古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
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歴史学方法論書籍:新版岩波講座世界歴史 第一巻『世界史へのアプローチ』

 第1巻は世界史の方法論を扱った書籍です。出版年である1998年当時の世界史史学の最新の方法論や問題意識が列挙されているといっていい書籍となっています。既に出版から18年たっているので、現在の歴史学の最新状況ではないとはいえ、本巻は、1990年代中盤の日本における世界史史学会の方法論や問題意識を知る歴史資料として捉えれば、今もって有用な書籍といえそうです。目次は以下の通りです。

   時代区分論 岸本美緒                   15
   地域区分論 -つくられる地域、こわされる値域 古田元夫 37
   世界史と日本史の可能性 -近代日本人の見た歴史のリアリティ 山内昌之 55
   社会史の視野 福井憲彦                 85
   自然環境と歴史学 -トータル・ヒストリを求めて 川北稔 109   
   ソーシャル・サイエンス・ヒストリィと歴史人口学 斎藤修 133
   ジェンダーとセクシュアリティ 本村凌二         159
   歴史の叙法 -過去と現在の接点- 鶴間和幸         187   
   史料とはなにか 杉山正明                 211
   コンピュータと歴史家 斎藤修               243
   歴史の知とアイデンティティ 樺山紘一           265

著者の専門分野を踏まえて内容・特徴を記載すると以下の通りです。




===============================================

枠組みについて
   時代区分論 (岸本美緒)ー戦後中国史学における発展段階史観論争の不毛
   地域区分論 (古田元夫)
     -戦後「東南アジア史」の誕生を例に西洋/中国/日本史区分の解体
   世界史と日本史の可能性 (山内昌之) 西洋中心史観の脱却

アナール派とその後の社会科学からの影響
   社会史の視野 (福井憲彦) アナール派の本質に関する概説
   自然環境と歴史学 (川北稔)総合学としての歴史学とグローバル・ヒストリー
   ソーシャル・サイエンス・ヒストリィと歴史人口学 (斎藤修)数量統計史
   ジェンダーとセクシュアリティ(本村凌二) 後述
   歴史の知とアイデンティティ (樺山紘一)史学における客観/主観/構造問題

史料とその加工方法
   歴史の叙法 (鶴間和幸) 歴史叙述とは
   史料とはなにか (杉山正明)   後述             
   コンピュータと歴史家 (斎藤修) 当時の史学におけるIT利用最前線
===============================================

 このうち、以下の4編の論説は、歴史学の方法論を端的に論じたものとして今もって有用なのではないかと思います。これから歴史学を学ぶ人は、現在書店に並んでいる世界史関連書籍のテーマがどうしてこのようになっているのか、などの理由がわかるのではないかと思います。

  社会史の視野 (福井憲彦)アナール派の本質に関する概説
  自然環境と歴史学 (川北稔)総合学としての歴史学とグローバル・ヒストリー
  ソーシャル・サイエンス・ヒストリィと歴史人口学 (斎藤修)数量統計史
  史料とはなにか (杉山正明)  
    
以下の3編は、問題設定の重要さは現在でも変わらないものの、内容がいまいちな論説です。

   ジェンダーとセクシュアリティ(本村凌二) 
   歴史の叙法 (鶴間和幸) 歴史の叙述について
   歴史の知とアイデンティティ (樺山紘一)史学における客観/主観/構造問題

ジェンダーの問題は重要なテーマなので、研究史と研究最前線を論じて欲しかったところですが、本村氏の章は、古代ギリシア・ローマのジェンダー論エッセイとなってしまっているのが残念です。これは4巻に入れるか、別途ジェンダーの巻を立てて収録すべき内容でした。1998年は、既に『ローマ人の物語』の影響が無視できない段階に来ていたのだから、本村氏こそ、「歴史の叙法」を担当すれば面白かったのに。 鶴間氏は司馬遼太郎や宮城谷昌光氏の文学作品をあげて歴史叙述を論じていますが、いまひとつ踏み込みが浅い感じです。物語論や言語論的転回、大衆の求める歴史像≒文学である割合も多い、という現状や、歴史学の関連や相違などを論じて欲しかったところです。

