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前回に続き、サーサーン朝崩壊の決戦となったカーディシーヤの戦いを扱った作品の紹介。今回はテレビドラマ。
2011年カタール製作「Alqaqa Bin Amr Al tamimi」の第十二話から第十四話。この三回は、サーサーン朝ペルシアとイスラーム勢力との決戦、636年のカーディシーヤの戦いとその後のクテシフォン占拠までが描かれています。アル・クアッカー・ビン・アムル・タミーミーとは、”タミーミー族のアムルの息子クアッカー”という意味で、正統カリフ時代初期の英雄の一人。タバリーの史書にも登場する実在の人物です。アブー・ウバイダやハリード・イブン・ワリード、サアド・イブン・アル・ワッカースなどと同じ世代の武将。彼は662年頃まで生きたようで、彼の人生を通じて正統カリフ時代を描く大河ドラマ。詳細は「More」をクリックしてください。 More 16世紀までのポーランド歴史映画紹介が終了したので、次の16世紀までのルーマニア・ハンガリー映画紹介までの間に2作、636年カーディシーヤの戦いを描いた作品をご紹介したいと思います。
1981年イラク製作。636年サーサーン朝とイスラーム勢力の決戦であるカディシーヤの戦いと、その後のサーサーン朝の都クテシフォン陥落までを描いた大作。再現映像やイラストでもいいので、あり日のクテシフォンの映像を見たかった私としては、涙が出る程嬉しい作品です。サーサーン朝の王も宮殿も史書や遺跡から垣間見れる通りの映像。1981年という製作年代からして、イラン・イラク戦争が製作の背景にあり、高度な撮影技術と膨大な資金を費やしたと思われる映像とセットには、米国の支援があったのだろうと推測されますが、サーサーン朝側は普通にまともに描かれています。タバリーの史書に登場するサーサーン朝崩壊過程の完全映像化と言えそう。詳細にご興味のある方は「More」をクリックしてください。 IMDbの映画紹介はこちら。 サーサーン朝映画一覧表はこちら。 More 1983年ポーランド製作。原題「Na odsiecz Wiedniowi(ウィーン救済のために)」。恐らく、オスマン朝による第二次ウィーン包囲勝利300周年記念作品なのだと推測されます。
「ファイヤー・アンド・ソード」のような一大スペクタクルを期待して見始めたのですが、期待と比べるといまいちでしたが、こういう描き方もあっていいのではないかと思いました。一応歴史映画なのですが、ドラマは殆ど無く、教育番組に近い感じです。一番特徴的な点は、「実戦映像が一切無い」点、次に、「オーストリア軍・オーストリア宮廷は一切登場しない」、更に「ウィーンの実写映像も登場しない」という点です。 では、どのように描いているのかというと、ウィーンの映像は、以下のような、中世銅版画を思わせるモノクロの絵で表現されます。 ![]() 映画は89分と短いのですが、10-15%くいらいは、絵だと思われます。しかし、大量の絵が登場するので、見ていて結構様子がわかります。上図より更に詳細なウィーン市内図や、オスマン軍の掘ったトンネル、砲撃、戦闘場面などが次々に実写の間に差し挟まれます。前半は、銅版画のようなモノクロ画、中盤から、19世紀の雑誌のモノクロ絵画のような繊細な絵となり、後半では19世紀新古典主義のようなカラーの絵で戦闘場面が描かれます。そういうわけで肩透かしを食ってしまうような感じなのですが、それなりにわかりやすい絵となっているので、意外に飽きずに見れました。更に本作の工夫点は地図にあります。ポーランド軍、オスマン軍それぞれの進軍場面は、多くの映画では、進軍場面だけが映り、どこを移動しているのかは、会話で表現されたりするのですが、本作では、進軍映像にかぶって、下記のように地図が出て、しかも赤や緑の線で進軍ルートが表示されます。下記地図は、コサック軍のヘトマン、ミコワイ・ヒェロニム・シェニャフスキがウクライナのテレボブリアからクラクフへの600kmの進軍ルート。 ![]() オスマン朝、ポーランド軍双方でこうした地図が何度か入るので、状況がわかりやすくなっています。更に、ウィーン郊外での戦闘場面では、地図アニメを用いて解説していて、戦闘当日の状況がわかりやすく工夫されています。 こうした、予算をかけずにわかりやすく描かれているので、最後まで飽きずに見れてしまいました。 筋は簡単で、オーストリアから救援を依頼されたポーランド国王ヤン・ソビエツキー(ヤン3世ソビェスキとも」在1674-96年)が、ポーランド議会に諮る場面から始まります。下記がヤン・ソビエツキー。結構イメージ通りの配役な感じ。 ![]() 会議の広間の様子。左がヤン。右側が家臣・宗教界の人々。 ![]() 救援が決まった後、オスマンからの使者が来たりして駆け引きが描かれます。右下がそのときの使者。帽子の上の羽飾りが気になります。左側はオスマン使節を宮廷まで護衛したポーランド兵士。軍装が古代ローマのよう。彼らの頭の赤い飾りも気になります。 ![]() ヤン国王と夫人。ヤン国王は修道士みたいな髪型。 ![]() 続いてオスマン軍司令官カラ・ムスタファの軍営が登場。非常に立派で大きな帷幕で、普通に見ていると建築物のような豪華さ。右下の右側の人物がカラ・ムスタファ。左側の画像が家臣達。 ![]() 下記は、映画冒頭の方で登場した、ウィーンへ向けて進軍するオスマン軍。 ![]() ポーランドの都、クラクフの宮殿。ワンカットだけ登場していました。恐らく現在に残る宮殿のうち、1683年頃の部分を映したのではないかと思われます。 ![]() ヤン三世の王宮。勝利を祈ってクラクフ近郊のチェンストホーヴァのヤスナ・グラ修道院に王妃とともに出向くところ。完全にバロックな宮殿と馬車。 ![]() ヤスナ・グラ修道院の概観もワンカット登場していました。多分現在の修道院そのままの映像だと思われるので画面ショットは割愛。しかし、ヤスナ・グラ修道院の聖物である黒い聖母像の映像は面白い映像でした。下記右側のように、聖母像のイコンには銀製の蓋があり、紙芝居の幕が上がるように少しずつ上にスライドして開くしかけ。しかも、左側画面ショットにあるように、イコンは聖母とイエスの顔以外の部分は銀製の覆で覆われています(この銀製の覆いを取った画像がWikiにあがっています)。 ![]() こうした金属で顔以外の部分が金属で覆われているイコンは結構多いのですが、黒い聖母もそのように描かれていたのが印象に残りました。 下左は進軍するポーランド軍。「ファイヤー・アンド・ソード」でも登場していましたが、17世紀のポーランド騎兵の特徴である背中の羽はいつも強い印象が残ります。しかも甲冑はどことなく古代ローマ軍風。右下はロートリンゲン公ロレーヌ公シャルル5世。彼の装束も彼の配下の将校も兵士もバロック風の軍装。甲冑とかはしておらず、小銃片手の軽装。将校の帽子はシャルル五世と同じもので、一般兵士の帽子は、シャルルの帽子から白い縁取りを取っただけで、殆ど同じ。 ![]() 最初にコサック軍がクラクフに進軍してポーランド軍と合流し、続いて、ポーランド・コサックド軍が南下し、ロートリンゲン公軍と合流、最後に残りの諸侯(バーデン辺境伯ルートヴィヒ達)と合流して最終的な作戦会議。最後にウィーンの西側からウィーンに進軍していました。 ウィーン包囲のオスマン軍との対決は実写場面が無いのですが、下記のようなアニメーションで描かれていました。下記が1683年9月12日の朝6時の両陣営の状況。司令官の名前がわかるように少し大きめの画面ショットを取ってみました。 ![]() このアニメ上の各軍がミミズのように移動しながら、ぶつかり合い、押し合いへしあいしてゆきます。左上に6時、8時、11時、12時、14時、16時、18時と2時間おきにテロップが出てこれも親切。 6時頃にまず、右上のシャルル(図中はKAROLとある)公とイブラヒム・パシャの軍が激突し、イブラヒム・パシャ軍は川の分岐点まで後退。8時頃からカラ・ムスタファ軍が前進を始めるが、シャルル軍は更に進軍し、分岐点西にある町、Nussbolfに達し、更にその南の町、Heiligenstadt(ハイリゲンシュタット)までイブラヒム軍を後退させ、11時にはシャルル軍はHeiligenstadtに到達。オスマン軍の後衛部隊の一部がイブラヒム・パシャ軍の支援に向かう。続いてカラ・ムスタファ軍とワルデック軍が激突。一進一退が続く。 下記右は12時の状況。12時頃に西側のポーランド軍三軍がフセイン・パシャの軍に向かって進撃開始。中隊に分かれていたフセイン・パシャ軍は敗走。そこで後衛軍がフセイン・パシャ軍を支える為に前進。更にイブラヒム・パシャとウィーン包囲軍からも支援が加わる。14時には最も西側に位置するムラッド・ガレイ軍がヤフトノフスキー軍と激突するが、敗れて後退。16時頃には、ポーランド西側三軍とワルデック軍が大きく前進し、カラ・ムスタファ軍は後退しながら後衛軍と合流する。Döbling(ドブリング)の町を挟んで一進一退の攻防を続けていたイブラヒム軍も終に後退を始める。18時にポーランド西側三軍とワルデック軍がオスマン軍主力に総攻撃を行い、勝利する。 ![]() 最後は戦勝報告がヤン王妃の元にもたらされたところで終わる。 Wikiの映画情報はこちら。 ポーランド歴史映画一覧表はこちら。 本作と同じくヤン三世のウィーン救援を扱った映画「1683 9月11日」が今年(2012年)に公開予定のようです。 1989年ポーランド製作。ポーランド史上輝ける王朝ヤギェウォ家断絶後、200年ぶりに外国から君主を迎える事になり、有力者達が権力争いを行い、シュテファン・バートリーが即位するまでの混沌の時代を描く。
主人公は「鉄の手」の異名を取る伝説の人物シモン・ムロチック。彼はサムエル・ズボロフスキーの旧友ながら、トランシルヴァニア公シュテファン・バートリーをポーランド王につけるべく、特務工作員のような汚れた任務をこなす故に「鉄の手」と呼ばれる。サムエル・ズボロフスキーは当初はシュテファン・バートリーに協力するが、ポーランドで権勢を持ち、現宰相であるヤン・ザモイスキーと対立し、やがて弟のアンドレイ・ズボロフスキーを処刑されたことから、勝手にオスマン領を攻撃し、ポーランドの法律を犯すようになり、旧知のシュテファン、シモンも敵に回さざるを得なくなる。権謀蠢く複雑で混沌とした時代を描いた珍しい作品。まさに、ポーランドが転換を迎えていた1989年という年を象徴する年に製作されたドラマです。詳細にご興味のある方は「More」をクリックしてください。 IMDbの映画情報はこちら。 中世欧州映画一覧はこちら。 More
