古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
by Solaris1
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
アクセスカウンター
UU数
無料カウンター
無料カウンター
無料カウンター
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
単位が分からない
by なし at 09:15
Mellow様 こ..
by zae06141 at 22:00
はじめまして。今頃になっ..
by Mellow at 23:02
zae06141様 ご..
by バハラム at 20:12
バハラム様 こんに..
by zae06141 at 23:57
zae06141様、お久..
by バハラム at 22:24
gekiryu様、 ..
by zae06141 at 00:42
情報ありがとうございまし..
by gekiryu at 23:20
バハラム様 こんに..
by zae06141 at 21:35
zae06141様 面..
by バハラム at 19:54
最新のトラックバック
venusgood.com
from venusgood.com
venushack.co..
from venushack.com/..
whilelimitle..
from whilelimitless..
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..
検索
ブログパーツ
南アフリカランド取引業者
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

パルティア人がちょっと登場する古代ローマ・漢王朝邂逅映画『ドラゴン・ブレイド』

 古代ローマと漢王朝の邂逅を扱った2015年ジャッキー・チェン主演の中国/香港映画が2月12日に日本公開予定です。前53年パルティアとローマ軍が激突したカルラエの戦いの後、敗北したローマ軍団は中央アジアのメルブに移送され、更にその後脱走して、建昭三年(前36年)に中央アジアの康居へ遠征した西域副校尉陳湯が遭遇した「魚鱗の陣形」をとる軍団(『漢書』陳湯伝(巻40)ちくま文庫版第六巻p216)が、そのローマ軍団だったのではないか、という説*1が生まれ、更にその後甘肃省金昌市永昌県焦家庄郷驪靬村*2に白人の容貌を持つ村民が多いことから、陳湯が戦った軍団がその後更に東遷したとの説に発展し、村民のDNA鑑定が行なわれた、という話が、本映画の製作の背景にあります(ただし、本作の舞台は前48年)

*1 
当時オックスフォードの中国学名誉教授であった ホーマー・H・ダブズHomer H. Dubs/1892–1969年)が1957年に発表した『古代中国のローマの町(A Roman City in Ancient China. The China Society Sinological Series 5.London, 1957)』により主張された。Wikipediaの記事 古罗马第一军团失踪之谜 で反論(居延漢簡、金関漢簡に"驪靬宛て"という文言が登場しているが、それは前60年(神爵二年の紀年を持っているなど(こちらや、こちら))含め詳しく解説されている。なお、この説(ローマ軍団のメルブ移送含め)は定説となっているわけではなく、学問的にはローマ軍団のメルブ移送説さえ史料がない仮説に過ぎないネタのレベルです。

*2
驪靬村のある金昌市のホームページには、村おこしとして建設されたローマ神殿風建築とローマ兵士装束をまとった一団の写真があり、こちらの写真ではローマ人石像も建てられている(記事中段写真の右がローマ人、中央が漢代の儒者、左がムスリム女性)。2014年7月には驪靬古城にて、金昌驪靬文化国際旅行祭が開催され、欧米人エキストラも出演したイベントが行われた(記事はこちら)。




 本テーマをネタにした作品は、2011年に製作が開始され、2014年の公開を目指していた、「Legion of Ghosts」という作品がありましたが、2014年になっても「製作中」のまま、同年「ドラゴン・ブレイド」の製作が発表されたので、本作は、何らかの理由で製作に行き詰った「Legion of Ghosts」を「ドラゴン・ブレイド」が継承したのではないか、という推測も成り立つのですが、現時点では、この二作が関連しているとの情報は見つけられていません。まあでも多分「ドラゴン・ブレイド」の完成により、「Legion of Ghosts」が完成することは、永久に無くなったのだろう、という気はします。

 漢王朝とローマ帝国の邂逅というテーマでは、2011年マレーシアで製作された『
アレキサンダー・ソード-幻の勇者』という作品があります。個人的には、『ドラゴン・ブレイド』よりも、『幻の勇者』の方が設定や筋立てが面白く、キャラも立っているように思えました。16世紀マレーの物語(実際にある『Hikayat Merong Mahawangsa』という作品で、映画の原題も「Hikayat Merong Mahawangsa」)という枠組みをとっているため、荒唐無稽な場面も伝説と考えればそれなりに納得できるうまい作りとなってるように感じました(というより、16世紀マレーの歴史映画であり、かつ歴史物語「Hikayat Merong Mahawangsa」の映画化である、と考えると、私の場合は、かなり合理的に受け入れることができました)。
 