 
樺山氏の論説は、テーマがあまりに深すぎて20頁程度の論説では論じ切れないものです。無理をしたため「構造」を客観/主観に対する第三極として持ち出し極度に丸めすぎたという感じです。構造が、ブローデルの長期持続のようにある程度客観的に観測しえるものなのか、レヴィー・ストロース流(特に後期)の学者の主観的産物に近いものなのか、「構造」そのものが、未だ主客論争で論じられるべきものであるのに、ここで第三極持ち出された「構造」は、かつての発展段階論と同じ枠組みに回収されてしまう危うさを感じました(論末の文献案内も不足しています。しかし末尾で論者自身が本論は「ごく総括的な見取り図をえがくことを目標」としていて「機会を改めて細部までふみこんだ議論をこころみたい(p286)」と書いているように、この部分は他著にあたる必要があります。史学理論の本よりは、社会学や人類学、心理学、哲学分野での主要なテーマなので、社会学や人類学の方法論を扱った書籍などがお奨めです。個人的なお薦め書籍はあるものの、現在は他に良い著作があるかも知れません(ちょっと方法論書籍を見直してみて、ポール・ヴェーヌ『歴史をどう書くか―歴史認識論についての試論』を30年ぶりにざっと見直した折Amazonの書評をチェックしたところ、歴史学は科学ではないというような誤解を招きそうなレビューがあったので、時代背景を踏まえたレビューを書きました)。

 戦後の日本の中国/日本史学おける発展段階論論争の不毛ぶりを描いたのが、岸本美緒氏の「時代区分論」です。岸本氏は、『風俗と時代観―明清史論集〈1〉』(研究選書)で、「時代区分論」を大御所の西嶋定生氏に批判され、真っ青になってすくみ上がったという所感を述べていますが、80年代中盤に大学時代をすごした私の所感は岸本氏の記述通りです。岸本氏の記載では、論争は70年代末には収束したとのことですが、私が大学1年生の時受講した東洋史学概論では、その70年代の書籍がテキストとして用いられていて、研究結果を理論の方に合わせようという、初心者目から見ても”プロクルステスの寝台”にしか感じられないものでした。私はこの講義で西洋史の方にいくことを決めました。この論争は、日本の中国史学を20年間ほど停滞させてしまったのではないかと思います。鶴間氏の論考の精彩の無さも、これが基底にあるのではないか、という気がします。全部を読んだわけではありませんが、講談社の新版『中国の歴史』シリーズにいまひとつ、という印象を受け、旧版が今もって入門書としての有用性を失っていないことを考えると、発展段階論論争のダメージは大きかったのだと思わずにはいられません(そもそも、”中国の歴史シリーズ"というものが成り立たなくなる段階に遠からずなる筈です。それは方法論的に先をいっている西洋史において、現在では”ヨーロッパ史シリーズ”が出版されないのと同じ理屈であろうかと思います)。
    
 以下の2編は、今となっては世界史の学習者ではなくても普通に生活していて認識できている内容なので、出版当時の認識を知る、という意味で、資料として有用です。
   地域区分論 (古田元夫)、世界史と日本史の可能性(山内昌之)  
  
「コンピュータと歴史家 」(斎藤修)の章は、当時の史学におけるIT利用最前線を描いていて、これも当時を知る資料として使えます。今後登場する歴史学の方法論著作には、常に最新の歴史学研究におけるIT活用法が掲載されるのではないかと思います。

福井憲彦氏が訳者のひとりとして参加した、エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリの『新しい歴史―歴史人類学への道』の邦訳書の出版は1980年(新版はこちら)のことですが、戦後日本の西欧史学の大家増田四郎氏が『社会史への道』を上梓したのは著者73歳の1981年のことです。増田氏は、過去の人物の蔵書数などを調べるがごとき一部のアナール派の価値を認めず(本当に「ごとき」という言葉を使っている。ただし、「私がアナール学派の方法について無知なせいかも知れない」(p217註)と断ってはいる)、「社会史」とは「政治史、経済史、法制史の総合である」と各所で繰り返しています。著者は、p223で、来るべき歴史学のあり方を