原題「Epitafium dla Barbary Radziwiłówny」1981年ポーランド作。バルバラ・ラジヴィウヴナ(ラジヴィウーヴナと、二番目のウにアクセントがある)はポーランド王ジグムント二世(在1548-72年)の二番目の妃(王妃在位1550-51年)。31歳の若さで死去。王は王妃を愛するあまり、その後(政治的に)再婚した三番目の妻との間に子はできず、側室との間にも子ができなかったので、ヤギェウォ王家が断絶してしまった、と言ってしまってよいのかはともかく、本作では、子孫断絶もやむなし、と思える程のアウグスト王の嘆きが描かれる。
筋は簡単で、リトアニア貴族出身のバルバラ・ラジヴィウヴナが死去し、本人の遺言で、当時のポーランドの都、クラクフから、リトアニアの都、ヴィリニュスまで棺が、葬列をなして運ばれる。その道中、王が、王妃を回想する、という話。アウグスト一世、王妃ボナ、アウグスト二世、バルバラなど出演俳優が、1980年から81年にかけて放映されたテレビシリーズの「王妃ボナ」と同一人物であることから、「王妃ボナ」のスピンオフ映画ともいえる。美しい映像ながら、どこか異様な雰囲気があり、いかにも共産主義時代の東欧映画という感じ。私は非常に気に入りましたので、英語版dvdが出るようなことがあれば是非購入したいと考えています。 IMDbの映画紹介はこちら。 ポーランド歴史映画一覧はこちら。 More 前回の続き。イタリアのスフォルツァ家からポーランド王に嫁いだボナ・スフォルツァの半生を描いたテレビシリーズ。詳細は「More」をクリックしてください。
IMDbの映画紹介はこちら。 ポーランド歴史映画一覧 More 1981年ポーランド製作、ポーランド国王シギスムント・アウグスト一世(在1506-48年)に嫁いだ、イタリアの名家、スフォルツァ家のボナ(1494-1557年)の後半生。結婚直前の、1518年頃から1557年の死去までの30年間を描く。各話約55分で全12話。1980年12月から81年5月にわたって半年間放映された(隔週放送と考えられる)。主演女優アレクサンドラ スタスカ(Aleksandra Slaska)は1925年生まれで、製作当時は55歳であるが、24歳からのボナを演じている。とても55歳の役者さんだとは思えないものがりました。
本作が作られたのは、1980年前後にレフ・ワレサ率いる連帯の活動が大きく世界に報道された頃。それまでのポーランド歴史映画では、敵はまずドイツ騎士団とブランデンブルグとなっていて、ロシアやウクライナを敵とする場面は登場していなかったのですが、本作では、会話の上で、西はハプスブルグ、東はイヴァン四世の脅威、というような台詞が出てきて、最終回のエンディングでは、ポーランド王国の国章である鷹が大きく映されて終わります。 ![]() まあなんとなくですが、これも製作された時代の背景の産物かも知れないと少し思いました。 ペース配分もよく、4話で10年という感じで、はしょることなく後半生を描いています。このドラマと同時に、映画「バルバラ・ラジヴィウーヴナのための墓碑銘(次々回掲載予定)」も製作されています。同じ出演者で、半分以上「王妃ボナ」の映像がそのまま用いられています。続編と考えても良いのかも知れません。 今回、衣装が面白く、画面ショットを大量に取得してしまい、記事が長くなってしまったので、六話までとそれ以降の記事を分割することにしました。一応各話のあらすじ毎にまとめています。詳細にご興味のある方は「More」をクリックしてください。 IMDbの映画紹介はこちら。 ポーランド歴史映画一覧 More 明けましておめでとうございます。
今回は、順番的にはポーランド歴史ドラマ「王妃ボナ」の予定だったのですが、新年最初の記事ということでもあり、「王妃ボナ」は次回以降にしました。昨年11月末以降、ネット上に大量のイスラーム歴史ドラマを発見しました。 2000年以降、かなりハイレベルな歴史ドラマが多数製作されていることを知りました。私は、歴史映画やドラマは、一定の人口(だいたい5000万人。視聴者数がそのくらい無いとペイしない)と、新興国レベルの経済発展(テレビが一定人口に普及していること)という二つの条件必要だと思っていて、トルコ、ベトナム、イラン、タイなどを想定していたのですが、アラビア語圏についてまったくの考え違いをしていたことがわかりました。 アラビア語圏の人口大国といえばエジプトですが、経済発展はいまいち。他は人口が2000万程度かそれ以下なので、歴史映画・ドラマの製作資金を捻出できないと思い込んでいたのでした。しかし、考えてみれば、クゥエート、カタール、UAEにはうなる程の製作資金があり、アラビア語は口語・文語・地域差などはあっても、西はモロッコから東はイラクまで通用します。