 一方『ドラゴン・ブレイド』も、2015年ローマ遺跡である「驪靬遺跡(Regum)」を発見した調査隊の男女が古代の幻想を見る、という形式なので、多少おかしな設定でも許される形をとってはいますが、カルラエの戦いで敗死した筈のシリア総督クラッススがパルティア女王と会談し、クラッススの妻がパルティア女王の姉妹であるなど、史実を逸脱しすぎな設定のおかげで本作を歴史映画として受け入れることはできなくなってしまいました(あくまで私の場合)。主人公の霍安が、前117年に死去している霍去病に幼少の頃助けられた、という設定なので、霍安の年齢は74歳くらいになる筈ですが、演ずるジャッキー・チェン自身が61歳なので、この点についてはあまり違和感はないのですけれど。

 とはいえ、パルティア人が登場しているという点では非常に貴重な作品です。日本公開が決まった以上、パルティアに興味を持っている方々に、パルティアが登場していることが知られずに、本作を見過ごしてしまう方が発生してしまうとしたら、惜しいことです。そこで、

「パルティア人も登場している映画」

ということをアピールするだけのためにこの記事を書いています(後半結局感想を長々と書いてしまいましたが)。

パルティアが登場する映画は、私の知る限りでは、以下の3本です。

4人目の賢者』(1987年米)(キリスト誕生時に訪れた東方三博士には、実は集合に遅れた4人目がいた、という話。その4人目のアルタバヌスという名前以外パルティアらしいところはない。主役は『地獄の黙示録』のマーチン・シーン)
『ローマ帝国の滅亡』(1964年米)(戦争場面でパルティア騎兵軍団が登場する)
緑の炎』(2008年イラン)(パルティアの属国であるケルマーン女王とその王宮が登場する)

 以下は、「ドラゴン・ブレイド」で登場するパルティア王宮。手前テーブル左側が、平和条約にサインするクラッサス。右側がパルティア女王。
 
a0094433_16124128.jpg
パルティア女王。厳しい顔つきです。
a0094433_16144524.jpg
これは戦場での女王。
a0094433_16150103.jpg
左が戦場での女王、右が宮殿での女王
a0094433_17005372.jpg
戦場でパルティア兵が吹くホルン。形が特徴的。
a0094433_17000832.jpg

 まあ、これだけなんですけどね。でも、ローマ軍団が甘粛省に到達していた、という、従来から出回っていた説よりも、パルティア軍を率いた女王自身が、楼蘭に到達していた、という設定の方に斬新さを感じました(映画では西域都護が置かれたのは雁門とされていますが、史実は、漢代西域都護は、現タリム盆地クチャ近郊の輪台県付近。史上雁門関と呼ばれた場所は現山西省北部で、雁門関に長城が通るのは北朝以降の話で、漢代この付近の長城は雁門関から200kmほど北を通っていた。途中登場した地図を見ると、敦煌付近の玉門の西に雁門があるので、本作の雁門は、史上の雁門とは関係ない架空の場所ということになる)。

 少し難点を言えば、ローマ側の俳優が平凡すぎて、悪玉のティベリウス以外キャラの立った人物が登場しなかったことと(ルシウスは別の俳優にすべきだった)、現在の共産党政権が標榜する、56民族の協和という理念が前面にでていて、映画の中で西域36カ国とシルクロードの協和を強く幾度となく唱える主演のジャッキー・チェンが体制派であることから、映画のテーマの協和とは、悪く取れば、現在のウイグル政策正当化・一帯一路政策推進映画としか見えない可能性があるという点でしょうか。特に、ジャッキー・チェン演ずる西域都護霍安の妻が"南狄"という、架空の民族名で、その英語字幕が「ウイグル」とされている点はひっかかりました。漢代には、その祖先となるトルコ系民族はいたものの、まだ"ウイグル"という言葉も、その言葉で示される民族も(史料上想定できないだけとはいえ)いなかったと考えられるため、何故漢文字幕では「南狄」なのに、英語字幕ではウイグルなのか?(視聴したのは英中二字幕の香港dvd版、台詞の前にどの言語かテロップが入る。中国のサイトで南狄は何語なのか?との話が出ているので、中国国内では英語字幕は無かったものと思われる)

