古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
by Solaris1
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最近(2015年8月)見つけたパルティア・サーサーン朝関連本など

□Decline of Iranshahr: Irrigation and Environment in the Middle East, 500BC-AD1500の再販

 デンマークのイラン学者Peter Christensenの1993年の書籍「Decline of Iranshahr: Irrigation and Environment in the Middle East, 500BC-AD1500」のペーパーバック版が、2015年11月30日の予定で出版予定です。1993年出版のハードカバー本は絶版となっていて、ここ数年中古がUSアマゾンで150-300ドル(本日は352ドル)と、大変高額だったので入手しがたかったのですが、今度のペーパーバック版は、39ドル(現在のところ、JPアマゾンでも送料含めて5260円です。ローマ帝国は、都市ローマや中枢部であるイタリアだけではなく、帝国各地地域別の研究も進んでいますが、サーサーン朝となると、歴史的にまとまりのある展開を見せてきた地域毎の区分すら、あまり採り上げられないことから、本書の扱っているテーマは大変貴重な内容となっています。類書が少ないことから、本書がより多くの人に読まれて欲しいと希望していたので、廉価版の出版は大変ありがたいことだと思います。

The Sasanian World Through Georgian Eyes: Caucasia and the Iranian Commonwealth in Late Antique Georgian Literature Stephen H., Jr. Rapp 著

2014年9月に出版された、グルジアの史書や遺跡を通して、サーサーン朝の従属下にあった古代末期のグルジアにおけるサーサーン朝の痕跡を検討した書籍です。アルメニアにおけるパルティアやサーサーン朝関連の情報を扱った書籍は割とありますが、グルジアに関しては無さそうだったので、本書は貴重な書籍となっています。とはいえ定価115ドルと高額なので、手がだしずらかったのですが、本日見たら、新刊は売り切れていて、新古書が120ドルに値上がりしていました。本書は513ページと大変ボリュームがあるのですが、内容の概要に近い同著者の論説pdfがカリフォルニア大学のサーサーン学のサイトで公開されています(New Perspectives on “The Land of Heroes and Giants”: The Georgian Sources for Sasanian History)わずか32頁のpdfですが、サーサーン朝の影響を受けていると考えられるグルジアの遺跡や、サーサーン朝に触れている、或いはその影響にあると考えられる4世紀から11世紀グルジアの史書などの文献が紹介されていて有用です。


□フィルダウシー『シャーナーメ』と、ビールーニー『インド誌』に登場するパルティア王の名前

History of the Parthian Empire」(2008年8月)という書籍のp17-8に掲載されていました。現ウズベキスタン西部のホラズム出身で、11世紀初にアフガニスタンの王朝ガズニー朝に仕えたビールーニーの『インド誌』には、他で見られない情報も多く、古代イランについてどういう情報が掲載されているのか興味があるのですが、本書(History of the Parthian Empire)のp17-18に、以下のパルティアの王名が記載されていました。

---------------------フィルダウシー--------------------------------
アシュク
シャープール
ゴダルゼス
ビジャン(Bijan)
ナルセス
アラシュ
アルダワーン
バハラーム
アルダワーン大王
---------------------ビールーニー--------------------------------

ダーラーの息子のダーラーの息子のアシュク
アシュクの息子アシュク
アシュクの息子サボール
サボールの息子ヴァラシュ
ヴァラシュの息子ホルミズド
ホルミズドの息子フィーローズ
フィーローズの息子ヴァラシュ
マラザーンの息子ホスロー
ヴァラシュ
ヴァラシュの息子アルダワーン
アルダワーン al-kabir al ashkanan
アシュカナーンの息子ホスロー
アシュカナーンの息子Bef'afarid
アシュカーナーンの息子Jodar(ゴダルゼス)
アシュカナーンの息子ヴァラシュ
アシュカナーンの息子ナルセス
最後の王アルダワーン
----------------------------------------------------------------------------------------
タバリーの『諸使途と諸王の歴史』のアルサケス朝の王達の章に記載されている王名(こちらの記事でまとめています)とあまり変わらず、恐らくサーサーン朝の時代になって創られたと思われる王統となっています。がっかりしましたが、長年気になっていたことがわかり、一歩前進ではあります。

An historical atlas of Central Asia / by Yuri Bregel
 2003年に出版された中央アジアの歴史アトラス。昨年の記事で紹介した書籍です。国会図書館関西館に所蔵されているのですが、東京館への貸出しはできないそうなので、前回の記事時点では見れなかったものです。大学図書館にあることがわかり、閲覧してきました。感想は、200ドルするだけのことはある、というものです。全頁カラーで、中央アジアに勃興した王朝の領土が、非常に詳細に描かれています。砂漠地帯をベタに塗りつぶすのではなく、極力都市と農地・遊牧地だけを王朝の領土として国境線を引いています。428年のサーサーン朝の遠征路なども記載されていて、サーサーン朝の中央アジア付近に関しては、イラン歴史アトラスよりも詳細です。

An Introduction To The History Of The Assyrian Church: Or The Church Of The Sassanid Persian Empire, 100-640