「地理的・風土的・な景観はもちろんのこと、風俗・慣習・伝承といった民俗学的な諸事象から、言語学・宗教学・考古学、さては各時代・各階層のメンタリティーの問題にいたるまで、およそ社会集団の在り方を立証するすべての分野に、考察の眼をむけなければならない。(中略)一人の力ではどうになるものでもなく、当然研究者の相互協力-つまりは志を同じうするものの問題視研究の深化とその総合-を前提とするものであるが、将来そこからもたらされる成果は、おそらく私たちが従来安易に用いて来た歴史の発展法則や「先進」と「後進」といった段階規定の理論ではなく、それらとはおよそ異なる価値基準の発見につながるものと予想される」

とまで書いているのにも関わらず、です。この文章は、来るべき歴史学の大海の浜辺にたち、足元に打ち寄せる波を感じながらも引き返してしまった一代の碩学の限界とともに、ひとつの時代の終わりを強く印象づける内容となっています。
 
 本書の論者たちは、私が大学在学中の80年代半ばでは、35-45歳くらいで助手や助教授、本書出版時の1998年には45-55歳くらいで学会の第一線に立たれた方々です。つまり本書に掲載されている歴史学方法論や問題意識は、1980年代半ばに(私をはじめ)一部の学生や若手研究者が感じていた古い歴史学へのフラストレーションと、80年代続々と刊行されはじめたアナール派を代表する書籍などに感じていた新しい歴史学そのものです。

 こういう意味で、本書は、1980年代急速に拡大し、1990年代に主流を占めるに至った日本における世界史史学会の方法論や問題意識を知る歴史資料として、今もって有用な書籍といえるのではないかと思えます。東大や京大などのトップ校は知りませんが、80年代中盤、私がいた大学では、中国史では未だ発展段階論(マルクス主義)の残滓が残り、西洋史では発展段階論は乗り越えていたものの、カウンターとして持ち出されたウェーバー流の方法論が影響を持っていて、当時史学を専攻していた学生のどれくらいが本書に当時の時代の雰囲気を感じるかは不明ですが、学生時代まさにこんな雰囲気の中で過ごしていた私にとっては”本書そのものが歴史書である”という印象を持ちました。

 2点だけ、80年代には未だ語られていなかった内容を扱った章があります。ひとつはIT関連(「コンピュータと歴史家 」(斎藤修)の章)、二つ目は旧共産圏資料です(杉山氏の章)。当時史学にITを応用しはじめた学生はいたかも知れませんが、少なくとも私の周囲にはいませんでした。寧ろ、一時は西洋史で卒論を書こうとして教授に相談したところ、欧米の図書館や大学から史料のコピーやマイクロフィルムのコピーを取り寄せるだけで(交渉含めて)最低1ヶ月から数ヶ月かかる、といわれたことがIT業界への就職を後押しした、という部分があります。誰でも利用できるコンピュータ・ネットワークがあれば・・・と当時強く思いました(ただし当時はまだ日本でのインターネットは慶応大学の村井純氏が研究目的でJUNETを運用していたくらいで、当時意識していたのはNTTが三鷹市で実験していたINSの方でした。最初に就職した企業でコンピュータ・ネットワークの仕事ができなかったので米国企業に転職したその年に、米国でインターネットの商用利用が可能になり、以降インターネット拡大の時流に乗れた仕事をして来れたのは幸運だったと思っています)。インターネットの拡大で当時望んでいた情報の多くは今やネットで得られるようになり、最近では当時夢見たその先に向かいつつあります。

 この先100年後くらいまでには、建築物以外のほぼ全ての史料が3Dスキャナでコンピュータに読み込まれてネットで公開され、巨大なデータ量となった史料が、様々な分析ソフトでどんどん解析される、、、、人類を破滅に導くような戦争がなければ確実に来るであろうそんな未来を想像すると背筋がゾクゾクしてきます(やろうと思えば技術的には現在でも可能ですが、現実的なコストを考えると、100年くらいかかって粛々と進むのだろうと思います)。

