古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
by Solaris1
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○○朝という表現について

 セルジューク朝とかサーマン朝とかブワイフ朝とかガズニー朝とかサファビー朝とか、この ○○朝という言葉のニュアンスがどうしてもよくわからなかったのですが、最近やっとなんとなく納得できる理屈を見つけました。こんなこと私だけが知らなかっただけなのだろうけど。。。日本史でも武田家とか今川家とか上杉家とかの戦国大名は基本的には「甲斐」とか「駿河」とか「越後」とかの国とイコールなのでしょうが、元々の国を越えて勢力を及ぼすことになると、「武田方」とか「上杉方」というようになり、特に国名があるわけでもなさそうです。きっとイスラム諸王朝もきっとこれと同じなのでしょうね。子供の頃は「セルジューク王家のトルコ王国」でないのが不思議 どうしても 「セルジューク朝」というものの 国家としての実態や、当時の人々になんと呼ばれていたのかが イメージできなかったのですが、日本の戦国大名のようなものだと思うにいたり、やっと理解できるようになりました。
 戦国大名が守護とか守護代という資格で実際は独立国家であったように、イスラーム勢力もアミールとかスルタンとかの称号で支配したということなのでしょうね。
 私は長らく、パルティアの国家名が分からないのが不満でしたが(ササン朝は「エーラーンが国名」で王家の名称と国名はちゃんと分けて認識されていたようです)、「アルシャック」は「武田家」みたいな感覚で用いられていた言葉だと思うと理解できます。しかしそう考えると、「武田家」というのも 武田朝 と言っていいと思うし、足利家や徳川家も徳川朝と言ってもいいように思えます。
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by zae06141 | 2006-10-01 16:15 | その他歴史関係 | Comments(0)
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