 1910年の書籍の復刻版。サーサーン朝治下のアッシリア教会も、シリア語文献を多数残しているようなので、シリア語文献におけるサーサーン朝の景観などが何かわかるかも、という期待があります。

Sarvistan: A Study in Early Iranian Architecture (Monographs on the Fine Arts) (College Art Association Monograph) Hardcover – October 1, 1986
by Lionel Bier (Author)

 サーサーン朝の宮殿遺跡、サルヴィスターン宮殿遺跡の調査研究書のようです。

Persia's Imperial Power in Late Antiquity: The Great Wall of Gorgan and the Frontier Landscapes of Sasanian Iran (British Institite of Persian Studies Archaeological Monograph Series)
by H. Omrani Rekavandi (Author), T. J. Wilkinson (Author), J. Nokandeh (Author), Eberhard Sauer (Author)

 ローマのリメスや、古代中国の長城と並ぶ、サーサーン朝が北方民族の侵入を防ぐために構築した、200kmに渡るゴルガンの長城とその周辺地域の維持システムの研究のようです。ゴルガンの長城遺跡(サッデ・エスキャンダル)の残骸を見学して以来、妙にこの遺跡とその維持システムに興味があるので、そのうち買ってしまうかも。

□青木健著『ゾロアスター教ズルヴァーン主義研究 : ペルシア語文献『ウラマー・イェ・イスラーム』写本の蒐集と校訂』書評 春田晴郎(西南アジア研究81号2014年)

 春田晴郎氏による書評。「書評 青木健著『ゾロアスター教の興亡--サーサーン朝ペルシアからムガル帝国へ』(オリエント51巻1号、2008年)と同様厳しい内容となっていますが、英仏語版の出版を勧めるなど、高く評価している部分も多々あります。青木氏と春田氏の間に直接の師弟関係があるのかどうかは知りませんが、氏の文章を読んでいると、師が弟子を厳しく育てるような印象を受けます。本評を読んで、私的に重要だった点は、青木氏が、『ウラマー・イェ・イスラーム』の一部を、5世紀初のサーサーン朝の宰相ミフル・ナルセの見解を述べたものだという可能性を指摘しているのに対して、春田氏は、その可能性は低いと見ている点でした。

□物語『インドのジャリアッド王と宰相シマス

 10世紀のペルシア人学者ハムザ・イスイファハーニーが挙げているパルティア時代の書物に「シマスの書」があります。東洋文庫版と岩波文庫版の千一夜物語には入っておらず、ぎょうせい社から1990年に出版されたバートン版第六巻に、「インドのジャリアッド王と宰相シマス」の邦訳があります。この物語は、10世紀のアラビア語書籍『フィフリスト』によると、ギリシア語からアラビア語に翻訳されたものだ、とされていて、実際読んでみても、パルティアやイラン、古代メソポタミアといった雰囲気はありません。枠物語自体は、「シンドバードの書(或いはシュンティパスの書)」に似ているものの、ジャリアッド王の王子の名前ウィルド・ハンという、トルコかモンゴル系の名前だったりして、古代よりも中世の香りがするのですが、枠内の物語はインドの説話という感じです。しかし、こうした物語がパルティア時代に、その領内で読まれていた可能性もゼロではないので、それを想像しながら読むことでそれなりに楽しめました。


□小説「砂漠の薔薇 ~女王ゼノビア~ 」阿部剛著

2014/6/1に出版された、パルミラ女王ゼノビアを主人公とした小説。ササン朝も少しだけ登場しています。ゼノビアを主人公とした日本の小説では、1994年の赤羽尭著『流沙伝説』という2段組597頁の、大変ボリュームのある小説があり、年長者にはこちらの方がお奨めですが、阿部剛氏の本書は、文庫で247頁、文字も大きく、中高生向きのライトノベルという感じです。図書館で20分くらいかけてざっと目を通しただけなので、面白いかどうかまではわかりませんでしたが、中高生でゼノビアに興味を持った方には、取っ付き易いかも知れません。

Zutra (Kahana Chronicles) (Volume 5) Paperback – January 10, 2015
by Allen E Goldenthal

 495-502年の7年間、サーサーン朝の都マーホーゼ(セレウキアとクテシフォンなど複数の都市から構成されたサーサーン朝の首都圏)において、ユダヤ人共同体の独立を指導したMar Zutraを扱った小説の模様。北魏の姫とのロマンスとかも描かれているらしい。クテシフォンがまともに登場する唯一の小説かも。表紙のイメージ通りのドラマにしたら面白いかも。

大阪大学 イラン祭祀信仰プロジェクト
 一時期サーバーにアクセスできなくなっていましたが、現在は復活しています。恐らく日本で一番詳しく、マイナーなパルティア・サーサーン 朝遺跡写真が大量にあるサイト。

関連記事
 最近(2013年3月)見つけたパルティア・サーサーン朝・ビザンツ関連本やサイト
 最近(2014年8月)見つけたパルティア・サーサーン朝関連本など
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by zae06141 | 2015-08-24 00:30 | 古代イラン関係 | Comments(0)
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