中東と北アフリカで軽く3億を越える視聴者を確保できるのでした。そして中東でも衛星放送は普及していますし、何より、「各国共同制作」という手法が取り易いことに思い至っておりませんでした。今回見つけたドラマも、モロッコとシリア、ヨルダンとシリアなど、共同制作が多く見られます。特に、権威主義体制であり、人口も2000万程度のシリアが共同制作含め、多数の歴史ドラマを制作していることがわかり、シリアに対するイメージが少し変わりました。 ドラマはいづれも40分前後の30回モノの大河ドラマが多く、一作見るのに20時間近くかかることもあり、映画のように簡単に見て記事を書くようにはいかないのですが、今年は見つけたイスラーム歴史ドラマの紹介をしてゆきたいと思っています。ポーランド映画紹介後、16世紀までのハンガリーとルーマニアの歴史映画の紹介を行い、その後ロシアー>トルコの順を予定していたのですが、ハンガリーとルーマニア終了後、ロシアとイスラーム映画を交互にご紹介してゆきたいと考えています。 12月の連休と年末年始休暇で、まずは、正統カリフ時代を描いた大河ドラマ「アル・クアッカー・ブン・アムル・アル・タミーミー」、アンダルス・ウマイヤ朝の創業者アブドゥルラーマン1世を描いた「クライシュ族の鷹」、最盛期アンダルス・ウマイヤ朝の実力者アル・マンスールの生涯を描いた「コルドバの春」は見終えることができたのですが、いづれもレベルが高く、知らないうちに凄いことになっているのだなあと思いました。今回は、視聴の優先順位の下調べを兼ねて、見つけた各ドラマを1,2話程視聴した時に見つけた13世紀までの各王朝の君主の画像を、番組紹介を兼ねてご紹介したいと思います。 1.ウマイヤ朝 左が初代ムアーウィア(在661-680年/カタール製ドラマ「アル・クアッカー・ブン・アムル・アル・タミーミー」)、右がその息子のヤズィード1世(在680-683年/映画「カルバラー」) ![]() ムアーウィアとヤズィードはイラン製ドラマ「ムクタール・ナーメ」、2011年後半の最新ドラマ「ハッサンとフセイン」にも登場している可能性があります。 ウマイヤ朝ドラマ「ウマル・イブン・アブドゥル・アル・マリク」に登場した各君主。左からマルワーン一世(在683-685年)、その右が息子アブドゥル・アル・マリク(在685-705年)、その右が息子、ワリード一世(在705-715年)、その右がワリードの弟スレイマーン(在715-717年)、右端がウマル二世(在717-720年) ![]() 下記は、アッバース朝のマンスールを描いた「アブー・ジャアファル・アル・マンスール」の第1話に登場した臨終の床で遺言を筆記させるスレイマン(中央)と遺言の宣告を受けて挨拶するウマル二世(右)。ドラマでは若き日のヒシャームとウマル二世がスレイマンの後継者争いをしたことになっていました。左はジャアファルの祖父アリーが5歳のジャアファルとその父ムハンマドに回想する場面で登場したワリード一世と思われる人物。この回想場面では、即位前のスレイマンが同席していました。 ![]() 同番組、ヤズィード二世(在720-24年)、ヒシャーム(在724-743年)。 ![]() 下記はアブドゥル・マリク時代のイラク総督ハッジャージの半生を扱った「巡礼者」に登場しているウマイヤ朝対立カリフ・アブドゥッラー・イブン・ズバイダ(在683-692年)とアブドゥル・マリク。本ドラマにはワリード1世も登場していると思われます。確認が出来次第、掲載したいと思います。最初の2話を見たところでは、ズバイダは聖人、ハッジャージも善良な青年、アブドゥルマリクが激烈な性格の専制君主として描かれています。「ウマル二世」のアブドゥル・マリクも癇癖性の持ち主として描かれていましたし、英主に幻想を持たない描き方に興味深いものがあります。ハッジャージも今後どのように変貌してゆくのか、そのうち見てみたいと思っています。 ![]() 下記左から、モロッコ・シリア共同制作のドラマ「クライシュ族の鷹」に登場したヒシャーム(在724-743年)、その息子ヤズィード二世(在734-744年)、ウマイヤ朝最後の君主マルワーン二世(在744-750年) ![]() 2.アッバース朝君主 左からドラマ「クライシュ族の鷹」に登場したアブル・アッバース(在750-754年)、右が異母兄マンスール(在754-775年)。 ![]() マンスールについては、前述の通り、ドラマ「アブル・ジャアファル・アル・マンスール」があります。スレイマーン臨終の床から開始しており、以降のエピソードではヒシャーム、マルワーンなど主要ウマイヤ朝カリフが登場していると思われます。 下記左は、ドラマ「ハルーン・アル・ラシード」に登場したハルーン・アル・ラシード(在786-809年)、右が同ドラマの息子アミーン(在809-813年)。その右は映画「バーベク」に登場した、アミーンの弟マームーン(在813-833年)、その右は同作品登場のムウタスィム(在833-842年)。ドラマ「ハルーン・アル・ラーシド」には、ラシードの先代マンスールやマフディーも登場していると推測されます。 ![]() ドラマ「トゥースの神秘の物語」に登場したマームーン。同作品にはハルーン・アル・ラシードも登場していると思われます。 ![]() 3.10世紀アッバース朝、ハムダーン朝、ブワイフ朝君主 セルジューク朝の初代君主トゥグリル・ベクがバグダッドに入城した時のアッバース朝君主カーイム(在1031年-1075年)(左)と、イラク・ブワイフ朝最後の君主マリク・アッラヒーム(1048年-1055年)(右)。ドラマ「オマル・ハイヤーム」より。 ![]() 他に、10世紀アッバース朝、ハムダーン朝、ブワイフ朝君主は、930年頃から965年を描いたドラマ「アル・ムタナッビー」に登場していると思われます。この作品は第一回の最初の10分しか見ていない為、画像は無いのですが、視聴次第、掲載したいと考えています。 4.ファーティマ朝 11世紀に上エジプト経由でチュニジアに移住したシーア派部族バヌーヒラル族のリーダー、アブー・ザイド・ヒラリーを描いた「アブー・ザイド・ヒラリー」というドラマがあるので、ファーティマ朝君主が登場している可能性があります。これも視聴次第、ファーティマ朝君主が出演していれば、画面ショットを掲載したいと思います。 5.コルドヴァ・カリフ国(後ウマイヤ朝またはアンダルス・ウマイヤ朝) 左から、モロッコ・シリア共同制作ドラマ「クライシュ族の鷹」に登場したアブドゥル・ラーマン一世(在756-788年)、ヒシャーム一世。同シリーズドラマ「コルドバの春」に登場したアブドゥル・ラフマーン三世(在912-961)、ハカム二世(在961-976年)、ヒシャーム二世(在976-1013年) ![]() アブドゥル・ラフマーン三世を演じた役者さんは、「クライシュ族の鷹」でウマイヤ朝ヒシャームを演じた方と同じ方。ハカム二世も同様に、「クライシュ族の鷹」でアブドゥル・ラーマン一世を演じた方。 ドラマ「時の環」に登場したハカム一世(在796-822年)とアブドゥルラーマン二世(在822-852年)。 ![]() 下記は「コルドバの春」に登場したヒシャーム時代の独裁者アル・マンスール(在977-1002年)とその息子ムザッファル(在1002-1008年)。 ![]() 6.カラハン朝 左、西カラハン君主ナースィル・ハーン (1068–1080年)。右、同アフマド一世(1081-89年)。右端は、西カラハンとして即位する前のマスウード1世(1095-1097年)だと思われる。マスウード1世と思われる人物は、マリク・シャー死去を受けて混乱するセルジューク朝に進軍し、ニシャプールに入城した。いづれもドラマ「オマル・ハイヤーム」から。 ![]() 7.セルジューク朝君主 左二枚がトゥグリル・ベク(在1038-63年)、その右がアルプ・アルスラーン(在1063-72年)。ドラマ「オマル・ハイヤーム」から。イラン東部の都市で、セルジューク朝拠点のひとつであるニシャープールにトゥグリル・ベクが入城するところから始まるのですが、ニシャプールの住民の装束はアラブっぽく、セルジューク朝は古代アケメネス朝な感じで描かれていたのが、イランとアラブの中を象徴しているようで印象的でした。 ![]() 左から、宰相ニザーム・アル・ムルク、マリクシャー(在1072-92)、”山の老人”サッバーハ、マリク・シャーの弟でシリア・セルジューク朝開祖トゥトゥシュ(在1085-95年)。 ![]() 右端は、サンジャル(在1118-1157年)がセルジューク朝スルターンに即位する前の、ホラサン総督時代(1097-1118年)の頃のサンジャルだと思われる映像(ドラマの中ではワンカットしか登場せず、直接名前を呼ばれなかったので確定できないのが残念)。 8.アイユーブ朝君主 サラディンのドラマ、映画は多数あり、サラディンの画像は珍しくは無いので、今のところ見る予定無し。 9.マムルーク朝君主 左から、アイユーブ朝最後から二番目の君主サーリフ(在1240-1249年)、その妻でマムルーク朝初代君主シャジャル・アッドゥル(在1250年)。右端はマムルーク朝二代目君主でシャジャルの夫として即位したアイバク(在1250-1257年)。ドラマ「ザーヒル・バイバルス」から。 ![]() 左からマムルーク朝第三代君主マンスール・アリー(在位:1257-59年)、第四代クトゥス(在1259-60年)、バイバルス(在1260-77年)、第六代カラウーン(在1277-97年)。 ![]() エジプト・シリアについては、7世紀から13世紀までほぼ連綿とドラマ・映画が製作されていることがわかりました。イル汗国のフラグについてのドラマも発見したので、そのうちイル汗国、ティムール朝、オスマン、サファヴィー朝など、14世紀以降の映画・ドラマに登場するイスラーム君主一覧表も作成してみたいと思います。 以下、各ドラマのWii上の紹介(アラビア語)の一覧です。 ・ジール・サリム (531年没の詩人。