古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
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『世界子どもの歴史 10 アジア』の概要と目次

 今回は『世界子どもの歴史 10 アジア』(1985年/第一法規)の目次と紹介です。結論から書きますと、この本をお読みになろうかと思った方は、まず著者各々が記載しているあとがきをご覧になるとよいかと思います。正直、趣旨がわかっていないと、全体のバランスに戸惑い、読みにくいところがあります。





目次----------
インドの子ども(長柄行光・我妻和男)
I.古代インドに見る子ども(3)
1.社会と家庭のなかの子ども(4)
2.子どもの儀礼と俗信(22)
3.教育と学生生活(41)
4.子どもの遊び(68)
II.近代インドと子ども(77)
1.序ー近代の息吹ー(78)
2.十八世紀後半からの社会的変化ールネッサンスの目覚めー(80)
3.十八世紀後半から現在までの、子どもをめぐる社会的変化(86)
4.困難な状況(94)
5.大地のなかの子どもたち(99)
6.家庭のなかの子どもたち(103)
7.インドの子どものスポーツと遊び(106)

タイの子ども(権藤与志夫・小野沢正喜)
I.伝統的タイ社会の子ども(119)
1.「ピーの子」から「人の子」へー土着的信仰体系のなかの「子ども」観―(120)
2.黄衣の国の子どもたちー仏教的世界観のなかの「子ども」観―(128)
3.伝統的な育児としつけ(141)
II.近代タイ社会と子どもたち(161)
1.近代的教育制度の確立と子どもたち(162)
2.近代的学校教育にみられる伝統と近代(166)

朝鮮半島の子ども(渡部学)
はじめに(177)
I.近世以前の子ども(181)
1.新羅時代の子ども(182)
2.高麗時代の子ども(186)
3.朝鮮流「考感伝」のなかの子ども(192)
II.近世の子ども(293)
1.朝鮮時代の子ども(204)
2.成長暦と子どもの生活(220)
III.近代の子ども(231)
1.「アヘ(児孩)」から「オリニ」へ(232)
2.方定煥とオリニ運動(234)
あとがき
参考文献
『世界子どもの歴史』発刊にあたって
-----------------------------

目次だけ眺めると興味深い内容ですが、全体的にいまいちでした。インドのパートは正直読むのが苦痛でした。当時はまだ研究が進んでいない、あるいは日本側研究者が学習過程であったということだと思うので仕方がないとは思うのですが、、、朝鮮のパートは比較的時代ごとの子供の様相を追いかけていて、子供の歴史となっている印象がありました。本巻の中では一番読みやすいパートでした。

(1)インド

古代インドのパートはほぼマヌの法典とヴェーダからの話です。冒頭子どもの定義からはじまり、出産、幼年-少年少女-青年期などの通過儀礼や教育について68頁まで延々と語られていますが、ヴェーダ時代は長期にわたり、紹介される内容も非常に抽象的です。確かにインドはあまり変化のない社会習俗が長期にわたって続いたのかも知れませんが、マヌの法典やヴェーダは理想の状況を語っているだけなので、時代性や地域性が感じられず、正直退屈です。古代の文学作品や考古学遺物、仏教文献などをもっと活用できなかったのだろうか、と残念です。

中世の教育にいたっては、中世の小説ダンディン『十王子物語』の、学問ジャンルに関して述べてある数行が引用されているだけで、その後は18世紀後半飛んでしまいます。これならマヌの法典を直接読んだ方がましだとさえ思える印象を受けました。

ただし、68-76頁で扱われた古代の子どもの遊び(サイコロ遊び、チェス、ブランコ遊び、一種のしりとりなど)の部分は面白く読め、参考になりました。

退屈な古代中世で、と比べると、近代インドのパートは、サティーの習慣など、前近代的で悲惨な状況におかれたインドの子どもに架された習慣などが記載され、あとは子どもに関する学校や法制度の整備と実施状況の話です。この部分は退屈せずに読めましたが、普通に近代インドの概説書を読んでいても出てきそうな内容です。

これに対して、最後のスポーツの章は参考になりました。カバディのルールがコートの図面とともに詳述され、こんなところでカバディのルールを知ることになるとは愉しい想定外でした。

インドのパートは端的には、古代はヴェーダとマヌの法典、あとは近代からながめる中世的因習としてのインド社会、という、古代が近代に直結しているという古いインド関連書籍にありがちな内容でした。古代の遊びと近代のスポーツの章以外は他書で代替できそうな内容です。

(2)タイ

タイの古代や中世については、インド以上に史料がないのか、あるいは研究が進んでいないのか、基本的に現代の民俗風物誌の紹介の中に、古代中世に遡りそうな伝統的習慣が挿入されている、という内容です。歴史の本というより、明石書店のエリアスタディーズのような感じの内容です。第二章で近代教育制度導入などの歴史が記載されていますが15頁程度と少なく、第一章の(現代に残る)伝統的習慣が約40頁というところが、タイの章の特徴を表しているといえそうです。

(3)朝鮮

朝鮮の章はインドやタイの章よりまだましですが、史料的制約からか、研究の進展度なのか、古代は史料の片隅にわずかに残るかけらのようなものから、子どもの状況を類推する程度、中世は、史書に残る数名の人物の幼年時代の紹介や、道徳書に残るエピソードの紹介という程度。朝鮮時代は、中国の科挙に相当する高等官吏試験と儒教系の地域の学校の話、最後に近代教育制度の歴史について。さわりくらいしかわかりませんが、朝鮮史上の教育や児童に関する入門書の短縮版的に捉えれば、有用かも知れません。

(4)全体として

この本をお読みになろうかと思った方は、まず著者各々が記載しているあとがきをご覧になるとよいかと思います。長柄氏は古代専門、我妻氏は近代インドがご専門とのことなので、この構成は納得できるのですが、古代インドのパートをご担当された長柄氏自ら「一部突出した面だけを扱うことで終わったかと反省している」と記載されているように、まさにその通り、ほぼヴェーダとマヌの法典にみる出産や児童の通過儀礼・教育で、やはり突出しすぎである気がします。古代インドではどのような史料があって、そのうち子供に関する記載があるのはどの史料で、史料がない時代や地域はどれどれで、それら聖典の記載内容と現実にあったであろう具体例の相違、という具合に全体を俯瞰しつつ詳細に入ってくれれば助かるのですが、延々とヴェーダとマヌ法典記載の「あるべき姿」の記載が続くので辟易しました。

タイのあとがきでは、「当初、極力タイの子どもが経験した歴史を編年的に整理するよう努めた。しかし、いざ筆をとって書き始めてみると、まず過去に確立した伝統文化を、過去形で述べるべきなのか、現在形をつかうべきなのか迷わされた。それ程に、タイ社会では過去に行なわれた儀式や制度が、現在にも生き続けているのである」と述べていて、編年体で述べることをやめ、現在の伝統文化を中心に記載した、ということがわかります。

(5)イスラムに関して

本書は『アジア編』とありますが、イスラム圏は入っていません。イスラムに関しては、『世界子どもの歴史 3 中世(1984年)』の巻に、「アラブ」との章題で2-30頁ほど記載があります。内容はほぼ『アラビアンナイト』に登場する子どもの話で、ほとんど何も参考になりませんでした。イスラムがこのような扱いにしかならないところに時代を感じさせられるものがありました。

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by zae06141 | 2017-06-10 00:24 | その他歴史関係 | Comments(0)
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