 とはいえ、他に登場している民族名とその言語名も、白戎語(White Indian)という、漢文でも英語でも架空の言葉だったりするので、深い意味はないのかも知れません。南狄語とされている部分の台詞は、実際にウイグル語なのかも知れません。しかしそうなると、匈奴語(Hun)・白戎語・ 亀茲語(クシャン語)・烏孫語(サカ語)は現在のどの民族の言語を用いたのか、興味があります(上の括弧内は英語字幕の表記。クシャン語やサカ語は、現在では絶滅しており、匈奴語は史料が発見されてすらいない)。

 西域都護府を置いて以降(前60年)の80年あまりの漢の西域支配は実際安定していて、王莽政権の失政から西域諸国は離反した(前23年)ものの、後漢になってから西域諸国側から西域都護の再設置依頼が来るなど、漢の支配と安定は、平和と文明度の向上に寄与し、西域諸国側の認識でも利益があったのは事実である可能性が高いので、現在の中国の政策と重なって見えてしまうとはいえ、西域36カ国とシルクロードの協和をテーマとしていること自体は、悪くはないと思います。

 しかし、本作でのローマの位置づけは、当時の世界の両極にあって漢と双璧をなしていた「大ローマ」は矮小化され、単なるシルクロードの先にある国のひとつ、という程度の存在感しかなく、現在の中国国内の多民族統治正当化(36カ国に平和をもたらした漢)とシルクロードの協和(一帯一路政策の強調)の一部としてローマが登場しているようにしか見えなかったのは大変残念です。このテーマでやるのならば、ローマと漢という、文明世界を統一したという実績に裏付けられた強烈な自負と自信と価値観が、自身と同等の規模の存在を知ることにより、双方自身の価値観が相対化され、そこで両者が激しい価値感のぶつかり合いを経る中で、終にお互いが寄って立つことのできるより普遍的な価値感を見出す、というような内容なら私ももっと感動できたような気がします。しかし、どうにもジャッキー(漢側)の理想のみが終始一方的に展開されているような印象しか受けれませんでした(ローマ側は技術のみが評価され、中体西用という感じがしなくもありません。それは、以下のラストのローマ風建造物(西用)と理念を書いた額(中体)にも顕れているように思えました)。

 ジャッキー演ずる霍安は亀茲人で、奥さんの秀清は南狄人、少なくとも字幕を見る限り、南狄語(ウイグル語)、突厥語(トルコ語)、匈安語(匈奴/フン語)、 亀茲語(クシャン語)、烏孫語(サカ語)、白戎語(白インド語)が登場している点や、クラッススの息子にローマ軍団長に任命されていた霍安がローマ軍兵士として悪玉ティベリウスと戦う時、ローマ軍兵士がローマ軍人として霍安を扱う場面、「権力は最終的には限界がある」という台詞をパルティア女王に語らせる場面、及びラストに登場する、「敵を友と化す」というスローガンが、ローマ風建築物に漢文の額で掲げられた部分については感激しました。『アレキサンダー・ソード-幻の勇者』のラスト、漢軍とローマ軍がともに海賊軍に向かって進軍していく映像に感動したのと同じような感触でした。これが、ローマやパルティアの価値感とのぶつかり合いの末に生まれてきた標語ならもっと感動できたのではないかと思います。
a0094433_17020294.jpg
 逆にこういう場面だけにして、あまり「三十六国とシルクロードの協和」を繰り返し過ぎずに、「ウイグル語」をわざわざ南狄語と表示して何か意図があるのかと思わせるような部分がなければ、『アレキサンダー・ソード -幻の勇者-』同様にもう少し素直に楽しめたのかも(あくまで私の場合)。