ムハルヒルの名でも知られる/2000年/シリア/各40分) ・ジーカール (609年サーサーン朝とのジーカールでの戦い/2001年/ヨルダン・シリア合作/29話) ・ハリード・イブン・アル・ワリード (正統カリフ時代/第一部2006、29話/第二部2007年/各40分) ・クアッカー・アムル・イブン・アル・タミーミー (正統カリフ時代/2010年/カタール/各40分/30話) ・ハッサンとフセイン (ウマイヤ朝/2011年/ ムアーウィアやヤズィードが登場していると思われる。 ・巡礼者 (ウマイヤ朝イラク総督ハッジャージ・ビン・ユースフ/カタールテレビ・シリア/2003年/各50分/35話) ・アブー・ジャアファル・アル・マンスール (アッバース朝マンスールの生涯/2008年/ヨルダン・シリア・レバノン合作/30回) ・善き息子 (アッバース朝・ハルーン・アル・ラーシド末期からマームーン以降/2006年/ヨルダン) ・トゥースの神秘の物語 (アッバース朝・ハールーン・アル・ラーシド末期からマームーン/40分/28話) ・アンダルス・イスラームの歴史シリーズ三部作 1.クライシュ族の鷹 (アブドゥルラフマン一世の生涯/2002年/モロッコ・シリア合作/各40分/30話) 2.コルドバの春 (アル・マンスールの生涯/2003年/モロッコ・シリア合作/各40分/29話) 3.タイファ(タイファ時代/2005年/モロッコ・シリア合作/各40分/30話) ・時の環 (アンダルス・ウマイヤ朝9世紀前半/2002年/シリア製作/45分/30話) ・アルモラヴィドとアンダルシア(アルモラヴィド時代/2005年/シリア・モロッコ合作) -「タイファ」とは別の作品のようである。 ・アブー・ザイド・ヒラーリー (ファーティマ朝時代/2005年/アブダビテレビ/各45分30回/アブー・ザイド・ヒラーリーは11世紀に上エジプト経由でチュニジアに移住したシーア派部族バヌーヒラル族のリーダー。1947年エジプト製作の映画もある) ・アル・ムタナッビー (ブワイフ朝・ハマダーン朝/シリア製作/33話) ・オマル・ハイヤーム(セルジューク朝時代/2002年/シリア・レバノン/各44分/23話) ・サラディン (アイユーブ朝/2001年/シリア製作/45分/30話) ・ザーヒル・バイバルス (マムルーク朝/2005年?/クェート・シリア・ヨルダン合作/各44分/30話) ・フラグ (イル汗国建国者フラグ/2002年/シリア) 上記一覧には記載しておりませんが、イスラム期以前のシヴァの女王を扱った「ビルキース」、ゼノビアの登場するドラマ、6世紀の詩人で英雄のアンタールを扱った映画、正統カリフ時代のエジプト征服者「アムル・イブン・アース」など、イスラム期以前を含め、アラビア民族の史上の主要な人物はほぼ映画・ドラマ化済のようです。それにしても、ここまで調べることができたのは、Google Chnomeの翻訳機能が昨年12月頃から一段と便利になり、ほぼ完全に自動化され、翻訳漏れも、右クリックの手動翻訳機能で追加翻訳ができるようになったことが主因です。更にドラマを見ていて地名のテロップを読むために、10年前に購入して以来手付かずだった教科書でアラビア文字を少し学習し、翻訳無しでも若干タイトル等が読めるようになったのも作業の効率化に役立ちました。アラビア語圏の映画・ドラマの世界観が一気に変わりました。 以前、映画に登場するビザンツ君主一覧という記事を作成したのですが、今回、「オマル・ハイヤーム」にロマノス四世が、「ムタナッビー」にロマノス一世が登場していたので、画面ショットを追加しました。正統カリフ時代のドラマ・映画はすでに10本以上発見しており、ヘラクレイオスの画像は両手に余る程入手できたので、とりあえずエジプト征服者「アムル・イブン・アース」に登場した、スキンヘッドのヘラクレイオス像を貼りました。 最後に。ファーティマ朝とマムルーク朝時代のフスタートとオスマン時代のカイロの様子が登場する映画がなかなか見つからず、これらの時代のカイロの様子を知りたくてネットをあさっていたら、次のようなサイトを見つけました。 1.フスタートの再現CG画像。8つの画像が張ってあり、更に、今は懐かしいVRMLでの再生も可能となっています。あまり解像度はよくありませんが、フスタートに水道が通っている状況や、ナースィレ・ホスローの旅行記に描かれた14階立てのビルが立て込んでいる様子などの再現に取り組んでいて、それなりに参考になります。 2.360度Citiesサイト 世界各地の観光地などでの、あるポイントから360度の景観を見せてくれるサイト。元々Google Earthでしか見れなかったと思っていたのですが、いつの間にか普通にブラウザで見れるようになっていました。Google Earthは容量を食うので最近はあまり使わなくなっていたのですが、360度サイトの映像がブラウザで見れるようになったのは嬉しい限りです。Google ストリートビューがカバーできない観光地の中の映像を見るには非常に便利。もう観光旅行にいかなくてもいいかも。とりあえずカイロとイラン、ローマ、イスタンブールの建築物の観光をしてみました。このイスファハーンのモスクを、内側から自由自在に天井と壁を眺めることができる映像など、や王の広場の360度天球パノラマなど、素晴らしいものが出ていますね。モスクの天井を実際に現場でくるくる回って天井を眺めると眩暈がするものと思いますが、天井を回転させる映像などが簡単に見れ、感動です。 本当に凄い時代になりました。
