古代世界の午後雑記


「古代世界の午後」更新履歴と雑記
by Solaris1
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清代中期の役人洪亮吉の一人当たりを養う耕地面積論とアンガ・スマディソン推計の清代一人当たりGDP

 基礎的なデータであるにも関わらず、ネット上にあまり流通していないようなので「唐、宋、金、南宋、元代の年代別人口一覧表」作りました。ご興味のある方はこちらの表をご覧ください。これで、後漢と唐代から元代、明代以降の中国の人口変遷の概要を把握できるものと思います。日本版Wikiにも少し中国歴代人口変遷の表が記載されていますが、これらは史書記載の「口数」だけが記載されており、「実勢値」についての検討が省かれています。特に宋・南宋代については、史書記載の値はかなり問題のある値であることから、推計値も記載しました。それによると宋代、金・南宋代の人口は1億近く、明朝後期の数値に近いものとなり、宋代の繁栄を裏づける数値と言えそうです。宋・金代は、前漢・後漢、唐、明、清と異なり、農民反乱によるカタストロフィを迎えたわけでは無く、今回人口表作成にあたって引用した書籍の推定によれば、宋から金・南宋代に切り替わる時にも、大きな人口減少が無かったことから、お決まりの人口過剰によるカタストロフィは(王朝の衰退は人口過剰だけが原因ではないのは勿論ですが)無く、宋代の生産性向上や新規農地開拓などの要素の方が上回っていたのかも知れません。

 ところで、清代中期の役人、洪亮吉(1746年-1809年)によると、「一年一人の食糧を計るとおよそ四畝が必要となる。十人の家では四+畝が必要となる」と同時代人の証言(しかも身近な実例で実証し易い内容)があり、(洪亮吉の記述の原文はこちらの法政大学菊池道樹氏の論文から引用(p9-p10))、1766年(乾隆三十一年)ぐらいを境に一人当たり四畝を下回ったとのこと(こちらの中国語頁には、1766年には3.5畝で、既に正常な生活水準下回っている(而在乾隆三十一年(1766),全國人均土地約為3.5畝。已低於正常生活水平的標準)とあります)。1766年は、推計人口約2億8千万人くらいなので、清朝は結構なキャパがあったようです。明朝が、推定1億6千万を天井に人口減少となり、最後は農民反乱で滅んだことを思うと、清代前半は意外と生産性上昇があったのかも知れません(こちらの滋賀大学の石田與平氏の論文によると、1661年から1810年の間の人口増は2.7倍で耕地面積の増加は13%とあります)。なお、清代の四畝とは、約2456平米のようです(幻想山狂仙洞様のサイト、中国歴代度量衡換算表参照)。

 ついでながら、前漢末期の一人当たり耕地面積と比較してみると、前漢末期は人口5959万で82700万畝、1人あたり約13.9畝で、上記度量衡換算表によれば、6440平米となり、清朝の方が2.62倍の生産性となることになります。とはいえ、前漢末期の数字が、洪亮吉の言うよう、「必要な耕地面積」であるとは限らず、過剰な値なのか、余裕のある値なのかが不明なので、単純な比較はあまり意味の無いところですが。。。。(清朝末期の人口で比較したら同じくらいの生産性になってしまうかも知れません)。と、ここまで考えてきて思いあたったのですが、アンガス・マディソンが、紀元前後の世界の一人当たりのGDPの試算をしていて(こちらの氏のサイトに紀元1年から現在までのGDPをまとめたCSVファイルがあります)、紀元1年が450ドル、1820年が600ドルと、たったの約1.3倍のGDP向上となっています。私はこれをかなりうさんくさい値だと思っていたのですが、仮に1766年の一人当たりの生産力を四畝とし、その後の人口増大は1人当たりの収入低下を招いたとなると、1766年の2億8000万に対して1820年は3億8千万人ですから、約35.7%の人口増=約26%の収入低下となり、前漢代と比べて2.63倍の生産性があっても、1820年の実収入は、1.93倍程度に留まります。アンガスの出した1.3倍と比べて差はあるものの、それほど出鱈目な値ではなさそうな気がしてきました。一方で、ローマ帝国の550ドルが1820年の欧州で1200ドル程度(2.18倍)となっているのに比べると、1.3倍と1.93倍では大きく印象が異なります。1.93倍であれば、それほど欧州にひけをとらないことになりますね。。。。まあいづれにしても数字のお遊びに過ぎませんが。。。。

 ちなみに唐代の数字も計算してみました。「通典」(巻二田制下)で、天宝14年の戸数は891万戸、人口は5291万(とはいえ杜佑は別の箇所(「食貨」巻7の「歷代盛衰戶口」)にて、戸数を1350万戸と推定している。これに準じて人口を計算すると7695万人となる)、耕地面積は143000万畝、1人当たり、27.02畝、前傾「中国歴代度量衡換算表」では、唐代の1畝は580.326平方メートルであるから、1人当たり約15684平米となり、漢代の倍以上となってしまいます。これに対して、渡辺信一郎著「中國古代の財政と國家」p470では、一頃で50石の収穫があるとして、1430万頃で7億1500万石の収穫があるとしている(著者は1400万と数字を丸めて計算しているので、7億石と算出しているが、ここでは1430万を用いて再計算した)。また、1人当たり1日の必要量を0.2石とし、0.2*365*5291万=38624万石(ここでも著者は、360日、5300万と数字を丸めているので、365日と5291万を採用しました)、つまり、生活必要量は、生産量7億石の約54%となります。ということは、先に算出した15684平米の54%である8469平米が、1人当たりの必要耕地面積、ということになります。この数字でも、漢代の生産性よりも低いことになってしまいますが。。。。。
 そこで、杜佑が推定している戸数から算出した7695万人で計算してみることにします。すると、必要量は5億1673万石という数値が得られます。全生産量の72%が生活必要量ということになります。一方1人当たりの耕地面積は18.6畝。唐代の1畝で計算すると、1万794平米となります。この72%が一人当たりの必要耕地面積となるので、7772平米。つまり、漢代の6440平米を少々超えてしまう値(少し生産性が落ちた程度)となりますね。。。。、 、もっとも、漢代の場合は、「1人当たりの必要耕地面積」は不明ですし、唐代の、1万畝で50石の生産性の根拠も、渡辺氏の著書に出典の記載が無い為、あくまで参考以下、数字のお遊びにしかなりませんが。。。。。
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by zae06141 | 2010-06-25 23:58 | その他歴史関係 | Comments(0)
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