古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
by Solaris1
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「ジュチ裔諸政権の研究」「スペイン黄金の世紀の大衆演劇」「ゾロアスター教ズルヴァーン主義研究」感想

 これらを読んだきっかけは、1月に視聴したジョチ・ウルス映画「オルド 黄金の国の魔術師」、16世紀スペインの劇作家を描いた映画「ロペ」、サーサーン家の滅亡を描いた映画「ヤズダギルドの死」です。いずれも全部読んだわけではなく、図書館で一部を読んだだけ。しかも高額過ぎて手が出ないので、とてもアマゾンに感想を書けるものではありません。ネット上に感想も殆ど見当たらないのでこちらに書くことにしました。

【1】「ジュチ裔諸政権の研究」赤坂 恒明著:風間書房:2005年刊:定価25200円

  中学校の教科書のモンゴル帝国地図に登場し、大抵のモンゴル帝国関連番組では、全盛期のモンゴル帝国地図に登場するので、多くの日本人にいつの間にか刷り込まれているのではないかと思われるキプチャク汗国。高校教科書では、ヨーロッパへ遠征したチンギス汗の孫のバトゥがサライの都を作って建国、ロシアを200年に渡って支配し”タタールのくびき”とロシア後進性の原因とされ、ティムールに攻め込まれ、やがてガザン、アストラハン、クリミア汗国に分裂した、とあるものの、一般書を読む限りでは、なかなかそこから先に理解が進まないものがありました。少し知ろうとすると、ノガイだのXX家だの、カザフ、ウズベク、シャイバーニーだのと、やたらと国名だか王朝名だか民族名だか判然としない勢力の離合集散と、多数登場する人名家名の多さにうんざりしてしまい、なかなか統一的な歴史イメージを把握しにくいものがありました。そんな私にとって、本書はようやく、統一的な理解の糸口を与えてくれました。

 本書は、キプチャク汗国(ジョチ・ウルス)に関する専門書籍です。定価25000円で746頁もあります。研究者や、強度のモンゴル帝国好きでない限り、これを個人で購入することは無いのではないかと思います。また、746頁(厚さ21cm)というボリュームを前に、一般読者にとっては、図書館で読むということでも、ハードルが高く感じてしまい、しかも、これを開架で置いてある図書館も少ないようなので、どういう書籍なのかあまり知られることは無いのではないかと推測されます。しかし、あくまで個人的感想ですが、本書は、その厚さから予想するよりはハードルは高くないように思いました。そこで、私と似たようなフラストを感じている方の参考になるかも知れないと思い、本書の特徴の紹介記事を書きたいと考えた次第です。


 ①チンギス汗の系譜史料の視覚的把握
 
 746頁の末尾150頁は、史料から復元したチンギス汗の長男ジュチ家の系図です。延々と系図が掲載されています。この部分は、(一般読者にとって)視覚的なインパクトに有用性を感じました。中央アジアではチンギス汗の血統が重視され、チンギス汗の子孫の系譜史料が幾つも残っているとのことですが、チンギス汗の子孫ということが如何に重視され、異常な熱意をもって系譜が記載され続けていたことが、視覚的に把握できます。研究者で無い限り、読むようなものでは無く、パラパラとめくって、視覚的に認識すればいいようなものなので、数分で終わります。更に、二種類の系譜史料(「集史」の系譜部分である「五族譜」と、「勝利の書なる選ばれたたる諸史」の系譜部分)の日本語訳が150頁掲載されています。○○の息子XX、○○の正室XXというような記載が延々と続き、この部分も、一般読者は、史料がどのようなものであるかわかれば十分なので、パラパラとめくって、短時間で終わります。

 ②ジュチ・ウルスの史料一覧

 アラビア語、チャガタイ・トルコ語、ペルシア語、ロシア語などの史料一覧。約30ページあります。ジョチ・ウルスの史料は何があるのだろうか、と興味を持っている方には有用な内容です。

 ③史料のテキスト

 アラビア語版「集史」の中の「ジュチ・ハン紀」第一部のテキストが20頁(全部写真)と、「五族譜」の「ジュチ・ハン分支」のテキスト(35頁のうち、10頁が写真。残り25頁は活字)。チャガタイ語(アラビア文字)の「勝利の書なる選ばれたたる諸史」テキスト(活字)が約40頁。


以上の内容で全746頁中430頁近くを占めます。つまり、一般読者にとっては、実質300頁(註含む)くらいなのです。どうでしょうか。だいぶハードルが低くなった気がしませんか?