今年は映画を見ている時期と本を読んでいる時期がきれいに分かれました。本を読んだのは震災以前と、10月以降、その間の期間は殆ど映画ばかり見ていました。この期間に読んだ本も、新書や、大半が写真など、読むところが半分くらいしかない薄い本ばかり。昨年は、「役に立った書籍」「面白かった書籍」それぞれのベスト10を記載してみましたが、今年は読んだ書籍の絶対数が少ないので、「役に立った書籍・面白かった書籍」をあわせたベストとなりました。
1.通貨経済学入門 2.Autobiography of Emperor Charles IV: And His Legend of St. Wencesias (Central European Medieval Texts) 3.王権と貴族 4.ビザンティンの聖堂美術 5.最新 世界情勢地図 パスカル・ボニファス著 6.ギリシア危機の真実 7.欧州激震 8.ソブリン・クライシス 9.民主主義がアフリカ経済を殺す 10.終わらぬ「民族浄化」 セルビア・モンテネグロ (集英社新書) 木村 元彦著 11.欧州連鎖危機 12.インド建築案内 それぞれについて感想を記載したものは、アマゾンに感想を記載しているので、ご興味のある方は、それぞれの書籍名のリンクをクリックしてください。 このうち、2-4は、「映画期間」に読んだものですが、2のカレル四世自伝は、半分ラテン語なので読めず、実質100頁。3は実質180頁しかなく、論文が底本とはいえ、写真や地図も掲載されており、文章も平易なので、3時間程度で読み終わってしまう内容。4は1/3が写真と図。これも3時間程度で読める書籍。5は事実上地図帳、12は写真集に近いので、読んだというより、眺めた本。 9と10は、年頭の「アラブの春」に触発されて震災前に読んだもの。 1,6-8、11は、10月初のベルギーのデクシア破綻をきっかけに再燃した欧州債務危機をきっかけに読んだもの。今年読んだ書籍で多少重たい本は、「民主主義がアフリカ経済を殺す」と「欧州激震」くらい。来年は、今年買い込んだだけで終わった重たいポーランド史の書籍、「匿名のガリー年代記」や恒文社「ポーランド史」、「EUにおけるポーランド経済」などを読みたいと思っています。 大して読めなかった書籍に対して映画は異常に沢山見れました。全部で124本。うち109本が歴史映画で、GW以降に見た114本は全部ネット。凄い時代になりました。1年間でこんなに見たのは学生時代以来のことです。しかし、映画にかける出費は例年と変わらずに終わりました。この10年程、おおむね平均年間50本レンタルで見ていて、レンタルショップの値段がだいたい367円でしたので、年間予算はほぼ2万円弱。今年は、ネットで見て、気に入ったdvdを10本購入したので、それが19105円となり、レンタルで見た10本が割引週間で見たので、合計3000円程度で合計22000円程度。結局映画に支払う出費は概ね一定する傾向にあるということになりました。 以下、今年見た映画のベスト50です。全てネットで視聴したものです。これからは、映像コンテンツは画質で価値を売る時代になるのかも知れません。低画質はネットで無料、dvd/blue rayでは中画質、高画質や付録映像などで価格を分けて出すなど、画質・付録等と、価値を連動させる体系が現実に見合っている気がしました。 今年は大作映画ばかりげっぷが出る程見たためか、小品が結構上位に来ました。 1.フランス王妃ヤロスラヴァ(11世紀ロシア) 2.Into Eternity 100000万年後の安全(ドキュメンタリー) 3.カーディシーヤ(7世紀サーサーン朝) 4.偉大なるムガル帝国(16世紀インド) 5.クニャーザット(13世紀ブルガリア) 6.王妃ボナ(16世紀ポーランド) 7.ハン・アスパルフ(7世紀ブルガリア) 8.クライシュ族の鷹(8世紀スペイン) 9.この私、クラウディウス(1世紀ローマ) 10.王家の夢(15世紀ポーランド) 11.ミハイ勇敢公(16世紀ルーマニア) 12.BBC The rise and fall of Empire 第三話 ティベリウス・グラックス(前2世紀ローマ) 13.戦車を駆る女王テオドラ(6世紀ビザンツ) 14.女教皇ヨハンナ(9世紀ドイツ・イタリア) 15.クルム汗(9世紀ブルガリア) 16.秘密兵器(14世紀ブルガリア) 17.マンガル・パンデイ(19世紀インド) 18.ニーベルンゲンの歌(1924年版:ドイツ) 19.聖ヴァーツラフ(10世紀チェコ) 20.異教の女王(8世紀チェコ) 21.荊の城(19世紀英国) 22.シンデレラの醜い姉の告白(17世紀オランダ) 23.バーバラ・ラジウヴナのための墓碑銘(16世紀ポーランド) 24. ポンペイ最後の日(1984年版:1世紀ローマ) 25.王の代官(13世紀チェコ) 26.