げ」という観点で記載した、キャリアも叩き上げも組織を巡ってへとへとになっているような気配は微塵もなく、出世に汲々とした連中とは別次元の、はるか高みで、ゆうゆうと好きなこと(ちょっと言い過ぎかも知れませんが)をやっている、という印象なのです。なぜかと考えてみるに、性格というよりも、役人としての世代的な要素が強いのではないか、と思いました。伯父の場合、昭和のはじめの生まれですから、戦後日本の成長とともに生きた父や田中氏より少し先、戦後日本の成長を用意した方の世代に属すように思えます。自伝を読んでいると、気に入らなかった上役世代が、戦後の混乱期に地位を失い、新興勢力として伯父の世代が力を握ってゆく様に思える描写が、ところどころ登場しています。つまりは、「反転」で描かれるところの、既に権力を持っている世代の側に、伯父は属していたのではないかと思うのです。こういう人たちにとって、組織は戦うものではなく、最初から、自分達に都合のよいように、コントロールするものなのです。とはいえ、彼らに圧倒されるのは、公益や国益という成果を出しながら、私欲や権力争いをやっている点です。こんなことを書いていると、憤慨したり、こんなことをだらだら書き連ねている私に呆れたりされそうな気もしてきますが、こうした現象は、創生世代、第2世代というような、史上の政権や、現代の政府や企業であっても、比較的普遍に見られる現象のひとつであり、この意味で、「反転」も伯父の自伝も、戦後の日本という、勃興する組織を巡る世界、及び戦後の歴史を描いているのだ、と、改めて思ってのでした。

 ところで、「反転」では、大阪と東京の違い、という切り口で語られている部分がありました。田中氏は、東京は首都がある為、政治的なのかも知れない、と記載していましたが、中国でも、北京と上海の相違は、同じようなものなのではないか、と思ったことがあります。新卒の頃、同じ職場に、北京大学出身のAさんという方と、上海出身のBさんという方がいたのですが、このお二方の性格は、かなり異なっていました。単なる性格だけなのか、育った世界の相違なのかはわかりませんが、際立った相違を感じたことが何度かあります。

 例えば、天安門事件のおり、当時夜中に生中継放送がされて、Aさんは、毎晩殆ど徹夜で放送を見ていたそうです。事件の前後、われわれと飲みにいくことなどなかったのですが、Bさんは、事件の期間も、一緒に飲みにいって、くだらない話に興じていました。また、別の時期に、少人数で飲みにいった時、一人が、タイのプーケットでドラッグをやってきた話をしたところ、Aさんは、突然立ち上がって帰ってしまいました。こんな風な、生真面目さが、Aさんにはありました。

 当時は、バブル時代で、人出不足であったため、コンピュータシステムの開発の場には、多数の中国人が来て作業をしていたのですが、他の中国の人に、Bさんは、直ぐに上海人だとばれてしまうのです。Bさん曰く、「一度も上海語を聞いたことが無い人にもわかってしまうのには、理由がありますよ。上海は商人の町なので、言葉が汚い。だから、直ぐわかる*1」などといっていました。冗談ばかり口にする人なので、本当かどうかはわからないのですが、これ以来、こうしたくだけた気質と、生真面目さ、商業と政治というキーワードが、北京と上海、東京と大阪それぞれに当てはまるようなイメージを抱くようになってしまいました。

 このAさんとBさんというと、もう一つ印象に残っている場面があります。
 ある日、廊下で会話をしている2人の横を通過したところ、はたと気付いて振り向くと、2人が日本語で会話していました。日本人がいないところでなぜ日本語!?と聞いたところ、「上海人は、北京語を理解できるが、話せない、北京の人は、上海語を理解できない。だから日本語の方がよく通じるんですよ」とのこと。 今の私の職場の皆は、一人を除いて全員華中華南の出身であり、非日常語として北京語(普通語)を学習しているため、相互の会話は、普通語を利用しているので問題ないようなのです。

 ですが、彼らの中国語の会話を聞いていると、ところどこで日本語がでてしまうのが面白いですね。私も実は、いまだに、とっさに出てしまうブルガリア語というのがあります。そっちの方が単語的に短いため便利だったり、日本語で回りくどい言い回しになる微妙なニュアンスを、端的に表現できたりすることがあるからなのです。なぜか英語はそうならないのですが、英語は、生活言語として使ったことがないからかも知れません。

 私も、中国滞在しているうちに、広東語と普通語や、他の地方語を聞き分けられるくらいには、中国語を上達させたいものです。

*1 商人の言葉=汚いというのは、あくまで会話で出てきた内容であって、私がここで、そのように決め付けているわけではありません。商業関係者の方が気を悪くされないことを願います。
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by zae06141 | 2007-10-31 01:41 | 雑記 | Comments(0)