  杉山正明氏の章「史料とはなにか」では、文献史料の時代は既に終わり、宇宙、地球、大気、海洋、地形、気候、生物、環境、風土、家畜、農作物、微生物、景観、建築物、生活用具など、あらゆるモノが史料たりえる今後の展開を描いています。これらは80年代でも提唱されていたものですが、 東欧・旧ソ連の研究成果が意外に高く、その膨大な成果物や史料を西側諸国の研究者が自由に活用できるようになった、という指摘は、冷戦後の状況にして初めて提言できる部分です。

 以前、『グローバル・ヒストリーの挑戦』(2008年)で、第二章を担当した桃木 至朗氏が、大きな物語(巨視的歴史理論)の時代が終わり、専門分化が進みすぎ、蛸壺化が指摘され、研究者自身も方向性を見失っている昨今、グローバル・ヒストリーは新たな推進力になりうる、というような話を書いていましたが、私にはものすごく違和感がありました。実のところ、いままで啓蒙書しか読んだことがないために風呂敷の広げすぎな印象が強かった杉山正明氏の章の最後のくだりに、非常に(はじめてかも)共感するものがありました。

「各分野にわたって、ひととおり過不足のないかたちで、きちっとした史料研究・事実確認のうえに立つ世界史像が語られるのは、まだはるかに先のことである。あえて極論すれば、それまではいくら「史料バカ」であってもいいとさえいいたい。理論や仮説の提出は、どれほどあってもかまわないが、所詮はそれらは通過点であり、たたき台にすぎないだろう。わかっていない部分が大半なのに、それには目をつぶって、壮大な世界史論を述べる空しさは、わたくしたちにはもうよくわかっているのではないか。所詮は、基礎となる歴史事実が質量ともに変われば、どうしようもない」

 「じつは世界史というスタンスで史料を論じるには、現在は時期尚早かもしれない。多くの歴史分野は、「仕切り直し」「歴史のはじまり」に近い状態にあるからだ。いまはなお、ひとりひとりの研究者が、自分の扱う史料・テーマ・分野のなかに、いかに世界史というものと連携する部分や糸口を見いだせるか、その想いを抱きつつ、史料や事実と格闘しつづけるほかはない」(p240)

 私は学者ではないので杉山氏がこのように書いてから18年後の現在、世界史研究の最新状況がどのような状態であるのかはわかりません。しかし、幾つかの例を見るだけでも、まだまだ道半ば、だと思います。例えば東大史料編纂所の『大日本史料』の刊行でさえ1901年から開始して、土田直鎮氏が1965年刊行の『平安京』(中央公論)で1965年時点で250冊、「今後少なくとも百年近くはかかるだろう」と記載しているので、当時にペースで完成すれば2065年の完成で、約630冊となります。Wikipedia情報によれば2015年現在で400冊、現在年間3冊ペースですから、完成まであと77年、2093年頃の完成。博物館に収蔵され、まだ刊行されていない楔形文字粘土板数は推定50-200万枚と見積もられているのに対して、解読・公刊されているのはまだ3-10万点。オスマン文書史料は1億以上。数十万点発見されているローマ帝国のラテン語碑文はバラバラにデータベース化されていて、一括検索できない状況。同時代のギリシア語碑文はギリシア国以外の碑文集成は未だにないそうです。

 『ローマ人の物語』の中で塩野氏が学者を批判している文言を利用した学者叩きや、ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』をもちあげて地道な研究を続けている学者を叩いているブログやレビューをあちこちで目にしたことがあります*1。古代ローマ研究者である本村凌二氏は明らかに『ローマ人』のヒットを意識して啓蒙著作を出し続けているように見受けられます。桃木氏の危機感にも同様のものを感じます。大戸千之氏『歴史と事実―ポストモダンの歴史学批判をこえて (学術選書) 』は、以下のように述べて、こうした批判への認識を明らかにしています。

 「かつての厳格な実証主義歴史学の立場からすれば、歴史家の仕事は客観的事実を追及することであるとされ、執筆の対象は史料に書かれていることに限られる。しかし、そうした立場は「学問的」であるかもしれないが、歴史をたいそう窮屈で味気ないものにしてしまうことになりがちである。くりかえし述べてきたように、二○世紀半ば以降、歴史学はそうした一般の強い不満に直面せざるを得なくなっていた)p267)」