ブレインデット(スプラッターコメディ) 27.Clash of Empires(2世紀ローマ・漢) 28.キョセム・スルターン(17世紀オスマン朝) 29.ヨアン・アセンの結婚(13世紀ブルガリア) 30.アル・クアッカー・ビン・アムル・アル・タミーミー(7世紀正統カリフ時代) 31.アゴラ(5世紀アレクサンドリア) 32.バートリー(17世紀ハンガリー) 33.カラムラト 海賊編(15世紀オスマン朝) 34.ヴラド・ツェペシュ(15世紀ルーマニア) 35.カジミェシュ大王(14世紀ポーランド) 36.黒死病(1348年英国) 37.ハンナ(スパイもの) 38.ミルチャ公(14世紀ルーマニア) 39.ツァール(16世紀ロシア) 40.七人の眠り男(2-5世紀ローマ) 41.エジプト製ドラマ・クレオパトラ(前1世紀エジプト・ローマ) 42.ローマのヒーロー(前5世紀ローマ) 43.勇者ヨシヒコと魔王の城(ギャグ) 44. 鷹の眼(1218年デンマーク) 45.アナスタシア・スルツカヤ(15世紀頃ベラルーシ) 46. グッバイ!レーニン(1989-90年東ベルリン) 47.パイレーツ・オブ・バルト(14世紀デンマーク) 48.サンタ・サングレ(サイコスリラー) 49.アンダーグラウンド(1939-1992年のセルビア) 50.ソロモン王(前10世紀イスラエル) リンクのあるものは、感想を記載したものです(リンクの無いものは、来年感想記事を記載する予定のものか、または日本語版があるものです)。ドイツ歴史教育番組「DIE DEUCHEN」は教育番組なので外しましたが、これも良い作品でした(とはいえまだ全部見ていないのですけれど)。 それにしても、今年の3-6月は、震災ハイとでも言うのか、異常にテンションがあがっていて、GWに一日3本映画を見て20本、5月中に更に15本、6月には23本見て、4/27-6/30日の間に約60本も見たのは我ながら超人的。帰宅途中で弁当を買って、家で映画を見ながら夕飯を食べ、金曜夜は金曜夜と土日分の食料を買い込み、金曜夜から日曜夜にかけて延々と見続けるという、後から考えると、震災ショックで異常にテンションがあがっていたように思えます。東京直下型が来る前に思い残す事無く見てしまおう、という心理があったのかも知れません。7月以降はペースが落ちて1ヶ月10本くらいになりましたが、それにしても年間で124本というのは、高校一年の178本と大学1年時の125本に次ぐ数字です。 今年の思い出といえば、もうひとつ。12月25日にJPアマゾンレビューで500位以内に入りました。花王やサントリーの商品や紗栄子本など、レビュー一本で2000や3000の票が入り、レビュー10本でベスト10レビューアとなってしまうケースを見ていると、いまどきアマゾンレビューのランキングなんか有難がってるなんて馬鹿じゃないの、と言われそうですが、ロングテールを狙って知名度の低い、ネット上で書籍情報が少ない書籍のレビューをこつこつやってきたこともあり、いい記念だと思っています。これまで二回500位を突破しそうになり、その度に突然「参考にならなかった」票が増加し、一気に100番くらい下がっていたので、今回も、どうせそうなるだろうと思っていたら、クリスマス・忘年会シーズンで、ネットなんてやってられない人が多いからか、その隙を突いたように、今回はするすると500位に近づいたと思ったら、そのまま突破できました。当面映画で手一杯で、書籍を読む予定は無いので、年明けには500位陥落すると思うのですが、一回「500レビューア」というロゴをつけてみたかったのでいい思い出となりました。本当は「従来型レビュー」で1000位以内を目指していて、この10年間で毎年平均1000位あがって、2013年頃には1000位以内に入れるかな、と思っていたので、この12月に「従来型」が無くなってしまったのは残念に思っています。一度、「従来型」で1000位、「新型」で500位に入ってみたかったのでした。片方だけでも一瞬でも実現したのはいい思い出となりました。 それでは皆様よいお年をお送りください。 2012/1/1/14時10分追記 ちょうど今さっき、ニューヨークタイムズスクエアのカウントダウンのライブ映像で午前0時のカウントダウンの瞬間が流れていましたので、画面ショットをとってみました。現在のWebカメラは無音声が普通ですが、これは音声入りでした。膨大な人がアクセスしているにもかかわらず、アクセス制限もかからず放映が続きました。さすが世界一のカウントダウンのメッカです。 ![]() 最近は世界各地でライブカメラが24時間動作しているので、各地のカウントダウンの映像がリアルタイムで見れ、便利な時代となりました。
1973年ポーランド製作。地動説を提唱した「天体の回転について」(岩波文庫から抄訳あり)を1543年に出版したコペルニクス(1473-1543年)の伝記作品。恐らくコペルニクス生誕500年記念で製作されたのだと推測されます。詳細にご興味のある方は「More」をクリックしてください。
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