 ④ キプチャク汗国研究史と問題点

 序論で、現在のキプチャク汗国(ジョチ・ウルス)研究上の問題点が説かれます。

・ジュチの子孫が君主となった諸政権である”ジュチ裔諸政権”を構成する諸集団は、諸史料・諸研究において、様々な呼称で呼ばれていて、その概念自体が、必ずしも一致したものではない(そもそも金帳汗国という呼称自体当時のものではない)

・《「何が起こったか」という史実》と、《「何が起こったと考えられてきたか」という過去に対する構成における認識》が明確にわけられないまま研究が進んできた

・ジョチ・ウルスの下位集団(XX家、○○民族、△△部族)の実態解明の本格的な研究は端緒についたばかり

・そもそもジュチ裔諸政権については、君主であった人物が誰であったのかも十分に反映していない。ジュチ裔の王統系譜に影響を与えた過去の研究には史料上の問題があり、写本の段階まで踏み込んでジュチ家の王統を確定する必要がある

・ジュチ裔諸政権とそれを構成する諸集団の実体が、政権・諸集団のまとまりの把え方についての、従来の諸研究における概念把握そのものを検討する必要がある

序論の末尾で、本書の目的が記載されます。

・従来の通説において概念把握された政権の枠組みとしての「金帳汗国」「遊牧ウズベク国家」「大帳」「タタール三汗国」等の研究概念を解体し、モンゴル帝国期以後における内陸ユーラシア北西部の歴史の枠組みを再構成することを試みる(p6)

 私がキプチャク汗国に漠然と感じていたフラストの理由がまさに整理されて述べられているように感じられました。こうした諸問題点に対して、第一章でこれまであまり利用されてこなかった系図史料*1が検討され、第二章でジュチ裔の系統確定の作業に入り(その成果が末尾150頁に渡って掲載されている系図)、第三・四章で、ジョチ・ウルスの歴史像の再構築が試みられます。頁配分は以下の通り。

第一章 ジュチ裔についての系譜史料(56頁)
第二章 ジュチ裔諸政権の王統と、史料についての諸問題(58頁)
第三章 成立期~十四世紀前半におけるジュチ・ウルス(92頁)
第四章 十四世紀中葉以降のジュチ・ウルス(34頁)
終章(8頁)


 ⑥ モンゴル帝国期以後における内陸ユーラシア北西部の歴史の枠組みの再構成

 第四章第二節「『金帳汗国(キプチャク汗国)』という概念」では、「金帳汗国」という用語と概念(成立と滅亡時期等)や通説がいつどこで出現し、定着していったのかが検討され、その概念はロシア側の視点によって成立し、近代になって確立されたものだとされます。史料や歴史書の作者の視点により、国名そのものが異なって記載されていると論じられる展開は読んでいてスリリングでした。

・ロシア側の研究では、近代に入り金帳汗国と称されるようになる(金帳汗国という用語の初出は、キプチャク汗国滅亡後の1564年頃記載された「カザン帝国史」)
・東方イスラーム史料(主にペルシア語史料)では、ウズベクのウルス(ウズベク汗(在1313-42年)がジョチ・ウルスのイスラーム改宗を国家的に推進した為)と呼ばれた
・アラビア語史料・ペルシア語史料では、ベルケのウルスと記載されているものもある(ベルケ汗(在1257-67年)がジョチ・ウルスの最初のイスラーム教徒君主となったため)

 国名が異なるだけではなく、ロシア側と東方イスラーム史料では、ジョチ・ウルスとその後継国家の概念も異なっていたと論が展開されます。ロシアでは、キプチャク汗国は、カザン、アストラハン、クリミア汗国の三汗国に分裂し、ウラル以東では、別の民族として遊牧ウズベク民族やカザフ族が勃興し、シャイバーニー朝やカザフ汗国を建国した、とされるが、東方イスラーム史料では、遊牧ウズベクの君主もカザフ君主もジョチ家の君主の一人として扱われ、新しい国を創建したという認識は見られない。更にカザフ自身の叙事詩や、サファヴィー朝の史料では、カザフ汗国はジョチ・ウルスの正統な継承者として扱われており、カザフも遊牧ウズベクもジョチ・ウルスの後継政権として自他ともに認めていたと論じられます。