 今の時代、壮大な歴史像を個々の研究者に求めるのは、500階建てのビルを5年以内に都心に建てろ、というようなものです。500階建てのビルを都心に建てるには、いったいどれほどの要素技術が必要なのか、大工一人が自力で現代の標準家屋を建てることが可能かどうか考えれば、ちょっと想像すれば誰にでもわかる話です。仮に500階建の建築物が5年以内に都心に建ったとして、それに登ってみたいと思うのでしょうか?それがハリボテにしかならないことは、現実的な技術水準を理解している普通の大人なら、誰にでもわかることです。はっきりいえば、現在の時点で壮大な歴史像を提供している著作はハリボテでしかない、それ以上を期待してはいけない、どうしてもそういう著作が読みたかったら、ハリボテであることをわきまえて読むようにしましょう、というだけなのに、大戸氏の著作のような弁明するような著作がでなくてはならないのが個人的には少し不思議です。とはいえ、そのハリボテは無意味なのではなく、ひとつのシミュレーションであって、不足している要素技術を検討するオーダー・エスティメイションとして十分意味があります(実際建設会社ではそういうシミュレーションを行なって技術開発を行なっています)。これを史学に適用すれば、壮大な著作は研究余地のある分野を引き出すことができるものもあるわけで、この手の作品がヒットすれば、参考にする研究者の方は参考にするだろうから、わざわざそうした著作を用いて研究者を叩いたりする必要はないと思うのですが、、、。まあ予算を何に使っているかわからない、アウトプットもフィードバックも何もない、という研究者がいるとしたら、それは問題なのでチェックが必要だとは思いますが、、、、、

 話をもどしますと、歴史家に歴史像を提供する使命が無いとは思いません。それに専従するような研究者の方は100人に一人くらいは必要かもしれません。ベテラン研究者の何人かのひとりは研究対象の時代・地域に関する包括的な歴史像を描く歴史書を書くことは必要かもしれません。しかし研究者全員に求める必要はないように思います。歴史学の究極の存在意義(のひとつ)は、歴史像の提出にあるとは思います。しかし今後は、多くの場合(既にそうなっているかも知れませんが)、研究の学際度が増し、ベテランの研究者に率いられた、様々な観点でその時代・地域にアプローチする研究者たちの共同研究と成果物という形式が広まるでしょうし、歴史像の提出も、共同プロジェクトの中で形成された歴史像をリーダーが代表して述べるというような形が主流になってゆくのではないかと思います。個人的には、次回の講談社「中国の歴史シリーズ」は、岩波講座世界歴史のような多人数の共著形式になるのが望ましいと思っています。既に新版「中国の歴史シリーズ」は、単独の著者がひとつの王朝全体を描くのは難しいことを露呈している印象を持っているからです。重要なことは、個人で全体的歴史像を描く無理を全員に要求するのではなく、一般向けに売れそうな文才がある人は啓蒙書を書けばいいし、そうでない人は、共同研究プロジェクトの中で全体的な歴史像形成に寄与する成果物作成とコミュンケーションに能力を発揮すればよいのではないか、と愚考する次第です。
 
 部外者の私が日本の世界史史学に感じている危機があるとすれば、小子化によるポスト削減と、遺物の破壊です(近年の西洋史学では、学生が日本史に流れる傾向に危機感があるそうです(『人文学への接近法-―西洋史を学ぶ』2010年,p180)。前者は海外の研究機関に奉職するか、英語講義を標準化して日本の大学に海外からの留学生をより多く呼び込む、あるいはバーチャル講義などで日本にいながら全世界の学生向けに有料講義をするなどの方法しか浮かびませんが、、、、、後者についてはより深刻に考えています。昨年近所で建設中のマンション建設予定地で遺跡が発見され、緊急発掘が行なわれていました。当然調査が終了すれば遺跡は破壊され、現在マンション建設中となっています。しかし将来(例えば100年後)の技術では、現在の技術力では見つけられない史料を遺跡から見出すことができるかも知れない、ということを考えると、現在に住んでいる人々の生活の方が重要だとは思うので仕方が無いとは思うものの、残念に感じます。100年後にそういう技術が発明された時に、過去の「調査終了」で破壊された遺跡を深刻に悔やむケースが多々出てくるのではないか、と懸念しています。
 また、世界各国でもてはやされている世界遺産などは、予算が世界遺産に偏るあまり、逆に世界遺産に認定されない無名小規模遺跡の破壊を助長しているのではないか?という疑念があります。
 
