古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
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「中国農民調査」と「万暦十五年」

このところ、週末になると風邪を引いています。気温的にはそれ程寒くはない筈なのですが、体感的には結構寒く感じられ、装備もそれ程対寒用となっていないこともあり、うっかりしていると直ぐに鼻風邪となってしまっています。風邪を引く度に体重が減っているような気がしていたのですが、食事を抜いているわけではないとはいえ、食べる量は減っているので、どこかで栄養不足になってしまい風邪を引きやすくなっているのかも。

 週末寝込んでいることが多いので、結構本が読めました。
20年前に購入した「万暦15年」が、20年がかりでやっとだいたいよみ終わって来ました。この本、amazonで見ると、中古が23000円もするんですね。

 中国では話題の書籍なようで、何種類か翻訳が出ていて、最近も新装版が出ていました。最近は、通史や概説よりも、比較的短い時代を深く描いた歴史本を読むのが好きになってきています。ただし細か過ぎて退屈なところもあるので、今までなかなか読み進められなかったのですが、あちこち旅行をしているうちに登場する地名に親しくなり、またその地域のイメージが沸きやすくなったことで、単調に思えた各地のイメージが頭に入りやすくなったことも、今になって読めるようになった理由なのではないかと思います。

 それにしても、著者の黄仁宇氏がこれを書いたのは1981年のことで、当時の中国は、文化大革命とその後の混乱(四人組裁判)が終わったばかり。地方官僚の腐敗や官僚組織の問題が今ほど騒がれてはいなかったように理解しています。その当時の著作でありながら、現在の中国政府の問題を指弾するかのような印象を与える内容となっています。つまり、官僚支配の問題は、今にはじまったことではなく、数百年前から今も続いていてる中国社会の本質なのではないかとさえ思えてきて、なんとも気が滅入ってきてしまいました。中国で再販を重ねているのは、現在の状況とつながる部分が多いからなのではないかと思います。

 最近の日本で出版されている世界史関係の一般書は、既に過去の蓄積も多く、概説書や一人の人物に焦点をあてた人物伝は十分な感じです。一方本書のような、一時期の社会を総合的に描こうとする書籍が多いかというと、意外に思い当たりません。今後は、専門書と概説書の間を埋める、本書のような書籍が増えてもよいのではないでしょうか。時代の空気がよく伝わってくる書籍でした。

 「中国農民調査」をよみ終わったところ、「万暦十五年」、明代末期と現代の中国への共通点を感じました。「万暦十五年」は日本での出版は1981年ですから、購入してからずいぶん長くかかりました。購入当時は退屈と思えたことも、色々知識がついて来たことで、だいぶ頭に入りやすくなってきました。というよりも、明代社会の状況が現在の中国とあまり変わらないため、わかりやすかったということかも知れません。英語版での最初の出版が1981年とのことですから、著者が研究内容を蓄積してきた50年代から70年代の中国と、30年後の現在もあまり変わらないということから、本著作は中国の本質に迫るものと言えるのかも知れません。

-中央執行部は、全体として倫理道徳に基づいた行政命令を出すが、他の制度との整合性など、全体を包括して検討したものではない為、末端社会に矛盾がしわ寄せされる。
-改善を目的とした善意の行政命令は、現場での適用・運用を考慮した財政上の考慮が無いので、必要な額を現場で徴収することになり、結局全部農民への費用徴収となり、搾取と言われるようになる。
-役人は比較的薄給であることから、地方赴任時に搾取を行うようになる。
-文官・武官の人生は弾劾に満ちていて、善意の役人もその人生を全うできない。
-法治よりも倫理道徳中心の統治。行政命令は、法律の整合性と無関係に乱発される。
-一部地域で試行し、成功すると、各地への適用について個別に検討しないまま、一気に全国展開する。結果、無理な適用を招く。
-秩序維持を目的とした言論統制

 このような近世中国社会の本質に迫る事象が多く記載されていることが、現在の中国で何度も再販・新装版が出ている背景なのかも知れません。胡錦濤、温家宝など、テクノクラート出身の清廉な指導部による国家運営や、経済力向上がもたらす生活向上が、やがては社会改善に結びつくと漠然と考えておりましたが、より中国社会の本質に問題の根本があるように思えるようになり、簡単ではないように考えるようになりつつあります。民主化や自由化を急激に行っても、思うような方向に進まず結局伝統的中国社会秩序に頼ることで秩序を維持することになる。現在の中国の問題を共産党とその政策だけに帰して改革を促すのが政治学の役割だとすれば、伝統社会に根ざす現象や問題を浮かび上がらせ解決を図ることが、歴史学や社会学のの役割と言えるのではないでしょうか。

 欧州世界制覇以後の世界は、外部からの影響と、内部からの伝統の元に成立している部分が合わさって構成されていて、日本も同様です。ドラマ「ハゲタカ」に描かれた日本的家族主義経営は、徳川時代の大名社会に根付くものだとも見ることができます。藩主=社長、家老=取締役、家臣=ホワイトカラー、農民=工業労働者 という図式です。

 共産党支配が倒れても、現在共産党に帰せられている多くの問題は、解決しないのではないかと思います。恐らく、共産党ではなく、より伝統中国の問題だということが判明するだけに終わり、回帰する伝統的中国の体制とは、自由主義陣営から見れば、共産党体制とあまり変わらないものに映るのではないかと危惧しています。ロシアは既にそのようになりつつあるように見えます。

 中国は広大過ぎ、これだけの多様な地域を、中央の指令が統一運用することだけでも時間と試行錯誤がかかる。少し前までは、欧州のように、地域レベルの政権が、その政権内だけで解決するようにしてゆけば、農村や都市部の格差は国家間の話となり、今とは違った問題の見え方となるのではないかと思っていました。西欧と東欧のように。しかし、何度分裂しても、皇帝のもとに統合されてしまう。中国がEUのような緩やかな連合となることは、歴史を見てもも難しく思え、巨大な統合への志向を2000年来にわたって維持し続けてきたことこそが、中国の一番の不幸なのではないかとさえ思えてくるのでした。
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by zae06141 | 2008-12-14 19:21 | その他歴史関係 | Comments(0)
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