 現在の研究上の問題点が整理され、過去の研究史が概括され、過去の研究がどのような史料と視点に偏っているかが検討され、別の史料により、異なった歴史像が顕れてゆく記載は非常にスリリングかつエキサイティングでした。著者は終章で、史実とは必ずしも一致しない、後世に編纂された史料の作者達の歴史認識や、近代以降現在に至る後継民族の、現在の自意識におけるジュチ裔政権像を明らかにすることも、今後の取り組み課題として挙げています。今後の研究も楽しみです。ありえないと思ってますが、本書の本論の部分の300頁だけ、5000円くらいで出版してくれれば、絶対購入します。
 

 *1イル汗国時代に記載された「集史」の「五族譜」、ティムール朝時代に記載されたペルシア語のモンゴル系譜「ムイッズル=アンサーブ」、シャイバニー朝初期1504年頃記載されたチャガタイ・トルコ語の年代記「勝利の書なる選ばれたたる諸史」、16世紀中頃チャガタイ・トルコ語で書かれた「チンギス・ナーマ」(非売品とのことですが、国会図書館に日本語訳註があります)など。

 **この記事では、本書で使われている”ジュチ”という表記とジョチという表記を混在させています。本書では、一貫して”ジュチ”と記載されていますが、”ジョチ”の表記をとる書籍も多いので、あえて統一せず、混在のまま記載しました。本書の目次や引用部分は、書籍の通り、”ジュチ”の表記を取りました。なんとなく、この表記の相違には学閥があるのではないかと感じています。

 ここまで書いて、風間書房のサイトに目次を発見しました。こちらをご参照ください

関連記事
 -~ジョチ・ウルスの終わりの始まりを描く~ロシア歴史映画「オルド」(キプチャク汗国時代)
 -キプチャク汗国(ジョチ・ウルス/金帳汗国)の都サライの遺跡




【2】「スペイン黄金の世紀の大衆演劇」佐竹謙一著:三省堂:2001年刊:定価(税込)4725円:絶版

 今年1月に16世紀末から17世紀前半に活躍したスペインの劇作家ロペ・デ・ベガの映画「Lope」を見ました(紹介・感想はこちら)。16世紀スペインで演劇が盛んだったことを始めて知り、かなりの量の戯曲の邦訳が出ていることも知りました。以降、ロペの「オルメードの騎士」を購入し(読んだのは解説部分だけだけど)、タイミング良く2月に岩波文庫から「スペイン文学案内(佐竹謙一著)」が刊行され(購入後鞄に入れて毎日持ち歩き、未だ1/4程度しか読んでいないものの、かなりボロボロに)たこともあり、図書館で佐竹謙一著「概説スペイン文学史」をパラパラとめくり、遂には本書に辿り付きました。16世紀にスペイン大衆演劇が栄えていたことなどまったく知らなかったので、「オルメードの騎士」の解説で「スペインのバロック劇の存在すら知らない人も多い」と書かれているのを読んで、(私は)まったくその通りです、と妙に感心してしまい、反って知識欲を刺激されたのか、山川出版社の「世界歴史大系 スペイン史〈1〉古代~近世」の17-18世紀の記載部分(約90頁)を読み、更には本書の前半部分の約150頁程も読んでしまいました。ちょっとしたマイブーム。昨年秋に何本か16世紀スペインを扱った歴史映画やドラマを見ていて少しは16世紀スペインに興味が出ていたものの、本を読むところにまではいたら無かったのに、映画「Lope」一発で随分興味が刺激されたものだと、我ながら感心している次第です。

 それにしても本書は得がたい内容で、是非復刊して欲しい書籍です。絶版となっていて、中古は本日現在14996円と高額過ぎなのでとても手が出せるものではありませんが、定価(4725円)で再販されたら絶対買います。本書は大きく、前半のスペインバロック劇の解説部(1-4章)と後半三人の劇作家と作品紹介の部分(5-7章)に分かれています。中でも興味を惹かれたのは、第3章「劇場と観客」の章。当時の劇場の平面図や復元図、復元CG、劇場経営や役者の報酬(当時の労働者の賃金との比較表まで掲載されている)、観客層や観客のマナーなど、文学者の著作としては珍しく社会史と言える部分まで踏み込んでいて、16-17世紀のスペイン演劇の諸相が多面的に描かれ、大変興味深い内容となっています(詳細な目次が版元三省堂のサイトに掲載されています)。