 だらだらと続けてしまいましたが、私は世界史学は未だに杉山氏が1998年の本著作で述べた段階にあるものと思います。学生時代に望んでいたような著作がどんどん出てくるようになって嬉しい限りです。もちろん最前線では現在でも歴史の方法論は大きく変わりつつあるのかも知れません。岩波講座旧版と新版の間は約30年、すると次の新新版は2030年頃。願わくば、歴史の針を巻き戻すようなことにならないことを祈る次第です。現状では方法論に大きく影響しそうなのは研究方法を革新するような技術の進化(世界中の異言語論文を全部取り込み自動解析する技術*2とか、前述した3Dスキャンによる史料DB化の進展と分析ソフトの進化とか、遺物や遺跡・古気候等の解析技術の進化)とグローバルコミュニケーションだという感触があります。

 2030年頃の歴史方法論がどういう内容になっているのか楽しみです。


*1 2016年2月邦訳が出版されたジリアン・テット著『サイロ・エフェクト』(文芸春秋社)という書籍に、以下の文言があるそうです。

「フェイスブックの管理職には、お互いについて語るときには具体名を挙げること、それも本名を使うことをうるさく言っている。非人格化した呼称を使っているケースを見つけたら、すぐに介入してやめさせなければならない。『第六チームのマヌケども』とか『バカなマーケティングのやつら』といった言い方は絶対に許容しない。それは特定のグループを非人格化している証拠だから。相手がどんな人たちか知らずに集団を非人格化するところから問題は生じる」

これはネットで拾ってきた引用で、私はまだ直接この本を読んではいないのですが、同じルールが勤務先である米国企業でも存在するので引用しました。「非人格化した呼称」=集合名を使うと、「それってただの文句/愚痴だよね。何がしたいわけ。何も解決しないよね」と、すかさずネガティブ解釈され、誰の何が問題なのか、どうして欲しいのか、を具体的に言うよう指摘されます。特定の個人の問題だと判明しても、人格や人種に触れる発言は厳禁です。『ああいう性格だから駄目なんだ』とか『あの人って性格が悪い』とか。その人が要求されている仕事のスキルを満たしているかどうかは性格や人種とは関係がないからです。日本企業から転職した当初は、米国企業は個人の責任を明確にするからかな、と思っていましたが、集合名や人格の使用は、その組織やその人の一部の問題を組織や人格全体の問題であるかのようなレッテル化となり、組織間や対人関係に軋轢を生み、無用な組織運営コストを増大させる弊害があるからだ、とほどなくして気づきました。

*2 論文自動解析について具体的に常々考えていることがあります。人文学特有の問題点のひとつは、論文の孫引き、曾孫引きというケースで、引用元論文ではもともと仮説に過ぎないような内容が、孫引き、曾孫引きされるうちに、証明済みのように扱われてしまい、それがなかなかチェックできない点があげられると思います。理系の場合、孫引き曾孫引き元におかしなところがあれば、直接論文に確認しなくても、主論文の内容を実験して検証する過程で発見できます。個人的には、歴史学においては孫引きはルール上停止した方が良いと思うのですが(史料と解釈(証明)が直接記載されている論文のみの引用をルール化する、など)、史料や論文がネットで簡単に参照できるようになった現在、いずれはこの作業をITで自動化できるのではないかと考えています)。

※ところで、杉山氏がp224で書いている「数年前、ある欧人史家から東アジアないしは中央アジアの前近代における疫病と社会のかかわりについて、なにかよい事例か素材、もしくは史料はないかと尋ねられた。その人の脳裏にあったのは、西欧におけるペストの流行が社会システム(とくに都市)にいちじるしい変容をあたえ、歴史の大きな転換となったことであった」とあるのは、違うかも知れませんが、どうにもジャレド・ダイヤモンドを連想してしまいました。

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by zae06141 | 2016-09-15 00:12 | その他歴史関係 | Comments(0)
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