古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
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中国歴史地図帳「看 版図 学 中国歴史」

 中国歴史地図帳というと、以前こちらでご紹介した、毛沢東の命で作られた中国地図出版社の「中国歴史地図集(リンク先で全頁見れます*2010年3月11日最新リンク先に修正)がまず挙げられます。値段も高額で現在482元(約7800円)ですが、各時代が、ほぼ省単位で見ることができ、非常に詳細です。ネット上のあちこちに転載されていて、こちらのサイトには、各時代の領域図が、一括して掲載されています。このように、詳細地図はネット上で見れるとはいえ、日本の、帝国書院や山川出版社などから出ている、世界史歴史地図帳に相当する地図は、これまで出版されたことが無かったようです。また、各王朝ごとの地域は詳細なのですが、隋以前の時代は、基本的に各王朝について1時点の地図だけ。このあたりが物足りない点でした。

 ところが、遂に中国でも、日本の高校生用歴史地図帳のような、横綴じ地図帳が5月に出版されました。それが、この、「看 版図 学 中国歴史」(星球地図出版社)です。下記のような表紙。A4横サイズなので、日本の高校生用地図帳(A5横)より一回り大きいサイズ。

a0094433_0435776.jpg


 さて、この地図帳ですが、いくつか驚かされる点がありました。

 まず、第1章は、石器時代の遺跡分布となっているのですが、第2章。イキナリ 「黄帝及び尭舜禹時代」となっていて、炎帝族と黄帝族の根拠地が●で記入されているのです(「帝王世紀」という書物に記載、とある)。で、春秋戦国時代の文献によると、と解説があるとはいえ、炎帝族と黄帝族の連合軍が、、東夷族の首領である蚩尤を破った涿鹿の野の戦いの場所も、今の北京付近に記載されているのです。

 これはすごい!

 同地図には、少皡、帝嚳、尭、舜、顓頊の都も記載されています。

 こういう次第なので、当然ながら、第3章の夏では、「竹書紀年」記載の夏王朝の9個の各都と周辺民族が記入されているのでした。現在も、貴州・湖南省に住むミャオ族の祖先の三苗は、この時代から湖北あたりにいたんですね。。。
 このあたり以降は、まともになります。これ以前もまともでないとは言えませんが。。。黄帝や炎帝がなんらかの史実を反映している可能性はあるわけですし、殷初期の都と夏王朝最後の都と想定される遺跡も発見されていることから、どこまでが史実かという境目に腺を引きにくいことは確かなので、立場によっては、このような記載にならざるを得ない部分もあるのでしょうね。

 次にこの地図の特色と言えるのは、統一直後、前220年時の秦の領域図がある点でしょう。こちらに掲載している、漢文帝時代の領域とほぼ同じ領域となっています。更に、漢代についても、武帝以前の領域図が掲載されています。それによると、上記地図とは異なっていて、雲南や貴州省あたりも漢の領土となっています。漢代の地図解説の頁には、ローマ帝国の地図も1枚だけ掲載されていて、漢と比較されています。これは嬉しい限り。というか、アメリカをライバル視している現代中国としては、古代ローマと古代秦漢は、並べて置かないと気がすまないのでしょうね。私のサイトがそもそもそうなので、あまり非難はできないのですが、秦の軍隊とローマ軍団を比較する書籍も出版されていたりして、結構意識している感じ。2000年以降、経済的、資源的、人的、環境的と、様々な意味で世界の脅威になるまでに復活してきてしまっているので、もう私のサイトのように、ローマと並べてアピールする必要は無くなってきているように思います。

 魏晋南北朝時代は、327年、382年、409年、449年、546年、572年となっていて、大体中国歴史地図集と同じ感じ。唐については、3枚しかない歴史地図集よりも詳しく、李世民の時代、669年、741年、820年、874年と5枚。日本の地図帳では、高宗時代に吐蕃を唐の勢力圏に含める図があったりしますが、「歴史地図集」も」こちらの5枚も一貫して「領域外」となっています(反面元代以降は一貫して中国領土となっていて、本土だけの明代地図を見慣れている日本人には、違和感があります)。
 唐代の地図には、イスラーム帝国の地図も併設されています。どうやらこの時代のライバルとして、イスラム帝国を意識しているようですね。

 五代は中原5王朝が載せられていて、これも珍しいと思います。その代わり「歴史地図帳」で色分けされて載せられている大理や南詔は地名の文字だけ。西夏は色分けされているので、どういう基準なのかいまひとつ判然としません。細かく読めば、解説に書いてあるのかも知れませんが。。。。

 ところで、遼代以降は、樺太も中華王朝領となっているんですよね。実際、金代とか、軍隊が樺太に進駐したという記録や駐屯地の遺跡もあるらしいので、まぁいいのかな。このあと、殆ど領域が変わっていないのに、1142年、1208年、1231年と金と南宋が3枚続く。元代以降は、チベットは一貫して中国領土。永楽帝の時代に明朝に服属した時の条約書が残っていて、その証文がこちらで出版されているチベットを扱った書籍や、テレビのニュースででてきたりするので、政治・アカデミズムの世界一丸となって、チベット領土公式領有の開始を印象づけようとしているようです。比較の対象が少しずれてはいますが、尖閣諸島で領海侵犯した台湾の漁船が沈没した事件について、 こちらの6月18日付読売新聞の社説では、「そもそも尖閣諸島は、町村官房長官が改めて表明したように、「わが国固有の領土であることは論をまたず、歴史的にも国際法上も極めて自明のこと」だ」 などと掲載されていて、この記事はちょっとどうかなぁ。。。自分の国の政治家が「「わが国固有の領土」といったから、そうなんだ」という文章は、いかがなものかと思うのですが。。。。せめて町村長官が引用した国際法に照らした根拠を記載するべきなんじゃないの。これじゃあ「わが社の製品は他社製品より優れています」と売り込む商業活動となんら変わりはない。「証文」とやらを持ち出して(しかも実物写真)国民を洗脳(説得)しようとする中国政府の方がなんぼかマシな気が。。。まぁ中国政府も、人民日報の社説などでは、18日読売社説と同じような、「政府が言ってるからそうなの」みたいな記事が多いのかも知れないが、大新聞の社説なんだから、もう少しスキの無い文章にして欲しかった。

 話が脱線しましたが、明代地図のところで併載されている他国は、モスクワ公国。しかもイヴァン3世とヴァシリー時代。チムール帝国でも17世紀ロシア帝国でもなかったのでした。その後は他の国の地図は登場することなく、ロシアに沿海州を奪われた時点で、樺太が国外領土になっています。

 なかなかに、見ごたえがある、突っ込みどころの多い(多分)はじめての「横綴じ型簡易版歴史地図帳」でした。38元(550円くらい)の価値は十分あると思います。
 
 ところで、最近中国歴史地図で検索すると、「世界地図で見る世界史」サイトが一番最初にヒットします。紀元151年から840年まで1年刻みで、中国歴史地図が作成されており、中国歴史地図についてはホント書籍はあまり必要としない時代になってきたものと思います。
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by zae06141 | 2008-06-28 02:22 | その他歴史関係 | Comments(0)
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