 と、ここまで書きながら、少し思い直しました。前48年の時点では、ローマは断続的に一世紀近く続いている内戦中で、地中海世界に統一と安定をもたらしたアウグストゥス以前の状態であること。ローマを代表して語るルシウスの考えは内戦中の軍人のものであり、統一と安定を語れる段階になかったこと。主人公霍安の思想に大きな影響を与えた霍去病は死没当時24歳で、若年ゆえの理想主義が霍安に伝えられた、と考えることもできます(ただし実際の霍去病は、理念を語るよりも功名心と野心の若者という印象があるけど)。そういうことであれば、いっそのこと、ルシウスが生き延びてローマに帰還し、オクタヴィアヌスに漢で目にした統一と安定を説き、それがアウグストゥスの平和に結びついた、というところまで描けば、より合理的に納得できたかも(実際、アウグストゥス時代にセレス人が来廷している(こちらに引用されているフロルスの記事)。漢側の価値観が一方的に強調されて見えるバランスの悪さも、本作がプロパガンダ映画というよりも、単純に漢の方がローマより先に統一と安定に到達しただけの話だからなのです、というような解釈をとるわけです。

 そういうことであるならば、漢・ローマ双方が統一と安定にあった紀元120年を描いた『アレキサンダー・ソード ー幻の勇者ー』の方がバランスが良いのも納得できます。この時代、ローマでは、征服したパルティア領土を放棄したハドリアヌス、漢では、使者をローマに派遣した班超それぞれの行為の中に、もしかしたら彼らには、自分たちとは異なり、かつ同程度の大文明というものの存在を認識しえた可能性があるのではないか、という想像を掻き立てられるものがあります。実際ユルスナール『ハドリアヌス帝の回想』では、ハドリアヌスが地球の反対側に、未知の、ローマに匹敵する黄色い人種の広大な王国を夢想する場面があります。ユルスナールもハドリアヌスという人物の中に、自文明を相対化しえる何かを見出していたのではないでしょうか。

 漢とローマの邂逅というテーマでは、『後漢書』に記された166年の大秦王安敦(マルクス・アウレリウス帝)の使者が洛陽の宮廷に到達したエピソードが有名ですが、284年、晋王朝とディオクレティアヌスの統一時期にも大秦からの使者が晋に到来した、との記録もあります(こちらの記事(漢籍に現れたローマの使者)で紹介しています)。漢とローマの邂逅というテーマでは、これらのようにまだ映画の題材になるものはあるので、本作だけで終わらずにこれからも製作され続けていって欲しいものです(とはいえ、漢とローマの邂逅映画は2本も見れたので、次は唐とイスラム帝国の激突を描いたタラス河畔の戦いの映画かドラマを見てみたいものです)。 

日本公開公式サイト
IMDbの映画紹介はこちら
映画予告編

関連書籍
 本作を視聴して、シルクロードの歴史に興味をもたれた方には、長澤和俊著『シルクロード』(講談社学術文庫、1993年)がお奨めです。漢王朝とローマ、パルティアの交流にご興味を持たれた方には、ロベール・ジャン・ノエル著『ローマ皇帝の使者-中国に至る―繁栄と野望のシルクロード』(大修館書店、1996年)がこのテーマを扱っている珍しい書籍です。
 パルティア人が少し出てくる小説として、『青年貴族デキウスの捜査』という古代ローマ歴史ミステリーがあります。カルラエの戦いでクサッスス軍に勝利するパルティア司令官スレナスが、その10年前に使節としてローマを訪問している、という設定で数ページ登場してます。

 5世紀ローマを扱った『カエサルの魔剣(2002年)』の作者
ヴァレリオ・マンフレディには、本作と同じような内容の『Empire of Dragons(2005年)』という作品もあり、こちらは、紀元260年、サーサーン朝に敗れた皇帝ヴァレリアヌス軍が、捕虜としてササン朝に連行され、皇帝死去後、配下の軍団が追放された魏の王子と出会い、ササン朝を脱出して魏に向かう、というもの。この作品は中国語訳(消失的羅馬人』(台湾)(出版社名が如果出版社(IF出版社)というのがなんか凄い、SF専門出版社なのだろうか)も出ているので、こちらもそのうち映画化して欲しいところです。それにしても、マンフレディが、「ハドリアヌス帝の回想」のテレビドラマの脚本を書いていたとは知りませんでした。もっとも、ドラマ制作はぽしゃっているようですが。。。(一応IMDbに登録されています)。

[PR]

by zae06141 | 2016-01-23 00:21 | 古代イラン関係 | Comments(0)
<< ルーム・セルジューク朝時代の歴... 2015年面白かった書籍と映画... >>