【3】「ゾロアスター教ズルヴァーン主義研究: ペルシア語文献『ウラマー・イェ・イスラーム』写本の蒐集と校訂」青木健著:刀水書房刊:2012年:定価9450円

 本書は、題名に「『ウラマー・イェ・イスラーム』写本」という単語が入っているので、イスラーム時代に入ってからのゾロアスター思想の研究だと思っていました。なのであまり関心は無かったのですが、図書館で中身を見てみて驚きました。これは、サーサーン朝時代に興味がある素人も十分読者対象に入る書籍です。誤解を招きそうな表現ではありますが、本書は、中世イスラーム圏におけるアレクサンドロス大王の伝承を研究した書籍「アレクサンドロス変相」と似たような構成です。

 あくまで私にとっての区分ですが、私の頭の中では、「アレクサンドロス変相」は、前半300頁と後半100頁に区分されます。後半100頁では、イスラーム時代初期から11世紀にかけての主に東方イスラーム世界における史書の解説があります。イスラーム時代に記載された史書や作者について、特徴が比較できる形で具体的内容に踏み込んで紹介されている日本語書籍は見たことが無かったので非常に有用でした。同様な感じで、本書「ゾロアスター教ズルヴァーン主義研究」では、第二部の約100頁で、現存ゾロアスター教史料文献の解説があります。文献を記した言語や文字の解説まで網羅的に紹介されていて非常に有用です。ゾロアスター文献にはどのようなものがあるのか、翻訳状況はどうなっているのか、網羅的に整理されたものを知りたいと思っていたのでこの部分は非常に役立ちました。1997年に出版された「パフラヴィー語: その文学と文法」という書籍でも、パルティアやサーサーン朝時代の史料の網羅的な紹介が掲載されていて、両書で紹介されている史料は重複部分もあるのですが、後者の書籍はゾロアスター教以外の史料が記載されているのに対し、近世ペルシア語へと翻訳され、現在では原典のパフラヴィー語文献が消滅している文献は対象外となっています。本書は、アラビア語やアルメニア語、近世パフラヴィー語のゾロアスター教関連文献についても扱われています。

 「アレクサンドロス変相」の前半300頁では、アレクサンドロス没後、中近東でアレクサンドロス像がどのように変貌し、広まってゆくのかが、パルティア時代やサーサーン朝時代の史料等も用いて研究されており、パルティアやサーサーン朝に興味のある読者にも有用な内容となっています。本書「ゾロアスター教ズルヴァーン主義研究」の本論である第一部では、扱っている史料は13世紀に記載されたペルシア語文献『ウラマー・イェ・イスラーム』及び5-8世紀に記載されたアルメニア史料であるものの、史料に掲載された内容のズルワーン主義に関する部分は、5世紀前半のサーサーン朝の宰相ミフル・ナルセフが起草したアルメニア人に対するゾロアスター教への改宗勅令に起源があると推察されることから、本稿が扱う対象は、3-5世紀のサーサーン朝における公式的なゾロアスター教義であるズルワーン主義となっています。つまり本論はサーサーン朝時代を対象とした研究なのでした。

 というわけで、「アレクサンドロス変相」も本書「ゾロアスター教ズルヴァーン主義研究」も、一見パルティアやサーサーン時代そのものの史料とは関係なさそうな書籍だと思っていたところ、中身を見てみて驚いた、という点と本の構成という2点で、私にとっては共通点のある書籍です。とはいえ、「アレクサンドロス変相」は、専門書ではあるものの、(分厚いけど)読み物的側面もある一般書的な書籍でもあるのに対し、本書は、『ウラマー・イェ・イスラーム』の3つの写本の校訂を行い、ズルヴァーン主義研究の基礎を確立し、更に他の史料と比較することで、ズルヴァーン主義の検討を行うという論文です。なので、研究者の方であれば、写本調査や校訂内容(校訂後のペルシア語文がえんえんと掲載されている)・論証過程については、その吟味・批判が読書姿勢となると思うのですが、素人の私の場合は、同じ部分が、好事家的・観光的な視点で研究の実態が興味深く感じられました。3つの写本それぞれに邦訳全文も掲載されていて、写本「カーメ・ボフレ教示書からのウラマー・イェ・イスラーム」の2-4節は、ミフル・ナルセフが起草した勅許原本部分に相当すると著者は推定しており、そうなると、5世紀のサーサーン人の肉声を垣間見ることができるということで、非常に興味をそそられる部分でした。

 本書も、ここまで書いてから結局目次をこちらに掲載しました。本書の目次は9頁もあり、目次を見るだけで、かなり本書の印象が変わるかも知れません。

 本書の第一部の論文部分はネットで公開されていますが、第二部も得がたい内容なので、購入する予定です。
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by zae06141 | 2013-04-05 00:16 | その他歴史関係 | Comments(0)
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